第22話 親愛なるものへ-22
昼休みになると美生は一年の教室を回って理奈を探した。A組から順番に覗いて、ようやくE組で見つけた。近くにいた学生に言づけて理奈を呼んでもらった。理奈は振り返って美生を見つけると、驚いて駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、その格好、合格したの?」
「うん。それで、ちょっと、いい、今?」
「うん」
非常階段の踊り場で美生は心配そうな理奈を慈しむようにゆっくりと話し出した。
「悪かったね、連絡しなくて」
「いつから来てるの」
「今日。F組にいるよ」
「試験はいつだったの」
「昨日」
「……そう」
「昨日、会いに来てもよかったんだけどね、受かったのが信じられなくて…」
「よかったね、お姉ちゃん」
「…ん。でも、仮編入だけどね」
「いつまでいれるの?」
「問題が解決するまで」
「え?」
「仮編入っていうのは、問題がある生徒の受け入れなんだって。だから、あたしの場合、家出をやめたら、ってことになるんだろうね」
「お母さん、きっと喜ぶわ。この学校に入れたんだから」
「この学校だから?前の学校、市立の学校じゃダメなの?」
「…あ、……そんなつもりじゃ」
「いいよ。理奈もわかってたんだろ。あいつが、メンツにこだわってるってこと」
「……でも」
「あたし、覚悟はできてるんだ」
「なに?」
「里子に出してもらう」
「お姉ちゃん…」
「このまま家に帰っても、また戦争状態になるかもしれない。父親が家庭放棄してるんだから、あいつ一人じゃ子供二人の面倒は見れないんだろ。それなら、里子に出してもらった方がいい」
「そんな……」
「今、吉田さんっておばあちゃんの家に世話になってるんだけど、何とかなってるし、住ませてもらってるお金もあたしが働いて払えるようになりそうだから」
「働くの?」
「おばあちゃんも、いつまでもいていいって言ってくれてるんだ。まぁ、あと二年くらいは世話になろうと思ってるんだけどね」
「……帰ってこないの?」
「帰るとこなんてないんだよ」
「……そんな」
「あたしは、玩具。あいつの玩具。ストレスのはけ口。父親への憎しみの八つ当たり」
そこまで言って、はっと美生は口を噤んだ。理奈が泣いている。
「ごめん、ちょっと、言い過ぎた……」
「お姉ちゃん……、そんな、そんなふうに言わないで……」
「ん、ごめん。泣かないで。あんたが悪い訳じゃないんだから」
「でも……」
「理奈、聞いて。あたしわかったの。親にとって、子供に対して等しく愛情があるなんて嘘。やっぱり親だって人間だから、好き嫌いがある。あんたは好かれてる、贔屓されてる。あたしは嫌われてる、疎まがられてる。それだけ。あたしはそれに耐えられない。それだけ」
「そんなの……」
「あたしの住んでるとこ。はい住所。いま改装中なんだ。甘味処の店。そこで働くんだよ。名前もあたしが決めたんだ。『きっちゃみせ』っていうの。喫茶店もじって、『きっちゃみせ』。今度開店したら招待するからね」
「そこで働くの?」
「そう、学校が終わってから閉店まで。昼間はおばあちゃんがパートの人雇ってやってて、あと夕方からあたしと友達がバイトするの。上岡駅の近くだから、ちょっと寄り道になっちゃうけど寄ってね」
「…これ、お母さんに教えていいの?」
「まだ、言わないでくれる?」
「いいけど…どうして?」
「いずれ、あたしから行くから。…それに」
「それに?」
「もう、連絡は行ってるはずだよ、ここにいるって。少なくとも前の学校には」
「そうなの?」
「そうじゃなきゃ、転校できないでしょ」
「そうね」
「もしかしたら、あいつも知ってて知らないふりしてるのかもね」
「どうして?」
「自分から迎えにくるのがカッコ悪いんでしょ」
「……お姉ちゃん」
「ま、心配しなくても、毎日学校で会えるから、ね」
「ん…でも…」
「いいから、気にしない気にしない。毎日理奈に会えるだけで、あたしゃ幸せだよ」
おどけた口調にようやく理奈は笑みを見せた。美生もそれを見てようやく安心できた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます