第57話 正しき力
沙菜が見たくない企画の中に、超能力特集の類のものがある。
言うまでもなく、各種の能力者が集まって人並み外れた能力で視聴者を圧倒するものだが、沙菜には大体分かるのである。それはモニター越しに見ている人間が持っている人か否かが。
正直、持っていない人間が出ていても分かるし、持っていても何らかの大人の事情で能力を使っていない事も分かってしまうため、見ていて不快になってしまうのだ。
実は、学校で霊能力の話を里奈がし始めたために、沙菜はすこぶる不快指数が上がってしまったのだ。
帰りに駅ビル内のファストファッションの店で、服を見て気を紛らわせていると、新作コーナーで、沙菜の視線は釘付けになってしまった。
沙菜の好みにピッタリの大人っぽいコーデを見つけてしまったのだ。
沙菜は、それらの値札を見て決心した。今回は、このコーデを揃えるために、気が進まない車葬をやろうと。
家に帰って車葬の話を切り出すと、祖父は状況を察して、1回で結構報酬の大きなものをセレクトしてくれた。
早速工場のいつもの場所に行くと、古びた黒いクーペが佇んでいた。
「カレンかぁ……それじゃぁ、はじめるよ」
と言うと車葬を開始した。
トヨタ・カレン。
スペシャルティカーが流行った'80年代、日本のスペシャルティカーのはしりであったセリカは、今一つ冴えない状態が続いていた。
偉大な初代の大ヒットを受けて'77年に登場した2代目、'81年に登場した3代目と不人気が続いたのだ。
'85年に
6代目となるセリカは、アメリカ仕込みの丸目4灯ライトのアクの強いデザインとなる事、更には、セリカを痛めつけた5代目シルビアには、姉妹車として3ドアハッチバックの
ちなみに、5代目以降もアメリカ向けには2ドアボディも用意されており、5代目の頃は、顔周りを替えてコロナクーペとして販売されていたが、これと同じ方法で、海外向けの2ドアボディにセリカとは全く違ったオーソドックスな顔周りのモデルが設定される事となった。
セリカのモデルチェンジから3ヶ月程度が経過した'94年1月に登場したその車は英語で「時流に乗った」という意味のカレントを文字り、更には可憐という意味合いも含みカレンと名付けられてデビューした。
基本はセリカと同じ2000ccのツインカムの省燃費版と高出力版、更には1800ccがあり、セリカにはある4WDターボの高性能版が存在しない点が特徴であり、この2車の性格分けであった。
グレード数は、セリカよりも多くてキメ細かく、明らかに日本市場でセリカより主力になるという狙いが垣間見えていた。
スポーティなハッチバッククーペのセリカに対して、カッコ良いけど手軽で使いやすいみんなのアイドル的な性格のカレン……という、スポーティな180SXに対して、ノンターボエンジンもあってより手軽で使いやすい主役のシルビア……というマーケティングをそのままトレースしたかのようなラインナップであった。
オーソドックスな顔周りのクーペという出で立ちとその
セリカが、洋画のアクション映画を彷彿とさせるCMだったのに対し、カレンのそれは、永瀬正敏演じる車に興味の無さそうな青年が、コンビニ帰りに見かけたカレンに一目惚れして購入し、日常の中で起こるちょっとドジな出来事を織り交ぜたコメディタッチの構成になっていて、明らかに日本人の、今までシルビア辺りを買っていた年齢層の受けを狙ったシナリオで、キャッチコピーも『そのクルマはカレンです』という当時のユルい若者に受けそうな脱力系のキャッチコピーを引っ提げて登場した。
いざ発売してみると、登場当初こそはそこそこ売れたものの、目新しい時期が過ぎると、一挙に売り上げが萎んでしまった。
原因の1つは、この手のスペシャルティカーのユーザーが、この時期はレガシィやパジェロ、更にはこの後トヨタからデビューするRAV4などに流れてしまった事に加え、セリカの評判が悲観するほど悪くなかった事、そうなるとターボもなく前輪駆動のカレンは、後輪駆動でターボ車もあるシルビアや、前輪駆動のノンターボ同士ながら、スポーティに振ってFF国産車最強を謳った三菱FTOなどにユーザーを奪われてしまった事などで、日本市場向けに薄めたキャラクターが仇となってしまったのだ。
更にそうなった際に、取扱いディーラーが最も新設でネットワークの弱いビスタ系列(沖縄はビスタ店がないためトヨペット店)だったというのもマイナスに働いてしまった。
そして、そのビスタ店ではほぼ同じクラスのスポーツモデルのMR2があったため、本格的なスポーツモデルで悩む層にはそちらを販促するという逃げ道がある事もカレンの販売の足を引っ張ってしまった。
その後、セリカとは違って毎年のように改良が加えられるも、販売台数が伸びる事は無く、'98年8月、セリカのモデルチェンジを1年前に控えて生産終了となった。
アクの強さが懸念された6代目セリカが9万台弱の販売台数だったのに対し、カレンの販売台数は半分程度だった。
次に、持ち主の情報が浮かんでくる。
ワンオーナーで男性、20代中盤。
初対面から非常に存在感が薄い男性だった。
その存在感の薄さは、持って生まれたものではなく、作られているものだと沙菜には分かった。
元々のキャラクターを殺して生きていた時代のある沙菜には、彼の存在感の薄さの中にある裏が何となくであるが分かっていた。
なにか、存在感を敢えて消さねばならない事情があるのだろう。
更に、沙菜は深く思念を探っていくと、彼の深層が見えてくる。
彼は物心ついた頃から、他人の未来が見えてしまう能力を持っていた。
友人や教師の幸不幸を問わずに先の状況が見えてしまうのだった。
幼い頃は、子供としては悪気はなく見えた事をすんなりと話していた。
見える事にも良い事が多く、また、悪い未来でも泣かされるとか、自転車で転ぶ……といった程度の不幸度でしかなく、彼の周囲に集まる人達も、彼の能力をちょっと不思議だけど、便利屋さん程度にしか思っていなかった。
しかし、年齢と共に見えるもののレパートリーが増えていくと、彼の周囲から人々が離れていく。
友人の両親の離婚や、祖父母や親類の死、友人自身の交通事故など、不幸の度合いが上がっていくにつれて、彼は忌避されていくようになる。
そんな彼に目を付けたのがメディアの世界であった。
彼の能力を知ったディレクターによって、彼はテレビの世界へと引っ張り出されていくようになる。
スタジオに集まった芸能人の未来を言い当てて、いくつも現実のものにして見せると、彼は世間の
彼も、学校で居場所がなくなってしまった寂しさと悲しさを埋めるように、連日のメディア出演をこなしていった。
しかし、沙菜には分かっていた。
「この人、
こういった特殊な能力というものは、本来周囲の人の助けになるべきものであり、それによって金儲けに走ったり、有名になろうとすると、不思議な事であるが能力が徐々に弱まっていき、そして、いつか
代々沙菜の家の家系で車葬人が生まれているのだが、祖父が車葬については、紹介以外での外からの依頼は基本受けないようにしているのと、必要以上の報酬は受け取らないようにしているのには、自分達の能力を守るという意味もあるのだ。
評判を聞きつけて、何度かテレビや雑誌の取材依頼が来た事があったのだが、祖父はそのたびに
「そんな能力は存在しない!」
と言って追い返しているのだ。
沙菜は続きを見ていくと、やはりという結果になる。
段々と色々なメディアに登場するようになると、忖度を要求されるようになっていくのだ。
出演している特定の演者の結果を先もって聞かれ、悪い結果が出ている際には、渡された台本通りの結果で収録に臨む事を指令され、それをこなしていくようになる。
かくして彼は、大御所であったり、ゲストでやって来たイケメン俳優や若手女優の太鼓持ちのような御用霊視者の役割を担う事になる。
そして、それを繰り返すうちに彼の能力は段々と衰えていって、やがては何も見えなくなってくるようになる。
しかし、周囲の大人たちがそれを許さずに、いつのまにか彼は大人の書いた台本通りのシナリオを演じる演者の1人となってしまった。
時に感情豊かに、そして時に表情を殺し、能力者を演じる役者になっていったのだった。
ところが、そんな日々にも終止符が打たれる。
人気にも陰りが見え始めたある日、週刊誌に彼には能力など無く、台本が存在するというスクープ記事が掲載されると、それまで重宝がって使っていたテレビや雑誌などのメディアが一斉に手のひらを返したかのように彼に対して冷たくなっていき、彼は表舞台から姿を消した。
まだ中学生だった彼は、悪化したイメージのせいで学校に行く事もままならず、また、家にも嫌がらせが絶えなくなったため、家族で遠くの街へと引っ越すしか選択肢が無かった。
そして、引っ越した先の学校でもイジメに遭っていた際、強面の生活指導の教師に助けられた。
角刈りに色つき眼鏡で目つきもきつくて、体格も良く、驚くことに体育ではなく音楽の教諭であった教師から呼び出されて言われたのは、かつて教師自身も人の未来が見えてしまう能力があった事、そして、そのせいで学校で孤立してしまい、それを機にその能力を封印してしまったことを告白されたのだった。
彼は、教師に今までの全てを打ち明けた。
能力のせいで苦しみ、メディア露出に活路を見出したものの、大人の事情に合わせているうち能力を失い、今の自分がある事などを。
教師は、その体格と強面に似合わない涙を流して彼の話を聞き、自分に任せろと強く彼を抱いて言った。
教師は、彼をしっかりと見守り、高校は遠方の全寮制の高校を探して薦めてくれ、彼はそのアドバイスに従って、高校の3年間を遠くの地方にある高校で、弓道に打ち込み、過去の事はすっかり忘れ去った。
周囲の人間も、現在の彼の生き方を評価して友人となってくれて、過去の自分の事を知っていようが知らなかろうが、その事について触れたり調べたりするような野暮は誰一人としていなかったのだ。
大学生になって東京に戻ってくると、彼の過去を覚えている人間はほとんどいなくなっており、彼の人生はようやく前途が開けてきた。
しかしその頃、例の先生が倒れたという知らせを聞いてショックを受けた彼は、折角取り戻した明るさを封印して、彼自身の存在感を消すことで自身を守る術としてしまったのだ。
なので、車も当時から存在感の薄いカレンを選び、仕事も人と関わる事の少ない研究職を選んで過ごしてきた。
そして、長年乗ってきたカレンも古くなってきた事、そして研究に携わる中でスポンサー企業の系列メーカーから車を選んだ方が望ましいという事もあって車を乗り換える事となり、ここへやって来たという経緯が浮かんできた。
沙菜は、車からの思念を読み取っていくが、不思議なほどに彼の存在感の薄さが表れてきて、普段の生活と買い物程度しか行った場所がないのだ。
それを沙菜は読み取っていくと、カレンのボンネットにそっと触れて
「良き旅を……」
と言うと車葬を終えた。
◇◆◇◆◇
3日後、オーナーの男性がやって来た。
やはり、身についてしまった事なので変えるのは難しいのだろうが、存在感を消していて、沙菜も最初は虚像に話していると錯覚してしまうようだった。
「車は、特に大きなダメージも無かったのですが、塗装剥げが結構あるため、外装に関しては需要次第で考えると思います」
沙菜がと言うと
「お任せします」
恐らく、沙菜が能力者であることは分かっているとは思うが、敢えてその事には触れないスタンスなのか、それだけ一言言った。
自分が能力を持っていたばかりに人生を翻弄され続けたので、そこは触れられたくなかったのだろう。
「これを……」
沙菜は、カレンから受け取ったものを彼の前に差し出した。
それは、握力を鍛えるために使うハンドグリッパーだ。
古びたそれは、かなり色が褪せて埃を被っていたのだが、カレンの声を聞いた沙菜が助手席のシート下から発見したのだ。
彼は、それを見ると一瞬表情が緩んだが、すぐさま無表情に戻ってそれを手に取り、これについて語り出した。
これは、例の先生からお守り代わりというのと、体を鍛えろという意味を込めて渡されたものだそうだ。
自分を殺して生きていく事に疲れたり、過去を知った人が離れていったり……と辛いことがあった際には、いつもこれを握って気を紛らわせたそうだ。
例の先生は、それが高じて筋トレが生き甲斐のような人になってしまったそうだが、彼は3日坊主で終わってしまっていたそうだ。
彼はそれをまじまじと見ると
「今度、先生に会いに行ってみようと思います」
とポツリと言った。
その先生は、以前倒れた後遺症で、半身に麻痺が残ってしまったそうだ。
そんな先生に今の自分が会ったら、その後の人生で得た処世術を知って心を痛めてしまうのではないか、また、もし自分の能力が復活して、先生の暗い未来が見えてしまったらと思うと、なかなか会いに行く決心がつかなかったそうだが、これを見て決心がついたようだ。
沙菜には見えていたが、そのハンドグリッパーからはかなりの思念やオーラが出ており、きっと彼にはそれが感じ取れているのだろう。
彼はその決心を伝えると、丁寧にお礼を言って帰って行った。
沙菜の事を能力者だと気づいていながら、その事には最後まで一切触れなかった。
彼の今後については、沙菜の専門分野ではないが、きっと前を向いて生きていけると思っている。
何故なら、ずっと避けてきた先生と会う事を決心できたからだ。
彼は先生と会ってきっと上手くいく。
それを見届けられないが、自信をもって信じているカレンを見て沙菜は、自分の持つ能力に対して複雑な心境になるのだった。
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