去る男の不毛な想い
志央生
去る男の不毛な想い
たった一言が僕らに終わりをもたらした。彼女と過ごした数年間が泡のように弾け、後には何も残らなかった。
「どうにか元に戻りたいんです」
酒とつまみが並ぶテーブル、僕は俯きながら口にする。後悔先に立たず、とはよく言ったもので彼女と別れてから数日で僕は尋常ではないほどの喪失感に襲われ、彼女という存在の偉大さを実感させられていた。
「まぁ、そうは言ってものの普通には無理だろう」
目の前で同じく酒を飲む男は事の重大さを理解してないのか、あっけからんと答える。ただ、その言い分は正しいものだと理解できる。一度切れた縁を結び直すのは簡単なことではない。それでもどうにかできないかと悩んでいるのが現状なのだ。
「どうだろう、僕の今の気持ちをしたためた手紙を出すというのは。きっと、それを読めば彼女も」
ひらめいたことを口にすると男は眉をひそめて身を引いていた。
「正気の沙汰ではないな。それを自分がされたらうれしいか」
そう言われて僕は自分のみに置き換えて考える。別れたばかりの相手から気持ちをしたためた手紙。たしかにそれを貰っても気持ちは動かなかった。それどころか恐怖さえ覚える。
「想像していたよりも重いですね。では、どうしたら」
酒をあおる男は目を閉じて思案し、数秒を費やした。
「諦めて次を探すのがいいだろう」
真面目に考える気が無いのか、ふざけた答えが返ってきた。僕は顔をしかめると反論する。
「彼女以上の女性はいません。この数日でそれを実感しました。だから、元に戻りたいんです」
酒の入ったグラスを机に勢いよく置いた。その音にまわりの視線が向いてしまい、慌てて謝る。「なので、次はないつもりです」
僕の意思を伝えて、知恵を貸してほしいとお願いする。
「そうは言っても、相手がすでに気を無くしていたら意味が無いだろう」
男の言葉に僕は一つの確信めいたものがあることを告げる。
「大丈夫です。僕がこんなにも後悔していますから彼女も間違いなく後悔しているはずです」
そう力強く宣言すると男は目を丸くしていた。「お互い素直に元に戻るための言葉を言えないだけだと思います。だから、この気持ちを伝えるための方法を考えているわけです」
僕は酒をあおり、酔いが回り気分が高まっていく。そうだ、覚悟を形にしてみせれば彼女も理解してくれるかもしれない。
「指輪」
僕はそう口にした。男はその言葉に反応して聞き返してくる。
「はっ、今なんて」
「だから指輪ですよ、指輪。いずれは結婚することを伝えるための形として、彼女に指輪を渡そうと思います」
顔が熱くなりつつあるが、そうと決まれば早々に行動しなければならない。こんなところで酒を飲んでいる場合ではないのだ。グラスに残った酒を一気にあおり、財布から一万円を置く。
「ありがとうございました。なんとかなりそうです」
僕はそう言って店を後にした。後ろで男が何かを言っていたようだが、僕の耳には届かなかった。
去る男の不毛な想い 志央生 @n-shion
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