いい塾の日
~ 十一月十九日(金) いい塾の日 ~
※
顔をよく見て言葉をよく聞いて、
性質や考えを見抜く
久しぶりに。
体育館にピクニックシートを敷いて。
バスケ部とチア部の活動をのんびり堪能した俺たちは。
昨日に続いて。
今日も賑やかな三人と共に駅へと向かう。
「疲れたー!」
「そりゃ疲れたろ~。なんだよあの新技~」
「二段ジャンプ、凄かったな。キッカの反射神経あっての技だよな」
「反射神経よか集中力なのよん! 空中で回転した後、着地するのは手のひらの上! 針穴にしめ縄通すような技なんだから!」
しめ縄って。
それには集中力じゃなくて超能力。
あるいは巨大縫い針を作る財力が必要だ。
なーんて突っ込みたかったが。
実際、信じられないような神業を何度も華麗にこなした姿を見ているからな。
ここは素直に感心しておこう。
「優太も、新ステップ練習中なんでしょ?」
「いや、結構有名なステップだからな。拳斗にも通用しねえ」
「そこからの派生技考えることもできるし! まずは極めてみるのよん!」
「おお、そうしよう。まずは特訓だな!」
……お互いを高め合う。
甲斐ときけ子の関係性は。
ちょっぴり羨ましくて。
ちょっぴり暑苦しい。
とは言え。
年中無休で、こんな調子でいるはずもなく。
「あ! かわいい!」
きけ子はきけ子らしく。
何かを見つけて大はしゃぎ。
喫茶店の前。
自転車置き場の柵にリードを縛り付けられて。
大人しく、ご主人様の帰りを待ちわびる大型犬。
「お~。可愛い犬に駆け寄る夏木、可愛い~」
「拳斗……。いや、珍しくキッカのこと褒めてくれたわけだ。良しとするか」
複雑そうな甲斐を置いて。
弾かれたように走り出すきけ子の後姿を見つめながら。
今度こそ。
俺は突っ込んだ。
「疲れてたんちがうんかい」
「た、確かに……」
こんな突っ込みごときでは。
笑うどころか、通常の会話の一つにしてしまう女の子。
今日もまた、笑わせるどころか全部返り討ちにあってるからな。
なにか、この犬で笑わせることはできないだろうか。
「……ご主人様は、中で一服か」
「可哀そうなのよん! 一緒に入れてあげてもいいのに!」
「こんな駅前じゃ無理だろ。駅から離れたとこならそういう店もあると思うけど」
「ふーん。……じゃあ、どこ行っても駅前みたいな都会じゃどうしてるの?」
きけ子の疑問に。
誰も答えられるはずもなく。
東京事情を求める視線が。
俺一人に集まって来る。
ほんのり優越感はあるが。
俺が持ってる都会情報なんて。
お前らがテレビから得てる情報となんら変らんと思うぞ?
「一緒に入れるとこもある。というか、そんな店はそれを売りにしてるわけなんだが」
「そうなんだ~」
「犬と一緒に入れるのを商売に出来るのか。変な感じだな」
「この辺にだってそんな店、何件かあるわい」
「知らんかった」
「知らんかった~」
「だったら、東京と変んないのよん!」
「このうんちく王に聞く意味なかった~」
「なかったな」
「なかったのよん」
なんだ貴様ら。
聞き捨てならん事言いやがって。
だったら、その嫌味な知識を。
振りまいてやろうじゃねえか!
「…………犬用の塾ってのがある」
「ワンちゃん塾!? それはウソなのよん!」
「ほんとだって」
しつけをしてくれるトレーニングセンターとか。
あるいは、飼い主に犬との接し方を教えるためのカルチャースクールだ。
でも、そんな説明を始める前に。
急に盛り上がるバカふたり。
「数学とか教わるのか~?」
「まじ? 文字が書けるようになるとか……」
「ペンで、絵を描く犬なら見たことある~」
「ウソでしょ? じゃあひょっとして数年後には……」
「クラスメイトに、犬~!?」
「ど、どうしよ! あたし数学で負ける気がする!」
「国語で負けたら~、人間の地位、取られる~!」
……面白いから。
このまま放っておこう。
そして秋乃は、二人の様子に興味津々。
なんだ?
まさかお前も信じてるのか?
だったら……。
「秋乃、それだけじゃねえぞ。世の中にはもっとすげえものがある」
「ワ、ワンちゃん用の凄い物?」
「そうだ」
「そ、それは……?」
「犬のためのペットショップ」
不意に思い付いたわりに。
これは面白いだろ。
案の定、冗談に気付いた秋乃は捧腹絶倒。
……せず。
「ワ、ワンちゃんが猫の首輪についたリードを咥えて散歩してる場合、はたしてどっちがどっちを飼ってるの?」
「うはははははははははははは!!! 知るか!」
「お、お金を出したのが犬の場合、人間を散歩に連れて行くという考え方も……」
「信じるな! 冗談だよ、笑えよ」
「な、なんだ……。ウソなんだ……」
なにやら複雑なことを考えて。
勝手に盛り上がった秋乃は。
俺のネタに笑わず。
結果、俺を大笑いさせた後。
随分と楽しそうに。
こんな話を始めた。
「あ、あたしも聞いたことがある……」
「犬用の何かか?」
「うん」
おいおい。
この流れで、どんなウソつかれたって。
笑うわけねえだろ。
そう考えてた俺は。
まだまだ、秋乃という女のことを。
理解しきれていなかったようだ。
「都会だけじゃなくて、どこにでもあるって聞いた……」
「なにが」
「ワンチャンのためのホテル」
「うははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
下ネタとは卑怯な!
そりゃどこにでもあるだろ!
たまに大人びたネタ振ってくることあるけど。
今日のはちょっと、女子が口にするにはどうかと思うぞ?
……でも。
こんな捧腹絶倒ネタを聞いても。
きけ子とパラガスが、きょとんとしてる。
その向こうで、呆れ顔で俺を見つめる甲斐の視線。
こいつは理解できたようだが、笑ってねえってことは……。
あれ?
俺、やらかした?
「え? 今、なんで笑ったの?」
「保坂が笑った理由か? なにか思い出し笑いでもしたんだろ」
「でも……」
「いいから。考えるな」
「うん~。何も面白くないよな、ワンチャンのためのホテル~。……あ」
「おい、言うなよ」
「ぎゃはははははは! 分かった~! や、やば~! 面白過ぎ~!」
「え? え? なんなのよん!」
「いいから気にするなキッカは」
あちゃあ、これはやっちまった。
でも、元はと言えばお前のネタのせいだぞ?
そう思い至ったところで。
ふと気づく。
……もしかして。
ネタじゃない?
いやいや、だって秋乃だぞ?
絶対にネタだ。
そう思いながら、秋乃の顔を見ると。
案の定、ニヤリとほくそえんで。
素知らぬ顔で、俺が困ってる姿を眺めてる。
…………はずもなく。
俺の勘違いに気付いたんだろう。
氷のような視線で俺を見据えていた。
「…………怒ってる?」
「ワン!」
「……きゃいん」
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