食後
「お待たせいたしました」
「もういいのか?」
「はい。一宏様を待たせるわけにはまいりませんので」
「そうか……」
朝食の後、玲に都合の良いタイミングで居間へ来るように言っておいた。
雑談を理由にして家事を疎かにさせるわけにはいかないし、
何より会話の内容を考えるために時間が欲しかったからだ。
玲が余計な気を遣ったせいで、話題を思いつくほどの時間は取れなかったけれども。
しかしこちらから誘っておいて、もっと遅く来いなんて文句を言うわけにもいかない。
「一宏様、お茶をお淹れしますか?」
「ん……ああ、じゃあ頼む」
「承知しました」
用意のいいことに、玲はお茶の準備をしていた。
飲み物は沈黙を誤魔化すのにも打ってつけで都合がいい。
「それと、食後ですが一応お茶菓子も用意してあります」
「おう……」
玲はお茶といっしょに、和菓子の盛り合わせをちゃぶ台の上に置いた。
せんべい、饅頭、羊羹。
どれもお茶との相性は抜群であり、一口サイズの個包装だから無理に全てを食べ切る必要もない。
今まで玲と食後のティータイムなんて過ごしたことはないが、玲なりに知識は持ち合わせているようだ。
突然の無茶振りだったにも関わらず、玲の準備には細やかな気遣いが感じられる。
これで相手が玲じゃなくて会話の弾む友人であれば、これ以上なく緩い時間になったことだろう。
「……」
「……」
さっそくの沈黙。
今まではこれが普通だったのだから、特に気にもならなかった。
しかし会話をしなければならないとなると、途端に沈黙に重さを感じ始めてしまう。
何でもいいから話さないと、このまま何も交わせないままに大学へ行く時間になりそうだ。
玲に発言を期待しても無駄だろう。
玲は自分は静かであればあるほど良いと思っている節がある。
そういう教育をされてきたのだろうから、このまま待っていても一生喋らないに違いない。
「……そういや、玲は朝食はもう食ったのか?」
「…………」
質問が聞こえなかったわけではないのだろう。
玲は考え込むような仕草で黙りこくっていた。
「玲?」
「いえ……申し訳ありません。なんとお答えしたものか、迷ってしまいまして」
「? まあいいや。腹減ってるなら、玲も菓子を好きに食っていいぞ」
玲が物を食べていれば、それも沈黙の言い訳に使える。
「しかし、これは一宏様のための――」
「いいから。ほら」
適当に饅頭を一つ掴んで、玲の前に置いてやる。
「しっ、しかし……」
「俺が食えって言ってるのに断るのか? 玲」
「っ……失礼いたしました。一宏様の配慮に感謝いたします」
玲は遠慮がちに饅頭に手を伸ばすと、少しずつ包みを剥がし始めた。
茶色い生地に包まれた饅頭が顔を出して、
後は口の中に運ぶだけという段階で、
玲はちらちらと俺を見始めた。
「どうした?」
「あの……一宏様はお食べにならないのでしょうか。その、一宏様を差し置いて私だけ食べるというのも……」
「……まあ、それもそうか」
生憎と朝食後のため腹は減っていないが、お茶菓子の一個や二個なら問題ない。
玲と同じ饅頭を手にとって、
乱雑に包みを剥がし、
玲に見せつけるように口の中へ放り込んで見せた。
「……では、いただきます」
玲は俺が食べたのを見届けた後、饅頭をその口元へ運んだ。
小さな饅頭を両手で持って、
小さな口を控えめに開いて、
遠慮がちに饅頭へと齧り付く。
「……っ!」
見開いた目。
緩んだ頬。
驚きと喜びが入り混じったような玲の顔――
――それは、甘いお菓子を食べたのは初めてだといわんばかりの反応だった。
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