妖精ブレイバー

@torip

前日譚 これは僕が『勇気』を貰った話

 その世界の名前はアイランド。 

 凶暴で粗悪な人間の世界から隠された妖精の国、誰もが幸福な夢の国、日々を笑い、踊り、酒宴と団欒に彩られた喜びの国。


 みんななかよし、さあてをつないで、あそびましょう



:::***:::



 「ラスクぅ、お前また『試験』落ちたんだってなぁ!」

 「くぅー、妖精でお前が初めてだってよ、快挙じゃん!」

 「ほら、スナックもドロップもそんなこと言っちゃだめだよ、万年ダメ妖精のラスクがかわいそうじゃないか!『妖精試験』に落ちてる時点で妖精かどうかも怪しいけどねぇ!」


 大樹学園の洞階段に三人のいじわる妖精の嘲笑が響く。背の小さいラスクを取り囲むように、逃がさないように。体の大きいノーム族の少年三人はラスクの嫌なことをすることが楽しい日課だ。今日は大樹学園で行われる『妖精試験』のことでラスクをおもちゃにしようと来たらしい。 


 やめてくれ。ほうっておいて。ラスクの喉に引っかかったその言葉は、結局吐息の風に乗ることもなく霧散して飲み込まれていく。ラスクは昔から気が弱いシルフの少年だった。親に繕ってもらったシルクのパーカーのフードを目いっぱい深くかぶる。いじめられっ子だったラスクは身を守るすべを知っている。こうして外の何もかもを遮断することだ。


 「なんだよ、またダンゴムシみたいに丸まりやがって」

 「つまんね、言い返すくらいしてみろよ臆病ティミーラスク」

 「いいや、帰ってお母さまのクッキーでも食べようぜ」

 

 ラスクはこうして何度もいじめを免れてきた。今回もまたいじめっ子を遠ざけることができた。これでいいのだ。これで、いいんだ。

 胸の奥が痛くなって、ラスクはよろよろと洞階段の壁に肩を着くと、そのまま階段の端の方で座り込む。ダンゴムシのようにキュッと丸まって、誰にも見られたくない顔と何も聞きたくないとんがり耳をフードで隠して。


 洞の中はいじめっこの嘲笑から打って変わって、吹き抜ける風が咆哮のように静かに唸る。淡々とした音はラスクの孤独感を一層強めた。

 丸眼鏡の内側にぽたぽたと水滴が落ちる。俯いて頭を覆うラスクには、どうして水滴ができたのか一瞬わからなくて、直後に自分が泣いていることに気付いてハッとした。 


 くやしい、まさか?今更だよ、そんなの。諦めるしかないんだ。

 僕はティミーラスクだから。きっと生まれた時からそうだから。


 ズズ、と鼻をすすって立ち上がる。なめし皮のリュックを胸に抱いてとぼとぼと家路についた。どうかこれ以上、誰にも会いませんように。

 いつもは木漏れ日の気持ちいい洞階段なのに、その日は曇っていて肌寒かった。


 そんなラスクの小さい背中を、洞階段の上の方から眺める姿が一つ。

 猫耳の型を取った紺のクロッシェのつばをつまみながら、しんと鋭い瞳に決意を灯らせてその少女は呟いた


 「……だっさ」

 

  

:::***:::

 


 洞階段を下りて西口、西根っこ商店街を抜けると坂道街に出る。

 坂道に沿って大きな庭と控えめな家が並ぶ牧歌的な光景が夕日に照らされる、その名状しがたい郷愁を感じさせる雰囲気がラスクは好きだった。

 何度か道を折れて大通りから少し離れた小川の橋を渡ると、ラスクの家の煙突からはぽわぽわと煙が焚かれていた。

 大きな番犬のポットに手を振って、大きな玄関扉を引くと、明るい出迎えが待っていた。

 

 「おにいちゃんおかえりー!」

 「ただいま、フラン」

 「お帰りラスク、今日も友達と居残り?」


 まぶしいと思った、ラスクにとっては一番心が楽になるのに、でもちょっぴり心が苦しくなる場所。妹のフランと、番犬のポットと、優しい母さんに、ラスクを含めて四人家族。

 キッチンのコンロからは弱い火の魔法でコトコトと煮らされた丸い鍋が湯気を吐いている。食欲をそそる香ばしい匂いがした。

 母さんの問いに、躊躇いがばれないように笑顔で返す。


 「そうだよ、今日のご飯は? 僕お腹空いちゃったよ」

 「今日は商店街でいい野菜が買えたから、ポトフを作ったわ」

 「僕、母さんのポトフ好きだから嬉しいよ」

 「そう言ってもらえると、母さんも作った甲斐があるってものよ」

 「おにいちゃんあそぼ!」

 「ごはん食べたらね。何をするか、考えておいて」

 「わかった!」


 母さんは用意してあった木の器にポトフを盛り付けて、フランはトタトタと隣の部屋に駆け込んでいく。そのうちにラスクはリュックを自分の机の上に置いて、今日貰った魔法の教材の宿題を机に広げる。ついでに、こっそり試験結果の用紙を机の引き出しに押し込んだ。


 居残りなんて嘘だ。先生に怒られているだけ。遅くなるのも、いじめっこから逃げるため。母さんが思う『友達いっぱいのラスク』は嘘。フランの思う『やさしくて愉快なラスク』も、家でだけ見れるラスクの姿にすぎない。

 こういう日には、家族にまで嘘を吐く自分の臆病さが、恨めしくなる。


 どうして、僕はこんなに臆病なんだろう

 どうして、僕はこんなに言葉がでないんだろう

 どうして、僕はこんななんだろう


 母さんが食卓にポトフとサラダを出してラスクを呼ぶ、それにこたえて元気な返事をする、食べ終わって食器を片付けるとフランが絵本を持ってくる、何度も呼んだ本だから、飽きないように読み方を工夫してみる、フランが笑うと、ラスクも少しだけ嬉しくなる。そうしているうちにお風呂が沸いたようだった。


 「じゃあ、続きはお風呂のあとね」

 「わかった!」


 ニコニコの笑顔に全力の作り笑いを返して、一声かけてから浴室前の洗い場に入る。上着を脱いでふと、洗面台に付いている鏡と目が合った。

 平均的な少年妖精の肉体はシルフらしく色白で、母さんと父さんからもらった自慢の薄緑の長い髪は後ろで一つに縛っている。黄金色の瞳の上から少し大きめの丸眼鏡を掛けた容姿は、幼いながらも知的に感じられる。

 こんな弱気なラスクじゃない、もっと元気に快活で愉快なラスクなら誇らしかっただろう容姿も、いまのラスクには重荷だった。人気者だった両親の子供として情けないと、鏡を見る度に思う。


 忌々し気に睨む気にもなれなくて、ラスクはため息混じりに髪留めと丸眼鏡を畳まれたタオルケットの上に放る。

 明日はもっと、勇気が持てる自分になりたい。お湯につかって、すぐ消える湯気に言葉を乗せてつぶやく。

 そんな日が来るなんて微塵も思っていないくせに。



:::***:::



「明日はもっと面白いことしような、ラスク」


 ゲラゲラと恐ろしい声は昨日より増えていた。

 結局、昨日の今日でまたいじめられた。

 僕が変われるわけはないと、思い知らせた気がした。


 「そんなんだからいじめられるのよ」


 落ち込んでフードに引きこもっている僕に声が掛けられた。

 凛とした高い声、女の子の声だった。学園で女子に縁の無いラスクは咄嗟に声から誰が話しかけてきたのか分からなかった。

 ついでに、彼女の言っている言葉の意味も分からないと思った。


 「誰?」

 「同じクラスのエクレアって混妖精ハーフに心当たりはない?」


 その名前と種族を聞いて、さすがのラスクもピンときた。彼女なら心を開いてもいいだろうと感じて、話をしようとフードを取って振り向く。

 階段の上から見下すような彼女は、少し怖かった。

 

 混妖精は不吉の象徴、だけれども妖精だから無下にするのは法律違反。

 そういうものだから、彼女は僕のようにいじめの対象になっている。

 ケットシーとウンディーネのハーフの彼女は猫科の耳をウンディーネの清流のような髪の上に生やしている。かわいらしい容姿はウンディーネのもの、ツンととがったツリ目と小柄な体型はケットシーのもの。歪な存在とも言われる混妖精。

 陰湿ないじめに合っている彼女だけれど、気丈に周りの妖精に立ち向かっていく強気な面を持つ。

 そんな彼女に、ラスクはこっそりと憧れていた。


 「どう、したの? エクレア、さん」

 「どうしたもこうしたも、何で君は言い返さないの?」

 

 直球な物言いにドキリとした。触れられたくない場所に強引に踏み込まれたように感じて、意識もしていないのに咄嗟に目を逸らしてしまう。言い返さないんじゃなくて、言い返せないんだ。そう言おうとして、彼女にも何も言い返せないまま「あう、あの、」ともごもごと口ごもってしまう。

 

 エクレアはラスクにも聞こえるようなわざとらしい溜息を吐いて、今度は本当にズカズカと階段を下りて距離を詰めてくる。

 あまりに勢いが強かったからラスクは少し身を引いて、それでもその分だけ詰めてきた。か弱い容姿なのにこの剛毅さからくる迫力が大きくて、本当は少しだけ背の高いはずの自分が小さくなった気になってしまう。

 踊り場の壁を背にされて逃げ場を失ったラスクの眼前まで迫ったエクレアは、問答無用で無防備な額をピシリと打ち付けた。

 「あいたっ!」思わずのけぞるくらいには威力があった。


 「なんで『やめて』と言えないの?」

 「エクレアさんが突然だからだよ!」

 「……びっくりした。なんだ、ちゃんと声出るじゃん」

 

 あ、と呆けてしまう。理不尽な暴力に始めて言い返せた気がした。

 当のエクレアはハンと鼻を鳴らしてじろりと上目に睨む。何が目的かはわかっていないけれど、なんとなく試された気がした。


 「なにを、するの?」

 「なにもそれも無いわよ、貴方があんまりにも情けないから居ても立っても居られなくなっただけ!」


 眼前で猫耳がピコピコと揺れる。憤慨する彼女にたいして可愛らしいから迫力半減に感じた。それを感じ取られたのか、更にイライラした様子のエクレアはついにラスクの胸倉に掴みかかった。いじめっこにもされたことのない暴力的な脅迫に、ラスクは「ヒィ…」と情けない引き攣った声を上げる。明確な力関係を分からされた。


 「アンタ……あぁもう!どうしてそういうところだけ豪胆なのかしら!」

 「ごめん、なさい」

 「あやまるな!」

 「ごめ」「ちょっと!」

 「……わかりました」

 「……まぁ、そうね、そう言うしかないわね」


 はぁ、と今度は正真正銘本当に、誰にも聞こえるくらい呆れたような溜息を吐いてエクレアはラスクから手を離した。毒気を抜かれたようにも、イライラを引っ込めたようにも見えた。気持ちの整理が上手い妖精らしい。

 「んー」とすこし迷ったように唸ってから、彼女はねぇ、と話を始めた。


 「君はいじめられてて悔しくないの?」

 「それは、その」

 「別に誰にも言わないわよ」

 「悔しい」

 「でしょうね、じゃあ何で言い返さないの?」

 「言い返せなんだ、言葉が喉で詰まるみたいに」


 ふーん、と話を聞く彼女は、面白いとも思っていない態度だったが、それでも聞き流しているわけではないし、なんなら真面目に聞いているようにも感じた。ラスクも、家以外では久しぶりに人と話したなとふと思って心の中で小さく驚く。

 エクレアはどうにも、心の芯から他の妖精とは違う気がした。


 「わかるわよ、そういうの。でも言い返さないと変わらないわ」

 「それは、そうだけれど」

 「まずはその"もごもご"を辞めるよう意識しなさい」

 「そ、そんな、どうやって」

 「考えることは一つ『言いたいことを言う』よ」

 「『言いたいことを言う』」

 「そう、それが大切なの」

 

 「………………僕には、無理だと、想う」


 腕を組んでふらふらと歩きまわっていたエクレアは、その言葉を聞いてピクリと立ち止まる。横目でじろりと睨んで、「どうして」と語気の強い声を出した。

 ラスクはびくりと怯えながらも、言葉をつづけた。


 「だって、いままで、でなかったし、やろうとしても、できなかったし……」

 「君さ、今自分が何をしているか分かっていってる?」

 「え?」

 「君が私としている会話の言葉は、いったい誰がどこから持ってきた物かしら?」

 「それは……あ」


 気付かなかった、僕は先程からずっと自分の言葉を話していた。

 我が意を得たりと、エクレアが初めて笑った。にやりとした強気な笑みだった。

 彼女は、何気ない会話をしているつもりでラスクができないと思っていることをやらせていたのだと、ラスクは初めて気づいた。


 「君はやろうと思えばできるの。だからいじめなんかに負けないわよ」

 「……それでも、怖いよ」

 「怖い?」

 「僕を見る目が怖いんだ」

 「だからフードなんか被ってるのね」


 んー、とまた耳をピコつかせて思案した後、何か思いついたようエクレアは肩掛けのポーチから小さなピアスを取り出した。

 片耳用の綺麗で透明なラピスラズリのような青い石のピアスは、よく見れば彼女が右耳に付けているものと同じようだった。


 「前に貰ったものなんだけれど、そうね、これをきっかけに今の会話でも思い出せれば重畳かしら」

 「つまり……?」

 「言いたいことを言う、君はやればできる、それだけでいいのよ」

 「……それで変わるのかな」

 「それは君次第かな。君が勇気をもって立ち向かえば、多分何とかなるわよ」

 「勇気……」


 臆病で気の弱いラスクにとっては縁遠い言葉であった。昔から自分に足りていない物、憧れの象徴、彼女のように行動できることをきっと、勇気があると言うのだろう。手渡されたピアスはひんやりしていたけれど、熱いものを感じた気になった。ラスクは逡巡を巡らせて、やはり変わりたいと思った。このままではいけないと、強く思うことにした。

 ピアスを右耳に着けて、勇気ある彼女から少しでも貰えればいいなと思った。


 「……わかった、やってみる」

 「それでこそよ、いじめなんかに負けるな」


 まだ怯えは消えないけれど、震える声で精一杯の啖呵を切った。

 彼女はまたにやりと笑ってさっさと帰ってしまった。


 不思議な体験をしたな、と右耳のピアスを指先で触る。

 ここでようやく、ラスクは彼女に元気づけられた事に気付いた。

 「勇気……」

 明日はやってみよう、と弱々しい拳を力いっぱい握り締めた。



:::***:::



 「なんだよ、お前」

 「ラスクの癖にずいぶんいい気になってんじゃねぇの?」

 「…………」

 

 がばりと強引に肩を組んできた特に大柄なノームの腕を跳ね除けた。別に昨日の今日で力が強くなったなんてことはないから、跳ね除けるというよりも抜け出したというほうが近い。それでもこれまでできなかったことだ。

 「『言いたいこと言う』」

 右耳に着けたピアスに触れると、やっぱり昨日のエクレアとの会話が頭の中に思い浮かぶ。なぞらえるようにぽつりとつぶやくと、今日は三人組のノームは顔を見合わせて噴き出した。


 「『言いたいことを言う』? できる分けねぇだろ!」

 「ティミーが何言いだすかと思えば、頭でも打ったか?」

 「アホらしい、笑いすぎてはらいてぇわ」


 ゲラゲラと見下して笑う恐ろしい顔から目を逸らそうとして、それは駄目だと思った。『どうしてそういうところだけ豪胆なのかしら』ラスクは、自分が豪胆だなんて思ってなどいなかった。ラスクは自分でも知らない自分が、心の中にいることを昨日教えてもらった。だからできるはずだ。

 「『やろうと思えばできる』『勇気をもって立ち向かえ』」

 ちり、と耳元でピアスが鳴れば、こういう時どういう表情をしてやればいいか思い付いた。勇気と共に、借りてみよう。


 「あ?」

 「僕は」

 「なんだよ」

 「お前らみたいなヤツに……負けない」 

 

 怖い、怖い、恐ろしくて仕方ない。でもそれをねじ伏せることはできるはずだ。やろうと思えばできるのだから。勇気があれば僕は戦える。そう信じるんだ。

 臆病者ティミーとはお別れだ。

 ラスクにニヤリとした笑いは似合わない。その代わり引き攣った、怯えた、涙目の、しかし毅然とした意志をこれでもかと込めた、顔を上げた。


 「やるならやってみろ、三人がかりじゃないと僕一人もいじめられない弱い奴チキンめ」

 「…………」 

 「…………あ?」


 腹を抱えて笑っていた三人が未知の何かを見たように固まる。ニヤついて動かない表情は次第に崩れて、眉間にしわを寄せて威圧的な、怒りの沸点を越えた時のような、静かな凶暴さが感じ取れるような一言を放つ。

 ゾクリと本能的な恐怖を感じて、フードを被ろうとしたが、それはダメだと、ラスクの中の何かが拳を強く握らせた。

 僕はまだ、戦ってすらいないじゃないか――!


 天敵よりも人間よりも怖くて仕方ないこの三人の妖精から、しかし逃げるという選択肢を選ぶということはあり得なかった。


 「僕は、お前たちみたいな弱虫じゃない!」

 「っ――!」

 「原型無くなるまでぶん殴ってやる!」


 毅然と言ってやると、案の定リンチされた。殴り返したけれど、生まれてこの方殴るなんて野蛮なことをしたことが無かったから、きっとたいして効いていないと思う。それでも立ち向かえたというのはラスクの中できっと何かを変えたはずだと、ぼこぼこにされながらも少し誇らしかった。言ってやったぞと、心の中の痛みの棘のようなものはすっかり無くなっていた。



:::***:::


 

 「……君、大丈夫?」

 「……全然、大丈夫じゃない、前見えない」


 殴られるのはかなりきつかった。一発一発ジンジン響くし、感覚がなくなるかと思った。口の中も切っているようで血の味がした。勇気の代償がこれというのは、平和的な生き方をしてきたラスクにとって新鮮とも言えた。

 決して良いものではないけれど、誇らしいものではあると思えた。

 

 眼鏡が割れて視力の悪いラスクには何もかもがぼやけて見える。ただ、聞こえてきた声とうっすらと見える猫耳の青い小柄なシルエットには覚えがあった。

 壁に寄りかかって痛いのをこらえてるラスクを見下ろす彼女からは、確信はないけれど見下されてる印象は感じなかった。ぼんやり見える笑顔も、強気なニヤリ笑いじゃない、と思う。


 「ナイスガッツじゃん」

 「ありが、とう」

 「はい、今日の授業中にこっそり作ったポーション」

 「……冷たい」


 ばしゃりと冷水、ポーションを掛けられる。彼女はこういう事態を想定していたのだろうか。だとしたらずいぶんと頭の回る。手のひらで転がされた気がしないでもないけれど、長年の悩みに一区切りつけられたラスクにはそこに嫌悪感を抱くような余裕がなかった。

 痛みは引いて、腫れも無くなっていく。上手いものだった。


 「勇気」

 「ん?」

 「あるもんだね、初めて知ったよ」

 「でしょ、私もそうだった。君、これから変わっていくよ」 

 「ありがとう」

 「どういたしまして」


 代わりの眼鏡を掛けてみると、世界が輝いて見えた。彼女の笑顔は、なんというか晴れやかで、きっと今の僕も同じような表情をしていると思うと、嬉しくなった。

 後に妖精の英雄になるラスクは、この日初めて『勇気』を貰った。



:::***:::



 「で、プロポーズは上手くいったの?」

 「だからバカ姉、そういうんじゃないってば!?」

 「でも、あんなに熱心にピアスに暗示の魔法かけてるエクレアも初めて見たわ」


 ぐぅの音も出ない。そうだ、確かにラスクにあげたピアスには暗示の魔法をかけた。しかしそれは彼の『勇気』の一助になればと思ってのことで、けっしてやましい意志はない。しかしこの頭のねじが吹き飛んでいるバカには、やましいものに見えたのだろう。


 「ただ、いい事をしただけだよ。人助け」

 「そう、そりゃまたどうして急に?」

 「……見てられ無くなった」

 「昔の自分みたいで?」

 「そう、わるい!」

 「いやぁ、そんな気は無いわよ、ただ、成長したなって」


 ちゃらんぽらんだが、何だかんだ視野の広い女である。

 何はともあれ、これであの眼鏡の似合う顔だけは良い少年が何か変わってくれれば、それだけでも頑張った甲斐があるというものだ。

 エクレアはそれだけ考えると、疲れたように眠りについた。


 どうかあの少年に勇気あれ。いつか人間にも負けない強い妖精になるように。

















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