殺人細胞

蒼風

Ⅰ.発端

 最初は本当に何でもない失踪事件だった。


 ○○県××市△△町に住んでいるAさん(28歳・会社員)の行方が突然分からなくなったのだ。


 Aさんは友人も多く普段から明るい性格をしている以上、自殺は考えにくいとされ、警察も何らかの時間に巻き込まれた可能性を中心に捜索を開始した。


 そして、捜索開始から数日後。


 Aさんはとある公園のトイレで亡くなっているのが発見された。発見当時のAさんの状態などから、警察は殺人事件の線を中心に捜索を開始したが、その可能性は数日で否定されることとなった。


 Aさんに目立った痕跡が無かったのである。絞殺であれば、首に縄などの跡が付くだろうし、撲殺ならば頭部に何らかの跡がのこるはずだ。刺殺なら発見時に出血が確認できなければおかしいし、毒物を飲まされたのであれば、解剖を行えばその痕跡を見逃すことはまずありえない。


 その痕跡が、無かったのである。


 警察も、医療関係者も血眼になって探したはずなのだ。


 けれどもその努力は「事件性なし」という結論を強化する助けにしかならなかった。遺族からは不満の声も上がったが、現場の医師からすればこれ以上どうすることも出来ない。


 火のない所に煙は立たないというが、Aさんの身体には火を起こした痕跡ひとつなかったのだ。これを「事件性あり」と診断することは出来ない。


 ただ一つだけ気になることと言えば、Aさんの、脳のことである。 


 脳が、通常の半分くらいに委縮していたのである。


 もちろん、脳が委縮するということ自体はありえない話ではない。


 けれど、それとAさんの死をどうしても結びつけることが出来なかったのだ。


 結果としてこの事件は半ば「お手上げ」という形で、未解決のままになり、Aさんの葬儀は親族や友人の元、粛々と執り行われたのだった。


 そう。


 ここまでは本当になんでもない失踪事件の一幕だ。


 未解決な事実や、不可解な検査結果はあるものの、それだけでは何かを断ずることは出来ない。サンプルがAさんだけではどうしようもない。それが医療の出した結論だった。


 一か月後。


 事態は“なんでもなくない”方向へと転がりだした。


 Aさんとは同僚で、同じく○○県××市に住む、Bさん(26歳・会社員)が無くなった。


 その脳は、Aさん同様に委縮していた、という。

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