第21話「ゾンビ・スイート ホーム・アローン その三」

「絶対に何か罠があるはずだからな。オレが先に行くぞ」


 匡平はゆっくりと何もないか確かめつつ、歩くのだが、


「先輩、大丈夫ですよ。今までも死ぬようなトラップはなかったですし」


 ぐいぐいと叶美に押され、否応なしに、進まされていくと、匡平の足にピアノ線か何かの細いものが触れた。


「はっ!」


 匡平は反射的にしゃがむと、上からロープで釣られた空のバケツが振り子運動で襲い掛かった。


「べぇ!!」


 しゃがみ遅れた叶美の顔にクリーンヒットしその場に倒れる。


「せ、せんぱい、なんで避けるんですか……?」


「つい、反射的に」


「くっ、これくらいで負けないわ!」


「お、おい、無理するな」


 赤くなった鼻をこすりながら立ち上がる。


「こんな子供じみたトラップにいつまでもやられる、わたしではないってこと教えてあげますよ!! やっぱりわたしが先行します!」


 それからの叶美の快進撃は凄まじかった。

 鷹のように鋭い目つきでトラップを次々に発見し、そのことごとく――。


 


 それも匡平を巻き込んで。


「で、どうしてこうなった?」


 匡平のスーツはびしょ濡れで、お尻のところが破けている。さらに両足にはペンキの缶に満たされた接着剤によって張り付いていて、歩く度にカランコロンと音がする。


「ずびばせん……、くちょん!」


 叶美は全身粉だらけで真っ白だが、顔の部分だけ微妙に黒いつぶつぶがくっ付いていて、しきりにクシャミをしている。


「こ、胡椒って本当にくしゃみ出るんですね。くちょ!」


 それでも二人はなんとか、かんとか地下への階段へとたどり着いた。


「で、でも、あと少しで仕事場ですね」


「ああ、本当に長かったな。毎回、罠のクオリティが上がるのマジで勘弁してほしいわ」


 満身創痍の中、叶美は地下へと降りて行く。

 地下室には仕事部屋の他に、倉庫にもなっていて、トラップの為に用意したであろうあれやこれが置かれていたり、過去にマンガの資料として使ったと思しき道具などが雑多に積まれている。

 地下にはトラップが張っていないのか、何事もなく、進めたのだが、その事実に匡平は首を捻った。


「なんか、おかしくないか? あのマンガ家なら、絶対最後にもえげつない罠を仕掛けてくると思うんだが」


「前回、仕事場の周りにトラップ仕掛けて、うるさくて出てきてくれましたし、流石に懲りたのでは?」


 叶美は楽観的に捉えながら、仕事場のドアノブを回した。


 匡平はごくりと息を飲むも、何事も起きなかった。


「丹さーん、いらっしゃいますか~?」


「…………」


 返事はない。


「丹さ~ん?」


「…………」


 やはり返事はなく、叶美は仕方なく中へと入っていく。

 部屋の中は、倉庫の方とはまるで違いキレイに整理整頓されている。

 いつも丹が使っている仕事部屋は大きなテーブルと椅子。パソコンを含めたマンガ機材一式。それから資料として使うのか大きな本棚と大量のCDが入ったラック。

 その日の気分で聞きたいCDを変えるらしいと以前何かのインタビューで答えていたのを叶美は思い出す。

 他に、カーテンで簡易的に仕切られた隣の部屋にはトイレや洗面所、冷蔵庫、電子レンジなどの生活に必要なものが置いてある。


 普段ならば、忙しそうにテーブルに座しているのだが、その姿も見えない。

 そのとき、


 ――カリッ。カリッ。


 爪で何かを引っ掻くような音が隣の部屋から聞こえてくる。


「丹さん?」


 ゆっくりと隣室へ続くカーテンを開けると……。



「にゃー」



 どこからか入り込んだ黒猫が柱で爪を研いでいた。

 叶美は黒猫を抱え上げると優しく語りかける。


「ネコちゃん? どっから入ったのかしら? 他に人はいなかった?」


「にゃー」


 最後の質問に答えるように一鳴きすると、カランコロンという音と共に不意に背中に衝撃が走り、「ぐえっ!」と女性らしからぬ声が漏れ、隣室へと転げ込む。


「ちょっと、先輩、なにするんで――」


 文句を言いかけた、叶美の目の前には、血の気の失せた丹。誰がどうみてもゾンビ化しているようだった。


「ゾ、ゾ、ゾゾゾゾゾ、ゾンビッ!!」


「テーブルの下から出て来たぞ!」


 ゾンビの丹は手にGペンを握りしめており、マンガを描いているときに亡くなったのではないかと推察できた。


「も、もしかして、未完でマンガを終わらせることが心残りで……」


 人間としてはどうかと思うが、その姿勢には敬意を抱いたのも束の間。


 ――ポォイ!


 ゾンビは手に持っていたGペンを捨てた。


「おぉい!! わたしの感動と尊敬を返せっ!!」


 その言葉に反応したのか、ただ単に大きな音の方へ向いただけなのか、ゾンビは叶美の方へ向かってくる。


「ちょっ! 別にこっちに来なくていいわよ!!」


 ゾンビはゆったりとした動きだが、確実に叶美を追い詰めて行った、そのとき、カランコロンと音をめいっぱいに立てる匡平。

 その姿はまるでタップダンスをしているようで滑稽ではあったが、狙い通り叶美から離れていく。


「そうだ。こっちに来いっ!」


「先輩っ!!」


「お前はさっさと逃げて警察に電話しろ!!」


 襲い来るゾンビの腕を匡平は掴み、柔道の組んだときと同じように相手の重心を崩すべく、下へ上へ、右へ左へと揺さぶる。


「おおおっ!! 今だ、鶴岡走れっ!!」


 もみ合いながら仕事用のテーブルにゾンビを打ち付けると半分ほど真っ白な原稿用紙が散らばる。


「くっそ、この足のバケツさえなければ投げられるのに……」


 苦虫を噛み潰したように呟く匡平の視界には、部屋の扉から脱出する叶美。


「ふっ、先輩らしいことが出来たかな」


 一瞬だけ優しい表情を見せた匡平だったが、すぐに、


 ――ガタゴト。ガタッ!


 という、明らかに扉の前に何か重たい物を移動させている音に苦虫を噛み殺したような表情を浮かべた。


「おいっ! 鶴岡っ!! 扉の外にバリケード作ってないか!?」


「先輩の雄姿は忘れません。ゾンビにならず成仏してください!!」


「まじかっ!! いや、万一、オレが逃げられるパターンとかあったと思うんだが、その可能性を潰すのかよっ!?」


「生きてるよりも戦って死んだ方がカッコイイですし、わたしの記憶に残ります!!」


「お前の記憶とかどうでもいいからっ! 逆にオレの記憶には一生残ったわ!!」


「少ない一生、鮮烈な思い出が出来ましたね!」


「悪い思い出だけどなっ!! お前、そんなことしてると、ゾンビ映画だとお前の方が凄惨な死に方するやつだからなっ!」


「先輩、現実を見ましょう。あれはフィクションです。ところで、先輩、フィクションって言えば、電気を浴びたときアニメみたいに骨って見えないんですよ。知ってました?」


「はぁ? 何を言ってるんだ?」


「じゃあ、もうひとつ。水は電気を通すんですけど、水っぽい接着剤は電気を通さないことが多いんです」


 ――バチバチバチッ!!


 いつの間にか部屋中に水が満たされており、そこに電気が走る。


「うおっ!」


 ゾンビへと電気が到達すると同時に、匡平は思わず手を離した。

 なぜか丹だけが電気の餌食となり、その場で感電する。


「警察の知り合いからの知識なんですけど、なんでもゾンビを制圧するときには、電気を使うといいみたいですよ。電気信号が狂ってしばらく動かなくなるとかって」


 扉が開かれると、発電機を足元に、バケツを抱えた叶美が姿を現した。


「いや~、先輩まで感電しなくて良かったです。やっぱり、そのバケツの接着剤は絶縁素材でしたね」


 ふぅと叶美は安心したように額の汗を拭った。


「お前、オレをエサにして逃げたんじゃ……」


「そんな、わたしが先輩をただのエサに使う訳ないじゃないですか! ちゃんとわたしは先輩を囮に使いますよ!! それに今回は勝算もありましたからね。ほら、最初に電気を食らいましたから最低でもバッテリーはあると思いましたし、わたしも先輩もバケツとか水とか食らいましたからね……」


「それは、なんて言っていいのか……、まぁ、とりあえず、今回は礼を言っておく」


「えへへ。どうもです」


 叶美は照れたように笑って、はにかんでみせた。


「さて、あとは、この状況をどう説明するかだな」


 二人は荒れ果てた家の中、そしてゾンビと化した主、しかも電気で無力化済みというなんとも説明しがたい状況を前に、頭を抱えた。


「う~、死んでも大変なんてっ! なんなのよーーっ!!」


              ※


「マンガ家の丹敏生さんが自宅で亡くなりゾンビ化しているのが発見されました。訪れた市役所職員に襲い掛かりましたが、幸い軽傷でした。ゾンビは駆け付けた警察官により無事に拘束されました。またこのゾンビに感染の心配はございません。本日のゾンビは1件。以上、ゾンビニュースでした」


 ――プチッ

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