第31話 親愛なるものへ-31

 「そこで、美生ミオちゃん」香川はおもむろに話し出した。

「お父さんとお母さんは離婚することになったんだが、そう、君たちの引き取りのことでちょっと揉めててね。お父さんは、二人ともを引き取りたいというんだ。経済的に余裕があるから、ということなんだけどね。でも、お母さんは、二人を一人ずつ引き取るべきだと言っているんだ。それでね、どうしても、お互いの言い分が平行線なんで、理奈ちゃんに決めてもらおうかと思って、今日は理奈ちゃんと一緒に相談していたところだったんだよ」

 美生は念仏を聞くようにぼんやりと聞き流していた。しかし、理奈、という名前が出たとき、いま理奈を抱きしめている腕に力が入ってしまった。理奈はそれに気づいたように強く抱きしめ返した。

「どうだろう、美生ミオちゃんの意見も聞かせてもらえないだろうか?」

美生は黙ったまま理奈を抱き締めた。

美生ミオ、あなたの意見を聞かせて」

美智子の声が無遠慮に耳に飛び込んでくる。

美生ミオ、いま自分がいいと思う方を選んでくれればいいんだ」

浩二の声も耳に侵入してくる。

美生ミオちゃん、理奈ちゃんにも訊いてやってくれないか」

香川の声が割り込んだ。理奈はしっかりと美生に抱きついている。身動きひとつしようとしない、まるで、母猿にしがみつく子猿のように。美生は黙り続けた。

美生ミオちゃん、いきなりで驚いているのかもしれない」

香川の声は優しく、その音だけだと有り難い説法を聞いているかのようでもあった。しかし、美生の頭は冷徹にそれを受け止めていた。

「君は、お姉さんなんだ。お姉さんとして、はっきりと意見を言ってくれないか?」

美生はゆっくりと振り返った。そして身を乗り出している香川も、不安そうに見つめている美智子も、鉄仮面を被ったような浩二も、全てを誰をも見ていないかのような表情で答えた。

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