第49話 アシュリー村住民消失事件
1952年8月17日午前3時28分、アメリカカンザス州でマグニチュード7.9という関東大震災並みの巨大地震が観測された。
その記録はアメリカ地質学研究所のほか、アメリカ中西部の各観測所で確認されている。
そして震源とされた町こそが、カンザス州の小さな町、アシュリー町であった。
カンザス州警察はただちに出動し、被害にあっているだろうアシュリー町を目指したのだが、彼らの目にしたのは倒壊した家屋や被災した住民ではなかった。
全長九百メートル、幅四百五十メートル、深さは不明で赤々と焼けただれていたという巨大な亀裂によって、アシュリー町へと続く幹線は寸断されていたのである。
実はすでに8月8日の段階から、アシュリー町は数々の異変に見舞われていた。
まず最初に警察に通報したのはガブリエル・ジョナサンという住民だった。8月8日午後7時13分、アシュリーの上空に「黒い亀裂が発生した」というのである。
同様の通報は、何十件も寄せられため、州警察は翌朝にパトカーを出動させた。
ところが出動したパトカーに乗っていた警察官、アラン・メイスはアシュリー町に向かう一本道を走らせていたにも関わらず、なぜか出発したヘイズ市に戻って来てしまう。
「分かれ道はどこにもなかった。どうして自分がここに戻ってきているのかわからない」とアラン・メイスは証言する。
当初は一笑に付した警察署長であったが、その顔面が蒼白となるのは早かった。
アラン・メイスの証言を受けて、今度は7台ものパトカーがヘイズを出発したのだが、7台すべてがヘイズへと戻ってきてしまったのだ。
その後も住民からの通報は相次いだが、どのパトカーもアシュリーにたどり着くことができないため、警察では不用意に外出しないよう警告することしかできなかった。
同日エレイン・カーターからヘイズ警察署に通報があった。
息子であるジェフリーとブルックが行方不明だというのである。
その後彼女は車でヘイズへ向かうと連絡してきたが、アシュリーからヘイズに通じる幹線道路で検問を行っていた警察の前に、エレイン・カーターが現われることはなかった。
8月10日になっても改善しない事態に、ヘイズ警察署はヘリの投入を依頼する。
当時はまだ少なかったヘリがアシュリー上空に到着したのは8月10日午前10時15分のことであった。
しかし上空を飛行するヘリからも、アシュリーの町は全く視認することができなかった。
8月12日、事態は最悪の方向に動き出す。
アシュリー町に住む住民の子供たち217名が一斉に失踪してしまったというのである。
親たちからは半狂乱の通報が寄せられるも、ヘイズ警察署は事態が落ち着くまで自宅で待機するよう説得するしか術がなかった。
8月13日、14日には空に大きな炎が見える。夜なのに真昼のように明るいなどの通報が寄せられたが、アシュリーの町の外で監視にあたっている警察官は、もちろんそんなものは見えなかった。
そして8月15日午後9時16分、最後の通報のベルが鳴った。
「はいこちらヘイズ警察」
「もしもし?」
「奥さん、落ち着いて、お名前を」
「私はエイプリル・フォスター。お願い助けて!!」
「何が起きているんです?」
「昨晩、彼らが戻ってきたのよ……昨晩」
「落ち着いてください。彼らとは誰です? 誰が帰ってきたんですか?」
「みんな」
「みんな?」
「彼らはみんな炎のなかに入ってしまった」
「みんなとはどういう意味ですか?」
「私の息子も……私は昨晩歩いていく息子を見たの。彼は炎に焼かれてしまった! ああ、彼は焼かれたのよ!」
「彼は去年死んだはずなのよ!」
「奥さん、言っている意味がわかりません」
「もう! ちゃんと話を聞いているの? 死んだ人も行方不明の人も、みんなみんな帰ってきたのよ! そして彼らは私を探してる! 息子が……ママに会いたい、どこにいるの?って」
「奥さん、今どこにいるんです? 安全な場所ですか?」
「隠れてるわ。他の人と同じように。でも何人かは扉を開けて彼らを受け入れてしまった。なんてこと! また悲鳴!」
しばらくの沈黙
「彼らに何があったのかはわからない。でも彼らの家は火の手があがって全焼してしまった。私はカーテンを閉めてクローゼットのなかに……」
「奥さん? 大丈夫ですか? 返事をしてください!」
ガラスの割れる音
「ああ、なんてこと……」
「奥さん?」
「彼らがなかに入って来てしまった」
「奥さん、できる限り静かにしてください。音を立てないで」
「彼が入ってきたんだわ」
くぐもった声
「ママ?」
「ママ、どこに隠れてるの?」
「ママ、みーつけた」
その後8月25日に再びマグニチュード7.5もの大地震が発生。
するとあの巨大な亀裂は見る影もなくピッタリと閉じてしまったという。
ようやく大規模な捜索が開始されたが、住民は一人たりとも見つからず、多くの民家が出火して焼け焦げた跡があっただけであった。
合計679名が死亡したと推定され、今も死体無き墓がアシュリー町墓地の一角に佇んでいる。
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