兎死すれば狐これを悲しむ
甚平
1
『落ち行く先は九州相良』とは
そんな話を聞いたのは、学生課の事務員からだった。
「では、こちらが復学許可書となります」
イチョウ並木の通りは、落ち葉が
「講義は来週からになりますが、サークル活動などに制限はありませんので」
「サークルと言っても」
「図書館も、もう利用できますよ」
「図書館と言っても――」
図書館は武蔵原高校との境に置かれており、ガラス張りの一階は、秋になると紅葉を見ながら静かな空間で過ごすことができる。もっとも、書籍の電子化が進んでからは、ちょっとしたカフェのようになっている。学生の憩いの場、または教職員が、まだ電子化されていない専門性の高い書籍を求めて訪れる程度である。
「『
学生課の事務員は、切れ長の目をした女性だった。
「まだ電子化されていない、面白い書籍のようですよ」
「面白ければ電子化されているのでは?」
「分類としては、介護の書籍です」
「決闘?」
「なにか?」
「いえ……」
武蔵原大学は医療・福祉の学科が多い。一応は仏教系の学校であるらしく、仏教精神に則ってという建前があるらしかった。私は事務員の顔を見て「そういえば仏教説話にはやたらと狐が出てくるな」と思ったりした。
構内の人通りは少ない。たまに見かけると、ほとんどが白衣を着ていた。学内での実習が必要な生徒だけが来ているのだろう。そのせいか、落葉で赤や黄色に色づいた図書館までの道は、着色された新雪を踏みしめたようにさくさくと音が鳴った。
「わ」
と、肩を叩かれたとき、正直に言えば足音で気づいていた。
「先輩、実習でもあったんですか?」
「反応が悪いね」
「はあ」
「でも、ま、元気そうでよかったよ。じゃあね」
先輩は眼鏡の横で手を振ると、ざっざっ、と馬のように落葉を蹴りながら、ショートカットを揺らして走っていった。同じゼミだから、担当教授から話を聞いていたのだろうか。たまたま会ったというのも、考えられなくはないけれど。
事務員に紹介された『常盤橋の決闘』は、四階にあった。想像していたものより古く、昭和五十二年の発行である。司馬遼太郎など歴史・時代小説の流行りに乗ったようだ。
私はそれを借りようとしたが、貸出禁止の印が捺されていることに気づき、復学許可書だけを持って再び紅葉の道を歩いた。アパートに着くと、銀杏の実をいくつか踏みつぶしていたことに気づいた。そして翌日、『常盤橋の決闘』は、ハンセン病の歴史と高齢者への介護を取り扱った書籍であることにも気づいた。
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