御令嬢、貴女が悪くないことを知っています

@4zu

第1話

 おや?目の下が腫れていますよ?……お痛ましい。泣いていたのですね。そのようになるまで泣かない方が良いですよ。あぁ……そんなに怯えないでください。


 誰って、私は貴女のクラスメイトですよ。唐突にやって来て驚かしてしまい、申し訳ございません。


 ……こんな鉄格子のなかではなかなかにお辛いことでしょう。毛布を持ってきました。どうぞこれをお使いください。


 ……何故ここまで優しくするのか……ですか?それは単純に私の話す内容を聞いて欲しいからです。いわば、賄賂のような物です。


 では、語りますね。

 まぁ、驚く内容があるかもしれません。心してお聴きください。


 私は貴女が努力をして、日々を楽しそうに生きてきたことを知っています。

 貴女はいつも学園で、日々国を導くための知識をつけるために、必死になって勉強をしていたのを私は知っています。


 授業の合間に次に始まる授業の予習をしていましたね?私はその学んでいる時の真っ直ぐとして、勉学に励んでいる姿が好きでした。

 その未来は明るいものだ、明るくするのだと、毎日考えていましたね。見ていればわかります。その真っ直ぐな姿に、私は魅せられました。


 私は毎日が暗く、光も何も感じられない日々を送っていました。両親は死に、大した才能を持たない私は、日々を無気力で生きてきたのです。それに、王族に、勝手に私の道が決められていたのですから。


 まぁ、今更なのですがね。何をしようとも思わなかったので。例え王族にに言われなかったとしても、良い変化は何一つありません。日々が暗いままでしたでしょう。


 ですが、貴女という光が私の前に現れました。その分は王族に感謝しても良いかなとは思いますけどね。


 私が貴女を一目見た時には雷が落ちたようでした。驚くほどに世界が色づいたのです。今まで見てきた世界は何だったんだと思うほどです。


 貴女のその真っ直ぐな瞳、人々やこの国を案じる高貴さ。その全てが私の世界を色付けたのです。


 一目惚れでした。


 ですが、貴女は公爵令嬢。未来の国母としての将来が決まっていました。

 王太子様の婚約者で──あの馬鹿に様をつける必要はありませんね。

 そのような人が婚約者では、私の想いが叶うはずもありません。


 私はこの想いを心の中にしまっておくことにしました。諦めるのだと。私には届かないところにいるのだと、そう考えて。


 ですが、諦めようと決意をしたところで何も変わりません。私の日々は何も変化がありませんでした。

 いつもと同じように、学園へと通い、いつも通りに貴女に癒される。


 私の世界には彩が溢れたままでした。貴女を諦める、そう決めたはずでした。なのに、世界は色鮮やかに輝いて見える。


 そして気がついたのです……諦めることは不可能だったのだと。まぁ、そんなことに気がついてもどうしようもないのですがね。私は見守るだけにしました。


 ……あぁ、違いますよ?私がストーカーなどと、そんなことをするはずがありません。私は貴女が幸せであることを望んでいるのです。


 はい、貴女が幸せである。それだけで私は満たされました。貴女の幸福、それだけで私の世界は輝くのです。

 ですから私は、貴女が幸せそうにしている日々を壊さぬように、そっと見守っていました。


 貴女が王太子と二人で語り合っている姿などは私が遠目から見て幸せな気分になれるほどでした。


 ……複数人で監視していた、ですか?いえ、そういうわけでは無いのですが……。


 貴女が王太子と幸せそうに話をしている姿は多数の人が目にしていましたよ。気づいていなかったのですか?ふふ、それだけ会話に夢中であったということですね。割と抜けているところがあるのですね。また新しい貴女の一面を知ることができました。


 話が逸れてしまいましたね。申し訳ございません。


 ……そうでした、王太子とお二人で話をしていたところまででしたね。


 ……話を聞いていたのか、ですか?答えはいいえです。声は何も聞こえていませんでしたよ。まぁ、どのような話をしていたのかは気にはなりましたが。


 ですが聞き耳を立てるような無粋な真似はしませんよ。見守ってはいましたがね。


 ……今だから聞きますけど、あの時はどのような話をしていたのですか?


 ……霧の中の庭園で話していた時です。


 ……成る程、そうだったのですか。貴女はよほどこの国のことが好きなのですね。


 なんでそう思ったのか……ですか。先程にも言いましたが、相当楽しげに見えましたよ。ご自覚がなかったのですか?…………ふふふ。面白いですね。


 たしかに貴女の表情は最初の頃は分かりづらかったですよ。ですが、その頃にはもう貴女の些細な雰囲気で理解できたものです。まぁ、ここまでできるようになった者は私しか居なかったようですが……。


 私以外の人はどのような話をしているのだろうと気にはなっていたようですが。皆さんがおっしゃっておられましたよ。

 あのような堅苦しい作法で、いったい何について話をしているのだろうか。とか、きっとこの国の行く末の話をしているのだろう、などですね。


 結果的にはこの国の行く末について話をしていたようですが。


 ……そんなに楽しかったのですか?政治の話が。


 ……すごいですね、私には理解のしようがありません。さすが神童と呼ばれたほどのものです。


 ? そうすると、王太子と一緒にいたのが楽しかった訳ではなく、王太子と語った内容が楽しかったのですか?


 ……なるほど。何となく理解できました。


 ……何が、ですか?貴女が王太子に捨てられた理由ですよ。はぁ、まったく……。王太子も馬鹿ですね。こんなに王妃として相応しい方は他にいないだろうに……。


 ……何で捨てられたか、ですか。……少しショックを受けてしまうかもしれません。それでも聞きますか?


 ……貴女は強いですね。わかりきっていたことではありますが。そんなところにも私は惚れたのですよ。


 はい、ではお話ししましょう。あの日の出来事、そして王太子が貴女を処刑してまでも成したかったことを。




 ──まず、王太子の母──王妃様が過去に彼を産んでからすぐに亡くなったことは知っていますよね?


 はい、そうです。王妃様はお体が弱く、そして出産に適さないお体であったようです。それでも国王様が王妃様と御結婚なされたのはお二人の強い想いがあってのことだそうですね。


 どうやら、前国王様の意見を押し切ってまで御結婚なされたとか。私も聞き耳にかじった程度ですがね。


 それで、産まれたのが王太子です。その時に王妃様が亡くなってしまい、三日三晩に渡って盛大な葬いをしたそうですね。


 それで国王様は執務に手が入らなくなる程に意気消沈してしまいました。ですが、すぐに執務に戻りました。──一人息子を放置して。


 はい、ここまではご存知の通りです。巷で話題になる程に有名な話ですからね。


 そして、ここからです。王太子は母が亡くなり、そして父も仕事に没頭して、親の愛情を受けずに育ってきました。


 ……王族なら、親と顔を合わせないのが普通……ですか?それは今のこの国だけですよ?他の国では親子で鍛錬をしたりなどは良くあることらしいです。この国が異常なだけですよ。


 そして、貴族の間に広がる噂が、はい、そうです。王子は呪われた子だ、この方に関わるとたちまち死に至る、と言った噂ですね。


 これも、王子に関わった乳母や王妃様に関わった医師などが、不審死をしたことから囁かれた話題ですね。


 えぇ、私たちからすれば馬鹿げた話ですが、貴族という者はそのような迷信や噂話が好きですからね。そのせいで、周囲から避けられていたそうです。


 王子が人に近づこうとすれば、皆は離れていく。何も知らない子供にはなかなかにきついことですね。


 そして、愛情を与えられなかった王子は、ある時に、平民の少女に出会います。


 ……はい、彼女です、王太子のそばに居た。貴女が処刑される原因にもなったあの人です。


 ……驚きましたか?まぁ、見れば彼女が原因であると理解するのは簡単なことですからね。


 彼女が周囲の、特に身近な人に避けられていた王子に寄り添って。そして王子はその平民の少女を好きになってしまったのでしょう。

 初めて自らの側に居てくれる、そんな人が居たら、多少なりとも依存してしまうでしょう。


 ……ですが。……はい、お気づきになられたようですね。王太子となった王子は、婚約者としての貴女が現れます。


 が、その婚約者は表情が変化せず、口を開けば国政のことばかり。

 そんな人を国王様に勝手に決められた。ですが、婚約者ができたものの、王太子には心に決めた人がいます。そのため、婚約者を勝手に決められたことに王太子は反発します。



『僕には愛した女性と添い遂げることはできないのか』



と。そのように、国王様に思いの丈を伝えたそうです。


 そうして懐かしいと、国王様は息子のその姿を自らの過去と重ね合わせたそうです。


 王太子が国王様に直談判した結果、平民の少女と結婚できることが決まりました。


 王太子は喜びます。ですが喜んでいるのも束の間、現在婚約している貴女をどうするか、という話になったのです。


 そして、そのことを国王様と話し合った結果、貴女に罪を被せ、処刑する。そう決まったのでした。




 これが今回の話の顛末です。理解できましたね?


 ……何故、処刑などといった方法を取ったのか……ね。


 それは簡単です。過去に同じような出来事で、何度も同じ方法を取っているからですよ。

 どうやら、この国の王族は平民を愛してしまう生き物らしいですね。面白いですね。

 慣れ、というものは恐ろしいですね。


 ……えぇ、何故貴女が知らないことを私が知っているのか、ですか。それは……私の家系は代々そのような裏での処刑を行なってきた者だからですよ。


 私が過去の資料を調べた結果、このようなことがわかったのです。


 そして、貴女が知らなかった理由は、表では処刑ではなく病死、事故死、他国からの暗殺、などと言ったようなものになっていたからです。


 ……あぁ、諦めるのですか?私が処刑人だと知って。


 ……どうしようもない、たしかにそのようにお思いになるのも仕方がありませんね。


 まぁ、そうですね。ところで、死ぬ前に言いたいことなどはありますか?


 ……父上、母上に申し訳ない、ですかー、潔いですねー、ふふっ。


 ……笑ってしまい、申し訳ありません。怒らせるつもりはありませんでした。


 ……少し自分語りをしますね。


 私は処刑人の一族だと言ったじゃないですか。実は私は平民ではありますが、それなりに濃い貴族の血をこの身に宿しておりましてね。


 まぁ、両親は四年前に亡くなってしまったのですが……。


 その死んだ母の方なのですがね、実は元々王妃になる予定の人物だったのですよ。


 ……ふふふ、不思議そうな顔をしていますね。


 ……おや、その様子では気が付かれましたか。


 ……はい、貴女の仰る通りです。


 私の一族は度々処刑されそうになっていたとある女性と結婚してきた家系なのです。父以外でも父の祖父母がそのとある女性と結婚していたりしています。


 ……ふふっ、えぇ、少し恥ずかしいですがね。


 ……こういうのも何ですけど、王族は平民を愛する家系であるならば、私の家系は──王妃候補を愛する家系であるのかもしれませんね。


 そして、この話を聞いてどうします?


 ……え、わからないのですか?えーと、ならば、選択肢を与えます。


 一つ目は、このまま牢屋の中で過ごし、首を落とされて死ぬ。

 二つ目は、ここから解放し、王家へと復讐を企み、反逆者として殺される。

 そして三つ目、──私と生涯添い遂げることを誓い、子供にも恵まれ、他国で細々と幸せに生き、そして幸せの思い出に包まれながら、天寿を全うする。




────さぁ、選んでください。あ、この三つ以外の選択肢はありませんよ。

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