第14話 北の急襲
二日続いた雨が止み、いつもと変わらない薄曇りの空が新潟の街を覆っていた。部活か補習か、土曜日でも制服を着込んだ高校生の一団に混じって新潟駅の構内を抜け、
上越新幹線開通に合わせて八十年代に整備されたこの南口は、昔のままの姿を残した
瀬賀も普段はあまりこちら側に来ることはなかった。休日の今日、わざわざ単身ここにやって来たのは、駅前の複合施設「プラーカ新潟」の客入りを――より正確には、客入りの少なさをこの目で確かめるためだった。
両耳に挿したイヤホンからは、先月リリースされたばかりのAKB48の最新シングル「心のプラカード」が流れている。前田敦子と大島優子の時代で止まっているAKB知識を多少なりとも最新の状態にアップデートしておこうと思い、同期の丸山から余ったCDを貰って
目に映るのは駅ビル
一階には県下最大規模のジュンク堂書店があるが、土曜日の昼前という時間を考えると、やはり客の入りは物足りない気がした。どうかすると店員の人数の方が多いくらいだ。先日のAKB総選挙のランクインメンバーの写真集「水着サプライズ」が面置きされていたのを手に取り、表紙の十六人の顔と名前がどうにか一致するようになった自分を心の中で褒め称えてから、瀬賀はそれを陳列に戻し、書店のスペースを離れた。
吹き抜けのカフェを見下ろし、地下一階のコミック専門フロアにも降りてみる。そちらも客足はまばらだった。そもそも、建物全体に空きテナントが多く、賑わいに欠けるのだ。市の第三セクターによる経営が一度完全に破綻し、民間の手に渡って再始動したという経緯を考えれば、これでも十分頑張っている方なのかもしれないが。
最新シングルに続いてスマホから流れるAKBのアルバムを聴きながら、瀬賀は地下で繋がっているプラーカ2、プラーカ3を順次見ていった。どこも決して繁盛しているとは言えなかったが、実は、彼にはその方が都合がいいのである。キーテナントの不在、集客力の不足で困っているという
新潟にAKBの支店を誘致する――。そのプランを実現するために、どうあっても避けて通れないのが、民間のスポンサーの獲得だった。
今年のAKB総選挙から既に三ヶ月。瀬賀は、「雪女」の
AKBを取り巻くお金の動きや力関係について調べる中で、色々と興味深い事実も判明してきた。AKB48グループを運営する株式会社AKSの実質的な親会社は、パチンコメーカー最大手の
さらには、AKBの有力メンバーが数多く所属している
だが、これだけでは決して足りない。これらの事実はあくまで、「裏日本」新潟に支店を出すことへのハードルがやや低くなるかも、という程度の話でしかない。AKBをこの街に呼ぶには、結局、第三者のスポンサーの存在が必要不可欠だった。
夢物語にとどめずプロジェクトを具現化するなら、ここから先は行政だけで話を進められるものではない。スポンサーに名乗りを上げてくれる民間企業を探さないことには、話は先に進まない。そして、スポンサーを探すとは、取りも直さず、「新潟48」の専用劇場の候補となる施設を絞り込むことにも等しかった。
どんなに売れても、
そうなると、ここプラーカが有力候補の一つとして浮上してくるのである。現時点でも三割ほどの空きスペースを抱えるプラーカは、集客力の強いテナントを喉から手が出るほど欲しがっているのではないか。瀬賀は週明けの会議でそう発言するつもりだった。
こうした調べ物やアイデア出し一つ取っても、自分はまだまだ「雪女」の久住の足元にも及ばないだろう。だが、先輩任せにはしたくないという気持ちが彼を突き動かしていた。ほとんど丸山と久住に牽引されてここまで来たようなものだが、それでも、新潟にAKBを呼ぶという発想を最初に言い出したのは自分だ。知識や経験で周囲に劣ろうとも、自分の世迷い言を現実に変えるための努力は惜しみたくなかった。
アイドルを目指す女の子のチャンスを広げるためとか、地域の人達を喜ばせるためとか、夢物語を語っているだけでは大人の世界は動かせない。この街にAKBの支店が出来て得をするのは誰か、ビジネスの目線でソロバンを弾かなければならない。
瀬賀が今、スポンサー候補として思い描いている民間企業は二つあった。一つが、解散した第三セクターからプラーカの営業を引き継いだ
NSGが新潟県下で運営する多数の専門学校の中には、もちろん芸能に関するものも含まれている。また、つい最近、老舗ホテル「イタリア軒」の買収でも話題になったように、NSGは教育以外の事業にも積極的に手を広げており、Jリーグのアルビレックス新潟の主要スポンサーも務めているのだ。しっかりとメリットを提示できれば、AKB誘致に乗ってくれる可能性は十分にあるのではないかと思われた。
まだ青写真以前の絵空事に過ぎないが、こうした中核スポンサーを軸に、アルビレックスのように新潟県下の多くの企業が出資しあって「新潟48」を支えるという未来もそう遠くないかもしれない。今の彼には、そんな思索をめぐらしている自分が、なぜか楽しく、誇らしくもあった。
と、そんな時だった。南口を一通り見てまわり、駅構内に戻ろうとしていた彼の耳に、AKBの歌声に変わってラインの通話呼び出し音が突如流れ込んできたのは。
スマホを取り出して画面を見ると、掛けてきたのは丸山だった。イヤホンのまま通話に出ると、同期のアイドルオタクの声はいつになく焦りに満ちていた。
「お前、今朝の日刊スポーツは見たけ?」
「へ?」
「見てないんか。WEB版のURL送ってやるさ」
質問を差し挟む余裕もなく通話は切れ、数秒後にはラインのメッセージでURLが送られてきた。嫌な悪寒を感じながらそれをタップすると、画面には日刊スポーツの水色のロゴと、ニュースの本文が現れた。
『SPR48が来春札幌に誕生 秋元氏明言』――。
ハッとなって顔を上げると、すぐそばに駅の売店があった。小銭を出すのももどかしく、瀬賀は千円札をカウンターのおばちゃんの前にバンと置いて、目の前に挿してある日刊スポーツをその場で広げる。「来春誕生 SPR48」――WEBよりもずっと視覚にインパクトを残す、その金色の大見出しを見た瞬間、全身の血流を沸騰させるような衝撃が彼の身体を襲った。
モタモタしてたら北海道に取られる――と、かつての久住の一言が脳裏に蘇る。
「やられた……!」
「兄ちゃん、お釣り。何をドラマみたいなんしてるんかね」
売店のおばちゃんの呆れたような声を聞きながら、彼は新聞の端をそれこそドラマのように握り締めていた。
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