第37話

「ごちそう様でした」

「お粗末さまでした」


 黙々と食事を終えて、箸を置き、食器をトレイの上に丁寧に揃え直した。

 すると、牧那から意外な返事がきたから苦笑する。

 それ、お前が作った訳じゃないだろ、とつい心で突っ込みをいれた。

 これはおごられっぱなしではいかんと、言葉が先に口を突いて出た。


「とても美味しかったよ。明日は俺がおごるね」

「……え。いい、の?」


 牧那はそれまでの仏頂面を改めて、驚きの声を出した。


「なんでだ? 食堂で食べることができるかどうかは怪しいが」

「あ、はい。それはそうですね‥‥‥」


 ちらりと牧那が抱介越しに、あちらを見やる。

 季美たちのグループはまだ後ろのほうできゃいきゃいとはしゃいでいるようで、そこそこ離れて座っているこちらにも、その雰囲気は伝わってきた。


 まだ、いる。と、牧那が心底嫌そうな顔をする。

 それを見て、抱介はスマホを取り出し、時間を確認した。

 午後の授業は、十二時五十分から開始になる。

 いまは四十分だ。

 あと五分もすればあのグループは解散するか、この場所から去っていくだろう。 

 出口とは反対方向にいるこの卓に、再度、季美がやってくるとも考えにくい。


「……どうせ、図書室に戻ることになるしな。お前は?」

「先輩と一緒にいられるならどこでもいいですよ。図書室から荷物を取り出して、そのまま街に出かけてもいいし」

「おいおい。新入生が登校二日目から、何を悪いこと考えているんだ」

「そうですかね?」


 と、牧那は抱介と自分をじろじろと見比べてそう言った。

 まあ……こちらとしては、一年ほどあの場所で、同級生たちの目から逃げるようにして、授業を避けていた身だ。


 自主勉強という大義名分があるとはいえ、あまり褒められた立場でもない。

 それも、いじめに遭っているとか。

 精神的に何か耐えられないものがあるとか。


 本当に生きることが苦しい他の生徒と違い、抱介は自分から、逃げ場を用意してそこにいるのだ。

 誰彼に偉そうに言える身ではないことは、自覚している。


「俺が言えることは、あんなとこで自主勉強なんて一年間も続けてたら心が腐っちまう。そんなとこかな」

「へえー‥‥‥」


 意外なことを言うものですね、と牧那は目を大きく見開いて驚いていた。

 そんな仕草は犬というよりは、やはりげっ歯類によく似ている。

 前歯は出ていないが。


「それなら一緒に腐りましょうか」

「勘弁しろよ」


 そんな会話をしていたら、どうやら季美たちが食堂から去ったらしい。


 牧那のどこか警戒する目つきがやわらいだのを見て、抱介は「じゃあ戻るか」といい、食器の入ったトレイを持って立ち上がった。

 

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