五月十二日 川越・新河岸の市街にて
かつて川越と呼ばれていた市域の低地は殆どが水没しているが、海抜が高い箇所を結んだ防波堤と埋め立てによって、市街の一部が保存されている。路地に影が差すほど高い壁に囲まれた街はまるでミニチュアの箱庭である。南部には近代的な高層市街地が立ち並ぶ中、保存区域だけが平たく開けたまま残っている。
川越は大海進時に沈んだ下町の職人や海外の日本マニアが移住したことで、無形有形の文化を保存する地域として世界中の注目を集めた。今や川は無く、海岸沿いの国際観光都市の様相を呈しているので、海越と呼ばれることもある。
15時頃に地下駅を出たが、祭りを前に街はどこか忙しなかった。そのために人を集めているから、当然である。川越のまつりは最早、地元の子供や町内会のための物ではない。世界中の祭り好きが自主的に資金を供出し、世界中に接続された仮想空間やワイヤード・サイトを通じて参加者を募り、地域を動員して開催する一大イベントである。
多国籍企業の広告を掲げた煌びやかな神輿が神社の奥で出番を待つ。風鈴や横笛は正規の伝統工芸品として認められたものもあれば、それを模した音を鳴らすだけのデバイスもある。
かつてはこうした古きと新しきの交わりを忌避する向きもあったと聞くが、今や人はこうした超時代的乃至は超空間的な交わりを「趣」と呼ぶ。全く別の場所から出てきたようなものが交わり重なることこそ、画一と効率が要求される近代社会における、稀少で高尚な風情である。
しかし、非日常を予感させる高揚した空気に焦がれる人々の表情は、資料でのみ昔を知る目にも、不思議と懐かしく馴染み深い。
時の鐘が鳴る。その音は何倍にも増幅されて、ミニチュアの街に響き渡る。今年三回目の大祭が始まる。様々な言語が飛び交うため、ウェアラブル端末の翻訳機能がフル稼働する。提灯、ランタン、LED。花火とプロジェクションマッピング。祭囃子と電子音。
風鈴を揺らして過ぎる青嵐 和とは異と異の共鳴りや
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます