宝石の日
~ 十一月十一日(木) 宝石の日 ~
※
主なる事と従なる事が逆になること。
改めて、市が買い取りたいと言ってきた。
我がクラスが文化祭で作ったロボ。
でも、その料金はもちろん。
これを実際に作った、おにいさんとこの工務店に渡ることになった。
そういう訳で、役所への輸送のために。
工務店の皆さんが学校へトラックで乗り付けて。
しばらく体育館に飾られていた。
思い出の機体を運んでいく。
その門出にいないわけもないこいつは。
と。
「やはり連れて来たか……」
「お、お父さんとお母さんの機体だから……、ね?」
愛さんがくれて、二人で半分ほど飲んだ。
お茶のペットボトルを二つ持った俺の隣で。
秋乃が胸に抱くのは。
射的で手に入れたウサギのぬいぐるみ。
愛さんが書いたシナリオに没入し過ぎなきらいもあるが。
でも、その気持ちも分からないではない。
悲劇から、奇跡の復活。
記憶を持ったまま蘇ったちびらびが。
トラックに積まれる滝野機に。
小さな手を元気に振っていた。
「無くすといけないから、しっかり抱いてろよ?」
「うん」
「なんたって、どえらいもん首から下げてるんだからな」
秋乃がかけてあげたネックレスチェーン。
その先にぶら下がる指輪は百万円。
無くしたら困る。
盗られても困る。
……からかわれたら、もっと困る。
「ち、ちびらびちゃんは、あたしがしっかり抱いてる……」
「いや。三百円の方はどうだっていい」
「三百円?」
「…………なんでもねえ」
いかんいかん。
秋乃が大事にしてるぬいぐるみにひでえこと言っちまった。
お詫びに、今日は麻婆豆腐にしてやるから。
怒ってイタズラするんじゃねえぞ、ちびらび。
俺は、そばにいた佐倉さんにペットボトルを渡して。
心で謝りながら、ちびらびの頭でも撫でてやろうかと思ったんだが。
「……ん? どうしたんだ、そのマーキーズ」
ちびらびの首から下がる、自分よりも長い宝石。
ガラス製だろうか、まるでルビーのような深い赤。
「そう! これ、愛さんがくれた……!」
「おお、そうなんだ。器用な人だな」
「あ、憧れる……」
まさにシナリオ通り。
想像したそのまんまのマーキーズ。
そんな品を作った愛さんは、トラックの運転席から俺たちに手を振ってるけど。
まさか、愛さんが四トン車動かすの?
…………あ。
悪ふざけすんなってつまみ出されてる。
「やれやれ。でも、あの人なら運転しかねん」
「これで、名実ともにちびらびになった……」
やたらとにっこにっこしながらちびらびの頭を撫でる秋乃だが。
お前にゃ悪いが。
俺には気が気じゃない案件が一つある。
「……元々のマーキーズはどうした」
「え? 立哉君がくれたあれ?」
「そう」
「みんなが見たい見たいって……」
「渡したの!?」
なんてことしやがるんだ!
万が一にも戻って来なかったらどうする気だよ!
「それで! 今は誰が持ってるんだ!?」
「あ、それなら……」
「保坂ちゃん! 大変!」
「なんだ!?」
「パラガスの奴が、保坂ちゃんの大切なもん持って屋上で騒いでる!」
きけ子が教えてくれた通り。
屋上から響く、聞き慣れた我がクラスの連中によるバカ笑い。
「くそう! 盗られた上にからかわれた!」
「ま、待って。今はポッケに……」
「首洗って待ってろお前ら!」
上履きに履き替えてる場合じゃない。
俺はローファーのまま階段を駆け上がって。
「はあ! はあ! 返せこの野郎!」
パラガスの首根っこを掴んでガタガタ揺すると。
「もう優太に叱られたよ~! 返して来るって、下に降りちゃった~!」
「行き違いになったか!」
俺が西階段から来たから。
あいつは東階段から降りたんだ。
ひとまずパラガスを校旗の代わりにぶら下げてから。
慌てて校庭に戻ってみたが。
「はあ! はあ! 甲斐! あれ返せ!」
「人聞きわりいな。まるで俺が取ったみたいじゃねえか」
「いや、ありがとな、奪い返してくれて助かった! 感謝してるからすぐ返せ!」
「それが……。いつまでも降りてこねえから、屋上の様子見て来るって言った西野に渡して……」
「RPGでよくあるやつ!」
ぐるぐる回されて適度にレベルをあげさせる高等テクニック!
俺は、まだ次の町を目指せないのか!?
「くそう!」
「ま、待って立哉君……」
「待ってろ王子くん! 今行くからな!」
そして再び屋上についた俺を待っていた王子くんから。
ようやく指輪を貰えるかと思ってみれば。
「あっは! 満身創痍のとこ悪いんだけど……」
「ぜえ! ぜえ! ま、まさか……」
「うん。ひめぴに渡して、下に降りてもらった……」
「ふんぬうううう!」
もう限界。
でも、こんな調子でどこかに消えた、なんてことになったら大変だ。
俺は最後の力を振り絞って。
階段を駆け下りて校庭へ。
そこで待っていたのは…………。
「何やってるんだお前。そんなに大切だったのか、これが」
姫くんが持っていたものは。
二本のペットボトルだった。
「………………は?」
なにそれ。
それが俺の大切な物?
「パラガスのヤツ、どっちが舞浜のでどっちが保坂のでしょうか、とか言って」
「……はあ」
「舞浜ファンの男子数名に、一本千円で選ばせてさ」
「どういうこと?」
「どっちを買ったらいいか苦悩するみんなのこと見ながらいやらしい顔して愉悦に浸ってやがった」
「なんじゃそりゃ!」
とんだくたびれ損。
走り回ってバカを見た。
姫くんからペットボトルを受け取って。
ぐったり膝から崩れた俺に。
秋乃が駆け寄って来たんだが。
その手には……。
「指輪……」
「た、大切なものってこれのことでしょ? 最初から、あたしが持ってた……」
さすがに。
これに素直に返事をするのは恥ずかしい。
「……いや。俺は最初からお茶を取り返そうと思ってたんだ」
「ほ、ほんと?」
「だって、今、ものすごく喉が渇いているからな」
「そ、それは本末転倒……」
ええい、聞く耳もたん。
でも喉が渇いてるのはホント。
俺はお茶を一本突っ返して。
残った方を一気に飲み干した。
「あ……」
「ぷはあ! 美味い!」
「そ、そっち、あたしの……」
「…………え?」
どこで区別がつくのか分かりもしないが。
この言葉はクリティカル。
そばにいた連中全員が。
そりゃ確かに大切だよなと大笑い。
「ち、ちが……!」
「あははははは! 必死になる理由分かるぜ、保坂!」
「立哉ー! そういうのは陰でこっそり飲むもんだぜ?」
「そうじゃねえ! 俺の話を……」
「そうかそうか! 保坂はそういうやつだったのねー!」
「パラガスを超える変人がいるとは思いもしなかったわ」
だが、げたげた笑うみんなの前で。
慌てふためく俺に。
救いの手が差し伸べられた。
『あー、保坂。校庭から屋上まで、お前が汚した部分の掃除を命ずる』
……泣きっ面に。
救いの手が伸びて来たと思ったら。
ビンタされただけだった。
「こら。手伝うか笑うか、どっちか選べ」
「じゃあ、手伝う……」
「笑えよお前は。靴に泥つけて、ぞうきんで拭いた端から汚れてくのおもしれえだろうに」
「まずは、モップに……」
「きいちゃいねえ」
「泥つけて」
「うはははははははははははは!!!」
「……よし、達筆」
「うはははははははははははは!!! 『掃除済み』って床に書かれても!」
くそう。
明日こそ負けねえからな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます