第406話 彼
【パレス地下 裏】
「ザンの型、人型、全身にイボ、波動球使い、巨大な背びれ──」
説明をひとしきり聞いたハーショウは、カシュマールの特徴をひたすらブツブツと呟き、反復した。
地下の暗がりのせいで、その顔色を窺うことが出来ない。
「ハーショウさん?」
「そして何より、速い」
気になり近付いたアイリは、彼がようやく口にしたその言葉を聞き逃さなかった。
「やはりそうだったのか」
「やっぱり!?」
「ハーショウさん、何か知っとるんやな。教えてくれ、頼むわ」
皆の視線が突き刺さる。
「どうして僕が知ってると思うんだい?」
「3年前、俺のことスカウトしてくれた時、俺がルノのことハーショウさんに言うたやろ」
──今思うと、あの時のハーショウさんの反応、ちょーっとおかしかったんよな。
わざわざ洋食屋に出向き、二人は出会った。話の流れで、ジェイが団に入りたいと言っていたルノの名前を出したのだ。
「勿論、実力は保証すんで!! 俺よりもな、分かりやすく見えざる者を倒せる力なんですわ」
「えっと……そっか、彼の名前は?」
「ルノ、いいます」
「……ルノだって?」
その時はお茶を濁されてしまったが。
「ハーショウさん、ルノのこと知っとんたんちゃうんか?」
ルノの過去に何があったのか、ルノの大事な人とはどんな人だったのか。
ハーショウは派手に音を立て、椅子に座り直す。
「それを知ったとして、知ってどうするんだい?」
あくまでも平然と振る舞うハーショウに、カリンがもどかしそうに、唇を噛む。
「……ハーショウさん、ルノちゃんね、背中傷だらけなのに、カリン達に何も言わないの」
誰にも言わなかった傷跡。まるで皆が知らない間に、ずっと戦ってきたような。
気づいていなかったアイリとナエカが、ギョッと目を見張る。シキは臭いで気付いていたのだろう、僅かに目を伏せてしまう。
天明の術を持つジェイが、しばらく気づいていなかったのだ。恐らく皆が寝静まった夜に、夜な夜な街にくりだしていたのかもしれない。
「ルノちゃんってば、何で何も言ってくれないの? 何で、何でルノちゃんばっかり……」
だから、知りたいの。
真っ直ぐな瞳に囲まれ、ハーショウはため息を吐く。
「カガリさんとルノに、何があったんや?」
ルノは一体、何と戦っていたのか。
ハーショウは複雑そうに頰をぽりぽりとかきながら、ナエカに視線を送った。
「ナエカ君はどこまで聞いてるのかな、どうやってカガリ君が死んだのか」
「えっと……」
いきなり話を振られたナエカは、動揺しつつも、ゆっくりと口を開く。
「夜にパレスから帰る途中、襲撃に遭って亡くなったって聞きました」
「うん、その通りだね」
「それも初耳やな、てか夜なんか」
見えざる者は確かに太陽は得意ではないが、人々が姿を消す夜はやりがいがないのか、目的があってなのか、身を隠しているのだ。
エイドリアン相手とはいえ、姿を見せること自体珍しい。
「何で夜に……」
それも、わざわざ団員を狙うのか。返り討ちにあうかもしれないのに。
「当時、カガリ君が一人暮らししてた家の近くに住んでいた民が、隠れていた見えざる者にたまたま遭遇して、身体に触れてしまったんだ」
「ふ、触れた?」
夜に、見えざる者がウカの状態──エイドリアンでなくても触れられる状態になることは、まずない。
ウカになって民を怖がらせる者もいるが、人通りのいない夜ではあまり意味が無いからだ。
つまり、その民は。
「当然その見えざる者は怒って、その民を殺そうとした。そこにカガリ君が通りかかったんだ」
──その民と待ち合わせをしていた、カガリ君が。
「待ち合わせ?」
「待ち合わせって、まさか」
民は、まだ小さな子供だった。元々見知った顔だったらしい。
親からろくな食育も受けていなかった彼に、カガリはよく食べ物をやっていたという。
当時の団員曰く、カガリはその子のことを友達、と呼んでいたとか。
「後で駆けつけた他の子達に聞いたけど、その見えざる者はとても速く、全身イボだらけだったそうだよ」
カガリはジェイやナエカと同じく、戦闘向きの能力ではなかった。それでも立ち向かった。
その子を守る為に。
「そしてカガリ君は、小さなその彼を庇って亡くなった。彼の目の前で。当時11歳、その少年の名前が……」
その続きを、誰もが確信していた。
アイリは、指先の感覚が無くなっていくのを感じていた。
夏でもないのに、喉の奥が干からびる。地下を通る風が、冷たく音を立てて吹く。地下の白い壁がぼんやりと視界の中でにごっていく。
その名前を、シキがようやく口にした。
「ルノ」
カリンは、思わず口を手で押さえた。
アイリの身体が軽くふらつき、とっさにレオナルドが支える。ハーショウは、その通りだと柔らかく頷く。
「僕は伝聞で聞いただけだからね、確証が無かったんだけど。情報が漏れれば、その子が傷つくだろうって秘匿にされていたし」
だがハーショウの記憶では、ルノという名前が確かに残っていた。
──やっぱり、その彼がルノ君だったんだね。
「それにしても、驚いたな。他の皆はともかく、ジェイ君、君は知ってると思っていたよ。ルノ君から聞いてないのかい?」
皆の視線が、ルノの親友に向かう。
彼は、顔面蒼白で呆然と立っていた。
「何も、知らん……」
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