第58話  トリカブト保険金毒殺事件

 トリカブト保険金殺人事件とは、1986年5月20日に発生した保険金殺人事件である。

 凶器として、トリカブト毒(アコニチン)が用いられたことが大きく報じられたほか、司法解剖を行った医師が被害者の血液等を保存していたため、その後の分析で殺人であることが発覚した。

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 犯人神谷力と被害者利佐子さんは、結婚した3か月後の昭和61年5月に、夫妻で沖縄旅行に旅立った。

 ところが神谷は「妻が寂しがるから」となぜか妻のホステス時代の友人3人を沖縄へと誘う。

 神谷と利佐子さんは那覇で一泊した翌日、友人たちと那覇空港で待ち合わせをして、那覇空港から石垣島へ行くことになっていた。

 那覇空港から石垣空港に向かう段になって、神谷力は、急用が出来たからと当然言いだし、自分だけ予定を変更して自宅のある大阪へ帰ってしまう。

 利佐子さんと友人3人は、どこか釈然としない思いで神谷力を那覇空港に残して、予定通り石垣島ヘ向かった。

 機内での利佐子さんは、いつも通り明るく、身体にも何の変調もなく、3人は無事に石垣空港に到着した。


 利佐子さんの身体に変調が起きたのは石垣島の空港に着いた直後だった。

 ホテルへ向かうタクシーの中で、突然、大量の発汗と嘔吐に襲われ意識がもうろうとなり、ホテルでは呼吸困難と心身の痙攣に苦しみ出したのである。

 慌てた友人たちが、救急車を呼び病院に搬送したが、心停止状態に陥った利佐子さんはすぐに息を引き取った。


 利佐子さんの死亡確認された時刻は午後3時4分で、那覇空港で神谷力と別れてから3時間以上経っていた。

 利佐子さんの身体に症状が出たのは、神谷と別れてほぼ2時間後であり、これが神谷のアリバイとなることになる。


 当初死因は急性心筋梗塞と診断されたが、内臓などに異変がないことから死因に疑問を持った解剖の医師が、心臓と血液を保存していたことが、後に事件解明の鍵となった。

 当時事件性のないと判断された場合、こうした保存をすることは極めて珍しかった。


 ここで友人のホステス3人が不審な死を写真情報誌に持ち込んだことで事件は動き出す。

 利佐子さんの死を目撃していた友人たちは、当初から神谷力を疑っていた。


 利佐子さんの友人たちは、執拗なスピード婚や元妻2人の不審死の他にも、神谷力に疑惑を持っていた。

 利佐子さんが、神谷力に栄養剤だからと渡されていたカプセルを飲んでいる姿を目にしていたし、神谷の行動は彼女たちの目にも怪しいことでいっぱいだった。


 さらに結婚後に利佐子さんに掛けられていた保険金は、4社で2億近い多額なものであることが判明する。

 保険の掛け金は、月々36万に近い額で、神谷力は、まだ掛け金を一度支払っただけだった。

 当時、自称経営コンサルタントの自営をしていた神谷には、実はほとんど収入がなく不自然なほど高額だった。


 マスコミの報道が過熱し、大野医師は利佐子さんの死因の症状、急激な腹痛、大量な発汗、嘔吐、呼吸困難、心停止という状況から、トリカブト毒に似ていると気がつく。

 そして保存していた血液と心臓を分析した結果、トリカブト毒アコニチンが検出された。


 同じころ、神谷力がトリカブトの花を62株購入していたと、福島県の園芸店からの証言がもたらされた。

 それが我が福島県の名勝、雪割橋の袂で営業する園芸店で、管理人も数度現地を訪れたことがある。

 非常に美しい紅葉が見れる場所だが、自殺の名所でもあるので注意が必要だ。


 


 神谷は、トリカブトの花は観賞用に植えて近所の奥さん方に観てもらっていたと取材陣に平然と答えていた。


 ここで問題となったのが、いくらカプセルを使用しても、1時間40分以上あとになって効果のである毒など存在しないということであった。

 那覇空港で飛行機に乗った神谷力のアリバイは完璧である。

 すなわち、どうやって毒の症状が遅らせることができたのか解明しなくては犯罪を立証できない。

 捜査本部はほとほと頭を抱えていたが、吉報はとある漁師からもたらされた。

 およそ二年間にわたり、1200匹以上の毒性の強いフグを売ったというのである。

 

 大野医師が保存していた梨佐子さんの血液検査が行われた。

 当時最新の技術で微量細密検査が行われ、血液からはトロカブト毒とフグ毒が検出される。

 だがこれだけでは足りなかった。

 毒が検出されただけでは神谷力のアリバイは崩せないのである。


 しかし大野医師は必死に学術書と格闘し、とある英語原文の学術書からヒントを得た。

 すなわち、トリカブト毒とフグ毒は正反対の作用を持つ毒なのである。

 細胞に過剰なナトリウムイオンを伝達するトリカブト毒と、細胞へのナトリウムイオンの侵入を阻害するフグ毒。

 この相反する作用が一定時間拮抗することで、毒の症状を遅らせることができたのだ。


 のちにわかったことであるが、神谷力は実験用のアパートを借り、毒の精製のために専門的な器具まで購入し、数年以上にわたって実験と研究を繰り返していたという。

 このアパートの畳から、トリカブト毒が検出されたことも新たな証拠となった。



 神谷力が人間が毒死する瞬間を目撃したのはたった10歳のときである。

 母親が不倫の末服毒自殺し、神谷力はその一部始終を目撃していたという。

 それがこの未曽有の毒殺事件にどんな影響を与えたかは定かではない。


 2000年2月21日、最高裁は、神谷の上告を棄却したため、神谷の無期懲役が確定した。

 そして2012年11月、神谷は大阪医療刑務所で癌のため病死した。73歳であった。

 判決が確定した後も無罪を訴え続けた彼が、はたしていかなる理由で医学生でもないのに専門書を読み漁り、専門の器具で数百匹のマウスに実験を繰り返したのか、その執念を解き明かす術は永遠にない。

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