第3話 ファイト!-3
夜は更けているはずなのに、街は賑やかだった。駆け回る子供たちもふらふらと歩くサラリーマンも楽しげだった。美亜は、ふぅっ、とため息をついて横道に逸れた。
横道の飲み屋の前でガタガタとビールケースを積み上げている少年に目が行った。こんな夜更けまで家の手伝いか、と思ってよく見ると、それは同級生の田代だった。美亜は、はっとして立ち止まり、その姿に見入ってしまった。店の脇の路地にビールケースを積み上げ、店の前を掃除する姿に普段の学生服の姿を当てはめると、どこか違和感があった。むしろ、いまのこのかいがいしい姿のほうが似合ってるように思えて、笑みがこぼれてしまった。
大きなゴミ袋をゴミ箱に放り込んだ田代は、振り返って店に入ろうとした。と、美亜が立っているのを見つけた。あ、と声を上げて驚く田代に、美亜は小さく手を振って応えた。田代は照れ臭そうに頭を掻きながら美亜に近づいてきた。
「なんだ、ミアンじゃないか」
「やっほー。コンバンワ」
「どうしたんだよ、こんなとこで」
「へぇ~、ワタルん家って、飲み屋だったんだね」
「なんだよ、マズイとこ見られちまったな」
「なんで、マズイんだよ」
「だって…ほら…、うちのガッコって私学だから、結構金持ち多いじゃない。オレんちこんなのでさ、なんだか、カッコわりぃじゃない」
「そんなことないよ。結構カッコいいよ。かいがいしくて」
「なんだ、ずっと見てたのか」
「まぁね」
「やなヤツ」
「ま、いいじゃない。ワタル君がそんなにマメだなんて知らなかった。今度から、掃除当番は任せたわ」
「バカ言え!オレだって、嫌々やってるんだぜ」
「ウソウソ。まめまめしく働くワタル君の姿に、哀愁なんて感じられなかったわ」
「おい、ミアン」
「なによ」
「頼むから、内緒にしといてくれよ」
「どうして?」
「だって、うちが飲み屋だなんてカッコ悪いじゃないか」
「そう?」
「そう」
「そうかなぁ?あたいん家よりましだよ」
「そうか?ミアン家の父ちゃんは何やってんだ?」
「失業中」
「へ?」
「無職。プータロー」
「そうかぁ、あれだな、リストラとかいうやつだな」
「まぁね」
「じゃあ、結構大変なんじゃないのか、家?」
「まぁね。でも、お母さんがなんとかパートで稼いでるから」
「うちもそう。別れちゃったからさ、母ちゃん独りでなんとか店やってるんだけどさ、おかげでオレはタダ働き。丁稚みたいなもんさ。まぁ仕方ないけどね」
「丁稚がいつまでも油売ってていいの?」
「いいよ、店入ったらまた仕事言いつけられるから」
ふふと美亜は鼻で笑いながら田代を見た。前掛けを下げた田代の姿は、まさしく丁稚のようだった。じろじろ見つめられる田代は照れたように、慌てて美亜に話し掛けた。
「でも、ミアン。こんな時間にうろうろしてていいのか?」
「まぁ…もうそろそろ帰るよ」
「そうしな。じゃあ、また明日な。くれぐれも今日のことは内緒だぞ」
「あいあいさー」
美亜は大きく手を振ってその場を後にした。田代はそんな美亜の姿にぼぅっとしながら手を振り返すと、名残惜しそうに店に入った。
美亜は田代の姿を思い出して笑みをこぼしつつ帰途に着いた。今ならなんとか家に入れると思いながら。
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