第56話 8月31日 あの日
新法の適用で、西条家の若き天才が出馬。
西条内閣発足。
史上最年少の総理大臣西条智美。
全てここ5年での話だ。
「西条総理。総理大臣を目指したきっかけは何だったのでしょう?」
よく聞く質問。
だいたいテキトーに「世の中をより良くしたかった」とか「これからの日本の先行きに危機感を覚えた」とか答えているが、すべて嘘だ。
本当の理由はただ一つ。
「慎ちゃんを取り戻したい」
慎ちゃんが消えてから、私たち生徒会は慎ちゃんの捜索に全力を尽くした。
しかし、そうまでしても、慎ちゃんの情報を得ることはできなかった。
国が隠しているのだ。そう簡単に見つかるものではない。
だから私たちは方針を変えた。
私たちが国側になるのだ。
そして、アメリカと直接話をつける。
そのためにはまず私たちの誰かが日本の代表になる必要があった。
私が総理大臣になるまでは、ひどく険しい道のりだった。
薫とドリちゃん、2人の協力は大きかった。
ドリちゃんはもとより薫も何気に名家だ。彼女らの働きかけが勝負の決め手になったと言っても過言ではない。
ドリちゃんは私と同じく政治家としての道を歩んでいる。
美咲はGPSや衛星を用いた偵察機の開発に力を注いだ。
といっても、これは非公式だ。
学生の頃からすでに発明家として有名だった美咲は、表向きは今もさほど変わっていない。
遥香に至っては、なんとアイドルになってしまった。
一度、遥香に「なんでアイドル?」と聞いたことがある。
いっぺんの曇りもない笑顔で「ファンの皆に会長の支持者になってもらうため」と言ってのける遥香はもはやホラーだった。
彼女は日ごろ「みんな今日は来てくれてありがとォー❤︎」と言っておきながら、その実、ファンなど見ていない。
慎ちゃんとの再会だけを夢見ている。アイドル失格である。
そうして、生徒会メンバー――既に全員卒業しているのだから、元生徒会メンバーと言うべきかもしれないが――の協力のもと、私は、私たちはついに実現させた。
アメリカが慎ちゃんの返還に同意したのだ。
日本に研究施設を設けて、そこにアメリカの研究員をおき、慎ちゃんを定期的に通わせる条件で、慎ちゃんは日本に戻って良いこととなった。
今日はその慎ちゃんの引き渡しの日だ。
教会の重厚な扉が叩かれたとき、懐かしさをおぼえた。
5年前の今日。
慎ちゃんに想いを伝えられなかったあの日。
木を叩く小気味良い音があの日のノックと重なった。
扉が開く。
慎ちゃんは絶句していた。
手に持っているアイアンマンが意味不明で、慎ちゃんらしい。
自然と笑みが湧き上がる。涙も。
カッコ良く決めたいのに涙が邪魔をする。
私は震える声を抑えて、5年前をなぞらえるように元気よく言った。
「よく来たね慎ちゃん!」
「会長、なんでウェディングドレス着てるんですか? 会長の脳みそはハッピーハネムーンですか?」慎ちゃんも泣いていた。
言いたいことは山ほどあった。
5年前のことを謝りたいし、文句だって言いたい。
でも――――
もうダメだ。我慢できない。
涙は次々と溢れ出て止まらない。
自然と声が漏れる。
自分で自分が制御できない。
私は気が付いたら床に座り込んで、わんわん声を上げて泣いていた。
慎ちゃんが私に近づき、ギュッと私を抱きしめる。
私たちはお互いを涙で濡らしながら、しばらくの間泣き続けた。
泣き声はまるで讃美歌のように、静かな教会に響き、満たしていった。
♦︎
「慎ちゃん。私に何か言うことがあるんじゃないの?」
ひとしきり泣いた後、私は慎ちゃんに詰め寄って、尋問を開始した。
「え? ああ。会長。ちょっと見ない間に大きくなって、まぁ。5mmくらい伸びたんじゃないですか?」
「近所のおばさんか! 身長伸びてないし!」
「あ、おっぱいの話です」
「おっぱいが伸びるってどういうこと?!」
慎ちゃんは『あ』と閃いて手のひらを叩いて言う。
「頂いたブレザーちゃんと使ってるよっ」
「プレゼントしてないから! てか何に使ってるの?!」
相変わらずだ。相変わらずの舐め腐った態度だ。
「なんで急にいなくなったのかって言ってんの!」
「だって、僕囚われの姫ですし」
また慎ちゃんは訳わからない回答で煙に巻こうとする。
「相談してくれたら、力になれたかもしれないのに……。あんな別れ方って……ひどすぎるよ」
「………………すみません」
慎ちゃんが…………謝った?!
誤ってばかりいるくせに、全く真面目に謝らない慎ちゃんが?!
慎ちゃんもさすがに悪いことをしたと反省しているようだった。
こんな姿を見せられたら、これ以上責められないじゃない……。
「………………もう次はないよ」ギロリと慎ちゃんを睨むと慎ちゃんは目線を反らした。
「でも、僕ここから動けないから、日本には戻れませんよ」
慎ちゃんは何も知らされずにここに来たようだった。
まぁ、そうしてくれと注文をつけたのは私なのだが。
私が来ていると知って、逃げられても困るからあえて知らせずにいたのだ。
私は慎ちゃんに告げる。
「慎ちゃんはもう自由だよ」
「え」と慎ちゃんが声を漏らした。
理解が追い付かないらしい。慎ちゃんは基本的に頭が残念だから仕方がない。理解するまで待ってやるしかない。読み込みの悪いパソコンのようである。
「な、なんで?」
「むっふっふ。新聞の見出しの2文字目で音を上げる慎ちゃんは知らないかもしれないけどね」
「――失礼な! 5文字くらいはイケます!」
「私これでも今、内閣総理大臣やってんだァ」
ちょっと自慢っぽくなってしまったが、まぁ本当に頑張ったんだし、良いだろう。私は惜しみなくドヤ顔を作って言ってやった。
「あーはいはい。キッザニアの話はまた今度聞きますから」
「キッザニアじゃないし! 本物の
「……………………え、マジなんですか?」
未だ半信半疑の慎ちゃんにこれまでの経緯を説明した。
ついでに生徒会メンバーの皆がどれだけ怒っているかを話すと、顔を青くさせていた。
「僕のために総理になるとか…………」
あ、これはときめいちゃうかな? キュンキュンきちゃうかな?
そうだよね。慎ちゃんのために人生賭してここまで迎えに来たのだから。「会長しゅきっ❤︎」ってなっちゃってもおかしくないよね。役得役得❤︎
「この生徒会、ヤバい.............引く」
「ひどくない?! 私たちがここまでくるのにどれだけ――」
そこまで言って気が付いた。
それが単なる照れ隠しだと。
だって、慎ちゃんの顔、すっごい嬉しそうに、もにゅもにゅしてるもの。可愛い。
「ところで、会長」慎ちゃんが話題を反らす。
「何?」
「さっきも聞きましたが、なんでウェディングドレス着てんですか?」
「どう? 似合う?」くるりと一回転して、慎ちゃんに見せつける。
しかし、慎ちゃんは何も言葉を発しない。
おいこら、また引いてんじゃ――
「めっちゃ可愛いです」慎ちゃんが顔を赤らめて言った。
「〜〜〜〜ッ」
慎ちゃんの言葉に胸がギューっと締め付けられ、トクンドクンとリズムを早める。
久しぶりのこの感覚。
嬉しすぎる。
慎ちゃんをキュンキュンさせようと思っていたのに、私がキュンキュンしてどうする。
でもただ可愛いからという理由だけで、これを着てきたわけではない。
「慎ちゃんに、ずっと伝えたかったことがあるの」
慎ちゃんも何かを察したようで、正面から真っ直ぐ私を見つめた。
「5年前の答え?」と慎ちゃんが微笑む。
私は一つ頷いた。
緊張の濃度を薄めるかのように、大きく息を吸い込み深呼吸をする。
5年前。
「会長のすべてを僕にください」と言ってくれたその答え。
ずっと言えなかった言葉を。
私は5年間溜め込んだ想いを吐き出すように、目をギュッと結んで口を開いた。
「私のすべてをもらってくださいっ! 慎ちゃんが大好きです! け、結婚してください!」
静かだ。
自分の息遣いだけが聞こえる。
慎ちゃんはまだ何も答えない。
何で何も言わないのだろう?
もしかしたら、そこにいないかもしれない。
目を離した隙に、また消えて遠くに行ってしまうかもしれない。
そんな不安に駆られて私は焦るように目を開こうとした。
その瞬間。
唇に温かいものを感じた。
確かにそこにいる。
私の好きな人。
他の何よりも大切な人。
5年間、ずっと追い続けた。
5年前の今日から始まった光のない日々は、ようやく終わりを迎えた。
「僕も会長が好き」
唇を離して慎ちゃんが言う。
慎ちゃんの目に優しさが映える。
慎ちゃんは私の頬に手を添えて、微笑む。
そして言った。
「でも結婚はしない。てへぺろ❤︎」
………………………………
「はァァァァアアアア?! なんで?! なんでなの慎ちゃん?!」
ここまで来てそれはない! それはないでしょ!
慎ちゃんは悪びれるでもなく、ただ優しく微笑んでいる。
いやその表情おかしくない?! この場面でその表情おかしくないかなァァアア?!
「だって日本に帰れるなら、そんなに急に結婚決める必要ないし」
「確かにそうだけど! そうだけどもォ! このウェディングドレスどうしてくれんのかなァ?!」
「可愛いからいいじゃないですか。それに結婚ってそんなに勢いで決めることじゃないですよ?」
「現実主義ィ!」
私がほとんど泣きそうにアタフタしていると慎ちゃんはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「会長っ、まずはお付き合いから! これからよろしくお願いしますね」
慎ちゃんの笑顔に私の理性は音を立てて崩れ落ちた。
この後、めちゃくちゃ◯◯◯◯したのは言うまでもない。
―――――――――――――
【後書き】
いつもありがとうございます。
次が最終話の予定です。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ブックマーク、レビュー、感想、ハートもよろしくお願いします!
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