第25話「ゾンビを拭う人 その四」
達士が向かった先は警察だった。
しかし、ただの警察ではなく、そこは捕まえたゾンビを収容する、言わば刑務所のようなものであった。
建前は、ゾンビ化患者の療養宿泊施設とかという名目だったが、中の部屋は監視・観察も兼ねて見やすいよう透明な強化ガラスで区切られ、打ちっぱなしの寒々しい室内に一度も使われることのない便器とベッドが置かれただけの簡素な部屋が並ぶ、ある意味では刑務所よりも人権のなさそうな場所であった。
達士は受付でZATの隊員であることを示し中へと侵入する。
私用は完全に越権行為なのだが、そんなものを気にしている余裕は達士にはなかった。
中の職員を見かけると呼び止め、尋ねた。
「自分はZATの隊長、
明らかに本物の警察手帳。それにZATの腕章とネームカード。そもそもでこの療養所内までやってきていることからも疑わしい点はなく、職員は言われるがままに、鍵を取ってきますと歩きだした。
職員はキーボックスを開け、中から使われていない部屋を探していると、
「鍵の扱いが不用心だ。もう少し背後に気をつけた方がいい」
そんな声と共に、バチバチっと電流が流れると職員の意識が飛んだ。
達士はスタンガンを仕舞うと、ガッと鍵を掴み、ポケットへと入れた。
「ゴホッ、ゴホッ、ふぅ、次はハルオの部屋だな」
ZATに送られてきた資料には、103号室に収容されたと記されていたのを達士は記憶しており、その場へと向かった。
103号室。
強化ガラス越しに見えるゾンビはハルオそのものだった。
「よぉ。バケモノ。決着をつけに来たぜ」
鍵を開け、中へと入って行く。
「お前に殺される前に、こっちがお前を殺す。正々堂々と! それがケジメってやつだ」
スタンガンを投げ捨て、制服の上着を脱ぐ。
ファイティングポーズを取った達士は、ハルオと対峙する。
夢の中での恐怖がぶり返すが、
(怖い。心底怖いが、それは死への恐怖だ。なら、動ける。今までずっと相手にしてきたからな。ぽっと出のゾンビなんかより恐ろしい死の恐怖と)
夢の中でのイメージを振り払い、地を蹴って一気にハルオまでの距離を詰めた。
「シッ!!」
胴体に2発叩きこみ、膝を蹴ってバランスを崩す。
(行ける! 夢の中より断然脅威はないっ! このまま頭を潰せばっ……)
そして、トドメと言わんばかりに顔へと拳が伸びる。
その拳がハルオの顔へ当たろうという直前で、達士はその手を止めた。
「ごほっ! ごほごほっ!!」
急な咳とめまいが遅い、よろめく。
(ま、まずい、このままでは食われる!)
何か打開策を打たねばと思っているが、めまいで思考がくもる。
もはや出来るのは死を覚悟するだけかと思われたが、ハルオはまるで達士を心配するように背中にそっと手を置くだけで、襲い掛かる様子も逃げ出す様子もなかった。
「なぜだ。なぜ、食おうとしてこないっ!! なぜ! 笑っているっ!!」
ゾンビは表情がない。しかし、なぜか達士にいはハルオがにこやかに笑っているように見えた。
あの夢での鬼気迫った感じは少しもなく。
「自分のせいで、お前の母親は死んだんだぞっ!! 復讐しようとは思わないのかっ!! これはっ! 人間としてゾンビに奪われた自分と、ゾンビとして人間に奪われたお前の戦争だろうがっ!!」
達士の怒声にもハルオは表情を変えることなかった。
ハルオは手を離しくるりと振り返ると、壁に向かって爪を立て始めた。
「くそっ! しょせん、バケモノか。理性もなく、意味も解さない。これでは、これでは自分はなんのために……、なんのために最後をここで迎えようとしたのか……」
――ジリリリリリッ!! ジリリリリリッ!
制服の上着に入っていたスマホが鳴る。
茫然自失としながらも、それを取ると、主治医である老人からであった。
「久下さん、おかしなことが起きたんだが、驚かずに聞いてくれよ。この前キミの体から採血したのを検査したのだが、なぜかHIVが消えているんだよ。誓って以前がミスだったということはない。何か思い当たることはないかい? いや、こんな奇跡、思い当たることなどないのだろうけども……」
「未知のウイルス? もしかして、自分の病気を殺したとでもいうのか……」
達士はおもむろに電話を切ると、ハルオを見つめた。
「も、もしかして、自分を襲ったのは治療行為だったのか……、だから今は笑って……」
ハルオは表情を変えない。
代わりに少し移動すると、壁の傷が達士の目に入る。
それは不格好な直線だけで、
『イ キ テ』
と書かれていたようにその瞳に映った。
「あ、ああっ、すまない。すまない。すまない。ありがとう」
泣き崩れた達士は、その後職員によって部屋から出された。
※
数日後。
現場に復帰した達士は、高根家の捜査に加えてもらっていた。
すでに捜査はされていたのだが、複雑怪奇な家の構造、そしていつゾンビが出てもおかしくない恐怖によって遅々として進んでいなかった。
窓際にあった死体を発見した以外は。
そんな中、もし他にもゾンビが居た場合の保険としてZATが呼ばれたのだが、結局、春雄以外のゾンビはおらず、地下から新たに数人の遺体が見つかっただけだった。
達士は警察無線を傍受し被験者を探していたであろう部屋で、1冊のノートを手に取ると中身をパラパラと眺める、そのノートはマサエの被験者候補リストであった。
近隣で起きた犯罪をまとめ、その犯人像を推理し調査した結果で、警察も真っ青な捜査力であった。
「これなら、警察はいらないかもな」
思わず、苦笑すると、一人の被験者が目についた。
『婦女暴行殺人犯。被験者一号として捕獲』
その殺人犯に名前の記載はなかったが、どこで、どういった犯罪を犯したかは事細かに書かれており、そのうちの1件に、独身女性を殺害後放置、ゾンビ化し、妹と近くに居合わせた警察官を襲うとあった。
「はぁ、まさか、親子二代で自分の仇をとってくれるとはな」
殺人犯や人を襲ったゾンビに敬礼などもっての他なのだが、達士は思わず敬礼のポーズを取っていた。
※
「続いてのニュースは、HIVの新薬開発か!? 動く死体という特殊状況が新薬の開発に貢献するかもしれません。この度はハルオというゾンビからHIVの特効薬になるかもしれない成分が検出され、一般化を急いでいます。また、このウイルスは人の白血球に作用するものと見られ、他の不治の難病と言われてきたものも、もしかすると治る時代がやってくるかもしれません」
――プチッ
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