第29話 もう答えは決まっていた


 王城へと迎えば謁見の間にてマーカスとマチルダが待っていた。シェリルを見た彼は軽蔑するような眼差しを向けて、マチルダに至ってはよく戻ってこれたなといったふうだ。


 王子たちを見るや父と母に頭を掴まれて、シェリルは無理矢理に頭を下げられる。



「王子、この度は無礼を致しまして申し訳ありませんでした」



 父がそう言っって頭を下げてシェリルにも促す。



「申し訳ありませんでした……」



 シェリルは謝罪の言葉を口にする。勝手に悪者に仕立て上げたくせに、謝る必要などあるのだろうか。そう思わなくもないけれどそうする他なかった。マーカスは全くだと苛立ったように声を上げる。



「正式な婚約破棄をする前に逃亡するなど、なんたることか! 常識外れもにも程がある。わたしへの嫌がらせか!」



 大袈裟に怒ったように言う彼に父と母は申し訳ありませんと何度も謝った。マチルダはそんな彼の腕に手を回しておかしそうにその様子を眺めている。


 あぁ、なんて最悪なのだろうか。三文芝居を見せられている気分は最悪だった。シェリルは知っている、マーカスとフィランダーが仕組んだ事であるのを。


 それを言ったところで誰も信じはしないのだから言うつもりはないが、それでもやはり怒りが込み上げてきた。



「まぁまぁ、マーカス様。シェリル嬢もこうして反省しているご様子です。そっと水に流してはくれませんでしょうか?」



 三文芝居に磨きがかかったフィランダーのセリフにシェリルは乾いた笑みが溢れる。


 どうだ、これで十分か。シェリルの心は荒んでいった。お前らはこれで満足したのか、どうなんだ。ぎゅっとドレスの裾を握りしめた。



「フィランダー卿がそう言うのならまあいいだろう。謝罪しに来ただけでもまだいいほうだ」



 あぁ、本当に芝居が臭い。こんな下手な芝居を見せられて誰が楽しめるというのだろうか。楽しいのは芝居をやっている人間だけだ。操り人形にされた人間はただ、弄ばれて終わりなのだから。


 父も、母も、二人の言葉をはらはらと聞いているだけだ。自身の身が娘よりも心配なのだ。別にそれは構わない、誰だって我が身は可愛いのだからそれに文句はない。だが、信じてくれなかったことだけは許せなかった。



「安心してください。シェリル嬢は私が責任持って妻にしますゆえ、もうおかしなことはしないことでしょう」


「それなら安心だな。喜べ、シェリル。フィランダー卿は良い男だぞ」



 ははははとマーカスは高笑う。あぁ、もう駄目だ。もう限界だ、こんな場所になどいたくない。心が砕けそうになってシェリルが手袋へ手を忍ばせた瞬間だった。


 ばんっと大きな音が立てられて謁見の間の扉が開かれた。なんだと振り返れってシェリルは目を見開く。


 黒を基調とした正装にマントを翻して立っていたのはラルフだった。彼の後ろにはウルフス族の騎士たちが整列している。


 なんだこれは。困惑しているのはシェリルだけではない、その場にいた全員が何が起こっているのかわかっていなかった。



「誰だ、貴様は」

「口の聞き方がなってないな、エイルーン国の王子よ」



 マーカスの言葉にラルフは眉を寄せて答える。その態度が気に入らなかったのか、マーカスがお前と前に出ようとして、「何をしている!」と叱る声がした。



「フルムル国第二王子! 何故此処に!」



 騒ぎを聞きつけて謁見の間にマーカスの父、アルダルフ国王が走って入ってくる。王の言葉にシェリルは今、なんと言ったと動揺した。



「父上、彼は……」


「この、馬鹿者が! 友好国、フルムルの第二王子、ラルフ・エル・リンカールだ!」



 アルダルフはマーカスを叱ると慌てた様子でラルフに駆け寄る。息子が申し訳ないと非礼を詫びた。



「息子はまだ外交をしておらず、知らなかったのです。どうか、その……」

「気にしてはいない。俺も城にはあまり顔を出していなかったからな」



 ラルフが「忘れられていても当然だ」と言えば、アルダルフは「そんなことはありません」とはずれるのではないかというほどに首を振った。



「その、どうして突然……」



 アルダルフは突然の来訪の訳を知りたいようだ。そんなことよりもシェリルはラルフの正体に驚愕していた。


 良いところの家系であるのは知っていたが、まさかフルムル国の第二王子だとは思うはずもない。そこで、そういえば国の情勢に詳しかったことを思い出す。


 借金があるだの、借りがあるだの言っていた。いや、それだけで王子だと判断できるわけがないのでよく隠していたなと驚いた。



「い、いったいどのような要件で……」



 アルダルフは少し怯えているように見えるのは、フルムル国に多額の借金を抱えているからだろう。催促に来たのではないかそう思ったのかもしれない。借りている身なので姿勢が低いようだ。変な態度をとって今すぐ借金返済をと言われたくはないのだ。


 ラルフはアルダルフに突然の来訪申し訳ないと一言、断りを入れた。



「要件は簡単だ。迎えに来たのだ」

「迎えとは……」

「俺の妻になる存在だ」



 そう言ってラルフはシェリルを見た。



「迎えに来たぞ、シェリル」



 誰もがシェリルを見た。皆が皆、驚愕の表情を浮かべていた。シェリルだって驚いている、彼の正体を知って迎えにきたことに。どうして此処まできたのだろうか、そこまでできたのだろうかと。


 皆が驚きに固まっている中、ラルフはそれを気に留めることもなく言う。



「シェリルが連れ去られたと聞いて迎えにきたのだが、連れて帰ってもいいだろうか?」


「え、いや、しかし……」



 アルダルフはちらりとシェリルを見た。どうして彼女を選んだのか気になるようだった。それはマーカスもらしく、どういうことだとシェリルを睨んでいる。そんなものは私が一番知りたいとシェリルは叫びそうになるのを堪えた。



「なんだ、シェリルをこちらに嫁がせて何か問題でもあると言うのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「彼女に騙されていませんか、ラルフ王子」



 そう言ったのはマーカスだ、彼は不敵な笑みを浮かべている。これは利用する気だなとシェリルは感づいた。


 彼ならばしそうだなと思っていたので驚きはしない。フィランダーもにやついた笑みを浮かべている。これはどうなるだろうかとシェリルはラルフの方を見た。



「彼女は性格が悪い。他者を陥れることだって容易なのです。現に私の愛した女性も……」


「だからどうした」

「は?」



 ラルフの言葉にマーカスは呆けた声を溢す。これはフィランダーも表情を変えた。ラルフはもう一度、だからどうしたと言った。その瞳は怒りを含んだようにぎらりと輝いている。



「俺は少なくともお前よりはシェリルを見ている。他所の女にうつつを抜かしたお前なんかよりはな」



 彼女がどういう人柄なのか、傍でずっと見てきたのだ。マーカスよりも、両親よりもその期間は短いかもしれないけれど、誰よりも分かっている自信はあるとラルフは言った。


 誰にもその自信を覆らせるようなことはできないとラルフはマーカス睨みつける。



「性格が悪くて結構。多少、強気でなければウルフス族の上には立てん。お前が思うような返事を俺はしないぞ」



 低く強い声音だった。獣が唸るような、獲物を捕らえんとする声にマーカスは一歩引く。彼はマーカスに怒っていた、それがどうしてなのかシェリルには分からない。ただ、じっとそのぎらつく金の瞳を向けていた。


 怒らせている自覚がマーカスにはあるようだったが、理解できないといった表情を彼はしていた。それがまたラルフを感情を逆撫でたようだ。ますます怖い顔になる様子にアルダルフは汗を吹き出している。



「しかし、彼女の意見も必要なのでは?」



 空気を変えるようにそう声を上げたのはフィランダーだった。彼は汚い笑みを浮かべながらシェリルの隣に立つ。彼女の意思も尊重すべきだとそう言って。それに同調するようにマーカスが確かになと笑う。


 それを言われてはラルフも言い返せないので眉を寄せていた。その隙にフィランダーがぼそりと呟いた。



「答え次第では両親がどうなるか、わかっているな?」



 シェリルに聞こえるか聞こえないかの声、それは脅迫めいた言葉だった。


 脅しているのだ、両親を人質にとっている。この返事次第では両親は彼の手で地に落ちるのだ。彼ならばやりかねないことだった。


 シェリルはラルフを見ると彼は黙ってその金の瞳を向けていた。シェリルへと向けるその眼はとても優しげなもので。


 もう、そう自分の気持ちにはとうに気づいている。どうしたのかなんて、想いだって、決めたのだ。


 シェリルははぁっと深く息を吐いた。何を迷うことがあるのだろうか、最初っから決めていたことじゃないかと。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る