第10話 秩父貯水槽遺体遺棄事件

 1977年12月9日、毎日新聞の事件欄に若い女性の腐乱死体が貯水槽から発見されたという記事が掲載された。

 アパートやビルで殺人事件が発生したあとで、死んだ女性の幽霊が出るという話は枚挙にいとまがないが、この事件が特殊なのは事件が発覚する前から幽霊の噂が絶えなかったということだ。

 

 事件の起こったのは秩父市にある永福寺付近であった。

 永福寺は秩父札所22番に指定されている古刹で、二代歌川広重の錦絵にも描かれている由緒正しいお寺である。

 あるいはこうした信仰心が怪奇な噂の背後にあるのかもしれない。


 噂の発生は事件が明らかになった1977年を一年以上もさかのぼる1976年の夏ごろからであると言われてる。

 あるタクシーの運転手は深夜付近を流していたところ道端にうずくまっている若い女性を発見した。こんな時間になんだろうと思いつつも具合が悪いのかもしれない、と声をかけたところ突然女性の顔が溶けるように

崩れ始めたため慌てて逃げ出したという。

 同時期、こうした顔の崩れる女性を目撃したというタクシードライバーは何人も現れていた。

 またタクシーだけではなく一般のドライバーも同様の目撃をして翌1977年には噂はかなり地元で有名なものになっていた。

 目撃談はさらに具体的になっていく。

 とあるドライバーが通りかかったところ黒いセーターの女が道端にたたずんでいるのを見つけた。

 こんな夜更けに女が一人で何をやっているんだろうとドライバーは不審に思ったが、それ以上に違和感を抱いた。

 そして違和感の原因が、季節は夏であるにもかかわらず女の服装が黒いセーターであるからだということに気づく。

 いやな予感がしたがすでに女はヘッドライトに照らされているところまで近づいていた。もしも声をかけられたりしたらどうしよう、とドライバーは思ったが何事もなく車は女の前を通過する。

 良かった、気の回しすぎか、そう思ってバックミラーを見ると女性は忽然と消えていた。

 のちに発見された女性の遺体はボロボロになった黒のセーターを着ていたという………。

 また杉沢村ではないが、貯水槽の近辺には誰が置いたのか大人が二人がかりでようやく持ちあがりそうな大きな石が置かれオバケガデルとペンキで書きなぐられていた。

 この石はなぜか毎日のように貯水槽のあたりを移動していたという。

 

 そして12月7日、地元の消防団員がたまたま消防業務の一環で貯水槽のふたを開けた。

 開けた瞬間にわかる異常な悪臭に驚いて彼が貯水槽の中を覗くと暗い貯水槽の水面に人の背中が浮いていた。


 「死体だああっ!」


 田舎の閑静な場所が時ならぬ喧騒に包まれた。

 警察が死体を引き揚げると、死体は女性であり、そして腐乱して顔がドロドロに溶けていた。

 まさに死体は付近で目撃談が相次いでいた幽霊の特徴とピタリと一致したのである。

 検死の結果奥歯の虫歯の治療跡から1年ほど前から行方不明となっていた地元の女性Yさん(21)であることが判明した。また彼女は妊娠しており6ケ月であることも併せてわかった。

 この貯水槽が点検されたのは1年以上前であり、時期的には幽霊が出現しはじめたのと同じころであった。

 すぐに殺人事件として捜査が開始されたが、一旦見つかると犯人の特定は早かった。

 Yさんと交際していた男が捜査線上に浮かびあがり、任意で事情を聴取したところ犯行を自供したのである。

 当初は身元が判明することすら危ぶまれる腐乱死体であったが、予想外の早期解決に地元の人々はこれも幽霊の仕業ではないかと噂しあったという。

 


 この話には後日談がある。

 ジャーナリストの小池壮男氏が2004年に取材のため当地を訪れた際、すでに貯水槽は埋め立てられわずかな痕跡を残すのみとなっていたため、家族からの証言を得ようと事前に聞いていたYさんの実家の住所をカーナビに入力した。

 ナビの指示通りに車を走らせていると到着を告げる電子音が鳴った。

 しかし小池氏は冷や汗を流して背筋を震わせていた。

 なぜなら到着した場所はYさんの実家などではなかった。

 道路に面した古ぼけた小さな墓地であったのである。もちろんそこには亡くなったYさんの墓があった。

 まさに小池氏は今のYさんの住所に案内されたのである。

 偶然ではないのか、と疑った小池氏は後日タクシーを呼んで同じ住所を告げたのだが、やはり同じ墓地にまで案内されてしまった。

 Yさんの実家は現場からかなり離れており、住所の名称も全く異なっているという。

 また犯人の実刑が決まったのち、幽霊の目撃は途絶えていたが昭和60年をすぎたあたりから再び目撃する人間が出始めている。

 Yさんの魂はいまだにこの現生で無念の思いを伝えようとさまよい歩っているのかもしれない。

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