朝食

 リビングの椅子に座ると、玲がテーブルに朝食を並べていく。


 一汁三菜。

 茶碗には玄米。


 事前にリクエストしない限り、食事のメニューは玲任せだ。

 その場合食卓には和食が並ぶことが多く、玲は和食を得意としているのかもしれない。


「いただきます」


 広いテーブルで一人で食事をする。

 配膳を終えた玲は今日も壁際で控えている。


 いつもと同じ静かな食事。

 しかし、今日は途中で静寂を破る電子音が鳴り響いた。


「……はい、宗田です」


 着信を告げる電子音。

 玲は即座に電話の子機を取ると、通話相手と話し始めた。


「はい……はい……。かしこまりました」

「……」


 誰からの電話だろうか。


 セールスにしては時間が早すぎる。

 こんな朝にはかけてこないだろう。


 俺の知り合いだとしたら携帯電話にかけてくるはずだ。

 友人に家の電話番号を教えたこともない。


 外出を禁じられている玲に知り合いなんていない。

 だから、玲宛てもありえない。


 あとは考えられるとしたら――


「……承知しました。一宏様」

「珠美さんか?」

「はい。お食事中に申し訳ありません」

「別にいい、出るよ」


 玲から電話を受け取って保留を解除する。


「もしもし、電話代わりました」

「おはよう、一宏君。こんな朝からすまないね」

「いえ、大丈夫です。どうかしましたか?」

「明日の土曜日、そちらに私の荷物が届くので玲君に受け取ってもらうように頼んだのだけれど……おそらく玲君には少し荷が重い。申し訳ないが、一宏君にも荷物の受け取りを手伝って欲しいんだ」


 玲には荷が重い、というのは文字通り荷物が重いのだろう。

 玲のひ弱さは身に染みて知っている。


「わかりました」

「悪いね、居候する身分で手間をかけてしまって」

「いえ、こちらこそ面倒を見てもらう立場ですから。用件はそれだけですか?」

「……実はもう一つあってね。一宏君は、今日は大学かい?」

「はい、今日は午後からです。それがどうかしましたか?」

「いや、時間があるのなら玲君と話をしてみてはどうかと思ってね」

「玲と……?」


 自然と視線が玲へと移る。


 急に名前を呼ばれた玲は、不思議そうにこちらを見ていた。


「えーっと……それはまた、どうしてですか?」

「大した意味はないよ。ただ、改めて兄弟でコミュニケーションを取ってみてはどうかと思っただけさ。日曜日からは私も宗田の家で寝泊まりすることになる。兄弟水入らずなのは今だけだからね」

「でも、話すって言ったって、何を話せば……」

「内容なんて何でもいいだろう。重要なのは会話をすること、しようとすることだよ」

「はぁ……」

「もちろん、無理にとは言わない。ただ、少しだけでも考えてみてほしい」

「……わかりました」

「それじゃあ、よい一日を」


 通話が切れ、子機は電子音を発し始めた。


(玲と話せ、なんて言われてもな……)


 今更玲と話すことも、話したいこともない。

 しかし後見人である珠美からの言葉を無碍にはしたくない。


「……」

「……」


 事態を把握していない玲は、疑問符を浮かべながらこちらを見ているばかりで――


「……玲」

「はい」

「……この後暇か?」

「……はい?」


 俺は、気の利かないナンパ台詞のようなものを吐き出すことしかできなかった。

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