第452話 インモラル

 大好きな女の子の体を舐める。そんなの大人になるまでできないと思っていた。早く大人になりたい。かっこいい大人になりたい。そんな風に思っていたのも、えっちなことが早くしたかったからだ。


 でも、僕がラファエルさんの申し出を受けるということは、ビスキュートの死を受け入れるということ。僕の性欲が満たされるのと同時にやって来るのは、好きな子の死。


 断れよ。


 なにを迷ってるんだよ。


 ビスキュートと笑って生きていたいんだろ? 生きることの素晴らしさを伝えるんだろ? 本当にそうなら迷うことなんてないだろ?


 心の中で響く僕の声。


「はあ、はあ……」


「僕ちゃん、大丈夫かい?」


 僕はショックだった。ビスキュートの命と抑えきれない性欲を、天秤にかけている自分が悪魔にしか思えなかった。とはいえ、死はビスキュートの願い。それを叶える為に、ここで生活をしていたんだ。


 薄れてゆく罪悪感、人としてのモラル。目の前のふたりの大人に僕の心は掻き乱され、魂のレベルがどんどん落ちていく感覚に襲われる。


「ねえ、僕ちゃん。私たちのお願いというよりも、マリアのお願いなのよ。聞いてあげて」

 

 ミネルヴァさんが僕の手を強く握りしめながら言った。僕をみつめるその目は僕ではなく、確実にその先にあるビスキュートの肉をみつめていた。


「僕にはでき……」


 ガタッ!


 ラファエルさんが立ち上がった。僕のわずかに残った理性でふりしぼるように発した弱々しい言葉は、たったそれだけの動作でシャボン玉のようにあっさり弾けて消えてしまった。


 ラファエルさんは僕の隣で眠るビスキュートをお姫様だっこして言った。


「僕ちゃん、3階に儀式を行う部屋がある。そこで話そう」

 

 僕は無言のまま、ラファエルさんの後ろをついて階段をのぼるしかなかった。天国への階段のような、死刑台への階段のような不気味な感覚。


 階段を踏みしめる足の裏は氷のように冷たい。まるで力が入っている気がしないアンバランスな僕の体は、ヤジロベエのようにフラフラしていた。


「ここだよ」


 3階の突きあたりのドアをラファエルさんは静かに開けた。胃の重みを感じながら、僕も恐る恐る部屋の中へ入った。厚いカーテンが閉めきられ、薄暗い。ラファエルさんが部屋のライトをつけた。


 明るくなった部屋は儀式を行うという割には普通の部屋だった。観葉植物の鉢がのった机。謎のファイルが並べられた本棚。9時24分で止まっている柱時計。床にはロイヤルレッドのカーペットが敷かれている。


 部屋の中央には高級そうなセミダブルのベッドがある。真っ白なシーツ、真っ白な布団、真っ白な枕。ホテルのように綺麗にベッドメイクされていた。この普通の部屋の中で、そのベッドだけがなぜかとても異様に感じた。

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