第16話 モトヤス君ドラマチック!

 まー、そんなハナシである。

 セツナの胸に焼き付いているエピソードである。

 それから夜はだいたい、アオイはセツナの部屋に来て寝てるのである。別にやましーコトは何も無いのである。

 あー、そうですよ。

 俺は令和の草食日本男子ですよ。

 それがなにか?!


 翌日、もう日は射している。

 セツナは水汲みをしている。寺を裏門から出て5分程度、川から桶に水を汲んで持って帰る。寺にある甕に入れておくのである。

 けっこう重ったい。5分程度の道のりとは言え山道。登りも下りも有る。シンドイのである。棒の前と後ろに桶を下げて肩に載せる。上手いコト前後のバランスを取らないと、あっという間に零れちゃうのである。

 最初は桶の水を半分以上、零してしまったセツナだが。現在ではほとんど零さず持ち帰れる。


 寺に戻ってみるとムネヨシのオッサンが何かしている。

 

「おおっ、やるじゃないか」

「まだまだ!」


 ヒゲヅラのオッサンと対面しているのはセツナより年下なのに威厳のある男。モトヤスくんだ。

 二人して木刀で戦っているのである。Theチャンバラ。

 それ俺がしたかったヤツ。俺もムネヨシのオッサンから習いたかったヤツ。

 と思いつつ二人の試合を眺める。


 モトヤスくんは着物を着崩して上半身ハダカ。ムッキムキマンじゃないけれど、キッチリ鍛えた肉体なのが分かる。

 くそー、ここに来て俺だって少しは筋肉着いたんだぜ。

 セツナは水汲みだってしてるし、山道を毎日歩き廻ってるのである。以前より間違いなく筋肉は着いた。けど脱いだらモトヤスくんに敵わないのが明らか。


 真剣な表情で木剣を振りかぶるモトヤスくん。


「はぁっ!」


 気合の声と共にムネヨシに斬りかかる。

 足で踏みだすのと同時に上に構えた剣が振られる。勢いを乗せた剣が空を着る音がセツナの耳にまで聞こえるのである。

 しかし、その剣先にヒゲヅラのオッサンは居なかった。

 剣を振り下ろした状態のモトヤスくん。標的は何処に? と視線が周囲を彷徨う。その肉体がひっくり返る。

 ムネヨシである。

 剣を横に避けたムネヨシが、モトヤスくんの右足を払ったのだ。

 哀れ、モトヤスくんはすっ転んでいる。


 

「キサマー!

 殿に向かって!!

 何をしている」


 怒鳴っているのはヘイハチロウ。ツッパリチューボウ。

 目は血走り、口から牙まで生やしてる。

 すでに長い槍を構えて、ムネヨシに飛び掛かりそう。



「落ち着け、ヘイハチロウ。

 稽古だ」

「そうだぜ。

 虎のガキンチョ」


 モトヤスくんが宥めている。

 ムネヨシの方は平気な風情。ニヤニヤとヘイハチロウに笑いかける。

 ヤメろよ、それ挑発してるぞ。

 

 ヘイハチロウもそう感じたのだろう。怒った顔がさらに赤くなる。

 ええっ?!

 顔に毛が生えてないか?

 目は金色、猫のような虹彩、口元から見える牙はすでに八重歯なんてモンじゃない。顎まで伸びている。



「止めよ!

 ヘイハチロウ、落ち着け」


 モトヤスくんが飛びつく。ヘイハチロウの肩に触れ抑えている。と先程まで見えていた獣のような毛が引っ込んでいく。何か金色に光ったように見えた瞳も、現在は普通の人間の黒い目。


「ここは寿桂尼じゅけいに様の寺だ。

 騒ぎを起こすでない」

「……トノ。

 失礼しました、つい……」



「ふん、やっぱり、虎精かよ」

 

 口元でムネヨシがつぶやいている。



 モトヤスくんとハイハチロウは境内の内塀に囲われた場所へと入って行った。


「ムネヨシ殿。

 また稽古をつけてくれ」

「あいよー」


「キサマ、殿に対する口を弁えろ」


 そんなカンジで去って行く二人である。


「あれれー。

 あの内塀の中って女子しか入っちゃダメなんじゃ無かったの?」


 セツナはそう思ってた。寺の男たちは入っちゃイケナイのである。セツナも入れない。中では寿桂尼や尼さん達が暮らしているハズ。アオイも昼間はそっちに居るのである。


「そんなコトは無いぜ。

 内塀を張って警戒してんだ。

 オンナも暮らしてるが、オエライさんなんかが来客に来ればそっちに泊めるのさ」


「フーン、オエライさんなんだ」

「ああ、マツダイラの党首だからな」


「イマガワの部下なんだろ」

「まー、そうだけどよ。

 既にイマガワの親戚娘を嫁に迎えてんだ。

 イマガワに味方する有力大名ってなモンだ」


「もう結婚してんの?! 

 モトヤスくん、俺より若いのに……」

「アホウ。

 嫁を迎えたのはもう1年以上前。

 アイツが15歳の時だ。

 大名ならフツーだわな」


「マジ?!

 15で結婚できんの?」


 ああ、そう言えばセツナも聞いた覚えが有る。昔は15歳で元服、成人してたんだっけ。


「ああ、モトヤスは確か……

 12歳位で元服してるぞ。

 イマガワに前髪剃って貰ったハズだ。

 一人前って認められた証だし、それをヨシモトにして貰ったからには。

 イマガワは親も同然、マツダイラは子も同然。

 ってワケだな」


 「15歳じゃ無かったのか?」


「ん、ああ、イロイロ都合が有るんだろ。

 まー、やっぱり15位になってからがフツーだぜ。

 だけど、早く戦さに慣れさせたいとかよ。

 元服前の子供を初陣には出さんだろ」





「そんなカンジだってさ……」

「15歳で結婚か……

 それも人質に取られた先で、その党首イマガワの親戚の娘と結婚。

 ドラマチックと言えんばドラマチックですね」


 アオイとセツナである。もうすでに夕暮れ、二人はまた部屋で情報交換してるのである。

 

「人質?!

 なんだそりゃ」

「あたしもモトヤスさんと寿桂尼じゅけいに様が話してるの聞きました。

 モトヤスさん、すんげードラマチックに生きてるみたいですよ」


「どらまちっく?」

「はい。

 マツダイラはイマガワに従ってますよ、って証として、

 子供の頃、父親からイマガワに人質として送られたそーなんです」


「なんだそりゃ!

 モトヤスくんのオヤジさん、ヒドくねー?」

「この時代、どーもフツーみたいですよ。

 人質と言っても受け取る側も同盟の為の証になるんです。

 チャンと大事にするそーです」


「へー。

 カルチャーショック!だな」

「ところがモトヤス様。

 ここで波乱の人生なんです。

 イマガワへと送られたハズの幼少期モトヤス様。

 タケチヨ君とか呼ばれてたらしーです。

 そのタケチヨ君たら、気が付いたら何故かイマガワの敵、オダの城に届けられたそーなんです」



 なんだそりゃ。実の父親に人質に差し出されるだけでも、セツナには考える事も出来ないような人生。だが、更に気が付いたら敵の城の中。自分は子供で周り中、敵だらけ。人生ハードモード過ぎないか、それ。

 モトヤスくん、人間が出来てる。苦労でもしてきたんだろうか、と言うセツナの感想は間違ってなかった。



「ほえー、なんでなんで?

 ゆーびん配達ミス?

 いくらなんでもヒドすぎないか」

「ゆーびん配達ミスって一万件に一件だって言います。

 0.01パーセント。

 それ以下には人間のする事、0パーセントには出来ないって言いますね。

 ヤマトのお兄さんもそんなミスさすがにしないでしょ。

 ……ハッキリしませんけど、どうも配下の裏切りみたいですよ。

 マツダイラの配下だけど、実はオダに通じてた……みたいな」


「オダ!

 ノブナガの陰謀ってコト?

 陰謀で敵方から子供さらったの?!

 こえー、さすがノブナガ様」

「んーー、多分その頃はノブナガ様もまだ若いし。

 関わって無いんじゃないかと思いますけど。

 でもまー、オダが油断ならないのは確かですね」


「すげぇ、確かにモトヤスくん、どらまちっく!

 『家なき子』に勝てるんじゃねー。

 でも現在はイマガワに居るんだろ、なんでだ?」

「はい、継母にイジメ殺されかけた『白雪姫』も真っ青です。

 人質交換したらしーですよ。

 イマガワとオダが戦って、オダ一族の人を捕まえた。

 その人を人質にモトヤスさんと交換したそーです」


「人質交換、へーそんなもん有るんだ」

「はい、偉い人やら雑兵やら捕まえて。

 仲間にする場合も有れば、敵側に賠償金貰って返す場合も。

 殺しちゃっても恨みを買うだけで得は無いですからね。

 そー考えると合理的です」




 その頃。

 セツナとアオイの居る寺の裏門は閉じられている。人間の背丈を大きく超える門で山から仕切られた境内。

 だが人影が飛び乗る、門の上に。門に手を掛けよじ登ったのでは無い。ほぼ一息で飛び跳ねたのである。


「ここにはあまり立ち寄りたくなかったんだがな……」


 寺の正門には松明が掛けられ、明かりも有るのだが裏側には何も無い。ただ月明りだけが照らす。

 十五夜の月。真円を描く金色の光が門の上に居る男の顔を照らし出す。

 その鼻先は突き出て、毛が生えていた。口元には牙が覗く。


 寺の中、内塀に囲まれた中でも立派な屋敷の一室で眠る男。中学生くらいに見える若い少年。彼は闇の中、目を開く。その瞳は光彩を帯びていた。


 そして。

 セツナの部屋に響く、ぐぉぉぉおと言ういびきの音が止まる。

 セツナとアオイは話に夢中。まだ騒音が鳴りやんだコトに気が付いていない。

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