第21話 ハーメルンの笛吹き男の真相
1816年グリム兄弟によって発表された地方童話が、この「ハーメルンの笛吹き男」である。
おそらくは読者も知っていると思うが、物語の概要はこうである。
ハーメルンの街はネズミの大量発生に苦しんでいた。
隙間という隙間にネズミが跋扈し、食料は根こそぎネズミにかじられて満足にパンを食べることもできない有様だった。
市民たちは市長のもとへ押しかけ、早急な対策を要求する。
そこに現れたのが斑模様の服をきた笛吹き男であった。彼は市長に賞金を出すならネズミを退治しようともちかけた。市長は大喜びでその要求をのんだ。
翌日、斑模様の服を着た男が笛を吹くと、ネズミたちは次々とヴェーゼル川に身を投げ全滅してしまう。
男が賞金をもらいにいくと、市長たちは男に払う賞金が惜しくなりわずかな賞金しか払わなかった。
斑模様の服を着た男は「それでは僕は別の曲を吹かせてもらうよ」と答えた。
そして斑模様の服を着た男が街を立ち去る日、彼の吹く曲に誘われるようにして街中の子供たちが彼のあとをついていった。
大人たちは子供を引き留めようとしたが、斑模様の服を着た男が笛を吹くと巨大なコッペン山が割れ、男と子供たちはその割れ目に吸い込まれて二度と戻らなかった。
街には足の不自由な少年だけが残された。
彼は終生、「僕は満ち足りた楽園に連れて行ってもらえなかった」と嘆き悲しんだという。
ハーメルン市に今も残るマルクト教会には、1300年の碑文がそのまま現存している。
そこには1284年ヨハネとパウロの日(つまり6月26日)に130人の子供たちが奪い去られたと書かれていた。ステンドグラスにはその情景が絵として残されていたらしいが、1600年ごろに毀損し模写のみが残されている。
またリューネブルグの公文書館で同じく「1284年6月26日、奇妙な男にハーメルンの子供たちが130人連れ去られた」という1430年の文書が発見された。
つまりは当時この事件は公文書として扱われる実際の事件であった可能性が高い。
ここで注目すべきは、1600年以前の公式記録では、奇妙な男に子供たちが大量に連れ去られたという記録はあっても、ネズミの始末を依頼したり市長が金を出し渋ったという記録は存在しないということである。
ではなぜハーメルンの笛吹き男がネズミを退治したのか。
これは中世ヨーロッパに吹き荒れた魔女狩りが強く影響しているという。
魔女狩り、魔女裁判の残虐さはともかく、実はここで処刑されたのは決して人間ばかりではなかった。
むしろ人間以上に大量に虐殺されたのが、魔女の使い魔とみなされた猫であった。
結果ヨーロッパの街並みからは猫が消え、ネズミが大量に繁殖した。
そしてネズミの大量繁殖がペストの流行をもたらしたのである。
つまりネズミを退治してくれる笛吹き男は魔女の仲間であり、役に立つこともあるが最終的には災いをもたらす存在なのだ。
またペストの流行以後、ヨーロッパ各地を放浪するジプシーは感染源であるとみなされ、彼らの纏う派手な衣装は災いを運ぶものという偏見の目でみられた。
こうしてただの大量誘拐事件であったハーメルン事件に、ネズミを退治する謎の男という尾ひれが付け足されることになったのである。
ところが近年、日本人の学者阿部謹也氏の研究によって、誘拐された子供たちの行方がわかってきた。
13世紀から14世紀にかけて、ドイツでは東方移民、つまりポーランドへの開拓民が広く募集されていたことがわかっている。
政府から依頼を受けた広報担当は、派手な服を着て太鼓や笛を鳴らし、村から村へ移民を募るために巡回して歩いた。
東には飢えも病もない楽園が待っている。君もそこに行ってみないか?
ここでもう一度事件の日付を振り返っていただきたい。
ヨハネとパウロの日と言われるように、街の主要な人々はすべて教会に集まっている。
教会に行かずに街に残っていたのは、教会にも行けないような貧乏人や三男四男といういわば下層階級の人間たちだった。
こんな機会は一生に二度とない。今決断しなければ街の連中に止められてしまう。彼らにとって君たちは使い勝手の良い労働力なのだから。
そう言われて将来の展望に絶望していたハーメルンの若者は我先に移民を志望した。
これがハーメルンの笛吹き事件の真相である。
一人残された足の不自由な少年の嘆きは事実であった。彼は楽園があると聞かされ友人たちがみんな行ってしまうのを指をくわえてみていなければならなかったのだから。
これだけで終わらないのがさすがは学者である。
阿部謹也氏はポーランドのポメルン村やドイツ東部のウッカーマルク地方に、ハーメルンと苗字が奇妙に一致する村があることをつきとめた。
そこには苗字がハメルン、ハメラー、ハーメルンという人々が集中していた。
さらに近在の村で、14世紀ごろ新しい村が近くにできた。その村の連中は非常に訛りが強く聞いたことのない苗字をしている。と記された記録が複数残されていることをつきとめたのである。
おそらく大量の移民を出してしまったハーメルンの人々は考えたのだろう。
この調子で若者が流出しつづければハーメルンの街に未来はない、と。
移民の勧誘をする派手な服を着た男は魔女の使いである。
甘い言葉で誘ってきても決してついていってはいけない。ついていったら楽園ではなく地獄に連れ去られてしまうよ?
そうして移民勧誘による集団移住事件は、現在の「ハーメルンの笛吹き男」になった。
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