第八話 ちっちゃな吸血鬼研究家
昼休み。それはようやく空腹から開放されるとき。弁当箱を開け、そこにはあるのは冷凍の炒飯にレトルトカレーをぶっかけたカレーチャーハン……まあつまり昨日とほぼ同じ料理である。
スプーンを持ち、米に手を付けようとした時、これまた昨日と同じく矢作が話しかけてくる。
「おいおい、せっかく同じクラスに彼女がいるのに一人寂しく食うのかよ」
矢作の彼女はこの学校にはいない。べつの女子校にいるらしい。そのため矢作はいつも男子と食事をしている。恐らく彼女が同じ学校でしかも同じクラスにいるというのが羨ましいのだろう。
「咲良には咲良の弁当の食べ方ってもんがあるだろうが。急に彼氏になった俺が『俺も混ぜて〜』って行くわけにはいかねぇの」
「お堅い思考回路ですわね〜おぼっちゃま?」
矢作は茶化すように言ってくる。柊真は「はぁ」とため息をつく。
「うるせぇなあ、いいだろ別に」
「ふーん……んで、どこまで行ったん?」
矢作は話を大きく転換させる。柊真は少し首を傾けながら、米を咀嚼し飲み込み答えた。
「咲良と?んー、家には行った……かな?」
柊真がそう言うと矢作は目を輝かせる。
「じゃあ結構行ったのか!?初日で!?」
「……咲良のためにもコメントは控えさせていただきます」
矢作はニマニマと笑う。柊真はそれを気にせず黙々と弁当を食べ進める。実際には大した所までは行ってない……はずだ。
「ごちそうさま」
柊真はそう言い、矢作の頭をペシりと叩き、トイレに向かう。
◇ ◇ ◇
トイレを出て、教室に帰ろうとした時、シャツの裾が引っ張られたように気がして、後ろを振り返る。
そこには、面識のない小学生のような身長の少女が立っていた。
「……えっと、今日学校見学とかあったっけ?どうしたの?迷子かな?」
「迷子じゃないわー!!ぐみは
百三十センチほどしかない少女は背伸びをしながら柊真の顔を指さす。
「……?どういうこと?やっぱり迷子?あと人に指をさすのは失礼だからやめたほうがいいよ」
「うるさい!そんなのどうでもいい!ちょっとこっち来なさい!」
柊真はぐみに手を引かれ、校舎裏まで連れていかれる。
◇ ◇ ◇
「こんなところまで連れてきてどうするんだよ」
「いわましき……じゃなくて忌まわしき吸血鬼たらしめ!血を抜き去ってくれるわ!」
ぐみは改めて柊真に指をさす。柊真は困惑する。
「いや待て待て、なんで俺が吸血鬼たらしなんだよ!血を抜き去るって物騒すぎるよ!」
「ぐみが昨日のお昼にした研究で、大井柊真という人間が黄金の血を持っているという情報を得たのよ!ぐみは吸血鬼の研究をしてるから黄金の血がぐみたちの心を鷲掴みにしちゃうのは危ないってことを知ってるんだから!」
「え?それだけ?ていうか他に黄金の血って居ないのかよ!」
「い、いるけど風紀委員長はちょっと……怖いわ……」
ぐみは左上を向きブルブルと震える。柊真は昨日のお昼にした研究、という言葉に(タイムリーすぎるな)、と思う。
「そ、そんなことよりきさまの血を抜くわ!覚悟しなさい!」
ぐみは口を大きく開き、カプっと腕に噛み付く。身長的に首には噛みつけない。
ぐみはチューっと血を少量吸ってから、飲むのではなくペッ、と床に吐き捨てた。
「えっ、ちょちょちょ、なんで吐いてるの?不味かった?」
「不味くなんてないわ!でもこんなものを飲む訳にはいかないわよ!飲んだら虜になっちゃうから!きさまの吸血鬼ハーレムの中に入るなんてゴメンよ!」
ぐみは口元から垂れる血を腕で拭いながら大きな声を出す。
「吸血鬼ハーレムってなんすか……?」
柊真は疑問に思ったことを聞いた。
「なにって、黄金の血でたくさんの吸血鬼をはべらかす忌まわしきものよ!」
ぐみは「はべらす」という言葉を言い間違えながら、柊真に向かってガルルルと威嚇する。
「そんな事しないよ!というか俺はたくさんの吸血鬼にアプローチするわけには行かないんだ。心に決めた人がいるから」
柊真はため息をつく。吸血鬼たらしだのなんだの言われたところで、自分は咲良――吸血鬼としてはチアキ一筋で行くことを心に決めている。たらしだなんて言われるのは心外だ。
「そーんなこと言ってるけど、実はたくさんの吸血鬼にチューチューされたいって思ってるんでしょ!」
「違うって!聞き分けないなぁ」
柊真は否定をするが、ぐみは見た目と思考の幼さ故に自分の考えを信じきっている。
「……なにしてんの?」
――そう言ったのは、柊真でもぐみでもなく、柊真の血を初めて吸った吸血鬼であるチアキだった……
「……なんであんたが子どもと一緒にいるのよ!しかもその牙……吸血鬼じゃない!その子、吸血鬼ってこと!?」
チアキは酷く憤慨し、赤い瞳に少しだけ涙をうかべる。
「子ども吸血鬼とはなんだー!ぐみは立派な吸血鬼研究者だぞ!」
「い、いや落ち着いてくれ二人とも!これはさすがに俺は悪くないと思うんだけど!」
怒り散らかすチアキ、不服を訴えるぐみ、どうしたらいいのか分からない柊真でもうめちゃくちゃである。
「いや悪い!黄金の血として生まれてきたことが悪い!誕生罪だ誕生罪!」
「そうよ!ロリコン野郎はここで死ぬべきよ!くたばれロリコンぺド趣味犯罪者!」
先程まで敵同士だった吸血鬼が団結し、柊真を責めたてる。柊真は酷い言われように逆に笑いが出てくる。完全にとばっちりである。
「大体、アンタがあんなところで告白しなければアタシがこんなに傷つくこともなかったのよ!?やっぱりアンタと付き合うのはゴメンだわ!!あーもうどうしてやろうかしら!煮て食べてやりたいきぶ……ん…………あらごめんなさい?時間だから出てきちゃったわ」
瞳の色が一瞬にして紫に切り替わり、先程までのブチギレが嘘のように落ち着いた口調と笑みになる。時刻はちょうど一時になった所だった。
「あらあら、かわいいわねぇ。もしかして先輩なの?お名前、お伺いしてもよろしくて?」
「こ、これが長良咲良の多重人格かぁ……えっと……ぐみは南ぐみ!通称みみみ!吸血鬼研究家だ!」
ぐみは咲良が多重人格者であるということを知っているようだった。
「あらあら、ぐみちゃんね?甘そうなお名前でかわいいわね〜?でも、ダメよ?そこのお兄さんいじめたら」
心亜は目を細めながらぐみを見つめ、優しく微笑む。ぐみはなぜか頬を赤らめる。
「これがいわゆる母性か……?というかだれも『みみみ』と呼んでくれない……何故だ……」
「ぐみより発音しづらいからじゃないかしら?」
柊真はあの混沌とした状況をまとめた心亜に、尊敬とまではいかないがそれに近い感情を抱く。
「ところで……柊真くんはなんでこんなことしてたの?――血が地面にたくさんついてるけど……?」
心亜は先程までとは違い、強い威圧感を柊真に放った。柊真は少したじろぐ。
「い、いやこの小学生が勝手に……」
「小学生じゃないわー!!高二だっつの!!立派なJKだわ!!」
憤慨するぐみを見た心亜は、ぐみの口を右手の親指と人差し指で大きく開く。
「……ふーん?意外と牙は大人レベルね?」
「
ぐみは牙を見られ赤面する。いつも見えない場所を見られるのはやはり恥ずかしい。
柊真は何を見せられているんだと思うが、関係ない人に勘違いされないかと思い周りを見渡す。
「ぐっ……病気になったらどうするんだ!吸血鬼は人間の病気には罹らないけど吸血鬼の病気に罹ったりするんだぞ!ぐみはその研究をしてるんだけどね!」
ぐみは怒ったと思ったら突然胸を張ったりする。
「いいか、黄金の血!お前がたらしめた吸血鬼たちが病気になったりしたら人間の病院ではなくぐみに相談しなさい!おそらく、吸血鬼を治す薬はぐみにしか作れないから!そんじゃ、覚えとけよー!!」
ぐみは大きな声を出して土の地面を蹴って嵐のように走っていった。
「あれ、やっぱり小学生だよな?」
「……どうでしょうね?」
心亜と柊真はぐみの小さな足跡を見ながら呟いた。
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