第2話 親愛なるものへ-2
目を覚ますと、もう陽は西に傾きつつあった。美生は人目につかないように寮を抜け出して、平然と町に降り立った。
終業前の鉄工所のグラウンドは、子供たちで一杯だった。バックネット前で遊んでいる子供らを見つけると、美生は、いるいると思いながら大きく手を振った。
「おーい」
美生の呼び掛けに一人の少年が気づいた。
「あ、お姉ちゃん」
子供らは野球の手を止めて美生の周りに集まってきた。美生はそれを制するように手をひらひらと振ると、背負っていたリュックを下ろして中をまさぐった。好奇の瞳が美生の手に集中している。その視線を感じながら美生は子供たちに笑顔を見せた。輝く笑顔に子供たちは一層身を乗り出した。
「はいはい、慌てないでぇ、今日は、たいしたものはないからね」
「お姉ちゃん、こないだもそんなこと言ってたじゃない」
「でも、楽しみなんだよ、色んな玩具」
「今日は、あんまりないんだ。ボールはたくさん用意したけどね」
「ぼく、ボールなくしたんだ。軟球ある?」
「あるよ。A号ね」
「B号が欲しいな」
「だめよ、子供がB号なんて。はい、A号。さらっぴんは一〇〇円、古いのは三〇円でいいよ」
「ね、テニスボールないの?」
「硬式?」
「あの、黄色いの」
「硬式ね。あるよ。これも古いのは三〇円でいいよ」
「新しいのがいいな」
「はい。いくつ?」
「一個でいいよ。これバットで打つとむちゃくちゃ飛ぶんだ」
「危ないよ。気をつけなきゃ」
「ね、ね、玩具ないの?」
「今日はね、こんなとこかな。ぬいぐるみはあるけど、あんまり男の子の喜ぶのはないわね」
「このゴムのヘビ、いくら?」
「大きいのは五〇円、小さいのは三〇円」
「大きいのちょうだい」
「ね、この車は?」
「そんなの一〇円でいいよ」
「じゃあ、ちょうだい」
「ゲームソフトとかないの?」
「そのうち仕入れてくるわ」
ざわざわと群れる輪に女の子も集まってきた。
「お姉ちゃん、このぬいぐるみいくら?」
「それ、一〇〇円。こっちのは、五〇円でいいよ」
「ね、このマンガは?」
「一冊、五〇円」
一層賑いを見せたあと、残り物をリュックに詰めて美生は立ち上がった。
「お姉ちゃん、今度はいつ来るの?」
「さぁ、二三日したら」
「お金用意しとくからさ、日教えてよ」
「仕入れがうまくいけばねすぐなんだけど」
「ゲーム頼むよ」
「うまくいけばね」
美生は小さく手を振りながら、バイバイと言うと子供たちは声をそろえて絶叫して応えた。美生は圧倒されながらも、今度は大きく手を振った。
一週間ぶりの風呂から出るとコインランドリーに陣取って洗濯を済ませた。濡れた洗濯物をビニール袋に突っ込んで、ついでにそこに置いてあったマンガを失敬してリュックに詰めた。帰りがけ、牛丼屋に寄って夕食を済まし、薄暗くなった寮に戻った。寝起きしている隣の部屋に紐を渡し洗濯物を干し、暗闇の中ぼんやりと瞑想に耽るように眠りについた。
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