ショートカット
奈那美
第1話
(うわっ、流石にこの時間は冷えるな)
日曜の早朝。
まだ暗いうちに、恒例の飼い犬クロの散歩に出ようと玄関から一歩出た俺は、冷気に負けて一旦部屋に戻り、黒のウインドブレーカーを羽織って改めて外に出た。
まだ真っ暗な空には満天の星。
ひんやりとした空気には、何処かから漂ってくる秋特有の甘い香りが混じっている。
小ぶりの懐中電灯を手にした俺が小屋に近づくと,散歩の気配を察したクロが、期待満面の顔で尻尾を思いきり振りながら、小屋の前のスペースを走り回っている。
クロに近寄り、側に建っている物置の壁にかけてある赤いリードを手にし(真っ黒だけどクロはメスなんだ)、鎖とかけかえるためにクロのそばにしゃがみ、首輪を覗きこむ。
ファサ…と首の後ろでひとつにくくった髪の束が、背中から脇にすべる。
リードをつけかえるとクロは“待ってました!”とばかりに勢いよく走りだす。
引っ張られて俺も走りだす。
背中の髪の束が跳ねて、左右に動く。
(わかっちゃいるけど…邪魔な髪だな)
そう思いながら、懐中電灯の丸い灯りで足元の安全を確認しつつ,田んぼの間のアスファルトの農道をしばらく走った。
スタートダッシュで満足したのか、しばらくかけた後はクロの足もゆっくりとなり,代わりに左右へウロチョロと動きだした。
こうなると足元の安全よりも,他者・・・早朝散歩の人や新聞配達の人に『犬連れがいる』ことをアピールするために、懐中電灯は犬に向け、つらつらと歩みを進めていくだけになる。
当然のごとく頭はヒマになるから、どうでもいいことに考えが向いてしまう。
そして、さっき感じた(髪…邪魔だな)と思ったことを思い出した。
俺の髪は、ハッキリ言って長い。
腰の近くまである。
ついでに言うと柔らかめの毛質でストレート。
おまけに茶色がかっている。
真っ黒で剛毛,その上くせ毛の姉貴が地団駄踏まんばかりに羨ましがる(実際子供の頃何度泣き叫んだか…)髪の毛を所有している。
俺からしたら、姉貴のような髪の毛を持って産まれたかったのだが、仕方がない。
あと名誉と自尊心のために言っておくと『伸ばしている』のではなく『伸びた』んだ。
高校までは、校則に合わせざるを得なかったから、似合う似合わないは関係なく決まった髪に整えていた。
だが社会人となれば、いつまでも学生のような髪型にしておくわけにもいかないしカッコ悪い。
だから姉貴が持ってた、男性モデルも載ってるヘアカタログを参考に色々試したのだが、ことごとく全滅。
たまたま職場が寛容で、『長髪でも小ざっぱりとしているならOK』と言ってくれたから、それに甘える形で伸ばし続けている。
けれど、さすがに限界に近い。
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