心配

おかずー

心配

 背伸びをしてようやく自動改札機に切符を入れることができた。薄ピンク色の扉が開いて、街中でよく見かける青色の看板が見えた。ママが言った通りだ。優依ゆいは降りる駅を間違えなかったことが分かってほっと息を吐いた。しかし、すぐに口を閉じて気を引き締める。冒険は始まったばかりなのだから。

 改札を抜けて右を向く。三十メートルほど向こうに散髪屋さんが見える。お店の前に、赤と青と白のが立っているので、まずはあのくるくるを目指して歩き出す。

 今日、優依は初めて一人でおじいちゃんのお家をたずねる。電車に一人で乗るのも初めてだった。たった二駅がとても長く感じた。

 歩道を歩いていると、前から自転車がやってきた。体を九十度回転させて、道の端に体を寄せた。

 その時だった。

 視界の左端に、よく知る人の姿が映った。パパだ。パパが電柱に隠れている。出っ張ったお腹が電柱からはみ出していて、むしろ目立っていた。

 パパったら、優依に内緒で隠れてついてくるなんて。優依は唇を尖らせる。子供扱いされていることが不満だった。優依はもう六歳で、先月、小学校に入学した。いつまでも幼稚園児じゃないんだよ! と大きな声で言いたかった。でも、本当は久しぶりに会えてとても嬉しかった。

 再び歩き始める。くるくるまでたどり着く。ママの説明通り右に曲がり、突き当りを今度は左へ曲がる。右に線路、左にお家が並ぶ細い道を、鼻歌を歌いながら歩いた。アニメ主題歌の一番を歌い終わる頃、踏切が見えてきた。あの踏切を渡ると、おじいちゃんのお家が見えてくるはずだ。

 踏切を渡る前に、左、右と電車がきていないかを確認した。右を向いた時、パパが靴ひもを結ぶふりをしている姿が見える。

 踏切を渡った。道路の右側、少し向こうのお家の前でおばあちゃんが手を振っているのが見える。優依もおばあちゃんに手を振った。それから後ろを振り返った。

 踏切の向こう側にパパが立っていた。もう隠れようとはせず、優依に向かって大きく手を振っていた。優依もパパに向かって手を振った。本当はパパの元へ駆け出したい。でも、できなかった。パパは消えてしまった。

 優依は両手を強く握りしめて、再び振り返ると、勢いよくおばあちゃんの元へと駆け出した。おばあちゃんの胸に飛び込む。

「おばあちゃん! ゆい、ひとりできたよ!」

「よく一人でこれたね。偉い偉い」

 おばあちゃんが優依の頭を撫でながら、たずねた。

「さっきは誰に手を振っていたんだい?」

「パパだよ! パパがきてくれたんだよ!」

 優依が興奮して言うと、おばあちゃんはとても驚いた表情を浮かべた。しかしすぐに優しく微笑んで言った。

「パパも心配だったんだね。だから、天国から結衣ちゃんのこと見に来てくれたんだよ」

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心配 おかずー @higk8430

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