VR

@kurodoss

第1話

完全版


1

 地平線さえ定まらないほど荒野が広がっている。

 茶色の岩が点々とそびえ、その合間をオレンジ色の砂塵を纏った風が、ヒューと吹き抜けていく。

 その土地は残酷なほどに荒れ果て、生命の気配が一切ない。

 もし生き物がいるのであればそれはどんな土地でも暮らしていけるようなしぶとく、強靭な生命体だろう。

 そんな静けさが支配する荒野に、叫び声が響いた。

「ヤバいです! ヤバいです! ヤバーいです!」

 続けて、ズドンという轟音と共に土煙が舞い上がる。

 土煙が晴れてくるとそこには、巨大なトカゲ型のモンスターがいた。

 鼓膜をつんざくように咆哮したモンスターはその巨体からは想像できないスピードで荒野を駆ける。ドタドタと黄砂を舞い上げながら、荒野を駆け抜ける。

 モンスターの鼻先には全力で逃げる少女がいた。

 どうやら、モンスターはその大きな口で、少女を食べること以外考えていないのだろう。

「私を食べても、美味しくないですよぉー!」

 少女は徒労を承知で叫ぶ。そのくらい、頭が回っていなかった。

 少女は思う、このままではジリ貧だ。逃げ続けたところで自分のスタミナが先に切れる、そうすればあの大きな口で、大きな牙で、涎まみれにされながらヤられてしまう!

 モンスターは今にも、自分のお尻にかぶりつこうと口を開いて待ち受けている。

 どうにかしてこの状況を打開しなくてはならない。しかし、どうすれば? 走ることに集中しているからか、いい方法が思いつかない。

 自分は絶対、ここで死ぬわけにはいかないんだ!

 考えろ、考えろ、考えろ。思いつく。確かスタングレネードが残っていたはず、それを使えば。

 少女は自分の着ている防弾チョッキからスタングレネードを取り出し、ピンを抜いた。

「ええい! ままよ!」

 投擲、すぐさま閃光。

 少女は自分のスタミナが持つ限り全速力で走り、近くの岩に身を隠す。トカゲは突然の閃光に砂煙を上げながらジタバタもがいている。

 とにかく、これで時間を稼げた。

 そう思い、地面にへたれ込み岩陰にもたれかかった。ホッとすると自分の息が上がっていることに気がつく。

 鼓動がうるさいほどバクバク鳴り、肺胞が酸素をよこせとわめいている。

 さすがは最新VRゲームだ。息苦しさがここまで再現されているとは。少女は感心した。

 でも、ゲームだからってここで死んだら、自分のリアルも終わったも同然。どうにかしてこの状況を打破しなくては。

 少女は再び考えた。されど、名案は浮かばない。

 大体、このマップにあんなトカゲの気持ち悪いモンスターが出るなんて攻略サイトには書いてなかった。

 あの攻略サイトを見るのはやめにしよう、そうしよう。

 頭の中で憤りつつ、息を整えた。

 武器さえあれば、少女は思う。

 自分の愛銃、ステアーAUG軍用汎用小銃、トリガーより後方に機関部を配置するブルパップ方式のアサルトライフルだ。

 ブルパップ方式を採用しているが故、銃身長を短くすることなく全長を短くすることが可能であり、弾丸の威力や命中精度を維持しつつ取り回しが良い。

 女の自分でも取り扱いやすい銃。あれがあれば、あの忌々しいモンスターを蜂の巣にできたかもしれない。

 しかし、あの銃は突然モンスターが現れた時、ビックリして落としてきてしまった。そうだ、帰ったらショップでショルダーストラップを買って、銃を落とさないようにしよう。

 フと我にかえる。

 ああ、こんなことを考えている場合じゃない。あのトカゲをどうにかしなくてはならない。

 少女は岩陰から少し顔を覗かせ、数メートル先にいるモンスターを観察した。

 モンスターは硬い鱗に身を包んでいる。戦車並みの装甲だ、高火力の火器でなければあの鱗を貫くのは不可能だろう。

 モンスターは鋭い爪を持っている。カットラス(海賊剣)みたいに湾曲したあの爪で引っ掻かれでもされたら、命はないだろう。

 モンスターの大きな口が開く、口の中にはサメのように牙が並んでいて、ガブリといかれれば致命傷は避けられないだろう。

 モンスターはスタングレネードのダメージから回復したようで、地面を嗅いで匂いで自分を探しているようだ。

 あのモンスターの鼻の良さはいかほどか、定かではないが、早くここから離脱したい、死にたくない。

 そんなことを考えていると……目が合う。

 ドキリとした。あのモンスターの、爬虫類然とした何を考えているかわからない目と、自分の目が、完全に合った。

 鱗をテラテラと輝かせながらジリジリと迫ってくる。自分は恐怖でピクリとも動くことはできなかった。

 じっとりと嫌な汗が頬をつたう。

 トカゲは一飛びで自分のところまでやってきた、衝撃で砂埃が舞い散る。鋭い爪がギラリと輝き、少女はドサっと尻餅をつく。

 モンスターはカバっと大きな口を広げた。

 まずい、このままでは食われてしまうッ!

 その時、少女の目の前に男が現れる。

 ーー助かったのか?

 男はサラリーマンのようなワイシャツに防弾チョッキを着ていて、恐らくはプレイヤーだろう。

 とても、軽装だ。ゲームを始めたばかりだろうか? モンスターと対峙しているということは戦う気なのか? あの巨大なモンスターと。

 彼の手には、ハンドガンが握られていた。

 あれは確か、ベレッタ・モデル92、M9拳銃と呼ばれる銃だ。リアルだとアメリカ軍を筆頭に、世界中の法執行機関や軍隊で幅広く使われている。

 しかし、所詮、拳銃は拳銃だ。威力はお察し。

 あのモンスターには蚊に刺されたくらいの威力でしかないだろう。

「勝てるんですか?」

 あんな、拳銃一丁でモンスターは倒せない。無理だ。不可能だ。失敗する。

 しかし、モンスターと対峙する男は自信満々に背筋を伸ばし、短く答えた。

「余裕だ」


2

 今日も仕事で大変な一日だった。

 ヘトヘトになりながら、俺は終電に駆け込み、席に座ると、腰が悲鳴を上げる、肩も凝り固まっている。

 今日も朝から晩まで仕事、仕事。本当にダルい。

 明日も朝から仕事、晩まで仕事。本当にダルい。

 繰り返しの日常。いつまでこれが続くのか? 定年まで続くと思うとゾッとする。

 俺は世界で一番不幸で、頑張っているんじゃないか、と錯覚してしまうほど疲れ切っていた。

 この疲労の原因はひとえに、あの使えない上司にある。

 偉そうな上司の話は長いし、仕事をいちいち押し付けてくるし、部下の手柄は横取りするし、まったく無能という言葉はアイツの為にある言葉なのかと勘繰ってしまう。

 あのわずかに残った髪をむしり取ってやったら、どれだけ清々しいことか。

 それと、会社には良心というものがない、皆が自分のことしか考えてない、そのことを痛感させられた。世は非常だ。

 俺は誰かを手伝うということを金輪際しないと決心した。損をするだけだからな。

 サービス残業につぐ、サービス残業で拘束時間が長いのに、給料が安いのもいけない。一ヶ月、真面目に働いて手取り十万とか、なめてんのか!

 びっくりしたね、通帳二度見したもん。

 休日出勤何回したと思ってる?

 それでも出社する、生活が行き詰まるから。

 俺はきっと、理不尽な資本主義社会に毒されているのだ。

 自嘲気味にため息をついた。

 そんな俺にも楽しみはある。

 スーツの内ポケットからスマホを取り出し、仮想通貨、エリスの相場を確認する。これが帰宅時の楽しみだ。

 案の定、今日も相場は上昇していた。俺が投資を始めてから、一年近く安定してエリスは値段を上げ、利益をうんでいる。

 この仮想通貨、エリスの人気の理由は……

『美麗なグラフィック! 圧倒的ゲーム性! 壮大なストーリー!』

 車内の電子広告にゲームの宣伝が流れる。

『シケイダ! 核戦争後の近未来、テロリスト、軍隊、さまざまな武装集団が幅を利かせる世界、信じられるのは己のスキルと、愛銃のみ。この世界で君はなりたい自分になれるか? シケイダ! 好評リリース中!』

 シケイダ、最新VRゲームだ。

 その人気は凄まじく、今や社会現象を巻き起こすほどヒットしている。街を歩けばシケイダの広告を見ない日はない。猫も杓子もシケイダというゲームに魅了されている。

 ヒットの理由は三つあると俺は考えている。

 一つ、作り込まれた世界観。

 核戦争後の荒廃した世界を舞台に、さまざまな武装集団、何百種もある銃の詳細なスペック、世界や土地が辿ってきた歴史。それらが事細かに設定されている。

 その作り込みは、VRの名の如く、もう一つの世界がそこに、本当に実在していると錯覚するほど緻密だ。

 それが故、強烈な没入感を得ることができる。そんな世界で銃を撃ちまくるのは、最高の憂さ晴らしとなるだろう。現実は理不尽、真っ黒企業ばかりだからな。

 二つ、著名なストリーマーがこぞって配信している。

 有名動画配信サイトはどこを覗いても、再生数ランキング上位は、シケイダが占めていた。シケイダを実況すれば再生数が取れる、なんて言葉が横行するほどシケイダは話題性のあるコンテンツなのだ。

 そんな絶好の機会を、著名なストリーマーが見逃すわけなく、今やシケイダ関連の動画は星の数ほどあり、星と同じくらいのスピードで増え続けている。

 つまり、天文学的数値を叩き出すほど人気ってことだ。

 それに便乗するように、タレントやアイドルなどの芸能人もシケイダをプレイし始めたのだから、さぁ大変。

 今では、日本国民の五人に一人がシケイダをプレイしたことがあるという、統計結果が出るほどだ。

 もちろん、俺もプレイしている。

 三つ、これがシケイダが人気の一番の要因だろう。シケイダは仮想通貨、エリスと連動している。

 平たく言えば、シケイダ内で稼いだお金はそのまま現金になるということだ。

 シケイダ内でのお金の稼ぎ方は、取得したアイテムの売却により賃金を得ることができる。

 言うまでもなく、現金から仮想通貨にすることもでき、金さえあればゲーム初心者でも鬼のように強くなれるのがシケイダだ。

 そして、そういうプレイヤーが百万円程度の高額アイテムを奪っていく、俺みたいな貧乏はコソコソと千円かそこらのアイテムを集めるしかなく、大した稼ぎにもならない。

 しかし、驚くべきはシケイダ内で最も高額なアイテムの値段だ。その値段は驚くなかれ、三千万オーバーだ。

 三千万のアイテムがどのようなものかは定かでは無い。どこの攻略サイトにも、個人ブログにもその情報は載っていない。

 しかし、シケイダの中には、三千万を超えるアイテムが必ずある。そう運営が公言しているので、その存在は確実。

 シケイダには夢が詰まっている。だからこそ、シケイダはこんなにも爆発的ヒットを記録しているのだ。

 これが、仮想通貨エリスが一年近く、値段を上げ続けている理由でもある。

 そして、俺には夢がある。それは、シケイダで高額アイテムを手に入れ、その金で起業することだ。

 俺は全てを利用して、起業して、成功して、この理不尽な世界を見返してやるんだ!


3

「ただいま」

 暗い廊下に虚しく響く声、返事はない。

 俺はスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴び、適当に飯を食った。

 さて、シケイダに行こう。

 俺はベッドに寝転び、仮想世界にダイブするためのヘッドギアを装着し、電源を入れる。

 意識が沈んでいく。

 急に地面が無くなったような感覚に襲われ、次の瞬間には真っ黒な空間に立っていた。

 目の前には、ゲートがある。俺はそこに向かって走った。

 ログインゲートをくぐり抜けると、強烈な眩い光で視界は満ちる、目が慣れてくるとそこにはシケイダの世界が広がっていた。

 物理法則に逆らって聳える、コンクリートのビルディング。妙にオシャレなグラフィティーアート。ネオンの光。揺蕩う煙。鉄と硝煙の匂い。

 さまざまな情報が脳に送られてくる。今はだいぶ慣れたが、シケイダを始めた頃はこの光景に圧巻したものだ。

 都会に来たばかりの田舎人のように、上ばかり見上げて、感嘆の声をあげていた。

 ここは第七地区、シケイダジャパンサーバーで一番発展している街だ。

 その栄華を示すが如く、超高層ビルが乱立し、ビル間からはホログラム映像が覗いている。

 下の繁華街に目を向ければ、英語や中国語、日本語など様々な言語が入り混じった看板が軒を連ね。まるで、香港のようだ。

 シアンやマゼンタなどの鮮やかなネオンが妖しく光り。

 道には多くのプレイヤーでごった返して、雑踏がうるさい。

 やばい取引が行われてそうな路地裏に、見るかにいかがわしいピンク色の光を放つ店。

 そのどれもがシケイダの世界を彩っている。

 ほのかに鉄と硝煙の匂いが漂い、ミストのような煙が揺蕩っていた。

 最新VRゲームと言うだけあって、その匂い、感覚はリアルか作り物か判然としない。

「さて、バトルエリアに移動するか」

 俺は呟く。シケイダには二種類のエリアが存在する。一つは今いるタウンエリア、もう一つはバトルエリアだ。

 バトルエリアは名称通り戦場だ。

 巧妙なトラップや、核爆発の影響を受けたモンスター、チート級の強さを誇るNPCなどがバトルエリアには配置されている。

 気を抜いたら直ぐに死んでしまう。それがバトルエリアだ。

 タウンエリアでは銃は撃てない、トリガーを引こうとしてもロックがかかって発砲できないようになっている。

 タウンエリアでは、戦利品を売り捌くほか、プレイヤー同士の情報交換、仲間の募集、武器の手入れなどができる。

 俺は早速、まだ見ぬ高額アイテムを探し求めるためにバトルエリアへと向かおうとした時、フと思い出す。

 俺の装備は前回の戦いでかなり消耗していた。備えあれば憂いなし、まずはガンスミスのところへ向かうか。

 行きつけのガンスミスの店は、第七地区の奥の奥にある、知る人ぞ知る名店だ。

 繁華街の路地裏に入る、賑やかな表通りから数歩しか離れていないのに、路地裏は静寂が支配しており、心なしか据えた臭いもする。

 まったく、こんな辺鄙なところに店を構えるなよ。

 心の中で文句を垂れつつ、路地裏を歩いていく。

 室外機や意味のわからないパイプ、頭上に張り巡らされた電線に、ただでさえ狭い道をさらに狭くするゴミ袋。

 それらをかがんだり、ジャンプしたり、よじ登ったりして、避けつつ。俺はやっと目当ての店に到着した。

 ドアを押し上げるとベルが、カランカランと鳴って、カウンターで作業している店主の男が顔を上げる。

 店主は筋肉質な男で、頭はスキンヘッド、密林のような髭を蓄え、見るからにいい仕事をしそうだ。

 店は四畳半くらいの狭さであり、銃器が所狭しと並べられている。壁の隅に追いやられるように重ねられているショットガン。山のように壁にかけられているアサルトライフル、ここは銃の海だ。

 中でも目に引くのが、ガラスケースに飾られた金色の二丁のハンドガンだ。これは店主の趣味だろう。

「よぉ、今日も死んだ魚のような目をしているなぁ、三千万は手に入れたか?」

 店主は低い声で茶化すように訊いてくる。少しウザかったので嘘をついてみた。

「手に入れたぞー、三千万」

 すると、店主は瞳を丸くして、驚嘆する。

「本当か?」

「嘘だ」

「だと思ったさ、お前が三千万とかありえないからな」

「仕事の依頼だ」

 俺はUIを出現させ、愛銃であるM9拳銃と、狩りで使うkar92k狙撃銃を、アイテム欄から選択した。

 アイテムは、ストレージに収納されている。ストレージに物が多すぎると、動きにくくなる。

 ストレージから物を取り出すには、UIを出現させ、欲しいアイテムを選択すると、三秒ほどで手元に構築される。

 俺はストレージから取り出した銃をカウンターに置いた。

「修理してくれ」

 店主は銃を手に取り、隅々を舐めるように眺める。

「ああ、これまた、使い込んだな。ま、俺の腕前なら、直ぐに終わる」

 そう言って、店主は慣れた手つきで拳銃をカチャカチャと分解し始めた。店主はプレイヤーだ、タウンエリアには修理を専門としてお金を稼ぐプレイヤーが少なからずいる。

 しかし、なぜ店主はガンスミスになったのだろうか、どうせなら、バトルエリアに繰り出して、銃を撃ちまくった方が楽しいだろう。

 まぁ、この店主の見てくれからして、銃を改造するのが大好きな変わり者なんだろうな。

「しかし、お前の武装は貧相だな。お前の稼ぎなら、もう少しマシな銃を揃えられるだろう」

「手に入れた仮想通貨は全て現金に変えている。今の俺はこの店の支払いを済ませれば、ほとんど無一文だ。無用に高い金を持ち歩いてデスしたらたまったもんじゃないからな、リスクは潰しておくのがビジネスの基本だろう」

「お前はお金が好きだからなぁ」

「俺はお金が好きなわけじゃない、効率よくお金を稼ぐ行為が好きなんだ」

「なるほど。ほれ、治ったぞ」

「感謝する、銃弾はあるか?」

「チョッチ待ってろ」

 店主は奥の戸棚をガサゴソ、弾薬をカウンターに並べる。

「お前のその口調も十分、様になってきたな」

 俺はゲームを始めた当初は、会社と同じように敬語を使っていたのだが、店主にシケイダで敬語を使ってるやつはダサいと一蹴され、今の口調に矯正させられた。

 ゲームをやりすぎると、たまに現実世界でもタメ口が出そうで、実際出かけたこともあるので要注意だ。

「ほらよ」

 店主はカウンターに銃弾を並べる。拳銃の弾薬、9x19mmパラベラム弾を一箱、狙撃銃の弾薬、これはみたことないな。

「あー、これはシケイダオリジナルの弾丸だ。名前は7.62mm高威力弾、制御が難しくなる代わりにダメージが増える代物だ。売れ残ってるから、在庫処分さ」

「まぁ、アンタがよこすもんだったら信用して使うぞ」

「この世界で信用を得られるとは、俺は幸せもんだな」

 俺が銃と弾薬を回収していると、店主は言ってくる。

「なぁ、お前さんも銃にペイントしてみないか? あそこにある、我が愛銃、メッキルガーP08みたいに」

 俺は店主が指さす方に一瞥、あったのは金色の二丁のハンドガンだ

「あんな派手なの、戦場だと目立つだろう? 施すだけお金の無駄だ」

 店主は大きなため息を吐き。

「はぁー、お前はロマンをしらねぇな」

「ロマンで飯が食えるなら、必死で勉強してやる」

「そうかい、そうかい」

「じゃあな、また来る」

 俺はそう言い残し店を後にした。

 またも、歩きにくい裏路地を進み、表通りに戻ってくる。

 UIを出現させ、軍用オフロードバイクを選択すると、手のひらに小さなバイクが構築され、俺はそれを地面に向かって投げた。

 すると、そのバイクのミニチュアはガシガシと大きくなって、普通サイズへと早変わり。

 俺はデザートカラーのバイクに跨り、バトルエリアを目指す。ドルルとエンジンがうなる。加速すると、風が頬を撫で心地が良い。

 進んでいくと、大きなホログラムに有名ストリーマー、ステアーの配信アーカイブが映し出されていた。

 ステアーはその可愛らしい容姿と、びっくりすると銃を落としてしまうドジっ子属性を合わせ持ち、最近シケイダを始めたばかりと言うのに多くの視聴者がいる。

 ストリーマーに釣られて、シケイダのプレイ人口が増えるのは喜ばしいことだ。なにせ、俺のカモが増えるのだから。

 アクセル全開、俺はバトルエリアへ向かった。


4

 この世界は危険がいっぱい。

 俺はその中でも比較的強くない、となると必然的に稼ぐ方法は限られてくる。中でも、高額アイテムを狙えるのはPKだ。プレイヤーキル(Prayer Kill)の略。

 プレイヤーを倒し、ソイツのものを奪って、俺はお金を稼いでいる。

 PKすることに罪悪感はない、この世界ではそれが合法だから。

 お互いがいつ殺されるか分からない世界がここなのだ。殺されるのは殺されることを予期できなかったソイツが悪い。

 弱肉強食の世界なのさ、シケイダは。

 そして、他のゲームとシケイダの違いがもう一つ、シケイダではデス(死ぬ)すると、再度リスポーンできない。死んだらアカウントが消え、ログインできなくなる。

 この世界で積み上げてきた全てがデータの藻屑と化すのだ。

 その緊張感がこの世界に独特の雰囲気を、リアリティを作り出している。

 相当やり込んだプレイヤーでも、油断をすると一瞬で死んでしまう、それがシケイダだ。

 そのショックで衝動的に自殺に及ぼうとするものも多く、社会問題となっている。まぁ、気持ちはわかるが。

 アカウントがなくなって自殺しようとすることのネットスラングがあり、死ぬほどの台パンと称されている。

 そろそろ、狩場に着く。

 俺は地平線さえ定まらないほどの荒野をバイクで疾駆していた。

 茶色の岩が点々とそびえ、その合間をオレンジ色の砂塵を纏った風が吹き抜けていく。

 その土地は残酷なほどに荒れ果て、生命の気配が一切なかった。

 もし生き物がいるのであればそれはどんな土地でも暮らしていけるようなしぶとく、強靭な生命体だろう。

「ま、ここら辺か」

 俺はバイクを止め、回収を指示した。すると、バイクはミニチュア形態に戻る。

 荒野の小高い丘に、俺は狙撃銃を設置し獲物が来るのを待った。

 PKと言っても色々ある。真正面からのガチンコバトルもあれば、集団でターゲットを襲ったり、待ち伏せショットガンで強襲したり。

 俺の場合、根気強く待ち構え、バレてない上で一撃で仕留める。と言う作戦を採用している。

 この荒野はミッションで行かなくてはならない要塞へ向かう道なので、プレイヤーは結構通るんだ、俺はそいつらを狙っている。

 更に、成功率を高めるために敵対NPCを利用している。この荒野には、トカゲ型の巨大モンスター(正式名ジャイアントバジリスク)がごく稀に出現する。

 ごく稀に出現するからか、トカゲモンスターの情報を大々的に載せている攻略サイトは少ない。上級者でも攻略サイトを隅々まで熟知している奴はそうそういないだろう。

 なので、プレイヤーは油断して、トカゲモンスターのテリトリーに侵入し、気がついたら襲われているんだ。

 そして、襲われたプレイヤーは混乱でモンスターをどう倒すか、そのことだけしか考えられなくなる。

 まさか、別プレイヤーに狙われているだなんて考えもしないだろう。

 そこを、一撃で仕留める。

 完璧な作戦だと思うだろう? しかし、中々うまくいかない。何故、作戦が失敗するのか俺は分析した。

 まず、見つからないことだ。

 獲物がかかるまで、荒野迷彩が施されたマントにくるまり息を殺している。

 最も目立ちにくい色は黒だと思いがちだが、黒の迷彩は動くと直ぐに見つかってしまう。人間の目の構造がどうとかとかで。

 そのため、見つからないためにはTPOに合わせた迷彩が必要となる。ジャングルだったら緑の迷彩、水中だったら青の迷彩、夜だったら黒の迷彩、そして、荒野だったらオレンジの迷彩。

 隠れる場所にも注意した。

 俺の隠れている場所の近くには、鉤爪状の岩がある。人間は目立つものの方へ自然と視点が向かうので、俺がいる丘をよりも、鉤爪状の岩に注目が行き、俺は見つかりにくくなる。

 動かないことも重要だ。

 人間は動いてるものに視線が向く、だから、確実的に相手を即死させられると思った時だけ、俺は動くように心がけている。

 最初の頃は、適当に狙撃場所を決めていたり、ここに本当に獲物が来るのか? 不安で狙撃場所をよく変えていた。

 その行いが作戦の成功率を下げていたのだ。

 改善してからは、安定して稼げるようになった。だが、獲物がかかるのは一日に一回あるかないか、来ない日だってある。

 それでも高額アイテムを持ったプレイヤー、あわよくば三千万のアイテムを持ったプレイヤーが通りかかるのを、今日も今日とて俺はここで待つんだ。

 しかし、静かだな。

 俺はこんな静かな荒野が好きだ。果てまで続く雄大な景色は、日頃の社会の荒波を忘れさせてくれる。

 そんな静けさが支配する荒野に、叫び声が響いた。

「ヤバいです! ヤバいです! ヤバーいです!」

 続けて、ズドンという轟音と共に土煙が舞い上がる。

 お出ましか。

 土煙が晴れてくると、くだんのトカゲモンスターとそれに追いかけ回される、女プレイヤーの姿が見えた。

 俺はスコープを覗き込み、プレイヤーの頭に照準を合わす。ん? 待てよ。あの追いかけられているプレイヤーは、有名ストリーマーのステアーじゃないか?

「私を食べても、美味しくないですよぉー!」

 本物だ。あのピンクのポニーテールに、高校生の制服みたいな格好。

 愛銃であるAUGは持っていないようだが、さしずめ、モンスターに襲われてびっくりして落としてきてしまったのだろう。

 アレは有名ストリーマー、本物のステアーだ。

 だとすると、普通のプレイヤーのように狙撃するのは憚られる。

 ステアーはスタングレネードを使ったようで、なんとかトカゲモンスターから逃れ、岩陰に隠れたようだ。

 動きの少ない今なら、簡単にヘッドショットすることができる。しかし……

 別にステアーを倒すのは構わない。問題は、報復だ。

 ファンの多いステアーを、狙撃という卑怯な手を使って倒したとしたら、それに激怒したファンのプレイヤー達が俺に報復してくるかもしれない。

 もし、そうなったら、今のように狙撃で稼ぐことも難しくなるだろうし、対処し切れるか不明だ。

 そんなリスクはおかしたくない。

 それに、ステアーはシケイダ人気にあやかって、ゲームを始めたばかりの初心者だ、金になるものはあまり持っていないだろう。

 俺は狙撃銃のトリガーから指を離した。

 そんなことを考えていると、ステアーはトカゲに見つかったようで、今にもモンスターにパクりといかれてしまいそうだった。

 どうしたものか、この状況。

 俺が手を下さなくとも、ステアーはモンスターにやられてデスするだろう。そしたら、あのモンスターを追っ払ってステアーの物資を回収すれば良い。

 だが、それよりも美味しい展開になるかもしれない。

 それはステアーを助けることだ。つまり、恩を売るのだ。相手は有名ストリーマー、それなりに稼ぎも良いだろう。

 おいしい金蔓になるかもしれない。

 俺は狙撃銃をしまい、迷彩マントを脱ぎ捨て、丘からジャンプ、ステアーの前へ颯爽と降り立った。

 目の前には鱗をテラテラと輝かせる、気持ちの悪いモンスターがいる。

 背後のステアーは震える声で訊いてきた。

「勝てるんですか?」

 俺はM9拳銃を構えて、スッと背筋を伸ばし答える。

「余裕だ」


6

 M9拳銃をストレージにしまうとステアーが駆け寄ってきて、俺の手を握った。

 その手は小さくて、柔らかくって、ほのかに温かい。

「ありがとうございます! 本当に助かりました!」

 謝辞を述べるその声は、ふっくら艶のある透き通った声で、聞いていて心地がいい。

 視点を上げ、ステアーを見る。

 ゲームとは言え、非常に愛らしい。長いまつ毛に大きな瞳、通った鼻筋に、ぷっくりとした唇。

 ピンクの髪は後ろで束ねられ、彼女がひょこひょこ動くたび、呼応して髪が揺れる。

 心なしかいい匂いもする。香水系のアイテムなんて、ショップに売ってたか?

「ほん、ほん、ほんとーに! ありがとうございます!」

 彼女は何度も謝辞を述べる。握った俺の手をブンブン振りながら。

「配信外でデスして、アカウントが消えていたら、リスナーさん達に示しがつきません、助けてくれて本当にありがとうございます!」

 彼女はニコッと笑った。その笑顔はアイドルがするような完璧な笑顔で、ちょっと胸の奥がキュッとなった。

 彼女がなぜ有名ストリーマーなのか、理由がわかった気がする。

「いや、本当に助かりましたぁ」

「そういうのいいから、今配信中か?」

 今から俺はステアーを強請る、いくら彼女が可愛くとも強請らない理由にはならない。

 もちろん、強請りは褒められた行為じゃないので、配信で俺のその行いを全世界に垂れ流すのはごめん被りたいところだ。

「今は配信してません」

 よし、都合がいい。

「助けたんだからさ、ほら、あるだろう?」

「体ですか? 変態さんですね」

 ステアーは俺の手をパッと離して、自分の体を抱き、後ずさる。

「お金だよ! お金」

 俺が親指と人差し指をこすり合わせると。

「黙ってください」

 口調が変わる、凛とした少し強張った口調。

 彼女は腰のハンドガンを抜き、俺の方へと向ける。臨戦態勢。

 クソ! 油断した。彼女は武装していないと思い込んでいた。

 あの銃はモデル・GB、この距離であれば、容易に俺の眉間に風穴を作れるだろう。

 反撃といきたいところだが、あいにく俺は、拳銃をストレージ内にしまってしまった。

 拳銃を出現させてる暇などない。俺はステアーに殺されるのか? それだけは絶対避けるべきだ。どうすれば?

 そもそも、ステアーはなぜ俺に銃を向ける?

 俺がいきなりお金を要求したからか? しかし、話も聞かずに銃を抜くとは……

 彼女の真意がいまいち掴めない。

 気持ちの悪い汗がダラダラ流れてる気がする。

「と、とにかく落ち着け」

 全身が無駄に強張っている。呂律がまわっているか、それすら分からない。

「貴方こそ、落ち着いて動かないでください、狙いがズレます」

 ステアーは淡々と述べた。なぜ、そんなに冷静でいられる?

「やめろよ、俺はお前を助けたんだぞ」

「そうです」

「銃を下ろしてくれ、アカウントを失いたくないんだ」

「一瞬で終わります、大丈夫です」

 なにが、大丈夫だ? なにも大丈夫じゃない、そもそも、俺の人生、大丈夫だった時なんて一回もないぞ。

 ステアーは構えているハンドガンのハンマーをあげる。

「おいおいおいおい! 待ってくれ」

「これ以上待てません、撃ちます」

「ちょっ!」

 ーーBAN!

 咄嗟に目を瞑ってしまったようだ。

 目を開けたら、アカウントが消滅して家の天井、なんてオチは嫌だ。

 恐る恐る目を開ける、目の前には荒野が広がり、ステアーが立っていた、彼女の持つハンドガンからは硝煙が吐き出されている。

 生きてる。銃弾は俺の頬を掠めたようだ。

「なぜ、撃った?」

「後ろです」

 後ろを振り向くと、小型のモンスターの死体が転がっていた。

 ステアーの放った弾丸が致命傷のようだ。

「私はあなたを助けたんです。これで、おあいこですね」

 俺はホッとして脱力する。

「私はあなたから受けた借りを返しました。お金は払わなくてもいいですよね?」

「ああ、いいよ、お金なんて」

 この女、可愛らしい容姿とは裏腹に、狡猾な奴かもしれない。

「それにしても目つき悪いですね、死んだ魚のようですよ」

 ステアーは俺の顔を覗き込み、垂れてきた髪を耳にかける。

「適当にキャラメイクしたから、別に気にして無い」

「あなた、有名ですよ」

「なんだよ、急に。知名度ならお前に敵うやつなんて少ないだろう」

「まぁ、そうですけど。あなた、荒野の陰キャスナイパーとして、巷で名を馳せていますよ」

 馳せてるんじゃなく、恥じてる、の間違いだろう。

「曰く、毎日のように長時間こそこそ隠れてPKしてくる。卑怯者がいると噂になっています」

 やってることは確かにそうだが、卑怯とは。これは緻密に練られた戦略なんだぞ、それを卑怯とは。

「曰く、毎日のように長時間こそこそ隠れてPKする愉悦に取り憑かれた、哀れなプレイヤーがいると噂になっています」

 哀れなプレイヤーとは、俺には三千万という目標があって……

「曰く、毎日のように長時間こそこそ隠れてPKする、最低の精神異常者がいるとこのサーバー中で噂になっています」

 あまり、聞きたくなかった……

「私はそんな可哀想な人、いないと思っていたのですが、まさか、本当に存在するとは、そして、その人に助けられるなんて運命ですね」

 何が運命だ。やめろ、そんな悲哀に満ちた瞳で俺を見つめないでくれ。

「俺には……俺には、夢があるんだ」

「夢?」

「そうだ、夢だ。俺はな、シケイダの中で最も高額な三千万のアイテムを追い求めているんだ」

「ププ、三千万……あ、別にバカにして笑ってなどいませんよ」

「いや、笑っただろう」

「いえ、ププ、笑ってなど、ププ、いませんよ」

 もう少し、隠す努力をしろよな。俺が傷つく。

「まぁいい、笑えばいいさ」

 確かに、三千万のアイテムを手に入れるのは、宝くじに当たるほどの豪運と、アスリート選手並みの実力を問われ、その道は茨の道だろう。笑うのも無理はない……

 だが、もう少し、隠す努力をしろよな。泣きたくなる。

「しかし、不思議です。なぜ、荒野の陰キャスナイパーさんが私を助けるのです?」

「俺は荒野の陰キャスナイパーではない、アカウント名はベレッタだ。そう呼んでくれ」

「はい、それでなぜベレッタさんが私を助けるのです?」

 報復を恐れた、とは格好悪いので言いたくなかった。

「お前はまだ、食べごろじゃない」

 ゲーム初心者を狩ってもなんの旨みもない、俺はそう言うと、ステアーは顔を耳まで真っ赤にして。

「私二十一ですよ、一番ピチピチですよ!」

「そうじゃねえ! 初心者だから倒しても得がねぇって話をしてんだ」

「し、初心者って彼氏くらいいますからね!」

「もう、お前はしゃべんな」

 髪色だけでなく、頭の中までピンク色のようだ。

「だいたい、なぜこの荒野にいたんだ?」

「えーと、この先にあるダンジョンのロケハンをしに、配信中、グダるのは嫌なので」

「お前のレベルじゃ攻略は難しいだろう?」

 ステアーはコクリと頷き、少し考えてから、唐突に言った。

「あなたの粗暴な言動、物怖じしない要求に私は感服しました。ぜひ、フレンドになりたいです」

 バカにされてる気がするが、ビジネスの世界において人脈は正義、有名ストリーマーとフレンドになっておくのもなんからのメリットがあるはずだ。

「分かった、フレンドになろう」

 互いにUIを出現させ、フレンド申請を送り合う。しかし、

「そんな、簡単に俺とフレンド登録していいのか? 有名ストリーマーだろう」

「ええ、有名ストリーマーだからです。巷で噂の荒野の陰キャスナイパーとコラボなんて、絶対再生数伸びると思うんですよ」

 そういうことか。

「俺はお前の動画には出ないからな」

 ステアーは悪代官のように言う。

「動画に出演なされた場合は、それなりの謝礼を」

「是非! 出演させてく……」

「あ、でも、ベレッタさんは三千万探すのに忙しいですよねー、そうですよねー、三、千、万、ですものねー」

「お前、完全にバカにしてるだろ?」

 彼女はフフと笑って誤魔化した。俺は一発殴りたい衝動をグッと堪える。

「でもでも、私、ベレッタさんとフレンドになれて嬉しいです」

 彼女はあざとく小首を傾げて、はにかむように微笑む。

「では、私は行きますね」

 お辞儀をするとステアーはタウンエリアの方へ向かっていった。

 掴み所のない女だ。視聴者や配信のことを第一に考えているようだが……急に睡魔が襲いかかってくる。明日も早いからな、俺ももう寝るか。

 今日はいつもより、数倍疲れた気がする。


7

 荒野はいつもと変わらず穏やかだ。

 トカゲ型モンスターも、巣穴に引きこもって趣味に没頭しているのではないかと思うほど穏やかだ。

 俺はいつものように狙撃銃を携え、獲物が通るのを待っている。

 あれ以来、ステアーとはなんの連絡もしていない。

 相変わらずステアーの配信は人気だ。いつものように敵にびっくりして銃を落としては、笑いをとっている。

 そんなドジっ子で愛らしい彼女だが、俺はステアーにはなんらかの裏があるものだと睨んでいる。しかし、その裏がなんなのか? 俺は解き明かす気は毛頭ない。人間なのだから秘事の一つや二つあってもいいと思うし、そもそも興味ない。

 人気ストリーマーの裏の顔、なんて知るだけ面倒ごとに巻き込まれる気しかしないからな。

 それよりも、三千万だ。

 俺は目の前の、さっきから一ミクロンも変化のない荒野を見た。早く、プレイヤーが通りかからないか。

 ワクワクしてしまう、通りかかったプレイヤーを狙撃で倒し、装備をあさると三千万相当のアイテムがでてきて、俺はそれをおっかなびっくりでタウンエリアの換金所まで持ち帰るんだ。

 その際はあるアイテムを使うと、去年の夏から決めている。

 三千万が手に入ったら、どんな会社を起業しようか? サブカル系の分野が良いかな、アイドルをプロデューズするのも良いし、シケイダを超えるVRゲームを作るのも楽しそうだ。

 そんな妄想を膨らましながら、ひたすらに荒野を眺める。

 その時ばかりは、目が回るような忙しさの日常を忘れられて心が癒されるんだ。

 つい口元が綻び、ワクワクが止まらず、ゾクリとする。

 そんなことを考えていると、視界に通知が現れた。ステアーからコラボの誘いか? と勘ぐりつつUIを開くと運営からのお知らせメールだった。


 アップデートvar1.10.1

 新マップ、新ボス、新アイテム追加。

 その他、不具合修正

 実装日、現在から二週間後


 メールの内容はアップデートの情報。

 シケイダは三ヶ月に一度、新マップ、新ボス、新アイテムを追加する。その詳細は実装されるまで分からない。

 プレイヤーがシケイダの膨大なマップを探索することにより、新しいマップやアイテムを発見するのだ。

 シケイダのアップデートはまさにお祭り騒ぎで、ネット掲示板やSNSでは新要素に対してデマや憶測が流れるのが恒例となりつつあり、そして、新要素を発見した人は一躍、刻の人になれるのは言うまでもない。

 プレイヤーはそれほど新要素に興味を持っているのだ。

 これまで、俺はアップデート祭りに参加してこなかったが、今回は参加しようと思っている。

 その理由は、新しく実装されるボスのドロップアイテムだ。ボスは定期的に何度でも湧出(ポップ)するのだが、そのボスが初めて落とすドロップアイテムは初モノと呼ばれ高値で取引される。

 前回のアップデートで追加された初モノのアイテムはなんと百万近い値をつけていた。これはもう、このビッグウェーブに乗るしかあるまい。

 ゾクリとした。新アイテムを売った時のことを考えて、ゾクリとした訳ではない。

 これは殺気だ。

 俺は何者かに狙われている。

 全身の毛が逆立ち、足元をすくわれるような緊張感に体が強張った。

 ーーPON!

 警戒していると、まの抜けたポンという音が聞こえる。

 これはグレネードランチャーだ!

 ーーDOOON!

 俺は素早く立ち上がり、荒野を疾駆。

 周囲がいくつもの爆発に包まれる、まるで特撮のようにドカン、ドカン、と爆発がおこり、熱風と砂塵が俺を襲う。

 鼓膜が破れそうなほどの轟音をあげ、グレネードは立て続けに爆発する。

 ーーDOOON! DOOON! DOOON!

 グレネードランチャーで射出された榴弾は山なりの軌道を描く、敵は俺からの射線を切って射撃しているはずだ、強襲された以上敵を見つけるのは難しいだろう。

 それに、この爆発の数。一人のプレイヤーだけではこれだけの爆発は起こせない。少なくも五人は俺に向かい榴弾を飛ばしている。

 まったく、一対五とは、卑怯な奴らだ!

 三十六計逃げるにしかず、俺は脱兎のごとく潰走を敢行した。

 俺の命を狙う者たちは大変、しつこく、執念というべきか、大量の榴弾をこちらに飛ばしてくる。

 俺を襲った連中の目星はついていた。俺がこれまでPKしてきた連中の仲間、あるいは、ソイツらが雇った傭兵だろう。

 どうやら、ツケがまわってきたようだ。

 ーーDOOON! DOOON! DOOON!

 走って逃げていると突然身体に衝撃が走る、爆発に巻き込まれたと理解したのは、地面に突っ伏してからだった。

 まずい、このままでは殺される。

 そう思い、UIを展開、バイクを選択して地面に放り投げた。程なくしてバイクが普通サイズへと戻る。

 なんとか、傷だらけの体を動かす。設定で痛みを知覚しないようにしているので、痛くはないが体の反応が鈍いことがわかった。

 視界の隅に、今すぐ止血しないといけない、と言う警告文が表示される。

 早く、攻撃されないタウンエリアまで行かなくては。

 バイクに跨った俺は、アクセルを思い切り捻った。

 グオンと唸りをあげ、バイクは加速する。されど、爆発は止まない。もう、グレネードランチャーの射程距離ではないはず、何故、爆発は止まらない?

 そして、俺は気がついた。俺のバイクを追いかける無数のドローンの存在を。あのドローンがグレネードを射出していたのか。

 ドローンは隊列を組み、背後霊のように俺を追跡して無数の爆発を起こす。

「無人攻撃型のドローンは一機五十万はくだらないそれがいくつも、だが、俺の命の見積もりが甘かったことを証明して……」

 ーーDOOON!

 凄まじい衝撃、浮遊感の後オレンジ色の地面に激突。俺が爆発によりバイクから投げ出されたと知ったのは、地面を惨めに這いつくばっている時だった。

 フと後ろを振り向くと、見るも無残な姿で煙をあげているバイクの姿が。

「バイク、高かったのに!」

 視界が暗く歪む。

 治療を受けないといけない、という警告文が赤く発光している。このままでは、確実に死ぬ。

「……出し惜しみはするべきではないな」

 UIを操作、一つのアイテムを取り出した。

 それは、簡素なスイッチであった。これは課金アイテム、去年の夏のボーナスを全て注ぎ込んで得たアイテムだ。名前はエスケープスイッチ。

 効果はボタンを押すと、タウンエリアまですぐさま帰還できる、使用回数は一回だけ。

 これは三千万相当のアイテムが手に入った時、安全にタウンエリアの換金所まで持ち帰るために手に入れたものだが……

 命あってのお金だ。この状況でしのごの言ってる暇はない。

「赤字だぁぁぁああ!」

 俺は叫びながら、スイッチを押した。


8

 仲間が必要だ。

 そう思い立ったのは、鬼畜グレネードドローンに襲われ、命からがらタウンエリアに戻ってきた時だった。

 これまで、一人でシケイダをプレイしていたが、大抵のプレイヤーはクランを作ったり、パーティーやチームを組んで、協力してゲームをしている。

 これまでソロプレイに徹してきたのは、そちらの方が足手まといが少ないと考えたからだったが……

 例えば、グレネードドローンに襲われた際も、周囲を見張る人員を配置すれば、早急にドローンの接近に気がつけ、対応は俺優位なものに変わっていたはずだ。

 少なくとも、全身にダメージを受け、バイクを炎上させ、夏のボーナス全てを注ぎ込んだ課金アイテムを失う羽目にはならなかった。

 それに、最悪の場合、仲間を囮に俺は逃げられる。仲間(肉壁)はいるに越したことはないと気がついたんだ。

 そんな訳で、酒場にやってきた。

 仲間を求めてくる場所といえば酒場だろう。

 店内には酒臭さが漂って、妙に薄暗い。

 色とりどりのネオンが銘々の顔をカラフルに照らし、妖艶な雰囲気を放っている。

 カランと、氷とコップがぶつかる音がし、お客の男女は静々と語らっている。

 シケイダは未成年もプレイできるゲームだ。出されている飲み物にアルコールは含まれていない、それでも、カウンターに腰掛けバーテンダーを前にグラスを傾けると、あたかもそれが酒に見えてしまう。

 視覚はもちろん、聴覚、触覚、嗅覚、の再現を可能としているVRゲーム技術だが、味覚の再現は未だ及ばず。

 食べ物を食べると、極端に甘かったり、辛かったり、酸っぱかったりする。全体的に旨味が少なく。更に食感も、そのほとんどがブヨブヨした脂身のようなものが多い。

 飲み物も例外ではなく、料理酒を飲んだほうがマシと俺は思っているのだが、酒場にいる銘々は平気な顔して飲み物を飲み込んでいる。

 さて、よさげな仲間(肉壁)となりそうな奴はいるだろうか?

 店内をグルリと見回す。

 仲間にするなら、出来るだけ気弱そうな奴がいいのだが……

 VRゲームでの見た目ほど信用できないものはない。ステアーだって、本当は四十代のおじさんとかかもしれない。

 まぁ、ステアーに至ってはSNSで自分の写真をあげているのでそれはないが、可愛くとも中身が女の子とは限らない、マッチョな男も中身はヒョロヒョロのモヤシかも知れない、気の弱そうな顔していても中身は気の強いやつかも知れない。

 キャラメイクは際限なく自由なのだ。見た目に騙されてはいけないのだ。

 そのため、見た目以外の動作により、その人物の本心を見抜く必要性がある。

 俺は目を凝らし、グラスを傾ける人物に注視した。

 その男は、SFチックに顔の半分がメカになっていて、右手は義手のようだ。腰にソードオフ・ショットガンを携え、ドリンクを口にしている。

 態度は至って普通だ。しかし、俺はあの男がどのような人物か、俺の仲間に相応しいか見抜く必要性がある。

「…………」

 一分くらいだろうか、まばたきも忘れその男を眺めていたが、さっぱりわからない。

 男は俺の視線に気が付いたのか、席を立ってどこかに行ってしまった。

 ダメだ、どれだけ見つめても、その人がどんな人物か見抜くとこはできない。もういいや、やっぱり見てくれで判断しよう。

 カウンターに座り、ワイワイ話す男女。あれはダメだ、見るからにワガママそうだ。アレだけには、絶対声はかけない方がいいだろう。

 あそこにいる男なんかは、店の端っこでピーナツをチビチビ、口に運んでいる。なんとなく、気が弱そうだ。

 俺はその男に近づくと、男は嫌そうに眉間に皺を作った。なんで、そんな顔するのだろうか? そんなことを一瞬思うが、意に介さず言った。

「なぁ、俺とパーティーを組まーー」

「無理だ!」

 男は即答した。

「なぜだ? まだ、全部を言ってないぞ」

「無理なものは無理だ。分かったら、早くあっちに行ってくれ」

 なぜ、この男はこんなに俺を避ける。

「なぁ、いいだろう?」

「しつこいな」

 そういうと、男は腹立たしげに店を後にして行った。

 とにかく、彼には俺はお気に召さなかったらしい。うーむ、見るからに気が弱そうだったのだが、意外と意思が強いのかも知れない。

 次はカウンターの隅でワイングラスを啜っている、あの女に声をかけてみよう。

 近づいて、話しかけようとすると女はスルリと立ち上がり、店を出て行った。まるで、俺を避けるように。

 ま、まぁ、彼女はちょうど、店を出るところだったのだろう。俺は半分以上紫色の液体が残るグラスを眺めながら思った。

 では、少し怖いがテーブルにドシと構えて、飲み物をあおっている、あの男に聞いてみよう。

 ああいう、筋肉質なキャラメイクをしているやつほど、実は中身は意志薄弱な奴かもしれないからな。

 俺はテーブルに近づき声をかけてみた。

「俺とパーティーを組まないか?」

「無理だ」

 腹に響く静かな声で答えられた。

「そこを何とかならないか? お前なら、ヒットボックス(当たり判定)が広いから良い肉か……ゲフン、良い仲間になると思うんだ」

「ダメだ」

「何故だ、何故ダメなんだ? いいだろう?」

「ダメなものはダメだ」

「いいじゃないか? 俺と狩りにいこうぜ」

「しつこいぞ!」

 男は途端に大きな声を出して、立ち上がった。

「俺はもう店を出る、お前とは仲間にはならん」

「何故だ? 何故、みんな、俺を避ける」

 男はムクっとこちらを睨みつけ、太い指を俺の胸板に当てて言った。

「知りたいなら、自分の心に訊くんだな」

 言い残すと、店から出て行った。

 何故なんだ? 店にはもう、カウンターでワイワイ話す、見るからに陽キャな連中しか残っていない。

 しかし、かくなる上は彼らに声をかけるしかない。この際、どんな奴でもいい、仲間(肉壁)に引き込めさせすれば。

 俺は固唾を飲んで、カウンターに近づいた。

「なぁ、君たち、俺をパーティーに入れてくれないか?」

「ダメだね、それは無理な話って奴だ」

 答えた男は、金髪で顔に無数のピアスが付いている。

「何故なんだ?」

「あの筋肉お化けの言葉を借りんなら、それはお前の心に聞いてみな」

「どう言うことだ?」

 訊くと、男は大袈裟にため息をついて、俺の肩に手をのせる。

「お前はな、百人以上の人間をPKしている。それだけ、倒せばヘイトも溜まる。別に数人くらいだったらな、狙撃で倒しても何ら問題はない、シケイダはPKが合法だからな。しかし、お前はやり過ぎだ」

「つまり?」

「お前は荒野の陰キャスナイパーなんだ。今やお前は、絶対パーティーメンバーにしたくない奴ら、トップ二のその一人なんだぜ。誰も、仲間にするはずないだろう?」

「俺はそんなに有名なのか?」

「ああそれはもう有名だ。少し前にプレイヤー総出でお前を倒すために、無人攻撃型ドローンを金を出し合って買ったくらいだからな。ま、お前は悪運高く生き残ったわけだが」

 俺はそんなに嫌われていたのか、たしかに、シケイダでPKは合法だが、それでも、多くのプレイヤーを倒していると、倒されたプレイヤーやその仲間たちが徒党を組んで、俺に復讐を企てる可能性は十分ある。

 そんな簡単なことに気がつけなかった、自分の浅はかさに絶望する。

「ったくよー、俺が投資した三万も返してほしいぜ」

 お前も投資したのか!

「とにかくよぉ、お前は仲間にしたくないやつトップ二なんだ。俺たちもお前を仲間にしようとは思わないぜ」

 俺が嫌われているのは分かった。だが、もう一人はどんな奴なのだろうか? どんなことをして、そんなに嫌われているのだろうか?

「ちなみに、俺以外の仲間にしたくないやつってどんな奴なんだ?」

「あー、ミニガン。アイツは……お前がPKのベレッタだとすれば、アイツはTK(チームメイトキラー)のミニガンだ」

 チームメイトキラーか、なかなかの大罪を犯している、俺もミニガンだけは仲間にしたくないな。

「使えない武器を携えてさ。仲間の足を引っ張りまくった挙句、仲間を窮地に叩き込み、デスさせる。そのくせ、自分は生き残っちまう迷惑な奴だ。お前と同じくらいさ」

 男は言い切るとグラスに残ったものを一気に飲み干し。

「とにかくさ、何が理由で仲間を募集してるかは知らないが、俺たちは仲間にはならないから、じゃあね」

 そういうと、金髪の男は左右に女を侍らせ、店を出ていった。

 シーンと静寂が店内を支配する。客は誰もいなくなった、俺だけが一人とり残され。

 大きなため息をついた後、ヤケクソに俺は叫んだ。

「バーテンダー! 一番強いのをくれ!」



 散々、飲み物をあおったあと、俺は店を後にした。

 心なしか気持ち悪く。近くの路地裏で少し嗚咽して、座り込んだ。

 悲しくなって、膝を抱える。

 クソ、ここまで俺が嫌われているとは。

 たしかに、俺は有名人だとステアーは言っていた。

 だが、仲間もろくに出来ないほど、俺の不名誉はこのジャパンサーバー内に轟いていたとは、誰が想像しよう?

 もうPKはやめよう。

 そんなことを考え、身を縮こませて体育座りをしていた。今日はこのまま、ずっとここにいようかな……

「そこのアナタ! 仲間を探してるようね!」

 溌剌とした、太陽のような声がする。

 見上げると、女の子が立っていた。両手がガトリングガンの女の子が立っていた。

 長い生足をフレアスカートから生やし、腰にはコルセットを巻き、肩から弾帯をかけ、髪は黒髪ロングのストレート。

 顔はステアーにも負けず劣らず可愛くあった。

「君は?」

「私はアナタの仲間になる者よ!」

 彼女ははち切れそうな元気いっぱいな声で、そう言ってのけた。


9

 俺はさっき出会った彼女の実力を見るべく、射撃演習場に向かっていた。

 彼女の装備しているガトリングガン、M134は毎分二千発から四千発ほど打ち出すことができ、被弾すれば痛みすら知覚する間も無く死に至ることから、無痛ガンの愛称でも知られている。

 制御が難しく、弾一発の威力は低いがその発射速度から全弾当てることができれば凄まじい威力を発揮する、ロマン武器とも言えよう非常に扱いにくいピーキーな銃だ。

 そんな火器を彼女は両手に装備している、というか、正確に言えば両腕がガトリングガンなのだ。

 サイコガン、と言うものをご存知だろうか? アレの両腕ガトリングガンバージョンというべき見た目をしている。

 シケイダの世界ではこのように腕や足を改造して銃をくっつけることが可能だ。無論、頭や胸、股間にも銃をくっつけることができる。

 まぁ、そんなことしているプレイヤーは珍しいが、その自由度もこのゲームの魅力の一つだ。

「なぁ、君のレベルはどのくらいだ?」

 隣を歩く彼女が答える。

「二十二よ」

 それなりにプレイしなければ二十二レベルにはならない。

 前述したが、彼女の腕のM134はロマン武器とも言える非常にピーキーな銃だ。そんな銃で二十二レベルまでレベルを上げられるとは、彼女はかなり卓越したプレイヤーかもしれない。

 そんな実力者の彼女と、俺が組めば、効率的に三千万が狙えるだろう。

 少し、話した感じもかなりの好印象だ。

 いつもニコニコしていて、人当たりがよく、口調もハキハキしていて喋りやすい。さっきも「目つきがぬぼーとしてて怖い」と言われた。

 しかし、そんな彼女がなぜ、荒野の陰キャスナイパーの渾名で呼ばれている俺とパーティーを組もうとしているのか?

 彼女ならば、どのクランもパーティーも喉から手が出るほど欲しい人材だろうに。

「いいのか? 俺は荒野の陰キャスナイパーの名で呼ばれている、PKのベレッタだ。そんな奴とパーティーを組んで本当にいいのか?」

 俺はそう訊いた。

 俺がPKのベレッタと知らずに、彼女がパーティーを組もうとしているのなら、騙したわけではないが寝覚が悪い。

「何も問題はないわ! 私はゲームが好きなの。せっかくだったら、誰かとゲームしたい、そう思うのは普通じゃない?」

 彼女はなんの屈託もない笑顔でそう言った。

 心が浄化されそうだった。

 彼女はいい子だ。肉壁要員として扱うのはやめておこう。

 俺は堅固な決心をした。



 射撃演習場にはいくつかの的が並んでいる。

 俺たちは射座と呼ばれる、銃を撃つところに立った。

「この場所には来たことはあるか?」

「いいえ無いわ、的に当てれば良いのよね?」

「ああ、そうだ」

 俺のレベルは三十二だ。先輩としての実力を見せるべく、M9拳銃を取り出し、一番右の的に照準を合わす。

 引き金を引くと、反動が右手に伝わり、それを筋肉で制御、リコイルコントロールをする。

 M9拳銃はゲームを始めた時から使っている銃だ。どのくらい反動があるかは熟知している。

 ーーBAN! BAN! BAN! BAN! BAN! 

 俺はリズム良く引き金を引き、右から全ての的に弾を当てた。

「すごいわね」

「そうか? まぁ、こんな感じだ」

 俺は銃を置くテーブルのボタンを押すと、的が新しいものへと交換される。

「さぁ、君もやってみな」

「任せて!」

 彼女は両手を突き出す、と同時に銃身がクルクルと回転、弾が勢いよく打ち出される。

 ーーDOBABABABABABABABABABABABABABABABABABABABA!

 撃ち止む。あまりの射撃音に耳がキーンとした。辺りには、これまで感じたことがないほど硝煙が立ち込め、少しむせそうだ。

 すごい威力だ。それを彼女は平然とした顔で撃っている、正にキルマシーン、彼女に狙われたら命はないだろう。

 的を見る。

「アレ?」

 素っ頓狂な声が出た。

 的に弾が当たっていない?

「あの的を避けるんじゃないぞ、当てるんだぞ」

「そんなの知ってるわよ?」

「だったら、一発くらい当ててくれよ」

「それは難しい話だわ、私は弾を当てるのが苦手なんだから」

 だったら、何故このゲームをしている? と言うか、どうやって二十二レベルまでレベルを上げたんだ?

「なぁ? レベルを上げたんだ?」

「そんなの色んな仲間とプレイしていたら、勝手に上がって行ったわ。残念なことにその仲間たちは死んで行っちゃったけど」

 もしや!

「お前の名前は?」

「ミニガンよ」

「やってしまったッッッッッッ!」

「うっさいわね! 鼓膜が破れそうだったわ」

 ミニガン、彼女は確かにそう言った、ミニガンと。

 あの、俺と並んで絶対仲間にしたくないやつのミニガンなのか? 彼女がTKのミニガンなのか?

「本当に、お前はミニガンなのか?」

「だから、そうだって言ってるでしょ?」

 足に力が入らず、跪いた。

「やってしまったッッッッッッ!」

「うっさいわね!」

 俺は額に浮かぶ脂汗を拭い、心を落ち着かせた。

 コイツ、ゲームをするなら誰かと一緒にプレイしたい、などと白々しく抜かしていたが、ただ、仲間にしてくれる人がいなくて俺を誘ったのか。

 ミニガンは全くの役立たず、仲間に寄生してレベリングをしているだけの存在、仲間が居ないと何もできない。

 だから、俺を誘っているのだ。

 ムカムカと腹が立ってくる。いや、落ち着け、俺。

 この場合、取るべき行動は一つ。

「ミニガン、お前とは仲間にはならない」

「なんでよ」

「お前がミニガンだからだ」

「いいじゃない、仲間にしてよ、お願い」

「無理だ、すまん」

「あなた、私と同じ、絶対仲間にしたくないやつトップ二の一人なんだから、もう、私と仲間になるしかないじゃない」

「それでも、無理だ、まだ一人の方がいい」

「私はリアルJKよ」

「両手ガトリングガンの女子高生とか存在しないだろう」

「いいでしょ、私の趣味なんだから。だったら私の写真送ろっか? リアルJKの生自撮りなんて、おじさんは中々お目にかかることはできないでしょ?」

「俺はおじさんじゃない、まだ二十二だ!」

「十分、おじさんじゃない」

 抜かしやがって……

「とにかく、仲間にはならない」

「ねぇー、いいでしょ? なんでもするから、ね? ね?」

 ミニガン、お前は地雷を踏んだな。

「今、なんでもするって?」

「え? そんなこと、言ったかしら?」

 そっぽを向いて慌てるミニガンに俺は言い放った。

「だったら、俺の肉壁として仲間にしてやるよ」

 彼女はしばらく頬を膨らまして抗議したが、しばらくして観念したのか、ため息をついた後、彼女は言う。

「仕方ないわね、仲間にしてくれるなら、それでも良いわよ」

 そう言って、お互いのUIを表示させ、お互いをパーティーメンバーとして選択した。

「よろしくな、肉壁」

「その呼び方はムカつくけど。任せて、防御力には自信があるの」


10

「お前さんが女を連れてくるとは珍しいじゃ無いか」

 店主が低い声で茶化してくる。

「おー、すごいマッチョメーンね、いいセンスしてるわ!」

 ミニガンが高い声で騒いでいる。

「ありがとな、姉ちゃん。それでベレッタ、この姉ちゃんは何者だ? 彼女か?」

 店主は下卑た笑みを浮かべ、小指を立てる。

「「違う!」」

 俺とミニガンの声が重なった。

「コイツは不本意ながら、俺のパーティーメンバーだ」

「ほう、お前が誰かとパーティーを組むとはな。それで、なんのようだ」

「ああ、コイツでも使える武器をあつらってくれ」

 ミニガンがポンコツで弾を当てられないのは、自身の技量に甚だ見合わないM134と言うロマン武器のせいだ。分相応な武器さえあれば、TKのミニガンの異名を誇るコイツでも多少は使える兵士になるかもしれない。

 俺は武装を変えさせミニガンを強くするためにガンスミスのところまでやってきたのだ。

「姉ちゃんに似合う武器か、俺は今のガトリングが似合ってると思うぞ」

「それでも、弾が当たらなきゃ意味がないだろう、使えそうな武器を頼む」

「分かったよ」

 店主は銃器の山をガサゴソ漁り始める。

「ねぇ、さっきの話」

「ああ、今よりマシな武器にしてくれ」

「なにそれ、私に武器を変えろってんの?」

「そうーー」

 ーーGONE

 脳天に衝撃が走る。

 頭を抑えうずくまるほどの激痛、強打。

 ミニガンがガトリングガンで俺の頭を殴ったようだ。

「ふざけんじゃないわよ! 私はこの子が、M134ちゃんが好きなの! 武装は絶対変えないわ!」

 未だ脳みそが痛い、パーティー設定だからFF(フレンドリーファイヤ)は切れているはずなのに、それすら意に返さない痛みだ。

「とにかく、M134ちゃんと私は一心同体だから」

 ミニガンは憤然とそう言って、ガトリングガンを振り上げる。

「分かった、分かったから」

 そう言うと、ミニガンは納得したように腕を下げてくれた。とんだロマン武器愛好家だ、そんなに怒ることか?

「じゃあ、この店で好きなもの買ってやる。気が向いたら装備してくれ」

 お金を払うのはやぶさかだが、ガトリングガンでなければこの際なんでもイイ。

 ミニガンは店内をグルリと見渡し「アレが良い」と指し示す先には、二丁の黄金メッキルガーがあった。

「悪いな、姉ちゃん。その銃は売り物じゃない、俺の私物だ」

 店主がハゲ頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。

「そうなんだ。でも、カッコイイわ。私のハートにビビッときたの」

「趣味がいいじゃないか、姉ちゃん。アンタとはいい酒が呑めそうだぜ」

 店主はミニガンと握手を交わそうとしたのか、ガトリングガンを握った。

「私は未成年だから、もうちょっと待ってね」

「ああそうかい、だが良いよな、こう言う銃は」

「そうね、私、ロマン武器が大好きなのよ、どれくらい好きかと言うと、これくらい」

 ミニガンは狭い店内で腕をめいっぱい広げたせいで、壁にかけてあった銃がガトリングガンに当たって何丁か落下した。

「そうか、俺もロマン武器は好きでな、ダットフックピストルとかが好きかな、あのフォルムは一度見たら忘れらんね」

「ええ、銃身が沢山あるあの感じは、すごく良いわよね」

「マスケットの時代の銃は宝石のように扱われていたから、装飾が凝っていてカッコイイんだ」

 二人はロマン武器談義に花を咲かせてるようだ。俺には一切のことを理解できないが、当人たちは意気投合したようでワイワイ盛り上がっている。

「マスケットも良いけど、私はパンジャンドラムとか、列車砲とか好きね!」

「……それって武器じゃなくって兵器じゃね」

「私はパンジャンドラムになりたいわ、浜辺をジグザグ進んで、無意味に爆発するの! いいでしょ?」

「……あ、ああ、そうだな、いいな」

 ロマン武器が好きな店主も少し気が引けたようで、俺に耳打ちするように。

「この姉ちゃん大丈夫か?」

「問題ない、常時深夜テンションなだけだ」

 とにかく、ミニガンの武装を強化せねばならないが、どうすれば良いだろうか? この頭お花畑でも使える良い武器はあるだろうか。

 ……考えろ、考えろ、考えろ、思いつく。

 そうだ、グレネードだ。

 グレネードだったら、誰でも使えるし、その効果は絶大だ。

「ミニガン、グレネードは持っているか?」

「持ってないわ、私はいつもこの子一本よ!」

 ミニガンは両腕を掲げて言った。

 グレネードはどんな状況でも有用だ。とりあえず、投げておけば効果がある。

 例えば、逃げる際に投げれば、追手は爆発に阻まれ逃走しやすくなる。

 例えば、敵とこう着状態に陥った際に投げれば、敵は爆発を回避するべく動かざるを得ず、こう着状態を打破することができる。

 例えば、敵との戦闘の際に投げれば、場を撹乱し爆発と挟み撃ちで敵を倒すことができる。

 どんな状況でもグレネードは有用だ。

「とにかく、グレネードは持っていて損はない。店主、グレネードをくれ」

「あいよ、沢山持ってきてやる」

 そんな訳で、ミニガンにグレネードを持たせた。

「言っておくが、ピンを投げるんじゃないぞ」

「そんなの分かってるわよ!」

「だと、いいが」

「ピンを抜いて、ピンを投げる、ん? 玉を抜いて、ピンを抜く? あれ、ピンを抜いて……」

 こんなロマン武器好きのポンコツと一緒に、新ボスを倒せるのだろうか?

 俺は不安でならない。


11

 アップデート開始まであと十分。新エリア前にはたくさんの人がいた。

 時刻は午前四時だが湧いてくるもののように大勢の人間がひしめき、うごめいている。

「すごい人だかりだね」

 呑気にミニガンが言う。一見すればテーマパークの入場時間を待つ群衆に見えなくもないが、先にあるのは夢の国じゃなく戦場だ。

 人だかりは異様な空気に包まれている。異様な空気の正体はバトルエリアなのに誰も引き金を引かないことに起因するのだろう。

 ここで争いを引き起こすよりも、新エリアの中を見てみたいと、皆が一堂に思っている。その利害の一致から誰も発砲しないんだ。

「わぁ、あそこすごい人が集まってる」

 ミニガンがガトリングで一塊になる集団を指し示し、そう言う。

「おい、あまりガトリングガンを振り回すな。戦争が起きるぞ」

 ガトリングを向けて、撃たれるかもとプレイヤーが勘違いしたら厄介だ。こちらはそんな気はなくとも、あちらが誤解して攻撃してくるかもしれない。

 そうなったら、猜疑心が爆発しドミノ崩し的に皆が撃ち合い、第三次大戦が出来上がる。

「分かったわ、それで、あの人だかりは何?」

「あれは有名ストリーマーとそのファンだろう」

 多くのストリーマーがこのアップデートと言う再生数の取れるイベントを見逃すまいと、ここに集結している。

 朝っぱらから殊勝なことだ。

 各ストリーマーの周りには人だかりがあり、さながら、コミケのコスプレイヤーとカメラ小僧のごとくだ。どこかにステアーもいるだろう。

「正にお祭りね」

「確かにそうだが……コイツらは俺らと同じ、新ボスのドロップアイテム、初モノを狙っている。コイツらは敵なんだ、気を引き締めていけ」

「はぁーいー」

 バナナはおやつに入りませんと言って返ってきた返事のようだ。遠足じゃないんだぞ。

 やはり、このポンコツと一緒で大丈夫だろうか?

 そんなことを思っていると、シケイダがアップデートされ、再ログイン、俺たちは未知なる新エリアへと足を進めた。



 シケイダには様々なロケーションが存在する。

 荒野、無人都市、廃墟都市、密林、軍事基地、山岳、沼、海、今回追加されたエリアは廃工場であった。

 全体的に薄灰色で、不穏な雰囲気が漂っている。錆と埃の臭いが鼻をつき、ポタリポタリと水滴の落ちる音がする。

 たまに銃声が響く。その音を聞くたびに心臓が抉られる感触がして、嫌な汗が噴き出る。

 しかし今は、足音が建物中に響き渡るほど静かだ。さっきまでたくさんのプレイヤーがいたが、工場内は複雑に分岐しており、最終的にこのルートには俺とミニガンしかいなくなった。

 ミニガンはスキップ、鼻歌で愉快に進んでいる。跳ねるたびに、後ろ髪がひょこひょこ動いていた。

 コイツは囮だ。この先何があるか分からない。攻撃されるとすれば先頭を歩いているコイツだろう、そんなことも知らず呑気なものだ。

「少しは緊張感を持ったらどうだ?」

「そんなものはいらないわ、せっかくゲームをしてるのよ。新しいエリアを楽しまなきゃ損じゃない」

 ミニガンは瞳を無駄に燦然と輝かせている。

「それより、お前はこんな朝からゲームをして怒られたりはしないのか? 高校生ってことは実家暮らしだろ」

 ミニガンがリアル女子高校生というのは、にわかには信じられなかったが、本当のようで俺のアカウントに自撮りを送ってきやがった。リアルの彼女はミニガンのアバターと相違ない見た目をしていた。

「実家暮らしだけど関係ないわ。ママやパパは仕事で家を開けてるから」

「そうなのか」

「そう、あんまり家にいることはないわね。大変だったんだよ。ちっちゃい頃は転勤ばっかで友達あんまり出来なかったんだから」

 転勤以外にも友達ができない理由があるような気がするが、まぁ、コイツも大変なんだな。

「私は何時間ゲームしようと怒られたりはしないわ。少しは私のこと怒ってくれてもいいんだけど……」

 少し同情した。

 ガキの頃はゲームを沢山して、よく親に怒られたものだ。昔は煩わしく感じだが、今は親が怒ってくれるありがたさを知っている。

 だから少し、同情した。

「今はゲームを楽しみましょう!」

 ミニガンは張り切るように言った。

「そうだな。ん? ちょっと待ってくれ」

 俺は床に散らばるそれを拾い上げる、空薬莢だ。

 それも、かなり特殊な薬莢だ。これは5.56x45mm NATO弾のリムレス。ポピュラーな弾丸だが、妙な細工がしてある。おそらく、弾の威力を上げるための仕掛けが施されているんだ。こんな高価な銃弾を撃てる組織は限られてくる。

「この薬莢はおそらく、精鋭調査団のものだ」

「せーえーちょうさだん? なにそれ?」

「攻略サイトを運営する企業のチームだ。攻略サイトに情報を載せることを目的としている。だから、新要素を調べに来ているんだろう」

「いい人たちじゃない?」

「いいや、奴らは攻略サイトに最速で情報を載せることしか考えていない、ライバルである俺らは経費でもって倒されてしまうだろう」

 薬莢はまだほのかに温かく、辺りに硝煙も漂っている。精鋭調査団はまだこの近辺にいるのだろう。

「気を引き締めていけ、奴らに出会ったら蜂の巣にされるぞ」

「分かったわ、とりあえず、鼻歌はやめるね」

「懸命な判断だ。ここからはクリアリングをして進んでいく、進行スピードは下がるだろうが、命あってこそだ」

「りょーかい! で、クリアリングって何?」

 そこからか。まったく、コイツはどうやってゲームをプレイしていたのか?

「クリアリングってのは、敵がいるかもしれない死角を確認して回る行為だ。無用に突っ込んで待ち伏せを食らったら堪ったもんじゃないからな」

「分かったわ、特殊部隊とかが敵の基地に攻め入る時、壁から顔を出して、なんか手で合図したりするアレね」

「そうだ、アレだ。クリアリングで重要なのはバレないことだ。出来るだけ静かに、息を殺す。それで、敵がいなかったら、クリア! と報告するんだ」

「把握したわ、私に任せて」

 そういうと、ミニガンは唸り始めた。自分を奮い立たせるため唸っているのだろうか?

「ゔゔゔううう」

 そうして、唸りながら、ミニガンはクリアリングしていく。

「ゔゔゔううう」

「おい、あまり唸るな」

「ゔゔゔううう……クリア!」

 ーーBAN!

 ミニガンが撃たれた。

 あの銃声はHK416。精鋭調査団が使っている銃器だ。

 ミニガンは負傷しながらも脱兎のごとく、俺のいる物陰まで戻ってきた。

「うぅー、めっちゃ痛いよぉ」

「これでも、飲んどけ」

 鎮痛薬と回復薬をミニガンに渡した。撃たれた方向を確認するため、物陰から顔を出すと、銃弾の応酬を喰らう。しかし、ちらっと見えた。五人ほど、高価なフルアーマにヘルメット、特殊部隊然とした灰色の装備、正しく精鋭調査団だ。

「ダッシュすれば逃げ切れるか?」

「そんな、逃げるなんてことはしないわ!」

 薬を飲み終わったミニガンはやけに凛とした口調で言い放つ。

「おい、相手は精鋭調査団だ。お前のそのロマンばかりが詰まった銃じゃ戦いにすらならないぞ」

「大丈夫よ、任せて!」

 そう言って、ミニガンは精鋭調査団の渦中へと飛び込んだ行った。瞬間。

 ーーZOBABABABABABABABABA!

 あー、アレは死んだわ。

 精鋭調査団のHK416の掃射、アレを耐えられるのは余程の耐久力を持つものだけだろう。

 ミニガンが飛び込んだ方を見ると、奇跡的に生きていたようで数メートル離れた物陰に隠れていた。

 しかし、精鋭調査団はジリジリとミニガンのいる物陰へと迫っていく。いくら、ミニガンが並外れた耐久力を持とうとも、接近されて撃たれたら終わりだ。万事休すか? いや、グレネードがあるじゃないか。

「グレネードを投げろ」

 グレネードを投げれば、精鋭調査団のフルアーマーでもダメージは避けられない。グレネードを無視して突っ込むだなんて、そんな蛮行、彼らはしないはずだ。

 グレネードで牽制した隙に、ミニガンがここまで戻ってきたら後は一目散にダッシュ。

「ピンを抜いて玉を投げれば良いのよね?」

「そうだ、早くしろ」

「ちょっと待って」

「なんだ?」

「私、両手ガトリングガンだから、ピンを抜くことも玉を投げることもできないわ!」

「そんなぁ」

 確かに、アイツの両手はガトリングガンだ。ピンを抜くことも、グレネードを持つことさえままならないだろう。なぜ、こんな簡単なことを気づけなかったのか。

 俺の短絡的な思考と、見栄えだけのロマンガトリングガンがとてつもなく恨めしく感じる。

「とにかく走ってそっちまで行くわ!」

「おい待て、そんな迂闊なことしたら、蜂の巣に」

「任せて!」

 物陰からパッと飛び出し、ミニガンは転がるように駆けて、こっちの物陰までやってくる。

 ーーZOBABABABABABABABABA!

 なんとか、ミニガンと合流。俺たちはそのまま無我夢中で走り続けた。

 こんなことになったのは「任せて」なんて言って、無策に突っ込むミニガンのせいだ。

 俺は両親とコミュニケーションが取れないミニガンに同情したが、やっぱり、俺はお前なんかに同情はしなーい!


12

「まったく、お前は何がしたいんだ!」

「やっぱり、強者を目の前にすると疼くのよ、この両手のガトリングガンが」

 疼くだけで、なんの役にも立たないけどな。

「奇跡的に見逃してもらえたものの、これは運が良かっただけだ」

「そうね、初詣行った時大吉引いたから、私のおかげね」

 おみくじの有効期限がいつまでかは知らないが、今年はもう秋だ、その大吉は時効だろう。

「だいたい、なんで無策で突っ込むんだ。まずは、作戦を立てるべきだ」

「そんなまどろこしいことやってらんないわ。それよりも、精鋭調査団との撃ち合いは楽しかったわね」

 撃ち合いじゃなく、一方的な蹂躙の間違いだろう。

 普通、あんだけの銃弾を撃ち込まれれば、デスするはずなのに、ミニガンはケロッとしている。

 さっき、ミニガンのステータスを見たが、コイツの筋力(耐久力と攻撃力)の数値は異常だった。普通のプレイヤーの三倍はある。

 しかし、他のステータスは普通のプレイヤーより格段に低かった。

 TKのミニガンとは、無策に突っ込んで、敵とチームメイトを交戦させ、普通のプレイヤーがデスしていく中、自分だけは並外れた耐久力で生き残ってしまうから、その名が付けられたのだろう。

 だが、本人は「撃ち合い、楽しかった」と言う始末、さながらポジティブな死神だな。

 俺は一向に反省の色を見せないミニガンを叱咤しつつ、廃工場を進んでいく。

 途端に開けた場所に出た。

 体育館のような場所だ、だだっ広く、薄暗い、頼りになるのは天窓から差し込む僅かな光のみ。

 そんな空間を歩いているとゾクリとする。これは殺気だ。全身の毛が逆立ち、足元をすくわれるような緊張感に体が強張った。

「俺たちは何者かに狙われている」

「なんですって!」

「声がでかい、とにかく、速やかにここを去るぞ」

 ーーZUDON!

 鼓膜をつんざくような大きな銃声が響き、俺の足元の地面を砕いた。この威力は、

「対物ライフルだと! しかも、この銃声はAW50!」

 対物ライフルは一部の職人しか使いこなせない、高火力武器だ。ミニガンが好きそうな武器でもある。数ある対物ライフルの中でも、AW50は一番威力が高く、一番使いにくい銃だ。こんなライフルを使ってる以上、相手は上級者だ。

 おそらく、俺の足元のこの一発は警告、次は頭という予告でもある。この弾丸の主は狩りを楽しんでいるんだ。それくらい余裕がある上級者の手中に、俺たちはハマってしまった。

「どうするの?」

 ホルスターに収まるM9拳銃に手をかけながら、考えた。

 ーーZUDON!

 もう一発、俺の頬を掠めて着弾し、地面は砕けた。

「とにかく、どこから撃っているか、それさえ分かれば」

 あのパイプの裏か? あの柱の影か? あの鉄骨の上からか?

 ーーZUDON!

 また一発、地面に当たり砂礫が巻き上がる。

「しかし、なかなか当ててこないな。俺たちの反応を見て楽しんでるのか?」

 ーーZUDON!

「どこから撃たれてるか、それが分かればいいのよね?」

「ああ、そうだ。場所さえ分かれば、射線を切るなり、撃ち返すなりが出来る」

「それなら、私に良い方法があるわ」

「本当か?」

「ええ、任せて」

 ミニガンの良い方法など、ロクな方法の類義語なのにも関わらず、俺は一縷の希望を託していた。

「おーい! スナイパーさん。正々堂々戦いましょー!」

「何叫んでんだ?」

「こうやって呼べば、スナイパーが出てくるはずよ!」

「親指立てんな、全然グッドジョブじゃないから。こんなんで、出てくるわけないだろう」

「でも見て、そこ」

 ミニガンが指し示す方向にはAW50、対物ライフルを持った、金髪の幼女がいた……え?

「本当に出てきたッッッッッッ!」

「だから、言ったでしょ」

 コイツのドヤ顔うぜぇ、俺は拳を温めたい衝動を抑えて、金髪の幼女のほうを見た。

 全身を軍服に包み、瞳はアルビノのように赤い、髪はカールのかかった白金で首元で切り揃えられている。己の矮躯に似つかわしくない、仰々しい対物ライフルを持っていた。

「なに、ジロジロ見てるんですか? 気持ち悪いです。その死んだ魚のような目を私に向けないでください」

 幼女は悪態をつく。

「お前が俺たちを狙っていたスナイパーなのか?」

「いかにもそうです。私の名前はアキュラシー、最強のスナイパーです」

 俺は何も考えず、反射的に言葉を並べる。

「スナイパーなら、相手の目の前に出てきちゃ、いかんだろう」

「……確かに……」

 幼女はぽつりと呟いた。さてはコイツ、ミニガンと同じ類の人間だな。

「と、と、とにかく! 勝負です! 私がここまで降りてきてあげたのですから、勝負しなさい!」

「いいだろう、勝負だ、うけてやる」

 俺はそう言って、数メートル先のアキュラシーと名乗った幼女に近づいていく。

「どうした、撃たないのか?」

 挑発しながら、一歩一歩をしっかり踏み込んで、ヤンキーが相手に絡む時のように歩く。

「ほら、撃てよ」

 アキュラシーはワナワナと震えている。どうやら、突然接近してくる俺にビビってるようだ。

「さぁ、撃て!」

 ーーZUDON!

 アキュラシーの放った弾丸はまったく、見当違いの方向に飛んでいった。俺とアキュラシーの距離は目と鼻の先であり、俺は素早くアキュラシーの後ろに回り込み、腕を締め上げる。

「痛い、痛いですから、やめてくださいー」

「やめて欲しいなら、俺らの捕虜になってもらおうか」

 幼女はこちらを振り向く、垂れた前髪の隙間から、涙に潤んだ赤い瞳が見えた。

 その表情は屈辱に塗れていた。


13

「流石、ベレッタ、幼女にも容赦ないわね」

「利用できるものは全て利用する、ってのが俺の流儀なんだ」

 ファーストペンギンのように前を歩かせているアキュラシーがボソッと言った。

「最低です」

「言っておけ、こうなったのもお前がレベルに見合わない対物ライフルを使ったからなんだぞ」

 アキュラシーのレベルは五だ、初心者中の初心者である。アキュラシーは振り返り、頬を膨らませて「ムゥー」と唸った。

「でも、なんで、ベレッタは勝てたのかしら? 普通なら、AW50って言うツヨツヨ武器を持ってる方が勝つんじゃないの?」

「違うな。対物ライフルはレベルをカンストした人でも扱うのが難しい武器だ。その威力は確かだが、大柄なキャラクターでも制御が難しくって一部の職人しか使っていない」

 攻略サイトには、どれだけ慎重に狙っても、低レベルでは命中させることはできないと書いてあった。

「つまり?」

「呼ばれたくらいで地の利を放棄して俺たちの前に現れるようなヌーブが、そんな高レベルなはずない。だから、接近しても弾は当たらないとたかを括ったのさ」

「そう言うことだったのね」

「そもそも、レベルをカンストしても対物ライフルはスコープを載せなきゃ使い物にならない、コイツの持ってるAW50はアイアンサイトだったから、俺の運がよほど悪くない限り弾は掠りもしない」

 自分の敗因を語られたことに怒ったのか、アキュラシーは言う。

「お兄さんもまだまだですね」

「どう言うことだ」

「わ、私は手加減してあげたんですよ。そんなことも見抜けないなんて、お兄さんはざこざこのざぁこですね」

 無様に捕虜になってるやつに言われても……と思うが、やっぱり腹立つ。

「ま、私が本気を出したらぁ、お兄さんが勝てるわけないですよ、だってお兄さんはざこですもん」

 アキュラシー、コイツはアレだ。メスガキってやつだな。

「ベレッタは弱くないよ!」

 ミニガン、俺を庇ってくれるのか?

「だって、私でもできないのに、的に弾を当てられるのよ!」

 お前基準だったら、大抵の人間は強いだろう。

「キュラちゃんは私と同じ、弾を当てられない人だもんね」

「キュラとはなんですか?」

「アキュラシーだから、キュラちゃんよ。おかしい?」

「おかしいです。そんな呼び方嫌です」

 アキュラシーは助け舟を求めるように、俺の方を向いてきた。顔には「助けてくれ」と書かれている。

「いいんじゃないか? キュラで」

 さっき、俺をざこと言ってくれたお返しだ。

「そんなぁ」

 残念がるアキュラシーにベタベタまとわりつくミニガン。金髪をガトリングガンで撫でたり、頬を擦り合わせたりしている。

「キュラちゃん、キューラちゃん、キューラちゃん♪」

「なんですか? 引っ付いてきて、この人大丈夫ですか?」

「問題ない、常時深夜テンションなだけだ」

 冷静になって考えると、アキュラシーを捕虜にしたのは良い判断だったか?

 アキュラシーは己の技業に合わない対物ライフルを振りかざしているようなヌーブだ。ミニガンと同じ弾を当てられない類の人間だ。

 俺のパーティーには銃弾を命中させることを知らない奴らが二人もいる、なんのお荷物と変わらない奴らが二人もいる。

 こんな奴らと新マップを攻略するよりも、一人で攻略した方が労力がかからないんじゃないか?

 前方を歩く、幼女とガトリング女はわちゃわちゃ騒いでいる。静かな廃工場内であれだけ騒げば敵が気がついて、攻めてくるかもしれない……

 そんなことを考えていると、ベルトコンベアが見えてきた。

「あ! アレはトワイライトボム」

 アキュラシーは走って、ベルトコンベアの上に放棄されてるミサイルに近づいていた。

「なになに、有名なの?」

「ええ、これはシケイダの世界で核戦争が起こった際に使われた核ミサイルと同じものです。ここが、兵器の工場だってことは知っていたんですが、まさかトワイライトボムのオブジェクトがあるとは」

 アキュラシーは目を輝かせ、ミサイルを眺めている。ミニガンもまた目を輝かせて、

「ねぇ、ねぇ、これを銃で撃ってみましょう」

「やめろ、そんなことしたら、みんな死ぬぞ」

「えー、ケチ」

 ケチとかそう言う領域の問題じゃないだろ。

「知ってますか? このトワイライトボムは実は改良品だということを。初期型はプロトボムと言われて、シケイダの世界で主に使われたのはプロトボムの方なんです。トワイライトボムはプロトボムより威力を高く設計されたのですが、使われる前に核戦争が終わってしまい、幻の兵器となってしまいました」

 嬉々として朗々とアキュラシーは語る。

「詳しいね」

「うん、シケイダには元ネタになったSF小説が何冊かあるんです。この廃工場の設定は多分、ジェームス・ウェルスの終末旅行記を参考にして、運営はこの廃工場を作ったものと思われます」

「よく知ってんだな」

「これくらい常識ですよ、そんなことも知らないんですかー?」

「ああ、知らなかったよ。お前はゲームが好きなんだな」

 アキュラシーは頬を紅潮させモジモジしながら、絞り出すような小さな声で答えた。

「……否定はしません」



 それから俺たちは薄暗い廃工場を進んでいった。

 途中にミニガンが敵集団に特攻したり、アキュラシーが罠に引っかかって瀕死になりながらも、なんとか、俺たちは廃工場を進んでいった。

 そろそろ、この工場も最奥に近づいてきただろう。

「なんだか、重厚な扉ね」

「ああ、ボス戦って感じだ」

「そうですね」

 目の前には七メートル以上ある、大きな鉄扉があった。扉は何本ものシリンダーでロックしてあったが、少し近づくと、プシューと蒸気をあげてロックがガシャンガシャンと解錠されていく。

 低くて太い音がなり、鉄の扉は緩慢と開いていく。中は東京ドームのような大きくて円形の空間だった。

「コロシアムみたいね」

 俺たちは導かれるように、その空間に入り、その空間の広さに圧倒された。

「なんか、臭います」

 アキュラシーは鼻をおさえて言う。確かに、妙な臭いがする。血と硝煙のにおい、不安感を掻き立てるようなそんな臭いだ。

 臭いの正体はすぐに分かった。足元に転がる死体によるものだ。それも一人じゃない、いくつもの死体によるものだ。

 一体ここで何が起こったんだ?

 死体の中には精鋭調査団のものもあった。あの、精鋭調査団が倒されるとは……

「これはいよいよ、きな臭くなってきやがった」

「ねぇ、キュラちゃん。ここのボスってどんな奴か知ってる?」

「確か……終末旅行記には、三十メートルほどの巨大な破壊兵器ロボが出てきたはずです」

「それは、どんな奴なんだ?」

「そこにあるような、片手が丸鋸で、片手がパイルバンカーな奴です」

 アキュラシーが指さす方向には、三十メートルは下らないロボットが格納されていた。見るからに装甲が厚そうだ。

「と言うか、アレがボスなんじゃないか?」

 俺が言うと、空間一体が赤くなる。

 ーーBEEEEEEEEEEE!

 けたたましい警告音が鳴り響く、後ろを振り向くと、鉄扉は閉じられ、シリンダーでロックされている。

 そして、破壊兵器ロボはウィーンという機械音を立てながら、ゆっくりと体を起こす。その動きに呼応して、空間が大きく揺れた。立ってるのさえ、ままならない。

 ロボは立ち上がると、丸鋸を振り上げ床に叩きつけた。反動でものすごい風が俺たちを襲う。

 デカイ、カタイ、ツヨイ、三拍子揃った巨大ロボット。

「これが、新ボスっ!?」


14

「うわわぁあぁあ!」

 我ながら、情けない叫び声だと思うが仕方ない、三十メートルは下らない巨大ロボットに追われているのだから。

 このまま、走り続けても事態は好転しない。ミニガンやアキュラシーは言わずもがな役に立たない、活路を見出すためにも、俺が勇気を見せなくてはっ!

 俺は立ち止まり、ロボットと対峙する。

 ロボは大きく、トカゲ型モンスターの比にならないほど外装が厚そうだ。二足歩行で、モノアイを光らせ、片手には鋭利な丸鋸、片手には強靭なパイルバンカーを装備している。

 生身の人間じゃ到底敵わないだろう。

 そもそも、俺よりも格上のレベルである精鋭調査団の五人が挑んで敗北したボスである。俺なんかが勝てるわけがない。

 だが、しかし、男なら立ち向かわなければならない時がある。それが今だ。

「うおおぉぉぉ!」

 俺は叫んで、M9拳銃をロボに向けて乱射した。

 ーーBAN! BAN! BAN! BAN! BAN! BAN! CACHI……CACHI……

「弾切れか」

 残弾ゼロまで撃っても、ロボットにはなんのダメージも無かった。

 ドシン、ドシン、ロボットは地面を揺らしながら近づいてくる。

 ロボットが一歩進むたびに地響きで俺はよろけてしまう、俺は退避しようとするも……ダメだ、逃げられないッ!

 間合いまで接近したロボットは丸鋸を振り上げた。ギュィィンとやかましい音共に丸鋸は回転、振り下げられる。

「ーーーーッ」

 俺の右腕が宙を舞った。

 シケイダで四肢を切断されるような重傷を負った場合、出血死する前に、止血を完了して、三分待てばまた四肢が復活する。

 しかし、止血する暇も、三分待つ暇も、このロボットの前には存在しない。

 このままでは確実的に全滅だ。

 どうすれば? 俺はロボの攻撃後の硬直時間を利用して距離をとる。しかし、焼け石に水、姑息な手段に過ぎないだろう。

 俺は一縷の希望を宿し、ミニガンとアキュラシーを見るも、奴らは物陰でワナワナと震えてるだけだった。

「やはり、仲間にするんじゃなかった」

 そんなことを考えてるうちに、ロボットは俺の背後に立っていた。今度は、パイルバンカーを構える。

 あんなの喰らったら、とてつもなくグロい死に方をしそうだ。

 なにか、なにか、打開策はないのか?

 ーードサ。

 何かに引っ掛かり、俺は転倒。クソ、死体が足に引っかかったのか。俺は再び立ち上がろうとするも、足に力が入らない、膝が笑ってしょうがない。

 どうすれば? そんな時、死体が装備している防弾チョッキに目がいく、スタングレネードを装備していたのだ。

 俺はそれをぶんどると、口でピンを抜いて、ロボットに向かい投げつける。すぐさま、閃光。

 ロボットは唐突なフラッシュを受けて、動作を停止させる。この隙に俺はミニガンとアキュラシーがいる物陰まで撤退した。

「おい、お前らも戦え!」

 止血作業を行いながら、叫んだ。

「あんな、デッカいの無理です、怖いです」

 アキュラシーは小動物みたく肩を振るわせ言う。

「そうよ、あんなロマンの塊みたいなロボット壊したくないわ!」

 ミニガンは憤然と肩をいからせ言う。

 予想はしていたが、予想を裏切らない使えなさだ。コイツらに対する俺のヘイト値は爆上がりだ。

「おい、キュラ、アイツの弱点とかそのSF小説には書いてなかったのか?」

「ええっと、本だと、主人公があのロボットに殺されて物語は終わりました!」

 頭をおさえて、訊くんじゃなかったと後悔。まったく、縁起でもない。

 どうすれば、あの巨大ロボットを倒せるだろうか? 俺は利き手を失い銃は撃てない、後の二人は銃は撃てても無駄撃ちしかできない、ポンコツだ。

 なにか、いい方法はあるか?

 ……グレネード、仲間、ヘイト値。

 脳みその中にビビッと電流が走った。この方法なら、あのロボットを倒せるかもしれない。

「お前ら、俺にいい作戦がある」

「なんですか?」

「なになに?」

 二人は俺の方へ顔を寄せてきた。

「まず、俺らはあのロボットを囲むように広がる。そしたら、一人づつ順番に、グレネード(手榴弾)を投げるんだ」

「なぜ、そんなことするのよ?」

「あの、ロボットも所詮はゲームのNPCだから、一気に三人相手にするなんて器用なことはできない、一人づつ始末していくはずだ。現にさっき、俺が追いかけられていた時、お前らは狙われなかった」

「つまり?」

「あのロボットに順番でグレネードを投げることで、ヘイト値を管理して、ターゲットをズラすんだ。前の人が攻撃されそうになったら、次の人がグレネードを投げてロボットのターゲットをズラす、次の人が攻撃されそうになったら、そのまた次の人へ。それを繰り返していけば、こちらは無傷であのデカブツロボを倒すことができる」

「ロボットちゃんを壊すのは嫌だけど、仕方ないわね」

 ミニガンは豊満な胸を張って言った。

「お兄さんのくせに生意気です」

 アキュラシーは貧相な胸を張って言った。

「お前ら、グレネードは持ってるよな?」

「私はベレッタに買ってもらったから、沢山あるわ」

「私もそれなりに持ってきました」

 俺は自分の太ももを叩き、立ち上がった。

「よし、作戦開始だ!」



 俺たちはロボットを囲むように広がり、物陰に隠れた。

 広がると、連携が取りにくくなるので、俺たちはパーティーチャット機能を使うことにした。

 これは、声が聞こえないほど離れても、無線のような形で声が聞こえる機能である。

 ジャンケンの結果、投げる順番は俺、アキュラシー、ミニガン、の順になった。ロボットはスタングレネードの硬直から解かれて、俺たちを探している。

「そろそろ、投げるぞ、準備はいいか?」

『ええ、構わないわ』

『やる気満々です』

 二人の合図を聞き、俺は物陰から飛び出し、グレネードを投げた。

 ーーDOOON!

 爆発、ロボットは俺の存在に気がつき、近づいてくる。

「よし、アキュラシー、投げろ!」

『了解です』

 アキュラシーが物陰から首尾よくひょっこり現れ、グレネードを投擲。

 ーーDOOON!

 ロボットはアキュラシーの方に転進する。

「上手くいった、これを続けていけばアイツを倒せるはずだ」

『次、ミニガン、投げてください』

『ええ、私に任せなさい』

 ミニガンは物陰から現れるも、何やら手こずっているみたいだ。

「何してる、早く投げないとアキュラシーがまずいぞ!」

『ピンを抜いて玉を投げれば良いのよね?』

「そうだ、早くしろ」

『ちょっと待って』

「なんだ?」

『私、両手ガトリングガンだから、ピンを抜くことも玉を投げることもできないわ!』

「忘れてたッッッッッッ!」

 そうだ、そういえば、そうだった。コイツは弾を当てられないだけでなく、グレネードすらまともに使えない、ヤベー奴だった。

『え? え? え? これ不味くないですか?』

 非常に不味い。アキュラシーは混乱で頭を掻きむしっている。すまん、アキュラシー、お前のことは忘れない、恨むならミニガンを恨んでくれ。

 ロボットは丸鋸でアキュラシーを攻撃、土煙が晴れると、アキュラシーは頭上に星やらアヒルやらを回しながら、昏倒していた。

 ロボットはゆっくり、その無骨な顔を俺に向ける。そうか、次のターゲットは俺か。

「これは、ヤバい、三回死ねる!」

 ロボットはドシン、ドシンとこちらに近づいて来る。俺はまたも恐怖で動けずにいた。ああ、このまま、俺はここで死ぬんだ。

 ギュィィン、ロボットは丸鋸を振り上げる。俺は諦めて、目を閉じた。

 ーーZUDON!

 鼓膜をつんざくような大きな銃声が響く。目を開けると、アキュラシーが立ち上がって、AW50を撃っていた。

 それだけでなく、アキュラシーの放った弾丸はロボットに当たっていた。

 ロボは俺への攻撃を中止して、アキュラシーの方へ向かっていく。

 助かったのか? まさか、キュラが銃弾を当てるとは、対象が大きいから当てられたのか? それとも、まぐれか?

 ロボはパイルバンカーを構えて、アキュラシーに向かって、刺し穿つ。ドスン、と言う重々しい音の後に、俺たちは反動の風圧に襲われた。

「大丈夫か! アキュラシー!」

『…………』

 返答はない。アキュラシーがいた周りは土煙に覆われて、状況が判然としない。死んでしまったのか? そんなことを考えていると、土煙の中から小さな体が現れる。

「アキュラシー!」

「キュラちゃん!」

 アキュラシーは地面に刺さった、パイルバンカーの上を走り、ロボットを登っていく。

 ロボはキュラを振り落とそうと、体を大きく揺らす。キュラはその矮躯ゆえ、簡単に落とされてしまった。

 ーーZUDON! ZUDON! ZUDON!

 落下中、キュラは三発の弾丸を放ち、その全てをロボの顔面へと命中させた。

 ただでさえ、狙いにくい対物ライフルを空中で三発も、一点に撃ち込むとは、もはや、さっきほどまでのアキュラシーではない。反動や、銃弾の軌道を計算して、トリガーを引いている。まるで別人だ。

『キュラちゃん、覚醒したみたい』

 ロボは顔面から煙を上げている。アイツの体力はもうそこまで残っていないだろう。

「やれ、アキュラシー!」

『ッハ! 私は何をしてたんです?』

 キュラが言う。どう言うことだ? 疑問に思う間も無く、丸鋸の攻撃を受けてキュラは、気絶した。ボーナスタイムは終了か。

 ロボはまた、俺の方へ近づいてくる。俺は走り出し、必死に逃げ、ミニガンの隠れる物陰に滑り込んだ。

「なんで、こっちに来るのよ?」

「死ぬなら、お前も道連れだ」

 ーーGASHAN!

 ロボが丸鋸を薙ぎ払い、俺たちが隠れていた瓦礫が吹き飛ぶ。

 万事休すか? 

 キュラがなんとか覚醒して、ここまで体力を減らしてくれたと言うのに……俺はこのロマン武器好きのガトリング女と、このままここでゲームオーバーか?

 ロボットは丸鋸を振り上げる。俺は諦めて、目を閉じた。今度こそ、終わりだ。

 俺は死を覚悟した。目を開ければ、家の天井だ。

「私に任せて!」

 ーーGEEEEEEEEEEE!

 金属と金属がぶつかり合う音。

 目を開けると、ロボの丸鋸をミニガンのガトリングが火花を散らしながら受け止めていた。

 そうだ、ミニガンは筋力が異常に高いんだった。

「ロマンの塊であるこのロボを破壊するのは嫌だけど、ベレッタと一緒にゲームできなくなるのはもっと嫌。あなたを倒させてもらうわ!」

 そう言って、ミニガンはロボの丸鋸を跳ね返し、そして、ガトリングガンを振り回して、

「ミニガンパーンチ!」

 ーーBAKKOOOOON!

 ミニガンはガトリングガンで、思い切りロボットを殴った。

 ロボは物理法則を知らないのか、そのパンチにより不自然に吹き飛ばされ。

 爆散した。

 俺は目の前の、驚愕の事実に、呟いた。

「……勝っちゃったよ」


 酒場にて。

「「「乾杯」」」

 俺たちはジョッキをぶつけ合い、飲み物をこぼしながら、一気飲みした。うん、不味い。

「それにしてもすごいですねミニガンさん、あのロボットを一人で倒してしまうなんて」

 確かに、ミニガンはピンチの俺を救ってくれたが、ミニガンは最後のトドメをさしただけであり、一番活躍したのはアキュラシーの方である。

 しかし、アキュラシーはあの獅子奮迅の活躍を覚えていないらしく、キュラの中では、全てミニガンがやった、と言うことになっているらしい。

 キュラのあの活躍はいったい何だったのか? 本人が覚えていないのだから、追及のしようがないな……

「本当にミニガンさんは強いんですね、尊敬します!」

「それほどでも……あるわねぇ、だって、私ですもの」

 だいぶ調子に乗ってんな。

「それに比べてお兄さんは、情けない悲鳴をあげたくらいしかしてません、いい作戦も失敗しましたし?」

「アレは、どう考えてもミニガンが悪いだろう」

「勝てば官軍です。パワーイズパワーです」

「へっへーん」

 確かにミニガンの筋力は異常だ。

 ミニガンは物理攻撃が強い、しかし、このゲームは基本銃を撃つゲームだ。接近する前に銃で撃たれて死んでしまうので、ミニガンの筋力を活かすなら不意打ちできるような舞台をお膳立てしなければならない。だが、そんな状況簡単に作り出すことはできない。

 つまり、ミニガンがポンコツなのに変わりなく、変わりがあると言うならば、完全なる無能から、ちょっと使える無能に変わったくらいだ。

「それで、新マップの新ボスが落としたアイテムはなんなの?」

 ああ、そうだった。俺たちはアップデートで追加された新ボスが落とすアイテム、初モノを求めていたのだった。

 俺はストレージから取り出した、パイルバンカーをテーブルに置く。

「これが、そのアイテムだ」

「おお! パイルバンカー、かっこいいわ」

 ミニガンはぴょんぴょん跳ねて、いつもより数段テンションが高い。

 俺はUIを操作して、パイルバンカーの詳細な情報を読み上げる。

「このパイルバンカーは一度のみ使用可能。レベル七の装甲のみを貫くことができる」

 レベル七の装甲とは……大抵のプレイヤーが装備している防弾チョッキはレベル一〜四、戦車が大体、レベル五〜六、レベル七装甲は俺は見たことはない。

 なんとも、ミニガンが好きそうな武器だ。

「すっごいわ! レベル七の装甲しか貫けない、その尖った性能に憧れるわ!」

 はしゃぐミニガンの横で、アキュラシーが言った。

「でも、これ、売るんですよね?」

「ああ、そうだ」

「えー、これ売っちゃうの? こんなにもカッコいいのに……」

「これが初モノだったら、百万円はくだらないんだぞ、これを売って得た資金で更にカッコいい武器を買えばいいじゃないか」

「まぁ、そうだけど……」

「とにかく、換金所に向かうぞ」



 換金所は、タウンエリア第七地区の中央にあった。ここはシケイダの経済の中心地である。周りにはそれ相応の高層ビルが並んでいて、空中にはアイテムの買取額がホログラムで列挙されている。

 俺はパイルバンカーを取り出し、それを換金代に置いた。ここにアイテムを置くと値段が表示されて、売却を選択するとアイテムショップに並ぶ。

 それ以外にも、アイテムは個人間でやり取りしたり、オークション形式で売ることもできる。

 さぁて、幾らになったかな。初モノなんだ、百万はくだらないだろう。やはり、初回ドロップアイテムにそんなプレミアが付くのは俺には理解できないが、蒐集家からしたらそれだけの価値が初モノにはあるのだろう。

「ーーーーッ!」

 俺は言葉を失った。

「なになに、値段が高すぎたの?」

「見えないです、いくらしたんですか?」

 ミニガンとアキュラシーが俺の背中越しに値段が表示されるディスプレイを覗き込む。

「「ーーーーッ!」」

 二人も言葉を失ったようだ。

 俺たちが言葉を失った理由は単純明快だ。安いのだ。パイルバンカーの売却額、わずか一万円。一万円だぞ。

「なによこれ」

「苦労して獲得したのに」

 値段が安い理由はすぐわかった。

 このパイルバンカーは初モノじゃなかった。

 アイテムショップには既に四つほどパイルバンカーが売りに出されており、そのうち、初モノと思われる物はかなりの高額で売られている。

 初モノ以外は全て一万円ほどだった。どうやら、初回ドロップ以外に価値はないようだ。値段の安さにはこのアイテムの性能も関係しているのだろう。

 存在するかも怪しいレベル七の装甲しか貫けないと言う、つかいどころどこ? な武器だ。こんなもの、買おうと思う物好きは、後ろで口をあんぐり開けている、ロマン武器大好き女だけだろう。

 全てが遅かったようだ。

「ねぇ、それ売るの?」

「ああ、一万円でもコツコツ貯めていけばーー」

「だめだよ。それは私たちが初めてパーティーで手に入れたアイテムなんだから、売っちゃヤダ」

 ミニガンは懇願する。

「分かった、そこまで言うなら売らないよ」

「やったー!」

 ミニガンははしゃぐ、忙しい奴だ。

「それじゃ、このパイルバンカーはパーティー共有ストレージに保管しましょう」

 パーティー共有ストレージとは、月額八百円払うことで使うことができるストレージのこと。その特徴はパーティーメンバー全てがそのストレージ内のアイテムを自由に出し入れできる点だ。

「私も八百円払うんですか?」

 アキュラシーが言う。そもそも、アキュラシーは捕虜として、ここまで連れ回しただけだ。

「そうよ、嫌?」

「嫌ですよ! 私はパーティーに入るなんて言ってないんですから」

「そう、じゃあ、またね、キュラちゃん」

「そんなあっさり! もうちょっと誘ってください」

「やっぱり入るのね」

「……ええ、仕方がないので、この最強スナイパーの私がパーティーに入ってあげます」

「じゃあ、決まりね。私と、ベレッタとキュラちゃん、三人で最強ロマンパーティーの結成よ!」

 そんな訳で、パーティーが結成された。


15


 新ボスを倒してから、数ヶ月が経った。

 外の世界は随分と肌寒くなって、布団から出たくなくなる日々が続いている。ただでさえ仕事がダルいのに、布団にいたい欲も振り払って出社するのは大変だ。

 だが、シケイダの世界は変わらない。悲惨だが美しい荒廃世界が続いている。

 この数ヶ月間、俺とミニガンとアキュラシーはパーティーとして一緒にゲームをしていた。

 ミッションをこなしたり、狩りにいったり、定期開催イベントにも出たりした。相変わらずポンコツだが、俺は三千万のためにゲームを続けている。

 そんな訳で、今日も今日とてログインした。

 現在は平日の午前中、いつもの俺なら汗水垂らして労働に勤しんでいる時間だが、今日は会社が休みになった。

 曰く、会社の役員が自殺したようだ。このご時世じゃよくあることだ。役員に上り詰めても、現実に絶望して死を選ぶ者は少なくない。

 不謹慎だが、ソイツのおかげで俺は休むことができるので、利益追及至上主義の役員連中らに感謝しないとな。

 学校や会社に行っている時間だからか、第七地区はいつもより閑散としていた。

 ミニガンやアキュラシーも学校に登校してる時間帯だろう。そう思い、UIを操作、フレンドの欄を見るとアキュラシーがログインしていた。

 アイツ、中学生のくせに何してんだ。

 アキュラシーは中学生だ。なぜか、自身がビキニを着た写真を送ってきた。髪と瞳は黒だったが、それ以外はゲームのアバターと変わらなかった。

 それにしても、なぜビキニを着た写真を俺に送ってきたか、なぜ冬にビキニなのか、謎だ。

 アキュラシーは未だに謎が多い、新ボスを倒した時の烈火の如く活躍。あれは一体なんなのだろうか?

 俺はパーティーチャット機能をオンにする。

「おい、アキュラシー、学校サボってんのか?」

『わわぁ、お兄さん。お、お兄さんこそ、会社サボってるんですか?』

「いいや、俺のとこは臨時休業だ。お前の学校は創立記念日か何かか?」

『ま、まぁ、そんなところです』

「そうか」

 少し沈黙があって。

『……お兄さん、私とミッションをしませんか』

「ああ、別にいいが、内容は?」

『運搬ミッションです。私たちなら余裕だと思います』

「分かった、じゃあ、酒場の付近で落ち合おう」

『了解しました!』



 辺り一面を囲うのは廃墟の建物。

 その間を埃ぽい風がスーッと吹き抜けていき肌寒い。

 上空は曇天で、廃墟も薄暗い。荒廃した灰色の世界が永遠と続いている。

 俺とアキュラシーは放棄された高速道の上を進む、近くには錆だらけでフレームしか残らない車だったモノが転がっていた。

「その生物兵器、間違っても落とすんじゃないぞ」

 俺は後ろをついてくるアキュラシーに向かい言った。

 先ほど言っていた運搬ミッションとは、試験管に入った生物兵器を、この廃墟都市の奥にある建物に運ぶというものだ。

 ただ運ぶだけの簡単なミッション、気をつけるべき点は二点ある。一つ目は運んでいる生物兵器を落とさないこと、これを落とすと中に入ったよく分からない毒が広がり、近くにいたものを死にいたらしめる。

 二つ目は、運搬中を狙う敵に気をつけることだ。それにさえ気をつけて、危機を回避できれば、物を運ぶだけの簡単なミッションだ。

「分かってますよ。お兄さんこそ、私の足を引っ張らないでください、今日はミニガンがいないのですから」

 そういえば、今日は騒がしいヤツがいないな。アキュラシーと二人でミッションをこなすのは初めてか。

 そんなことを思い、俺たちは廃墟都市を進んで行った。



 息が切れる。精神が疲弊し、肺胞が酸素を渇望し、筋肉に力が入らない。有り体に言えばとても疲れていた。

 その理由は主にアキュラシーのせいだ。

 地雷を踏んだり、瓦礫の下敷きになりそうになったり、滅多に出会わないNPCテロリストたちに追いかけ回されたり、生物兵器を落としそうになったり、その度に俺の心労は積み重なって、今や表面張力を起こしている。

 簡単なミッションのはずなのに、アキュラシーのせいでダメージを喰らいまくって仕方ない、持ち込んだ回復アイテムはほとんど尽きていた。

「こんなに運が悪いのは、日頃の行いのせいじゃないのか?」

 そういうと、アキュラシーは珍しく傲慢な態度を取らずに呟いた。

「……学校休んだのがいけないのかな」

「お前、学校は創立記念日だと言ってたじゃないか?」

「違います……私は学校を休みました。今日だけじゃなく、もうずっと」

 所謂、不登校ってやつか。俺はなんとなく力になりたいと思った。それはキュラが仲間からだとかではなく、キュラが社会人になった時の日本のGDPを憂いたからだ。

 コイツが穀潰しのままじゃ、わずかばかり日本の損失だからな。俺の年金が払われないとかになったら困る。

「なぜ、学校を休んでいるんだ?」

「なんで、そんなこと、お兄さんに言わなきゃならないんですか?」

「まぁ、パーティーメンバーのよしみってことでな」

「なんでって、そんなの学校が嫌いだからです。友達は私のこといじめるし、先生は私をジロジロ見てきて気持ち悪いです」

 なかなかにハードだ。

「でも、だったら、親とか、頼れる人にだな……」

「そんな人はいません! もう半年近く学校に行っていませんが、親は何も言ってきません」

「そうなのか、それは大変だな」

「ええ、現実の世界はうまくいかないことばかりでウンザリします。そんな世界にいたくはありません。それよりも、なりたい自分になれるシケイダの方が心地が良いです」

 確かに、俺も社会人じゃなければずっとシケイダにログインしているだろう。

「実は今使ってるこのアカウントは二代目なんです。一代目のアカウントに私は何百時間も費やしました、レベルもカンストして、対物ライフルもバシバシ当てていました」

 それは驚きだ。対物ライフルをたくさん当てるには、レベルのカンストはもちろん、多大な努力をしなくてはならない。

 アキュラシーはおそらく、何百時間どころか何千時間も費やしたことだろう。

「でも、強い人に遭遇して私はなんの手足も出せず、私はデスしてしまいました。アカウントがなくなったときは一週間ばかり泣いていました」

 それは凄い喪失感だろう。よく、死ぬほどの台パンをせずに済んだと思う。

 その時俺は一つの可能性を思い付いた。それはアキュラシーは本当はめちゃくちゃ強く、現に新ボスを倒した時のようなアキュラシーがデフォルトのアキュラシーで、今のポンコツは弱体化したアキュラシーなんじゃないかと。

 多分、コイツは自信がないんだ。だから、それゆえに、ポンコツアキュラシーに成り下がっているのかもしれないと。

「この世界はなりたい自分になれる世界、のはずなのに私はこの世界ですらなりたい自分にならない、私は拒絶されてるんです。世界に……」

「元気出せよ」

 俺はそれくらいしか言えなかった。

 悩みはてる若人にかける言葉を知っているほど、俺は経験を積んだ人間じゃない。だから、それくらいしか言えなかった。

「まぁ、お兄さんよりかは私の方がゲームは上手いですけどね!」

 おい、俺の同情を返せよ。

「私の過去を語ったんですから、お兄さんの過去も教えてください」

 俺は苦虫をダース単位で噛み潰した。思い出したくもない、頭によぎるだけで反吐が出る、過去の記憶は全て忌々しい。あんな記憶。

「話す時があれば、話してやるよ」


16

 その後も永遠と続く荒廃した都市を歩いていた。

 無論、俺は思い出したくない過去を蒸し返されて、心がムカムカしていた。

 アキュラシーは先ほどから話しかけてこない。変に気を遣っているのか、単に生物兵器を落とすまいと精神を集中させているのか、個人的には後者の方が好ましい。

 俺から先にプライベートなことを質問したとは言え、人には公言したり周知されたくない事実の一つや二つを抱えているものだ。

 たとえ、その内容に触れられなくとも、そういうものを抱えている、という事実すら、俺は誰にも把握されて欲しくはない。

 アキュラシーは俺の返答を不思議に思っているだろうか? もし、思っているのなら早急に忘れて欲しいところだ。

 俺は心の中でため息をついた。そして、前を見る。先ほどから変わらない、荒れ果てた都市。

 代わり映えのしない風景にうんざりして、俺はまた心の中でため息をついた。

 袖口に違和感を感じる、振り向くとキュラが服を引っ張っていた。

「どうした?」

「なんとなく、敵がいるような気がします」

 俺は聴覚に神経を集中させ、聞き耳をたてた、かすかに足音が聞こえる、一人だ。NPCのテロリストたちは複数人で行動するので、この足音はプレイヤーだ。

 こちらに近づいてきている。

「やはり、敵がいる」

「どうするんですか?」

「とにかく、遮蔽物に隠れよう」

 俺とアキュラシーは塹壕のようになっている土手へと身を隠した。

「これで、ひとまず安心だな」

「でも、手榴弾を入れられたらまずいです」

「ああ、何か対策を考えないとな」

 状況は芳しくなかった。おそらく、敵は俺たちの存在に気が付いている。不意打ちはできない。

 もし、相手が手練れなら俺のM9拳銃で太刀打ちできるか? 戦うにしても、相手の居場所が分からないと対応のしようがない。

 俺は再び耳を澄ます。

 さっきよりも、足音は近づいていた。十五メートルというところか、ここは遮蔽物が多いから、射線は通っていないはずだ。

 足音は近づいてくる。……コツ……コツと軍靴がアスファルトを歩く音が聞こえて来る。十メートル。

 俺は足音のする方にM9拳銃を向けて、待ち伏せた。途端に足音は加速する、ッダと地面を蹴り近づいてきている。

 五メートル、三メートル、二メートル。

「敵が近づいてきています」

「大丈夫だ。遮蔽物がある」

 ーーDOON!

 遮蔽物を粉砕して現れたのは、大男だった。

「獲物、はっけーん!」

 大男はそう言い、ナイフを振りかざす。狙いはキュラか!

 俺はアキュラシーを庇うよう飛び出し、ナイフの斬撃を喰らう。ダメージが減ってく感覚がした。

「アキュラシー、撤退しろ、コイツは俺が相手にする」

 キュラは無言で頷き、去っていった。

「ッチ、騎士様かよ」

 大男は下卑た声で言う。

 俺は振り向き、トリガーを引いた。しかし、男は筋肉質な見た目からは想像できないほど軽やかな身のこなしで、銃弾を避けた。

「お前、ナイファーだな」

 数メートル先の男に向かって言う。

 ナイファー、ナイフを使い特攻するプレイヤーのことをそう言う。その特性は、ナイフしか装備しないことによる装備の安さと、重たい銃を使わないことによる素早い移動だ。

 シケイダはデスするとアカウントは消滅する。その性質上、接近戦しかできないナイファーは普通のプレイヤーに比べて不利であり、ナイファープレイをする奴は少ないのだが、こんな遊び方をしている以上、あの男は変態だ。

 それに、あの身のこなし、おそらく、何人ものプレイヤーをキルしてきたはずだ。

「そう言うお前は、あの幼女の騎士様だ」

「騎士じゃない、お前のナイフはアイツの頭を狙っていた、攻撃されたらアイツはデスしていただろう。だが、俺が庇ったおかげでアイツはデスしなかった。数的有利を鑑みればアイツを守るのは当たり前だろう?」

「あぁあ、数的有利、ねぇ」

 男は手持ち無沙汰に手に持つナイフを弄んでいる。

 ナイフというよりかはマチェテ(山刀)だな。刃渡りは三十センチはあるだろう。ヤイバは黒ずんで、かなり使い込まれている様子だ。

 俺は固唾を飲み込み、M9拳銃を構える。

 廃墟都市に、一陣の風が吹く。それと同時に大男は地面を蹴り上げた。

 ギュンと一瞬で俺の間合いに踏み込んで、マチェテを振り上げる。俺はほとんど条件反射で引き金を引いた。

 ーーBAN!

 銃弾はマチェテのヤイバに当たって、斬撃を掻い潜る。

「運のいい奴だっ」

 男はそう言って、下からマチェテを切り上げる。俺は跳躍してそれを躱し、距離が開く。

 凄いスピードだ、それだけでなくパワーも兼ね備えている。しかし、倒す方法はある、アイツの詰めてくる一瞬、そこを銃で狙うんだ。

「いくぞ!」

 ギュンと男は俺の方へ接近。だが、同じ技が二度通ずると思うな。俺は男に照準を合わし、銃を撃った。

 ーーBAN! KAKKIN!

 なに、接近しながら、銃弾をマチェテで斬り伏せた!? ダメだ、避けられない。

 ーーGAN!

 俺はマチェテを拳銃で受け止める。凄い力だ、押し返せるか? 男は力を込めて言う。

「どうだ、はえーだろう?」

「……そうだな」

「どうだ、ツェーだろう?」

「……ああ」

「お前は負ける」

「それはどうかな?」

「そろそろだ」

 なにが、そろそろなんだ。援軍でも呼んでいるのか?

「何がだ?」

 俺が言うと同時に、体に力が入らなくなった。マチェテが俺の肩に当たる。なぜだ、なぜ、力が入らない。

「毒だよ、毒。俺の愛刀にはな、毒が塗ってあんだ」

 あのヤイバの黒ずみ、あれは使い古されたからではなく、毒が塗ってあったのか。アキュラシーを庇った時、毒は水面下で俺の体を蝕み始めていたのか。

「言っただろう、お前は負ける。早くその銃どかして楽になんなよ」

「……ダメだ」

 体が寒い、これも毒の影響か? ダメだ、マチェテが肩にめり込んでいく。このままじゃ、やられる。

「これで終わりだ」

 ーーZOBABABABABABABABABA!

 男は突然放たれた銃弾を避けるべく俺から離れた。

「お兄さん! NPCを呼んできました、一時撤退を!」

 アキュラシーが物陰から叫ぶ。

「ッチ、本当に運がいい奴だ」

 俺はNPCの銃弾をなんとか避けつつ、アキュラシーのいる物陰まで撤退した。ナイファーの男も堪らず逃げ出したようだ。

「大丈夫ですか?」

 俺はアキュラシーの肩を借りながら。

「ああ、大丈夫だ」

「休みます?」

「いや、この場所から離れよう」

「分かりました」



 俺たちが逃げ込んだのは昔はホテルであっただろう廃墟のエントランス。

 埃まみれのソファーに俺は座り、異様に高い天井を見上げた。

 先ほどから視界がグニャッと歪んでいる。

 体温も異常に低く感じて、身震いが止まらない。

 体に力が入らない。立って歩くのだって精一杯なほどに。

 毒の威力は絶大なものだった。

 俺は解毒しようとUIのストレージを開くが、持ち込んだ回復アイテムはほとんど使い果たしていた。

 さぁ、どうしようか? 俺は天井を見上げて考える。いい方法が思い浮かばない。

 毒のせいか頭が空転してるように感じる。心なしか頭痛もしてきた。これはまずいな。

「大丈夫ですか?」

 声が頭に響く。アキュラシーの方を見ると、眉間に皺を寄せて俺をみていた。

「何か欲しいものとかあります?」

「解毒剤が欲しいが」

「持っていませんね。私のせいでもう使ってしまいました」

 やはりか。俺はまた天井を見上げた。たちまち、俺の視界が踊り出す、ゆがんで、ひずんで、踊り出す。

 体力は減っていないので、麻痺系の毒だが、効果時間が長いようだ。おそらく、解毒剤を飲まない限り、毒状態からは回復しないだろう。

 これでは、あのナイファーと戦うのは厳しい。アキュラシーが対物ライフルを当てられればともかく、期待するのは流石に可能性に縋りすぎている。

 途端に柔らかい感触に包まれた。見下ろすと、アキュラシーが俺の上に乗っかって、抱きついていた。

「何してるんだ?」

「寒そうだったので」

 アキュラシーは平然と答える。

「ゲームなんだから、体温の概念はないだろう」

 俺がそう言うと、一拍おいてから。

「そ、そ、そ、それくらい知っていますぉ?」

「そうか、そうか」

「お兄さん、私に抱きつかれてビックリしたでしょ?」

「ああ、ビックリしたさ、その貧弱な胸に」

「失礼な、お兄さん。変態さんですね!」

 そう言って、アキュラシーは俺の胸に顔をうずこめた。わずかだが、暖かく感じた。心が暖かくなったのかな。

 そう言えば、なぜ、アキュラシーは俺にビキニの写真なんぞ、送ってきたのだろうか? いくら、ゲーム内でパーティーを組んでるからって、おいそれと自分のリアルの、それもビキニなんて着ている写真、送らないだろう。

「アキュラシー、一つ聞きたいことがあるんだが、なぜ、お前は俺にビキニの写真を送ってきた?」

「見てくれたんですね。どうでした?」

「……まぁ、予想通りって感じ?」

「なんですか、予想通りって。私の胸の話をしてるんですか?」

「まぁ、まぁ」

「まぁ、良いです。理由は他に送る相手がいなかっただけです。だから、仕方なく、お兄さんに写真を送ってあげたんです」

 仕方なく送るくらいなら、最初から送らなければ良いのでは?

「服を整理していたら水着がでてきて、着てみて写真も撮って、誰かに送りたくなったんですけど、私の友達はベレッタとミニガンだけですから」

「そうか」

「水着、可愛かったでしょ?」

「そうだな。可愛かった」

「ひぇ、幼女に対して可愛いとか、お兄さんロリコン?」

「うっるさいな」

 キュラと俺は笑った。

 友達が少ないとは言え、アキュラシーは俺のことを信頼している。だから、あの写真を送ってきたのか。

「よし、もう大丈夫だ」

 立ち上がる。

「いいんですか?」

「ああ、いつまでもこうしてるわけにはいかないからな、さっさとミッションを終えて帰ろう」

「分かりました」

「それに良い作戦も思いついた」


17

「ナイファー! 出てこい!」

 俺は喉が壊れそうなほど叫んでいた。声が空虚なビル群に響く。

 毒は未だに回復しない、それどころか、麻痺は裂傷部にとどまらず、足や腕にまでまわっていた。

 立つことができないので、俺は道の真ん中に座った状態で叫んでいた。あのナイファーは俺の声に気がつくことだろう。

 運搬ミッションをこなす上で、あのナイフ男とは百パーセントかち合うことになる。アイツはきっと、待ち伏せでプレイヤーキルを行う奴だろうから、一度ツバをつけたやつを見逃すはずがない。

 昔は俺も待ち伏せキルをしていたから分かる。

 その上で、真正面からやりあっても、ナイフ男が勝つだろう。なにせ、こちらは麻痺で動けない男と、弾を当てられない幼女だ。

 しかし、こちらのテリトリーに誘い込んで、こちらが待ち伏せをすればまだ勝機はある。

 そして、俺は囮だ。作戦は、俺を殺しに来たナイファーをアキュラシーが対物ライフルで倒すと言うものだ。

 昔なら、こんな作戦絶対立てない、なぜなら、アキュラシーのエイムは絶望的だからな。しかし、アイツは俺を信用している、だからとは言わないが、俺もアイツを信用することにした。

 アキュラシーは弾を当てられないわけじゃない、正確に言えば、自身の自信のなさ故、実力を発揮できていないだけなのだ。

 その実力が発揮されれば、百戦錬磨の活躍をするのは、新ボス戦で証明されている。俺はその可能性に賭けることにした。

 ナイファーはあのマチェテで俺を殺す、それには近づかなくてはならない。俺のいる道路の真ん中は見晴らしがいい、近づく場合、どこからでも射線が通りまくっている。絶好のスナイプポイントというわけだ。

 そんなところに、相手がおめおめやってくるかは少し疑問だが、俺の予想では恐らくくる。

 相手は待ち伏せで何人もキルしているプレイヤーキラーだ、相手は油断している、しかも、さっきいっぱい食わせた奴が殺してくれと言わんばかりに待っているのだ。近寄らない訳がない。

 その油断を突くんだ。

 不確定要素が多いが、これが勝つための最善策だと俺は考えた。

「アキュラシー、準備はいいか?」

『はい、お兄さんの言われたビルの狙撃ポイントに移動しました』

「よし、相手が来るのを待て」

『…………』

「大丈夫か?」

『はい、大丈夫です』

 俺は再び、ナイファーを挑発した。

「早く来い、聞こえているのだろう?」

「呼んだかぁ、かぁ、かぁ……」

 ナイフ男の声が廃墟に響き、反響する。おでましか。

「ああ、呼んだぜ、俺と戦え」

「何度やっても、同じだぞ、ぞぉ」

 反響から考えて、まだまだ距離が離れているだろう。俺は声を潜めて。

「アキュラシー、敵は見えるか?」

『いいえ、見えませ……あ、いました、前方三十メートルくらいのところにナイフ男が歩いています」

 こちらでも視認した。男の手にはやはり、マチェテが握られている。

「出来るだけ引きつけて撃つんだ。狙撃で大切なのは、気付かれてない上での一撃だ」

『…………』

「何を考えているか、分からないが、俺はツェーぞ」

 こちらに近づいてくる。二十メートル……ナイフ男の間合いに入れば、地面を蹴って一気に詰められて切られる。肝を冷やしたくないので、キュラには出来るだけ早めに狙撃して欲しい。

 ーーZUDON!

「うおぉ」

 アキュラシーが放った弾丸はナイフ男の近くの地面に着弾。男は身を転がしてスクラップの山に隠れた。

 クソ、外したか。これで、相手にもこちらの手の内は分かってしまったか。

「なるほど、あの幼女に狙撃させるのか、そして、お前はその餌か」

「ああ、その通りだ。それで、お前はどうする? 俺という餌がありながら、尻尾巻いて逃げるのか?」

 俺は男を挑発するようなことを、心掛けていった。相手が怖気付いて、待ち伏せに徹されたらこちらに勝機はない。

 アイツをここまで誘き出して、更に、アキュラシーの弾が当たるまで、アイツの息の根が止まるまでここにいさせないといけない。

 ーーZUDON!

 スクラップに着弾、鉄屑が飛び散る。

「こそこそ隠れてないで俺を殺してみろよ、ほら、早く」

「待ってろよ、今、殺してやる。お前のことをバラバラにしてやる」

 男は物陰から飛び出して、一瞬のうちに俺の方に近いゴミ山に身を潜めた。

「その次に、あの幼女だ。毒で衰弱させて、楽しんでから殺すことにしよう」

 そう言って、男はまた俺に近い物陰に移動する。

 ーーZUDON!

 アキュラシーが撃つが、そこには誰もいなかった。

「どうやら、お前のスナイパーは銃を撃つのが苦手なようだな?」

「今のは警告だよ、次はお前の身体を貫くだろうよ!」

 ーーZUDON!

「ッハハハ! どこに撃ってんだ? コイツは警戒しなくとも良さそうだなぁ?」

 男は物陰から出てきて、ゆっくりと歩いてくる。

 ーーZUDON!

「当たらないな」

 ーーZUDON!

「ほら、悔しければ当ててみろよ」

 ーーZUDON!

「これだけ撃って当たらないとは、もはや才能だなぁ?」

 ダメなのか、やはり、アキュラシーは弾を当てられないのか? そんなことを考えてるうちにも、男は近づいてくる。

 いよいよ、弾も撃たれなくなり。男は俺の眼前に現れ、マチェテを振り上げた。

「残念だったなぁ、悪くない作戦だが、狙撃手が悪かった」

 やはり、この男の言う通り、アキュラシーは銃を当てられない、ポンコツ中のポンコツ、ポンコツの化身なのか?

 俺はアイツを信じたため、デスするのか? そんなのはごめん被りたい。たすかるには、アイツを信用する以外道はない。

「アキュラシー! 当てろー!」

「そんなこと叫んでも、無駄だ!」

 男はマチェテを振り下げる。

「了解です!」

 了承の声とともに、男と俺の間にアキュラシーが滑り込んでくる。

「この距離なら、狙わなくとも」

「なぁにぃ……」

 ーーZUDON!

 アキュラシーの放った弾丸は、男の身体を貫いた。

「ックソオオォォォ! まだだぁぁぁぁ!」

 男は執念とも言うべき、恐ろしい形相でマチェテを掲げる。対物ライフルを喰らい、半身が付近飛んだというのに、耐えるとは驚くべき耐久力だ。

「アキュラシー、次弾を」

 ーーCACHI……

「弾切れです!」

 へ?

 黒いヤイバが迫る。ダメだ、体が麻痺して動けない、アキュラシーも恐怖で動けないようだ。

 負ける!

 ーーGONE

 男は傀儡師のいなくなったマリオネットのように、力なくその場に倒れた。見上げると、ミニガンが立っていた。

 どうやら、ミニガンがガトリングガンでぶん殴ったようだった。

「キュラちゃん、大丈夫?」

 ミニガンは笑顔でそう言う。

 まったく、肝が冷えた。



 その後、俺はミニガンの持ってきた回復アイテムで解毒し、無事に生物兵器を納品することに成功した。

 報酬としてパーティーメンバーが敵に与えたダメージが可視化するゴーグルを手に入れた。

 俺たちはタウンエリアまで帰還し、今はガンスミスの店にいる。アキュラシーがライフルのアタッチメントを購入したいと言ったからだ。

「しかし、あのナイフ男強かったな」

 俺はアタッチメントの入っている箱を漁りながら言うと、キュラが胸を張って。

「そうでもないですよ、お兄さんがザコザコなだけで、私とCQCすれば、私が勝ちました」

「それにしても、キュラちゃんを狙うのは許せないわ!」

 ミニガンが憤然と言うと、店主が話に入ってきた。

「ナイフ男って、マチェテに毒を塗った奴か?」

「ああ、そうだ。何か知ってるのか」

 俺が質問すると、店主は顎髭を撫でながら答えた。

「アイツはな、シェルという勢力を拡大しているクランの一員なんだ。なんでも、シェルってやつはPKからアイテムの買い占めとマナーの悪いプレイヤーでな、討伐隊が編成されているが、その全てを返り討ちにしている野郎だ」

「まったく、PKや買い占めなんて、ゲームは楽しくするものなのにね!」

 迷惑プレイヤー筆頭のお前が言うな。しかし、シェルか。

 俺だってバイクと課金アイテムを失って、やっと逃げられた討伐隊を返り討ちにするとは凄まじい実力だ。

 シェル、今後の敵になるかもしれない、覚えておこう。

「ねぇねぇ、お兄さん」

 キュラが俺を見上げて、袖口を引っ張った。

「どうした?」

「ライフルのアタッチメント、一緒に選んでください」

「それなら、ガンスミスに……」

 俺はいいながら店主の方を見ると、ミニガンとロマン武器談義に花を咲かせていた。

「分かった。どう言う武器にカスタムしたいんだ?」

「えーっとですね。とにかく、安定して当てられるようにしたいです」

「そうなると、スコープやグリップを買うべきだな」

 俺は少し考えて、スコープの棚を眺めた。

「俺のおすすめは、TR-X 1.25-4×24 IR CQBか、ZOD 1-4×20だ。グリップは好みでゴムを巻くと良いだろう」

 アキュラシーは「おー」と感嘆の声を漏らしつつ、棚を興味深げに眺めている。しばらく眺めてから、キュラはポツリと呟くように言った。

「これらを買って、私はライフルを当てられるでしょうか?」

「……色々あったが、お前はライフルを当てた、それは誇っていい」

 言うと、アキュラシーは顔を耳まで赤面させて訊いてくる。

「な、何ですか? 褒めてるんですか?」

「ああ、そうだ。これで、お前はなりたい自分に一歩近づいた訳だ。ゲームは楽しいだろう?」

 俺はキュラの頭に手を乗せ、撫でてやった。

「それは、もちろん楽しいです!」

 アキュラシーは屈託のない笑顔でそう答える。その笑顔はスクショしたいくらい、清々しい笑顔だった。

「ま、俺の方がライフル当てんの上手いけどな」

「はぁー? クソザコお兄さんより私の方が絶対強いです!」

 俺たちは顔を見合って笑った。狭い店内に笑い声がこだまする。


18

 俺は駅前広場に立っていた。

 今日はクリスマスということもあってか、駅前のモニュメントはイルミネーションで飾られ、その周りを多くの恋人たちが囲んでいる。

 時刻は午後七時過ぎ、空には曇天が広がり、非常に寒い。ああ、家に帰ってゲームがしたい、シケイダは寒くもなければ、劣情を駆り立てるカップル共もいないからな。

 俺はかじかむ手に息を当てて温める。

 なぜ、俺が柄にもなくこんなところに立っているかというと、それはステアーがオフ会を開こうと持ちかけてきたからだ、しかも、一対一の。

 ここで疑問が生じる。ステアーとは荒野でモンスターを倒したきり会っていない。そんな彼女からとつぜん、オフ会を開こうなぞ言われるなど、謎というしかない。

 理由を聞くものの、彼女は特に有益な返答はよこさなかった、ただ、会いたいの一点張りだった。

 俺も、理由を聞くのはやぶさかではないと思ったので、それ以上の追求はしなかった。しかし、邪推が捗る。

 ステアーがクリスマスに男を呼ぶ。ほのかな期待が脳裏をよぎった。いかん、いかん。

 こんなことを考えてしまうのも、全てミニガンやアキュラシーのせいだ。俺がクリスマスの日は用事ができてゲームができないと言うと、烈火の如く茶化された。

 しかし、少しばかりドキドキする。俺は駅前広場のベンチでイチャつくカップルを眺めながら、ステアーを待っていた。

「お待たせしました」

 鈴のような声がする。振り向くと、ステアーそっくりな女性がいた。違いと言えば、髪色がピンクではなく黒であることと、AUGを持っていないことくらいだ。

「私がステアーです。あなたがベレッタさんですか?」

「ああ、そうだ」

「私のイメージ通りの人でした」

「そうか、ちなみにイメージというのは?」

「荒野のインキャスナイパーです」

「あ……そう」

「さて、行きましょうか?」

「行くって、どこに行くんだ?」

「そ、れ、は、みなまで言わせないで下さいよぉ」

 そう言って、俺はステアーに手を引っ張られ、夜の街へと誘われた。



 連れてこられたのは、雰囲気の良いバーであった。店内は芳醇な酒の匂いが漂い、優雅に泳ぐクラゲが入った水槽が中央に置かれている。

 俺たちはカウンターに座り、なにやら、名前の長いカクテルを渡された。

 鮮やかなオレンジ色の液体を一口飲んでみると、爽やかな匂いが鼻を通り抜け、オレンジの酸味と甘味が口に広がりとにかくうまい。

 シケイダで飲む酒とは大きく違う、リアルを感じる味であった。

「美味しいですね」

 ステアーも隣で酒を飲んでいる。

 こう見ると、ステアーの格好はなかなかに妖艶だ。ボディーラインに密着したワンピースから伸びる四肢は白く、艶やかで色気がある。

 寒さか、アルコールかの影響で彼女は少し頬を紅潮させ、愛らしい。そんな彼女が、なぜ、俺とオフ会を開くのか、謎でしかない。

 やはり、クリスマスだし、そう言うことがあるのだろうか?

「そろそろ、本題に入ろう、君はなぜ俺を誘ったんだ?」

「それは、恋人の話です」

 っあ! 恋人、いるのか……

「最近、私の彼氏の様子がおかしいんです。だから、そのことについて相談したくて」

「でも、なぜ、俺なんだ?」

「知らない人の方が話せることだってあるんです」

「そうか、まぁ、力になれるかどうは分からんが話してみてくれ」

 そんなわけで、俺はピスタチオをポリポリしながら、彼女の悩みを聞いた。

 曰く、ステアーと彼氏との出会いはお見合いだった、ステアーはいいところのお嬢さんらしく、親の勧めでお見合いを受けさせられたのだと。

 彼女は見合い相手なんて惚れる訳ないと思っていたのだが、そこに現れた男に一目惚れしたらしい。

 曰く、彼氏は俺と同じくらいだと言うのに会社の役員にまで上り詰めていて、気遣いもできて、イケメンで、完璧な彼氏だとのことだ。二人は付き合うようになった。

 最初は良い感じに交遊していたのだが、ステアーがその彼氏にシケイダを勧めたら、その彼氏はシケイダにずっと潜るようになり、最近じゃ、ピリピリしてかまってくれないらしい。

 彼氏はきっと、シケイダの沼にどっぷり浸かったようだな。

 そんなことをステアーは酒を浴びるように飲みながら教えてくれた。相当、ストレスが溜まっているのか?

 彼女は完全に酔いつぶれて、支えがなければ倒れてしまいそうなほど、フニャフニャになっている。

「だ〜か〜ら〜、アタシは困っているんですよぉ、どう思います? ベレッタさぁ〜ん」

「あ、ああ、酷いと思うなぁー」

 さっきから、会ったばかりだと言うのにボディータッチが激しい、そうだと思うとパァーと明るく笑ったり、ドンより暗く泣いたり、いきなり抱きついてきたり、俺は対応に困っていた。

「ち、ちょっと、ステアーさん、やめ」

「なんですか、荒野のインキャスナイパーの分際でぇ、私の言うことを聞きなさーい」

 めんどくさいスイッチが入っているな。

「ほぉら、ピスタチオ、食べさせてくださーい」

「なんでだよ、やりませんよ」

「歯向かうんですか、嫌です、私、ピスタチオ、食べたいです、食べたいです」

 駄々をこねる子供の如く、ステアーは頬を膨らまして抗議する。めんどくさいので、殻を取って口元に運んだ。

「あ〜ん」

 ステアーは俺の手ごと食いやがった。まったく、こんなになるまで酔うなんて、変な期待をしてオフ会など来なければよかった。

「おいひぃですっ!」

 そんな女神のような笑顔をしても、この屈辱はチャラにはならんぞ、断じてな!

 しばらくすると、ステアーは大人しくなっていった。段々と口数が減っていき、目がとろーんとしてきて、頬杖をつき、最終的に寝息を立てるようになった。

 確か、酔いつぶれたら、彼氏が来ると言っていた。というか、迎えにきてくれるなんて良い彼氏ではないか、俺が出る幕でもないだろう。

 彼女もきっと、日頃の鬱憤が爆発しただけで、若い頃にはよくあることだ、温かい目で許すべきさ。

 しかし、彼氏にこの状況をどう説明したものか、素直に事実を言って信じてもらえるか? 些か、不安だ。

 そんなことを考えていると、カランと鈴がなって店のドアが開いた。迎えの登場か。

 俺は店内に入ってくる人物に、息を呑んだ。

「……ッお前は!」



 俺は男と一緒にステアーを運び、男のポルシェに乗り込んだ。車中は無言で、男の車はタワーマンションの前で止まる。

 見上げると首が痛くなるくらい高く、立地も閑静で公園や住宅街が立ち並ぶが、少し歩けばスーパーやモールがあるいいところだ。

 俺のボロアパートの家賃の何倍なのだろうか? そんなことを考えてしまう。

「お前は、ちょっと待ってろ、彼女を部屋に寝かしてくる」

 そう言って、男はタワーマンションにステアーと一緒に消えていった。

 しばらく待つと、男が一人で降りてきた、手には缶ビールがある、男はフと息を吐くと、

「これでも飲みながら話でもしよう」

 俺はその言葉に反感を覚えた、ずいぶん前のことだが俺は忘れない、この男にされた仕打ちを。

「今更、話すことなんてない」

「そういうなって、こんな形だが久しぶりにあったんだ」

 俺は帰ろうとすると、男が肩に手をを回してくる。

「俺たち友達だろう?」

「それも昔の話だ」

「なぁ、少しだけ。彼女に付き合ってくれた今夜の礼もしたいしさ」

 そう言い男は近くの公園のベンチに俺を座らせた。ここで帰るのも寝覚が悪い、俺がコイツから逃げたみたいに感じる。

 俺はしぶしぶ、差し出された缶ビールを開けた。

「お前は今何してんだ?」

「訊くなよ、言わなくたって分かるだろう」

「予想はつくが、お前の口から聞きたい」

「あの会社にまだいる」

「あの会社じゃ、こき使われてんだろ、あの部長人使い荒いからな、ハゲのくせに」

「ああ、そうだな」

「お前が話したんだ、俺も話そう」

 だれも、お前の話なんて聞きたくない。

「俺は早期にお前の会社から本社への推薦を経て、今は役員をしている、仕事は大変だが、お陰でこのマンションに住んで彼女もいるのだから文句は言えないよ」

 男は自慢げに言う、ああ、やはりそうだったか、コイツはただ、自慢したかったんだ、俺に、自分の功績を。

「お前が本社への推薦を得たのは俺の手柄を横取りしたからだろう?」

 俺はコイツに裏切られた。二人で進めていた取引、それをコイツは自分の手柄にしたんだ。

 俺はそれまで、コイツを信じていた。幼少期、なにかと縁のあった俺らは競い合いながらも、友達として交遊していた。

 そんな俺らは同じ会社に進み、同じく出世していくことを互いに誓い合った。しかし、コイツはその約束を無下にして、俺を裏切った。

 俺はコイツと青春を共にしてきた。そんなコイツに裏切られた。俺は自分の青春が酷く薄っぺらいものに感じられた。

 そして、屈辱を感じた。今もそうだ。

「そんなこと言うなって、結果的にそうなっただけで、俺はお前に感謝してるんだ」

 なんと、白々しい。

「そうだ、今俺は良いサイドビジネスを計画してるんだ。これが成功すれば儲かる、どうかな、お前も一緒にしないか?」

「お前のことは信用しない」

「そうか、そうか、まぁ、概要だけでも語っておくとしよう」

 また、コイツは自慢話でもするのだろうか?

「シケイダ、知ってるだろう? 今流行ってるあのゲーム、あのゲームはゲーム内アイテムが仮想通貨に換金できるのが売りの一つなんだ」

 そんなことは知っている。

「それでだな、俺はシケイダの市場を独占しようと思うんだ。俺の財力が有れば成せる技だが、シケイダ内のアイテムを全て俺が買い占め、プレイヤー共に高く売りつけるんだ」

 なるほど、ステアーが言っていた彼氏がシケイダに篭ってピリピリしていると言うのはこう言うことだったのか、しかし、そんなことをしたらゲームが、シケイダが衰退するぞ。

 ゲーム内アイテムの値段が釣り上げられれば、それだけ、高い金を払うことになり既存プレイヤーはもっとハードルの低いゲームに移動するだろうし、新規参入も望めなくなる。

 ゲームの人気がなくなれば、シケイダの仮想通貨の価値も低くなり、シケイダはオワコンと化すだろう。

「バカなプレイヤーは俺のところからアイテムを買うことしかできない、これで儲けるんだ。お前には俺の用心棒を任せたい、昔からお前はゲームが得意だったろ? 最近、用心棒として雇っていた毒マチェーテ男が死んでな」

 あのナイファーを雇っていた、ということは、迷惑プレイヤーのシェルはコイツだったのか。

「断る、俺はシケイダに存在する三千万のアイテムを手に入れ起業するんだ、お前に市場を独占されては困る」

「ップ」

 男は吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。

「ワハハ、いや、すまん、お前はまだそんな幼稚なことをしているのか、三千万のアイテムなど手に入る訳ないだろう、ワハハ」

 俺は俺の夢をバカにされ虫唾が走った、この男のいけすかない顔を見てから虫唾は走っているが、今の一言で最高速度を叩き出した。

 我慢できずに、缶ビールを握りつぶす。

「お! 怒ったか? ま、無理はないよな、俺は上、お前は下、地べた這いつくばって、夢を見るしかないんだもんな」

 コイツの顔は非常に生き生きとしている。

「なぁ、儚いってどう書くか知ってるか? 人の夢と書いて儚いなんだ。お前の夢はまさしくそれだ」

 ムカつく、一発殴りたいところだ。

「ああ、そうだ。お前は怒ると唇の端をキュッとするんだ。悔しければ殴ってみろよ、ほらほら」

 俺は我慢できず、男の顔面目掛けて拳を振るう。男は殴打を受けて、ベンチから転げ落ちた。

 視界が赤い気がする、思い切り殴ったからか肩が少し痛い。

「久しぶりだな、お前に殴られるのは、昔はよく喧嘩をしたもんだなぁ」

「フン、ぶっ倒す」

「できるかな?」

 俺はよろけて立とうとする男に蹴りを入れようとするが、男は俺の足を掴んで、捻る。

 バランスを保てず、俺は地面に頭を強打。そのまま、男は馬乗りになり。

「お前はいつも詰めが甘いんだ」

 一発。重たい衝撃が俺を駆け抜ける。男は手を振り上げ、素早く振り下ろす、二発、また痛みが全身を巡った。

 三発、目の前がクラクラして、口内に鉄の味が広がる。四発、俺は諦めた、もがくことを。

 五発、そこまでは数えられたが、その先は考えるのをやめた。ただ、絶え間なく痛覚が仕事を続けるだけ。

 男はしばらく、俺を殴り続けたが、

「少し殴りすぎたか」

 手首を庇いながら、血だらけになった自分の手を見て言った。

「ダサいな、お前はそうやって、地面に這いつくばっているのが、お似合いだ。俺は上、お前は下、これは確定事項だ」

 そうだな、俺は下だ。ブラック企業に勤めて、友達にも裏切られて、ゲームをすればポンコツ達に振り回される始末だ。

「思い出したよ、俺とお前、昔から色んなことで勝負してきたが、お前がただの一度だって俺に勝ったことはない。一度もないんだ」

 ああ、そうだ。思い出したくなかった、何度も忘れたかった。でも、忘れられなかった、俺はコイツと何度も勝負をしてきた、テストの点、短距離走のタイム、ゲーム、喧嘩、しかし、俺が一度としてコイツに勝利したことがない。

 俺は生まれからずっと、負け組なんだ。勝ち組のコイツには勝てない。

「じゃあな、俺は彼女の元に戻る、手首が痛んで仕方ない」

 そう言って、男はスタスタとタワーマンションへと向かっていった。

 全身がジュクジュクと痛む。きっと、怪我が痛むんではない、もっと、手の届かないところが痛んでいるんだ。

 これでも、昔は仲が良かったんだ。

 俺の吐く息は白く、寒空に溶けていった。

19

 俺は赤く腫れた頬を庇いながらトボトボと帰路を歩いた。

 足取りは足枷がついたかの如く重く、全てを放棄して路上に寝っ転がりたい衝動に駆られる。

 まさか、ステアーの彼氏が俺の旧友だったとは、そして、アイツはシケイダの市場を独占しようとしているとは、誰が思おうか。

 俺はため息を虚空に放つ、白い息は寒空に霧散した。

 アイツはやると言ったことはやり遂げる奴だ。きっと、シケイダの市場もアイツが独り占めして、ゲームは廃れていくことだろう。

 高級タワーマンションに、王手会社の役員、良いところの彼女、アイツは全てを持ち合わせている、VRゲームのアイテムを買い占めるくらい、奴ならやってのける。

 さまざまな娯楽が溢れるこの現代において、VRゲームはまさに飽食するほどある、シケイダが廃れても新しいゲームが台頭してくるに違いない。

 そうなれば、シケイダの仮想通貨の値段は下がっていく、三千万のアイテムもゴミと化すだろう。

 相場が下がらないうちに俺は持ってるアイテムを売り払うべきだ。M9拳銃もグレネードもパイルバンカーも特別なゴーグルも、それらもそのうちゴミとなるのだからな。

 抗ったところで無駄さ、アイツのことだ。PKによる損害は一番避けるべきだから、マジノ線なみに防御を固めているはずだ。

 前回戦ったあのナイフ男も、アイツの配下だとのことだ。ナイフ男にも劣勢を強いられた俺が、アイツにどう勝てようか?

 どうせ勝てない。

 そのことは、幼少期からの経験と積み重ねが教えてくれた。俺は下、アイツが上、それがこの世の真理なのさ、理不尽なことにな。

 俺は電車に乗り込み、我が居城である、築三十年アパートへと戻り、シケイダにログインした。

「天下のJKを待たせるとは何事よ!」

「そうです、お兄さんのくせに生意気です」

 ミニガンとアキュラシーが話しかけてくる。頭には赤いサンタ帽が乗っかっていて、クリスマスイベントを存分に楽しんだようだ。

「突然だが、俺はシケイダを引退する、このパーティーも抜けるから、じゃ」

 そう言って、俺は換金所へと向かおうとするとアキュラシーが袖を掴んで止めてくる。

「いきなりどう言うことですか? 説明してください」

 上目遣いで聞いてくるキュラに対して、俺は答える。

「ああ、直ぐにこのゲームはオワコンになるんだ。俺はコンテンツの終焉を見たくはないね」

「どー言うことよ、IQ五でもわかるように説明しなさい」

「お前らには関係ない、とにかく、俺は急いでアイテムを売らなきゃいけないんだ」

 ーーGONE

 脳天に衝撃が走る。

 しかし、さっきの殴打よりかはいくらかマシだ、仮想の痛みなのだから。

「アンタはどうでもいいけど! パイルバンカーちゃんは売っちゃダメなんだからね!」

「ああいいよ、あのアイテムはお前らに譲る」

 そういうと、ミニガンは身震いさせ、ガトリングガンで体をさすった。

「どうしちゃったのよ、いつも金にがめついアンタが、譲るだなんて、鳥肌立っちゃったわ」

「いいんだ、もう、全部」

 そうだ、この世界はどうせゲーム、見上げる空も、頬を撫でる風も、俺の体も、M9拳銃もデータにすぎない。こんなものに熱くなっていたなんて、俺はバカなのかもしれないな。

 だから、もういいんだよ。

「よくないわよ、ちゃんと説明しなさい!」

 ミニガンは怒りと不機嫌が混ざった器用な顔を俺に近づけて訊いてくる。そんなに、迫力のある眼力で見つめられちゃ、説明するしかないだろう。

「ハァー、分かった。説明する」

 俺はことの顛末を全て話した。

 俺の旧友がシェルであること、シェルは自身の金儲けのためにシケイダを壊そうとしていること。

「それで、そのシェル? っていうアンタの友達がシケイダの市場を独占しようとしているのね?」

「ああ、そうだ。訂正するなら友達ではない」

「そんなことしたら、シケイダは終わってしまいます。運営に報告をした方がいいです」

 アキュラシーはそう提案するが、徒労だ。

「信じると思うか? 一プレイヤーの戯言として処理されるのがオチだ。それに、シケイダの運営は海外にあるから、対応は遅れるだろうな」

「じゃあさ、プレイヤーを募集して、シェルの討伐隊を作るってのはどう? いくら、防御がすごくっても、戦争は数だからね」

 ミニガンは脳筋じみた提案をするが、無駄だね。アイツは既にいくつもの討伐隊を返り討ちにしている、それに。

「俺たち、害悪プレイヤー三人衆の言うことなんて誰が信じるんだ? 鼻で笑われるのが目に見える」

「あの、私は害悪プレイヤーじゃないんですけど」

 小さく手を挙げ訂正するアキュラシーを無視して俺は、息を吐くように言った。

「とにかくだ。シェルは倒せない、時期にアイツがシケイダの市場を独占して、利益を上げることになるだろう、そしたら、このゲームは終わりだ」

「どうにかならないんですかね」

 アキュラシーは腕を組み、考え込む。

「無理だな」

 何をしても意味をなさない、それくらい、シェルは、アイツは強いんだ。

「多分、大丈夫よ」

 しかし、ミニガンは楽観的にそう言う。

「なぜ、そう言える、状況は完全にシェルが優位なんだ。彼我の戦力差を鑑みれば俺たちの敗北は必至だ」

 俺はそう言うが、ミニガンはいつもの何食わぬ顔で言葉を並べる。

「いいえ、なんとかなるわ、これまでだって、なんとなくでなんとかなってきたのよ、今回だってきっと、大丈夫よ」

 その時、ハッとした。

 勝つ可能性は、挑んだ時にしか生じない。

 今の俺は完全に負け組の思想だ。そうだ、戦わなくっちゃいけないんだ。アイツにばかり、美味しい思いをさせてやるもんか、アイツはこのシケイダの市場独占プロジェクトに多額の投資をしてるはず、それを俺たちがぶち壊せば、アイツにギャフンと言わせてやれる。

 ああ、そうだった。闘わなければ、小さい頃の俺は、いつもアイツに負けてばかりだったが逃げはしなかった。

 そうだ、闘わなければ。

「ミニガン、ありがとう」

「それほどでもあるわ!」

 このロマン武器女のおかげで俺の闘志はメラメラと燃え上がる。

「よし、お前ら、俺たちでシェルの思惑を阻止しよう!」

「そうです、ベレッタはそうでなければ」

「このガトリングが火を吹くわ!」

 アキュラシーとミニガンもやる気らしい。

「まずは、作戦を立てるぞ!」

「えー、めんどい」

「おい!」


 それから俺たちはシェルの戦力、所持アイテム、動向を探った。

 分かったことは、シェルは要塞を築いていた。僻地の荒野に仰々しい大きな要塞を築いていた。シケイダでは、素材をたくさん集めれば自分で建物を建てることができる。

 どうせ、金に物を言わせたんだ。シェルを討伐しようとしたプレイヤーの話によると、たくさんの罠が仕掛けられているらしく、一筋縄ではいかないだろう。

 警備には大量のAIbotを使っているらしく、装備も高額なアサルトライフルを持たせているらしい。botにすら五万円ほどのライフルを持たせているのだ。シェル本人の装備は一体いくらなのだろうか?

 シェルは基本、要塞に閉じ籠り、そこから指示を出しているので、シェル本人の装備を確認することはできなかった。

 本当なら、シェルの装備を確認してから、シェルと戦いたかったのだが、これ以上手をこまねいていると、アイツが市場を独占するかもしれないので、諦めることにした。

「そんな訳で一ヶ月、諜報活動に励んだがシェルについて、ほとんど詳細は分からなかった」

「どうしますか?」

「突っ込んでガトリング、ブッパよ!」

 俺たちはガンスミスの店で最後の作戦会議を開いていた。

「あの、私を盾にしてください」

 ステアーが言う。

 彼女もシケイダを愛するプレイヤーとして、シェルの思惑を止めるのに好意的で、連絡を取ったらこの作戦に参加してくれた。

「シェルと戦う時には有効かもしれないが、シェルの元へ行くまでは罠が仕掛けられている。罠に損得勘定はないからな」

「そうですか」

「それに肉壁はミニガンで間に合ってますよ」

「なによそれ!」

「とにかくだ。シェルは多額の資金を投じて、一人で軍隊並みの力を持っている、勝てる見込みは低いが、それでも……」

「それでも、やらなきゃですよ。お兄さんの友達なんて、きっとざこざこなはずです」

 アキュラシーは言い、ステアーも同調するように。

「そーですよ。あの人、靴下裏返しのままにしているので、ざこざこです」

「まぁ、各自臨機応変に対応すればなんとかなるだろう、じゃあ、行くか」

 俺が総括し、店を出ようとすると。

「おい、ちょっと待ってくれ」

 これまで、沈黙を貫いていたガンスミスが言う。

「どうしたんだ? お前も行くか?」

「いや、俺は生産職だ。ちょっと、ガトリングの姉ちゃんに用があるんだ」

「私?」

 店主はコクリと頷き、ミニガンにメッキルガーを差し出した。

「お前さん、俺のロマンを理解してくれる珍しい客だ。だからな、お前にこれを託そう」

「ほんとう? ありがとう!」

 ミニガンはメッキルガーを受け取ろうとするが、両手がガトリングガンのため受け取ることができない。

 店主がガトリングにメッキルガーのトリガーを引っ掛けようとするも、なかなかうまくいかない。

 ミニガンは困った顔をして。

「……や、やっぱりいいわ、わたしにはガトリングちゃんがいるもの」

 ガンスミスは困った顔をして。

「……そ、そうだな。お前さんにはもう相棒がいるもんな」

 二人は顔を見合って、ハハっと笑った。

「よし、まぁ、頑張ってシェルを倒してくれ!」

「ああ、ボコボコにしてやる」

「一応、わたしの彼氏なんでお手柔らかに」

「容赦しません!」

「蜂の巣よ!」

 俺たちは一致団結、意気込んでガンスミスの店を出た。


20

 まるでモノリスのようだった。

 黒々とした塊が荒野に聳え立っている。

 あまりの重々しさに、圧迫感に、威圧感に、息がしづらい。

「これがシェルの要塞」

 各部にはマウザーBK27機関砲やM777155mm榴弾砲などが設置されており終いにはレールガンまであった。

 侵入者に使うにはオーバースペックだろう、アレらは基本、戦闘機や戦車を落とすものだ。

 シェルはシケイダを詳しく知らないから、金に物を言わせて高い兵器ばかり買ったのだろう。それらの多くが対人用でないことを知らずに。

「あのおっきい銃、腕につけたいわ!」

「腕が吹っ飛びますよ」

「その前にアレに狙われた時点で体が吹っ飛ぶ」

 要塞に辿り着くまでは有刺鉄線や戦車、そして屈強なNPCが幾多にも配備され、厳重警戒している。アリ一匹入る隙はないだろう。

「どうするんですか? あんな大きな兵器、私たちの武装じゃ……」

 アキュラシーがへこたれた声でそう言うと、ステアーが溌剌と返した。

「私に任せてください!」

 彼女は胸を張って、凛々しく言う。

 自分の彼氏がシケイダを壊そうとしていることに罪悪感を感じているのかもしれない。だから、無理をしてそう言ってるのだろう。

 しかし、ステアーのアサルトライフルで、あの防御を突破するのは難しい。

「君だけには任せられない」

「大丈夫です、私を信頼してください」

 そんな笑顔で言われたら、頷くしかないだろう。きっと、彼女は命懸けで俺たちの進むべき活路を切り開いてくれるはずだ。

「分かった」

 そう言うと、彼女はひょこひょこと、身軽に移動して、一つの戦車(あれは一○式戦車)に近づき、ハッチを開けて中にグレネードを投げ入れた。

 ーーDON!

 爆発すると、ステアーは中に入る。爆発音で気がついた他の戦車や歩兵が、ステアーの乗る戦車へと近づき、射撃を始めた。

 ーーZOBABABABABABABABABA!

 しかし、ステアーの乗る戦車は動かない。それもそうだ、グレネードを放ったんだ。機関部は損傷しているはず。

 これでは袋のネズミ、やられるのも時間の問題だ。と思われたが、ステアーの乗る戦車は主砲を発射した。

 ーーDOKKKAN!

 放った砲弾は相手の戦車の弱点部に命中、轟音を上げ爆発した。空気の振動を感じる。

「やったわ!」

「すごいです!」

 ああ、確かにすごい、ステアーは戦車を駆り次々と歩兵を、戦車を、ミサイルを撃墜していく。その活躍は烈火の如くだ。

 だが、なぜ、ステアーは戦車を動かせたのだろう。普通なら壊れて動けないはずなのに……そうか、リペアツールを使ったのか。

 確か、リペアツールの値段はショップ価格で十万は下らないはずだが、そんな高価なアイテムを使うとは、彼女の覚悟が感じられる。

 しかし、この戦いに負ければ、そのアイテムも無価値となるのだから、ここで使わなきゃいつ使う、高価なアイテムはお守りじゃないんだ、使うときには使わなければ。

 そんなことを考えているうちに、ステアーは要塞を守る戦力を戦車一台で掃討した。ものすごい手腕だ。

 俺は彼女を甘く見ていたのかもしれない。



 要塞内部は静寂が支配していた。

 ただ、俺たちの足音だけが長い廊下に響いている。

 廊下は突き当たりが見えないほど長いのに、道幅は二人が並んで歩けるかどうかと言う狭さだった。

 廊下は緩やかな傾斜になっていて、光源は少なく薄暗い。四方をうちっぱなしのコンクリートに囲まれており、窮屈に思える。

 ここまで来る道に無駄な装飾はなく、感じさせる無機質感は、まるで意思を持たず敵を殲滅するキリングマシーンを彷彿とさせた。

「だが、罠は全然設置されてないな」

 俺が怪訝そうに言うと、アキュラシーも同調した。

「ええ、ここに潜入したプレイヤーの話ですと、罠が大量にあったとのことでしたが」

「きっと、罠なんてないのよ」

 ミニガンはあっけらかんとそう言うと、長い廊下を走り出す。

「ちょっと待って下さい」

 キュラがミニガンを止めるために走り出した。ステアーは呟くように。

「少しくらい、緊張感を持った方が」

 長い廊下にはミニガンとアキュラシーの走る音だけがこだましていた。

 ーーCACHI。

 嫌な音がした。

 ミニガンはぴたりと止まる。

「どうした?」

 俺が聞くと、ミニガンは青い顔で振り返りながら。

「何か踏んじゃった」

「ちょ、ミニガン、急に止まらないで」

 答えが返ってくるや否や、アキュラシーは突然止まることはできず、そのまま、ミニガンとぶつかった。

「罠だ!」

 俺が叫んだ頃には遅かった。

 背後からなにか、とてつもなく質量のあるものが、転がるようなそんな音がした。

 心胆が冷える、俺は無意識に額の脂汗を拭いながら、後ろを振り向く。そこには予想通り、道幅いっぱいに大きい鉄球がこちらに向かい転がってきていた。

「ヤーーーー!」

 叫ぶステアー、俺たちは全速力で走り出す。ミニガン達は既に俺の前で走っていた。

 ゴロゴロと鉄球が迫ってくる。

 明らかに俺たちより速度がでている。

 このままではあの鉄球に押し潰されてしまう。

 俺は最悪の想像を掻き消し、ひたすら走ることに集中する。

 ステアーも同じようで、一生懸命に走っていた。

「ちょ、なによこれ」

「わ、わぁ! 止まらないで」

 前からミニガン達の慌てる声が聞こえた。

「「キャーーーー!」」

 前方を見ると、俺の先を走っていたミニガン達はいない。

「どう言うことだ?」

 その疑問は少し走ると分かった。

「ッ落とし穴があります!」

 ステアーが驚愕とも落胆とも捉えられる声で叫んだ。アイツらは落とし穴に落下したのか。

 落とし穴、アレさえ飛び越えられれば、廊下は曲がっており、鉄球から逃れられる。

「飛ぶぞ」

「無理です、私、脚力にステータス振ってません」

「じゃあ、俺に掴まれ!」

 ステアーは俺の手を握った。

 しかし、人を持った状態で跳躍などしたことない、上手くいけるか?

 落とし穴に落ちた以上、ミニガン達は死んでいるだろう。俺も同じ末路を辿るのか?

 アイツらの死を無駄にしないためにも、飛ばなければ!

 落とし穴の淵ギリギリまで走り、俺は両足に渾身の力を込めて、地面を蹴り上げた。

 ーーBA!

 空中にいる時間が異様に長く感じた。スローモーションでもかかっているみたいに、緩慢と視界が動いていく。

 手汗、息切れ、頬を伝う汗、鮮明に把握できる。更には、鉄球が迫りつつある感覚、要塞の湿っぽいにおい、ステアーの鼓動の音までが感じられた。

 それは幻影だと、脳は言う。ここはVR、ゲームの中なんだ、作り出されるもの全ては幻影なんだ。

 それでも、空を飛んでいるかのような胸の高鳴りは確かな気持ちだ。こんなに素晴らしい気持ちにさせてくれるシケイダ、それを壊そうとするシェルは許せない。

 きっと、ステアーも同じ気持ちだろう。俺はステアーの小さい手をギュッと握りしめた。

 ーーDOTEN!

 無様だが、俺たちは対岸に飛び移ることに成功する。

 鉄球はそのまま、落とし穴に吸い込まれていった。

「なんとか、助かった」

 俺は詰まった息を放ちながら言う。

「でも、ミニガンさんやアキュラシーちゃんが……」

 ステアーは俯いてそう言った。

「大丈夫さ、またアカウントを作り直せばいい、装備も買えばいい。それより、シェルだ、アイツを倒さないとそれもできなくなる」

「……そうですね」

 俺はヘタレ混むステアーに手を貸した。

「さぁ行こう」



 その他にも数多の罠が仕掛けられていた。

 しかし、ステアーの持ち込んだトラップ解除のアイテムを使い、慎重に進んだおかげで大した損耗はせずに、要塞内を侵攻できた。

「こんな時にアレですけど」

 ステアーは潜めた声で言った。

「私、シェル……彼のことを信じてるんです」

「アイツは信じない方がいい、アイツは人を裏切る男だ、俺はアイツに裏切られた」

「そうなんですか?」

「ああ、アイツは仕事で俺の手柄を横取りして、出世したんだ。今では、役員のようだな」

「ええ、彼のおかげで私は楽しいです。彼のご飯を作ったり、彼の部屋を掃除したり、彼の爪を切ってあげたり」

 シェルの野郎、ステアーにそんなことまでやらせているのか、余計に恨めしく感じる。

「配信活動も楽しいですが、彼といる時間は飽きません、でも、靴下を裏返しに脱ぐことだけは許せませんね」

 ステアーの逆鱗の位置が不明だ。

「聞くと、ベレッタさんは彼の幼馴染と聞きますが」

「ああ、そうだな。昔から俺とアイツは競い合ってきた、昔のアイツは、なんだかんだ言っていい奴だったな」

 俺がアイツに何度も戦いを挑んだのも、アイツと戦うのが楽しかったからだ。

「今もいい人ですよ」

 ステアーは芯のある声で言い放つ。

「それはない、アイツは俺を裏切った」

 断言した俺を責めるようにステアーは返した。

「それも、何かの間違いなのでは?」

「んな訳あるか? 俺たちが進めていたプロジェクト、俺は寝ずに頑張ったと言うのに、アイツは俺の手柄を横取りした」

「私には彼がそんなに悪い人には思えません、彼はきっといい人です」

「ステアー、君が見ているアイツは猫の皮をかぶってるかもしれない、そうだろう?」

 ステアーは振り返り、俺の顔を凝視した。吸い込まれそうなほど大きな瞳が、鋭い眼光を放つ。

「それでも、私は彼を信じます。この要塞に来たのだって、彼に真実を聞き出すためなんです」

「……そうか」

 そこで一つの可能性が脳裏をよぎった。もしかしたら、ステアーは裏切るのかもしれない、と。

 これまで、全面的な信頼を置いてきた彼女だが、最終的にはシェルのために俺を殺すのではないのかと。

 今の彼女なら、俺を殺すくらい容易いだろう。俺の後ろに回って、トリガーを引けばいい。

 あまり想像したくはないな。


 多種多様な罠を乗り越え、艱難辛苦を諸共せず、俺とステアーは踵をすすめる。

 すると、小さな空間に着いた。その場所は今までの、コンクリート剥き出しの無骨な印象ではなく、装飾品が飾られ華やかな印象を感じる。

 ここがシェルの部屋か、そう思うと飾られている装飾品は、成金趣味にみえてきた。

 金色の女神像、細部まで書き込まれた絵画、そして、壁には沢山の銃が飾られている。

 部屋の中央にはゴテゴテと飾り付けられた玉座が設えられていた。

「ここがゴールのようだな」

「ええ、しかし、彼はいません」

「いや、いるさ」

 唐突に声がする。ああ、この声は聞くだけで神経を逆撫でする嫌な声だ。

 シェルは空間から現れる。おそらく、光学迷彩マントを使ったのだろう、このアイテムも数十万は下らなかったはず。

「いやぁ、よくここまでたどり着いたね、すごいすごい」

 大きく手を広げて、シェルはゆっくりと拍手をする。シェルは現実世界とさほど変わらない容姿をしていた。

 俺はシェルの不敵に笑う顔を睨みつつ、ホルスターのM9拳銃に手をかける。

「まぁ、そう殺気立つなって、ゲームなのに怖いぞ」

「ねぇ、あなたは本当にシケイダの市場を牛耳ろうとしているの?」

 ステアーが懇願するような声で訊いた。彼女はきっと、アイツが「NO」と答えることを切に願っているのだろう。

「ああ、無論さ。たかがゲームだが、俺の財力があれば市場なぞ簡単に掌握できる」

 その返答を聞き、ステアーは決心したようにAUGアサルトライフルを強く握る。

「そうしたら、もっと贅沢できるぞ。美味しいレストランにも、旅行も、ブランド品だって、君の望む物ならなんでも手に入るようになる」

 そう宣言すると、高らかに高笑いをする。それとは、対照的にステアーは俯いて、ポツリと言葉をこぼす。

「嘘だったんですか……」

「何の話だ?」

「美味しいものも、旅行も、ブランド品もいりません。私はただ、あなたとゲームする時間が楽しかった。それは嘘だったのですか?」

「嘘じゃないさ、君のおかげでこの計画を作ることができたんだ。とても楽しかったよ」

「失望しました。あなたにはッ」

 そう言い、ステアーはシェルに銃口を向けた。

「おいおい、待てよ。俺は君のためを思って、色々やってるんだぞ?」

 シェルは理解できないと言った口調で質問する、ステアーはキッパリと返した。

「そんなものいりません」

 すると、シェルは肩を震わす。

「ああ、そうか……」

 シェルの声は小さく揺れている。俯きながら、何度も「そうか」と言う言葉を反芻させていた。気味が悪い。旧友のこんな姿は見たくないな。

 よほど、ステアーに拒絶されたのがショックなのだろう。しかし、それは自分が悪いと言うもの、煮え切らないがステアーのためにも、シェルはこの計画を止めるべきだ。

「なぁ、もうこんなことはやめよう」

 俺はこいつに対する憎しみを必死に抑えて、宥めるように言った。

 ーーBAN!

 一発の銃声が部屋に響く。

 俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 隣にいた、ステアーがゆっくりと倒れる。何が起きた?

 少し考えてやっと分かった、シェルがステアーを撃ったのだ。シェルの手には硝煙を吐き出す銃が握られていた。

 俺は倒れゆくステアーを見ていることしかできなかった。ステアーは力なく口を動かす。注意深く聞くと。

「ベレッタさん、勝って」

 そう言っていた。俺はその言葉に触発され、拳銃を引き抜き、シェルに向け数発撃ち、牽制しつつ部屋にあった女神像の影に隠れた。

「何をするんだ? ステアーはお前の彼女だろう」

「俺に失望するような、見る目のない女などいらない!」

 癇癪を起こしたように、シェルは金切声を激する。

 完全に頭に血が上っているな、これじゃあいくら説得しても、聞く耳を持たんだろう。ならば、武力でコイツを倒さなければ……

 しかし、俺はコイツを倒せるのか? これまで、コイツとは幾度となく戦ってきた、だが、一度も、ただの一度も勝利したことはない。

 今回の勝負は色んなものがかかっている。ミニガンとアキュラシーの無念、ステアーの悲しみ、俺の憎しみ、そして、シケイダの命運が賭けられている。

 やらなければならない。

 俺は意を決して、物陰から飛び出し、シェルの頭めがけてトリガーを引いた。

「お前の攻撃など、豆鉄砲にすぎない」

 そういうと、シェルは腕についた端末を操作する。腕から装甲がガチャン、ガチャンと現れて、あっという間にシェルの全身を包んだ。

 俺の放った弾丸は、その装甲のヘルメットにあたりはじれた。

「これが、シケイダの高額アイテム、全身装甲パワードアーマーだ!」

 黒い装甲に身を包んだシェルは壊れたピエロみたいに笑った。俺は銃を撃ちまくった。しかし、その全ては弾かれてしまう。

「どんなに撃っても、無駄なんだよ。お前は負ける運命なんだ」

 黒い装甲を纏った腕が俺の方を向く。引き金を引くが、弾切れだ。腕が変形してレールガンのように変化した。

「これで終わりだぁ!」

 ーーZOGASSHAN!

 俺は間一髪で身を翻し、攻撃を避け、女神像の影に戻った。俺がさっきいた後ろの壁は跡形もなく消えている。あんなのに当たったら即死だろう。

 俺はリロードしながら、シェルを伺った。どうやら、レールガンはパワーを充電しなくては撃てない仕様らしい。

 チャンスは今しかない、床にはステアーの遺したアサルトライフルが転がっている。アレはシケイダの世界でも高火力な銃だ。あのライフルなら勝機はあるかもしれない。

 俺は地面を蹴って、ステアーのアサルトライフルを持つと、シェルに向けて弾をばら撒いた。

 ーーZOBABABABABABABABABA!

 マガジンが空になるまで、銃を乱射する。流石にこれだけ打ち込めば。

「無駄だと言っているだろう!」

 ーーZOGASSHAN!

 シェルの放った攻撃は自分の右腕にヒットする。しかし、左腕を犠牲にすることで俺はシェルの攻撃から何とか逃げ出せた。

 しかし、アレだけの銃弾を喰らってもシェルはたじろぎさせしなかった。あの全身装甲パワードアーマーは恐ろしく強靭だ。

 右腕を負傷している以上、出血死する前に手術で止血を施さなければならないが、手術している暇などないだろう。

 時間がない。

 ならば、伝家の宝刀グレネードを使おう。要塞内を進む際、NPCの兵士を倒すためいくつか使用して、最後のグレネードだが、直撃すれば致命傷は免れない。

 あの黒い装甲だって、グレネードの爆発にはきっと耐えられないだろう。一部でも装甲が剥がれ落ちれば、そこを狙えばいい。

 ゲームを始めたばかりのシェルならば、プレイヤースキルで圧倒する俺が勝つことができる。これが最後の希望だ。

 俺はグレネードのピンを抜き、慎重にシェルの足元に転がした。

 ーーDOOON!

 爆発音が部屋に響き、煙が舞う。俺は恐る恐る、シェルの方を確認した。

 戦慄。

 シェルが何事もなかったかのように立っている、それどころか、装甲は傷一つなく、まるで新品のようだった。

「お前がな、どんな姑息な手段を使おうとも、無意味、無意義、無価値、無駄!」

 ーーZOGASSHAN!

 俺の頭上をシェルの攻撃が通過する、いよいよ、身を隠すための女神像さえ破壊されてしまった。

「遊んでやろう。肉弾戦だ」

 そう言い、象が歩くように近づいてきたシェルは俺の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。HPがごっそりなくなる感覚がする。

 治療を受けないといけない、という警告文が赤く発光していた。

 コイツに殴られた時のことが頭に浮かぶ、口の中が血の味で広がり、強烈な鉄の臭いがした。

 強い喪失感を全身で感じる。俺は力なく、壁から剥がれ落ち、地面に這いつくばった。

 シェルは何度も俺のことを蹴る。ゲームだから痛みはしないが、HPはたしかに減っている。これではゲームオーバーも時間の問題だ。

 脳裏に浮かぶは、シェルに馬乗りにされボロ雑巾のようにされた時のことだ。アレは痛かった。しかし、抗う気力はない。

 俺が何をしたって意味をなさないのだから。

 俺は無為に生きている。三千万など、手に入るわけがないだろうに、そんなことに熱くなっていたなんて馬鹿げている。

「そろそろ、死ぬか?」

 シェルがそう訊く、答えはイエスだ。もうこんな世界とはおさらばだ。

 そんな時、辟易するほど透き通った声が、頭の中に響いた。

「何やってんのよ!」


21

「ミニガン! それにアキュラシー! 生きていたのか?」

 俺は目を見開いていたことだろう。そこにいたのは、紛れもなく、両手がガトリングガンの女と、身にあまる対物ライフルを持つ幼女だった。

「私を誰だと思ってんの? このミニガンよ」

「ざこのお兄さんとは違って、落とし穴に落ちたくらいで私は死にません」

 自信満々のその声はなんとも安堵感を感じさせる。実家に戻ってきたかの安心感だ。

「なんだぁ? お前ら生きていたのか? しかし、三人になったところで、このシェルは、この装甲は破れない!」

 シェルはミニガン達に鋭い紫電を向けて言った。

「それはどうかな? 私のガトリングガンは痛いわよ」

「どんな銃弾も、無意味、無意義、無価値、無ーーッ!」

 ミニガンはシェルの頭をぶん殴った。ヨシ! ミニガンの筋力は異常だ、脳みそが筋肉できているのかと勘ぐりたくなるほどに、ミニガンの筋力は異常だ。

 アレを喰らって、死なない奴はいないだろう。

「っえ? 嘘?」

「殴りとは少し驚いたが。言っただろう、無意味、無意義、無価値、無駄だと」

 まさか、あの攻撃を耐えるとは! 自分の攻撃が通用せず驚いたミニガン、その足をシェルは掴み、投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたミニガンはキュラとぶつかり、キュラは頭上に頭上に星やらアヒルやらを回しながら、昏倒していた。

 やはり、ダメなのか? いや、確か新エリアのボス戦でアキュラシーが覚醒した時も、こんな感じだった。

 アキュラシーは気絶しながらも、ムクっと立ち上がり、素早い動きでシェルに近づいていく。

 そうだった、アキュラシーは分からされてからが強いメスガキだった。

 シェルはレールガンではない方の腕を突き出し、機銃を乱射するも、キュラの俊敏な動きに翻弄され追いつかない。

「ッチ、ちょこまかとぉ!」

 そうこうしている内にアキュラシーはシェルの懐に潜り込み、シェルの胸に対物ライフルを押し当てる。

「ーーっにぃ?」

 ーーZUDON!

 シェルはキュラの弾丸を受けて大きくのけぞった。

「やったわね」

「おい、ミニガン、フラグを立てるな!」

「残念だったな、俺も一ミリくらいビビったぜ」

 シェルは立ち上がり、アキュラシーを蹴り上げる。

「ッハハハハ! やはり、ダメだったようだ。どんな手を使おうとも、俺には勝てないのだ!」

 やはり、万事休す、何をしてもコイツには勝てない。あと少しで失血死する、もう間に合わない。

「諦めちゃダメよ、ベレッタ! アンタはここまで頑張ってきた、その努力を無駄にする気?」

 確かに、俺はこれまでシケイダに何百時間と費やしてきた。その時間は無駄にはしたくない。

「大事なのは諦めないことよ、諦めてコイツに負けるより、諦めないでコイツに負けた方がいいでしょ?」

 確かに、無様な死は俺のプライドが許せない。

「そう言うのを悪あがきと言うんだ」

「それでも、俺はお前に勝ちたい、知ってるか? 未来ってのは、未知が来ると書いて未来なんだ。お前が必ず勝つとは限らない」

 最後の力を振り絞って立ち上がる。

「ベレッタ! いつもの小狡い作戦で、シェルを倒しちゃって」

「小狡いって言うなよ」

 俺でもコイツに勝つ方法が、何か方法があるはずだ。何か、何か……思いつく。

「お前ら、俺の言うことを聞け」

「任せて!」

「了解です!」

 俺はUIからナイファーと戦った時に手に入れた、ダメージUIが見えるようになるグラスを装着した。

「アキュラシースモークグレネードは持っているか?」

「ええ、大量に」

「じゃんじゃん投げろ!」

「ミニガンは撃ちまくれ!」

「分かったわ!」

 キュラが投げたスモークグレネードにより、狭い部屋は一瞬のうちに霧に満ちた。視界は完全に白だ。

 ミニガンは部屋中に無作為にガトリングガンを撃ち続け、部屋の調度品を破壊している。

「何をする気だ?」

 シェルは霧中の中質問した。

「矛盾って言葉あるだろう?」

 俺は時間稼ぎに駄弁る。

「ああ、何でも貫く矛と何者にも耐えられる盾、二つ存在するのはおかしいと言うことだろう?」

「いいや、それは間違いだ、最強の盾も最強の矛も、同時に存在しうる」

 ミニガンはガトリングを撃ちまくっている、もっと撃って。その弾丸はソナーだ。

「何故だ? おかしいだろう?」

「盾も矛も強い奴が使った方が勝つんだ。盾を使った奴より、矛を使った奴の方が実力者だったら矛が勝つ、その逆も然りだ」

 どこだ、どこにいるんだ? シェル。

「なるほど、盾と矛どちらが強いかは検証のしようがないと言うことか、実力が拮抗したもの同士が戦わなければどちらが最強か分からない」

「それに運だってある。たとえ、実力が拮抗していたとしても、運が悪ければソイツが負ける」

 シェルはガトリングガンにヒットしたのだろう、視界にダメージUIが表示された、そこにいたのか。

「何が言いたい?」

「つまり、お前が負けるってことだ! シェル!」

 俺はUIを操作、左手に新エリアの時に手に入れたパイルバンカーを装着し、そのままダメージUIが見えた方へ突進。

 霧の中、相手は敵の位置が分からない。それは俺も同じだ。しかし、ミニガンが放つ弾丸はソナーの役割をする、全然弾が当たらないのでポンコツソナーだが、一発でもシェルに当たればダメージUIが表示され、シェルのおおよその位置が分かる。

 俺はコイツに居場所がバレていない状態で、一方的にコイツに攻撃するんだ。その攻撃が通用するか否かは、実力あるいは運の問題だ。

「持ってて良かった、パイルゥバンカァー!」

 大きく振りかぶり。

 ーーGYAN!

 パイルバンカーが射出され、その風圧でスモークが一気に晴れる。

 俺のパイルバンカーはシェルの黒い装甲を貫き、そして、コイツの息の根を止めていた。

「俺の勝ちだな」

 言うとシェルはありえないと言いたげな顔をした。

「俺が、負ける、とは……」


 〜エピローグ〜


 それから二週間が経った。

 俺たちはシェルの持っていたアイテムを回収して、残さず売却した。そのおかげで今は懐が暖かい。

「さて、今日はどこに狩りに行きます?」

 ガンスミスの店で合流したキュラは聞いてくる。

「弾幕がはれる場所がいいわ」

 ミニガンがガトリングガンを掲げて、溌剌と言う。

「そうなると、ジャイアントバジリスクが出現する荒野ですかね」

「あのモンスターじゃあまりお金にならんだろう、ここは廃工場に行こう、あそこはまだ未探索の所が多いらしいから、高額アイテムが睡ってるかもしれない」

「私は廃墟都市に行きたいです、対物ライフルの練習をしに」

「いや、廃工場だろう」

「荒野で弾幕パーティーよ!」

「廃墟都市でスナイプです!」

 俺たちは視線で電撃バチバチ、睨み合っていると、ガンスミスの声が聞こえる。

「嬢ちゃん達、武器のアップグレードが終わったぞ」

 俺はため息をついた。

「お前ら、また武器を強化したのか、シェルのおかげで懐が暖かいのは分かるが、無駄遣いはするなよ」

「うっさいわね、私のガトリングちゃんは最強になるのよ」

 弾が当たらなければ意味がないだろう。ミニガンは憤然と言い残すと、ガンスミスの方へ向かっていった。

「ミニガンさんの言う通りです、お兄さんはケチなんですよ、未だにM9拳銃を使っていますしね」

 アキュラシーもミニガンに続き、そう言い残すとガンスミスの方へ移動した。

「いいんだよ、俺はこの銃が好きなんだ」

 俺はキュラの背中に向かってそう答える。

 闇雲に強化すればいいと言うわけではない、しっかりと自分のプレイスタイルにあった、強化、カスタムをするべきなのだ。

 しかしアイツらは、そういう緻密なカスタム構成とかを考える気はさらさらなさそうだ。あればあっただけ銃にアタッチメントをつけて、ゴテゴテにするだろう。

 それをロマンというのだから、まったくくだらない。使いにくいだけだ。

 しかし、備えあれば憂なしという言葉もある。沢山、積んであるアタッチメントが何の役に立つかは分からない、そういう側面から見ればロマンも悪くはないのかもな。

 だが、アイツらのロマンは常軌を逸しているが……

 そんなことを考えていると、店のドアが開く、珍しいな客とは。

「雰囲気がいいね」

「ああそうだな」

 俺はその客の姿を見て絶句する。

「お前ら、シェルとステアーか?」

 そこにいたのは、シェルとステアーにそっくりなプレイヤーだった。

「あ、ベレッタさん」

「久しぶりだな」

「またゲームを始めたのか?」

「ええ、また一から始めようと思います。視聴者さんに説明するの大変だったんですから」

「その件は悪かった。あの時はどうにかしていた」

「まだ、許してませんから、これからは靴下は裏返さないでくださいね」

「分かってる、だからもう、深爪にしないでくれな」

 二人はイチャイチャそんなやりとりを交わす、無性にシェルをぶん殴ってやりたい気分になったが、俺は何とか堪えることに成功した。

「じゃあ、私はマガジンを見てくるから」

 そう言って、ステアーは店の奥に消えていく、俺は残されたシェルに質問した。

「ステアーがコンテニューするのは分かるが、シェルはなぜゲームをしている、また、市場を支配しようとしているのか?」

「いや、もうあんなことしないよ。きっと俺はお金に取り憑かれていたんだ。それは、お前の手柄を横取りした時もだ、すまない」

「謝って、許すと思うか?」

「思わないが、しかし、俺は謝りたかったんだ、それで俺の気がすむから。気がすむってのはお金のかからない趣味なんだ」

 シェルは朗々と答えた。

「そうかよ、で、なぜゲームしてるんだ?」

「そんなの理由は一つしかないだろう。俺が許せないのはお前に負けたことだ」

「ふむ」

「俺はお前を倒す、絶対にな」

「臨むところだ、せいぜい頑張るといい」

「ああ、首を洗って待っていろ」

「吠えずらかかしてやる」

 俺とシェルはしばらく睨み合って、そのあと、笑い合った。

「ちょっと、ベレッタ、アンタも来なさい!」

「じゃあな、仲間に呼ばれた」


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