NAVY★IDOL ~海軍士官が現代でアイドルキャプテンを目指すようです~

板野かも

『 NAVY★IDOL ~海軍士官が現代でアイドルキャプテンを目指すようです~』本編

第1章 秋葉原エイトミリオン救出編

第1話 俺達の理由

 俺達は飛ぶ。

 朝焼けに染まる空を機翼つばさに映し、いだ海面に誇らしく影を引いて。


 夜間雷撃らいげきの戦果は上々だった。暗闇の中、俺達三人ペアの機は対空砲火の合間を縫って果敢に敵に迫り、敵艦一隻に魚雷一発を命中せしめた。爆炎の中にかすかに見えた艦影、あれはおそらく大型空母だっただろう。俺達たった三人の攻撃で、千人前後の敵の将兵と多くの艦載機を海に葬ったことになる。

 母艦に帰って報告するのが楽しみだった。操縦桿そうじゅうかんを握る俺の心も自然と軽くなる。今日を境に還らぬ者となった仲間も多くいるが、生き残った俺達が彼らの分までまた戦ってやるだけだ。


「わーたし、十六、満州まんしゅうむすめぇ」


 俺のすぐ後ろでは、偵察員が陽気に流行歌など口ずさんでいる。後席の電信員もすぐに調子を合わせて歌いだした。


はーるよ三月、雪解けに、迎春花インチュンホアが、咲ぁいたーならー」


 女の曲を男二人で歌い上げる仲間ペア達に、俺はついつい苦笑して言った。


「おいおい、やめろやめろ。貴様達のダミ声じゃ服部はっとり富子とみこに失礼だろう」

「そうは言うがね、少尉。『ああ我が戦友』だの『皇国の母』だのじゃ、辛気臭くて盛り上がらねえよ」


 古参の偵察員はからからと笑って答えた。その後ろから電信員が声を張り上げてくる。


「少尉も何か歌ってくださいよぉ!」

「ははっ、そうだな、じゃあ――」


 何か男の歌手の歌を、と考えながら前方に目をやり、瞬間、俺は気付いた。俺達の空母部隊が待ち受ける海域の上空に、無数の黒い点が群がっているのが見える。俺がハッと目を凝らしたときには、既に前方を行く小隊長機が主翼バンクを振り、加速を始めていた。

 俺達の雷撃隊を直掩ちょくえんしていた零戦ゼロせん隊も、既に俺達から離れてまっしぐらにその空域を目指している。


「敵か!?」

「見間違いだといいがな……」


 ぞわりと胸に湧き上がる嫌な寒気を押さえながら、俺は操縦桿に力を込め、他の僚機と共に小隊長機を追った。あの無数の黒点が、いずれかの空母から発艦した、あるいは着艦しようとしている味方であってくれればいいが。もし敵であったら……。


「どうする、少尉。攻撃機おれたちに空戦は荷が重いぞ」

「どうもこうもない。付いていくしかない。御木本みきもと、機銃は生きてるな!」

「はい!」


 一番後ろから電信員がすぐに答えた。俺達の機、天山てんざん艦攻かんこうの唯一の牙である後方機銃は彼の担当だ。もっとも、戦闘機ではない俺達が味方のために出来ることなど、せいぜい敵のおとりになって死ぬことくらいだろうが……。


「畜生! やっぱり敵だ!」


 偵察員が叫んだ。同時に俺の目にも空域の状況がはっきりと見えた。空母部隊を狙って来襲した敵の大編隊に対し、我が方の戦闘機群が果敢に防衛戦を繰り広げているのだ。俺達の直掩の零戦隊も既に合流し、交戦に入っている。

 敵の構成は、艦船を狙う爆撃機と、護衛の戦闘機。米軍アメさんの戦闘機は航続距離あしが短いので本格的な戦爆連合は組めないと聞いていたが、一体どこから飛来したものか……。

 我が方の対空射撃、そして戦闘機の奮戦により、敵の爆撃機はこちらの艦船に爆弾を命中させる前に次々と海に叩き落とされていく。だが、同じかそれ以上に味方の消耗も激しかった。今もまた、敵の機銃弾を受けた零戦が、翼から激しく炎を噴き出しながら錐揉きりもみして落ちていった。


「空母が沈められりゃあ、俺達も海の藻屑もくずだな」


 死を達観した仲間ペアの言葉に、俺もごくりと息を呑んだ。

 元より、俺達飛行機乗りに死は必定ひつじょう。この世に生を受けて二十年、ひたすら勉学と戦いだけに明け暮れた青春だったが、力の限り戦って死ぬならそれも本望か。


「だけど、最後に大手柄を上げれて良かったですね!」


 俺より若い電信員までが殊勝しゅしょうにそんなことを言う。そうだな、と笑ったとき、視界の先で小隊長機が大きく回頭するとともに高度を上げた。空戦の邪魔にならないよう、上空に退避しておこうというハラだろう。


「へっ、腰抜けめ」


 偵察員の毒吐きに苦笑しつつ、俺は小隊長機を追って機首を上げる。と、その時、


「おい! 何だありゃ!」


 偵察員は仰天した様子で声を張り上げた。機体を上空へ向かわせながら、俺も彼の指す方向を見下ろす。途端に目を見張った。信じられない光景だった。

 海面すれすれを飛ぶ敵機から投下された爆弾が、そのまま小刻みに海面を跳ね、我が方の駆逐艦くちくかんへと魚雷のように向かっていくのだ。


「なに……!?」


 爆弾が駆逐艦に着弾し、爆音とともに飛沫しぶきが噴き上がる。たちまち艦体は炎に飲まれた。残念だが、轟沈は確実だろう。


「見たか、少尉。爆弾が海の上を跳ねやがったぞ」

「ああ……」


 原理としては、川面に小石を跳ねさせる「水切り」のようなものか。だが、爆弾であんなことができるとは。

 見れば、他にも超低空飛行で我が方の艦船に向かっている敵機がある。あっと思った瞬間、同様に投下された爆弾が海面を跳ね、またしてもこちらの駆逐艦を直撃していた。

 偶然や思いつきとは考えられない。あれは明らかに訓練されたものだ。敵ながら恐るべき手腕……!


「――ッ!」


 刹那、俺達の機を目掛けて下方から突き上げてくる敵機があった。フットバーを踏み、操縦桿を思い切り引いた瞬間、翼を敵の射線がかすめる。気付くのがコンマ一秒遅ければ食われていた。

 急降下で回避に転じる瞬間、前方で爆炎が咲き、小隊長機が炎を噴いて落ちるのを見た。小隊長は俺もよく知る中尉だった。兵学校時代からよく鉄拳修正をくれた、厳しいが面倒見も良い先輩だった。


「くっ……!」

「ああぁぁぁっ!!」


 後席の電信員が絶叫し、追ってくる敵機に向かって後方機銃を撃ちまくる。俺達を狙ってくる敵は二機。どうせ死ぬならせめて相討ちには持ち込みたいが。


「キンタマを握り締めろ! 突っ切るぞ!」


 仲間ペア達に呼び掛け、俺は操縦桿に目一杯の力を込める。偵察員が鼻で笑った。


下士官おれたちみたいな台詞が板に付きやがって。士官あんたはクラシックでも語ってりゃいいんだよ、少尉!」


 俺は海面に突っ込まんばかりの勢いで機を降下させ、ぎりぎりで反転させる。敵の搭乗員にはそれに最後まで付いてくる胆力が無かったらしい。僅かに早く上昇に転じた敵機の下腹を、こちらの後方機銃が的確に射抜いた。


「うおっ!」


 敵機の爆炎すれすれを俺達は切り抜ける。あと一機の敵がぴたりとくっ付いて追ってくる。ががんと着弾の衝撃が僅かに機体を揺らし、後席からの射撃音がハタと止まった。


「おい、御木本みきもと! 御木本ッ!」


 偵察員が振り返って彼の名を呼ぶのを聞いただけで、俺は何が起きたのかを悟った。


「駄目だ……もう死んでる」


 だが、彼は大和魂やまとだましいを振り絞って最後の仕事を果たしてくれたらしい。俺達を追ってきていた敵機が、翼の付け根から煙を吹き出しながら海面に突っ込んでいく。彼が死の間際に放った機銃弾が命中したのだ。

 敵の搭乗員は落下傘を開いて脱出したが、どの道助かるまい。


「御木本……」


 くしゃっと笑う彼の笑顔が、一瞬閉じた俺のまぶたの裏に浮かんだ。俺達三人ペアの中で最も若く、血気に溢れた男だった。危険な夜間雷撃に最も乗り気だったのも、この御木本だった。


「待ってろ。すぐに俺達も行く」


 俺は機を急旋回させ、我が艦隊へと向けた。空戦をかいくぐった敵の爆撃機が海面すれすれを飛び、まっすぐ俺達の母艦に向かっている。あのふざけた爆撃が遂に空母を狙っているのだ。

 つい数時間前、俺達が敵にやったことと同じだ。もし空母を沈められれば、千人を超える乗組員の命が……!


「おい少尉、何する気だ!」


 勢いを増すエンジン音に混じって、偵察員の声が鼓膜を叩く。俺の考えは彼にも分かっているに違いなかった。敵の爆弾が空母に届く前に体当たりで止める。牙を失ったこの機が今、味方のため、銃後じゅうごのため、御国みくにのために出来ることはそれしかない。


「死ぬ気か!?」

「役目を果たしてたおれるなら本望だ! 貴様もそうだろう、真島まじま!」

「……ああ。あんたとペアを組んだ時から覚悟の上だ!」


 敵が海面に爆弾を放った。その軌跡と速度を読み、俺は上空から機を急降下させる。戦友の最後の言葉が耳に届いた。


「だが、今死んだら心残りがある」

「なんだ?」

「あんたに女遊びを教えれなかったことだ、堅物カタブツ野郎」


 俺達が海面に突っ込んだ瞬間、敵の爆弾が炸裂した。

 瞬間、噴き上がる飛沫しぶきと爆炎が俺の視界を染め、身体の半分がまるごと吹き飛ぶのを感じた。

 不思議と痛みはなかった。この世を去る最期の瞬間、俺の心を占める思いはただ一つ。


「皆が……待ってる」


 先に逝った戦友達が、靖国やすくにで待っている。俺達が死を恐れない理由はそれだけだ。

 何も悔いることなどない。俺は使命に殉じた。そして、向こうでまた皆と笑い合えるのだ。


 こうして俺、海軍少尉飛羽ひば隼一じゅんいちは死んだ。

 その筈だったのだが――。




 ✿ ⚓ 歌詞出典 ⚓ ✿


「満州娘」(1938年)

 作詞:石松秋二(1945年没)

 1995年著作権保護期間終了

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