第31話「ゾンビニュース その三」
ゾンビワクチンの保存は人肌程度、つまり37度前後で保たねばならず、それ専用の保管機が必要となっていた。
だが、保管機の電源プラグが抜かれるという事件が各地で勃発。
その経緯を辿ると、1つのSNSアカウントが浮上してきた。
『日いずる国の救世主』というアカウント名で、ゾンビワクチンは危険! これを打つと白血病のリスクが高まるとか怪我が治らなくなるなどの微妙にありえそうなものから、このワクチンを打つと新時代の走るゾンビになると言ったウソのようなものまで色々と書かれて、それを防ぐためにワクチンは破棄させようという、つぶやきが。
そして、それを増長するように、「今日、保管機のプラグを抜きました」という返信があり、その人物には賛美が送られていた。
その事に端を発し、プラグを抜こう運動がSNS上で発足。多くの支持者が声をあげているというありえない状況が起きた。
それも全て、先導役の『日いずる国の救世主』は言葉の1つ1つに力があり、自然と彼もしくは彼女の言う事を聞く人々が増え始めていった所為であった。
※
「コーイチさんは、この『日いずる国の救世主』のこと、どう思われますか?」
日いずる国の救世主は最近SNSで噂の人物で、それがニュースになるのはごく当たり前の流れ。質問されるだろうと想像していたコーイチはもちろん知識は入れて来ていた。
「ああ、その人の事なら、僕は大賛成ですね。まさしく救世主なんじゃないですか。むしろ、こんな怪しいワクチンをすんなり受け入れる方が分からないですね。来週くらいから一人暮らしの人や50代の人を優先的にワクチン接種するようになりますけど、僕は一人暮らしですが、受けるつもりはないですよ」
今日のコーイチは良い気分でコメンテーターとしての仕事をこなす。
世の中には自分と同じ思いの人物が多くいるということの再確認にもなり、先週の怒りがウソのように、今は晴れやかな気分だった。
街の声でも約8割がワクチン接種しないと答えていたことも追い風だった。
しかし、そこにまたしても水を差す存在が。
「これが良い行いだなんてマジっすか? オレは許せないですね。これで平和になるはずの未来を潰しているんすよ!」
立ち上がり、珍しく怒りをあらわにする松井に、コーイチは内心、してやったりとほくそ笑んでいた。
しかし――
「オレは、もし、もし仮にこのワクチンで何かしらの副作用があったとしても、ゾンビになって人を襲うよりはマシだと思ってます。だってそれって傷つくのは自分だけっすよ。確かにそれで残された家族とかは傷つくかもしれないっすけど、ゾンビになって誰かを傷つけたってよりは幾分かマシだと思うんすよね。だから、それを邪魔するような、救世主なんて、救世主じゃないんすよ! こんなのただ、自分が話題の中心にいたいだけの雑魚っすよ。そんな雑魚の言いなりになるなんて恥ずかしいと思うべきっす!!」
『日いずる国の救世主』の発言に負けないくらいの言葉の力で、コーイチを黙らせ、アナウンサーやゲスト、さらにはスタッフからまで拍手が送られる。
「あ~、すんません。熱くなりすぎました」
恥ずかしそうに頭をぺこぺこと下げ、着席する松井。
このときのニュースは絶賛され、世間は、『日いずる国の救世主』よりも松井を支持する者が増え始め、街の声もワクチンを接種しないと答える声が4割にまで減っていた。
「くっ、これは、もっと危機感を煽らなければ、日本が終わってしまう! 海外では不安の声が多いんだ! 海外では僕の意見の方が正しいんだっ!」
海外では、打ったら不調になったとか、打ったら磁石が体にくっ付くようになった。他にもワクチンの中にマイクロチップが入っていて人間を管理しようとする闇の組織の陰謀だという意見まであった。
これらをコーイチはSNSで紹介しまくった。
ちまたでは『日いずる国の救世主』はコーイチではないかと目されており、彼の発言はSNSとニュースで注目の的であったのだが、その度に松井が口を挟み、最終的には松井のペースに持って行かれるというのが続いた。
コーイチはSNSに新たに書き込むが、だんだんと相手にしてくれる人数は少なくなり、さらに追い打ちをかけるように、次々とプラグを抜いた犯人が捕まり、偽計業務妨害、器物損壊罪で捕まり懲役刑に処された。
これによって、プラグを抜こうとする人も激減、ゾンビワクチンは予定通り、
「くそっ、なんで誰も僕のいう事を聞いてくれないんだ! 松井より僕が正しいはずなんだ」
コーイチの飲酒量は増え、テーブルの上にはすでに6~7本のビールが置かれている。そして、飲酒量が増えると同時にサプリや薬も増え、テーブルの上に散乱していた。
ワクチン接種に反対する声はそれでも一定の支持があった、というか、コーイチと松井のやり合いが好評で
その為か仕事量は以前と変わらないどころか、松井とセットで呼ばれる機会はむしろ増えたくらいであった。
そんな中、ワクチン接種は順調に進み、すでに40代、30代も接種対象となったが、
いつの間にか、『日いずる国の救世主』というアカウントはなりを潜め、その名前は忘れ去られていった。プラグ事件というのだけが一部の人たちの記憶に残っただけであった。
※
「今日も、松井と仕事か……。だが、今日は、一味違う。やはり僕が正しかったんだ」
コーイチは胸ポケットにUSBの記録媒体を秘め、テレビ局までの道を歩いていた。
その記録媒体にはワクチン接種した人がどうなったのか記されたもので、30万人受け、そのうち、30人が不審死を遂げているという。
「このデータがあれば……」
1万人に一人の割合で亡くなっているのが多いのか少ないのかは分かないが、それを多いと見せかけ誘導することは可能だとコーイチは考えていた。
「このデータがあれば、松井のやつに勝てる!」
いつの間にか、人々の危機よりも松井に勝つかどうかが最大の問題になっていた。
興奮に胸膨らませてつつスクランブル交差点を通っていると、急に心臓が苦しくなる。
(うっ、心臓がまた……、く、薬を飲まねば)
これまでも度々、心臓に負担が掛かり、胸を押さえることがあった。テレビの収録中は隠れて薬を飲んだり、苦痛が去るまで我慢していた。
今は、まだテレビもないし、交差点を渡る途中であった為、内ポケットからピルケースを取り出す。
「おい! ここに、住むのはダメだと言っただろ。早く退去しないさい」
「ひ、ひえぇ~~」
警察の少し怒ったような声、続いて、男の怯えた声がすぐ背後からしたと思うと、
――ドンッ!
「えっ?」
コーイチの背後に誰かがぶつかり、ピルケースが地面へと落ちる。
さらにそのピルケースは、コーイチにぶつかったボロボロの服を着たホームレスと思しき人物に蹴られ人込みの中に消えていく。
「おっ、おい!! くっ、うぅ、ああっ」
さらに興奮したのが仇となり、余計に心臓に負担がかかり、そのままスクランブル交差点の真ん中で倒れる。
(だ、だが、これだけ人がいれば、誰かが助けてくれるだろう……)
しかし、一向に誰かが助けてくれる気配もなく、コーイチは必至に薬を探そうと手を伸ばす。
(く、薬を取ってくれるだけでいいんだ)
「だ、大丈夫ですか?」
そのとき、頭上から声が掛かり、一安心したのも束の間、その人物は、
「えっ、木原コーイチ? ヤバッ!」
そう言って、離れた。
「皆、この人、木原コーイチだ。ほら、絶対にワクチンは打たないって言っていた。ゾンビ化するかも! は、離れないとっ!!」
混雑する、スクランブル交差点のはずだったが、コーイチの周囲はすっかりガラ空きになる。
「う、ううぅ。あれは……」
人が居なくなったおかげでピルケースは見つかったが、依然、手は届きそうになかった。
(誰か、誰か、助けてくれ。すまなかった。僕が間違っていた。助ける、助けるべきだったんだ……)
そのとき、コーイチの視界に松井の姿が飛び込んできた。
松井は倒れている人がいれば助けると豪語していた。ならば、今の自分を見れば助けてくれると思い、手を伸ばす。
(た、助けてくれ。いや、助けなくても、そこにあるピルケースを取ってくれるだけでいいんだ)
懇願するように見つめると、視線がばっちりと会い、これは助けてもらえると思った。
しかしっ! 松井はピルケースをさらに遠くまで蹴り、それから、くるっと振り向いて、テレビ局の方へと歩いて行ってしまった。
(ま、松井ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!! お前っ! お前がっ、僕と反対のことばかり言うからっ!! それなのにっ!! ここで見捨てるのかっ!)
「がっ、あああ」
コーイチは胸を押さえ、転がりながらも視線は松井が去った方向から外さなかった。
ここ最近のストレスも、今の心臓が悪化したことも全て松井に勝つ為に起因していた。それもこれも、キレイごとを言って世間を味方につける松井をどうにか
(許さないっ!! 絶対に許さないぞっ!! お前だけはっ! お前だけはっ!!)
この日、ワクチン接種開始から久し振りにゾンビが街に現れた。
※
「続いてのニュースです。ゾンビワクチンの接種が10代も対象になりました。懸念されていた副作用はほとんど出ていない模様です。また本日のゾンビの件数は1件とゾンビ化の波は収縮傾向にあります」
――プチッ
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