第7話 フロッグマン

 衝撃の『まんさくライブ』から3日が経った。


 天使あまつかイバラが侵された不治の病、奇病『バミューダ病』


 全世界で年間100人がその犠牲になるという。症例数の少なさと、患者の余命の短さから、バミューダ病の全容の解明と治療法を確立することは、医療界の中でもトップクラスのむずかしさだった。



 黒宮藤花はあの日から、時間と体力の許すかぎり和室にこもり、方舟様に天使イバラの全快を願った。



 『全身全霊』



 その言葉どおり、藤花は命を削って方舟様に祈り続けたのだった。


「方舟様どうか! どうかっ!」









 その日の夕食後、テレビで奇妙なニュースが報じられた。ここ数日、V県で謎の『行方不明事件』が多発しているというものであった。


 目撃者によると『被害者はカエル人間に食べられた』のだと言う。


 その証言が全く面識のない人たちから同時に寄せられたのだ。警察は首をかしげながらも、その証言の信憑性の高さに困惑しきりだった。


 『フロッグマン』


 そう名付けられたカエル人間による行方不明事件にも、藤花はまるで興味がなかった。それよりも天使イバラの容態のほうが気になって仕方がなかった。




 翌日


「おはよう。藤花」


「おは……よう。杏子ちゃん……」


「どうしたの? めちゃくちゃ眠そうじゃん。まさか?」


「うん。昨日も方舟様に夜中までお願いしてたんだ。イバラちゃんのことを……」


「それはすごいことだけど、ちょっとは自分の体も大事にしなきゃだめ!」


「これだけお願いしたら、きっとイバラちゃん、よくなる。杏子ちゃんもお願いしてくれてるんだし……」


「あっ……うん。だね……」


「奇跡を起こす! それが方舟様なんだから……!」


「あっ、そうだ。帰りにケーキ食べに行こうよ。『アリの巣』に。疲れがとれるよ〜きっと」


「『アリの巣』かぁ。最近行ってなかったね。うん、行く!」





 睡眠不足の藤花は授業中、睡魔に負けて寝てしまったが、教師は普段まじめで成績優秀な藤花を無理に起こしはしなかった。なにか事情があるか、体調が悪いのかと思ったのだ。




 放課後




「じゃあ、行こっか」


「授業中、寝ちゃったけど、おかげで体が軽くなったよぉ〜」




 喫茶『アリの巣』



 てんしょうせい学院から徒歩10分。


 多くの女子生徒が、学校帰りに立ち寄るケーキとパフェが人気のレトロ感あふれる喫茶店。


 ここの店主も『永遠の方舟』の信者。もちろんケーキは信者に配慮した素材を使用している。


 2人にとって憩いの場である。





「なに食べよっかな〜」


「私はイチゴたっぷりショート」


「じゃあ、私はクランベリーチーズケーキにしようっと」



 藤花はイチゴたっぷりショート。

 杏子はクランベリーチーズケーキ。


 2人は仲良く半分こして食べた。そして、さくらんぼの紅茶でホッと一息。


「イバラちゃんのインスタ、まだ何も更新されてないよ」


「藤花。もう少し待とうよ」


「そ、そうだね、あせっても仕方ないか。ふぅ」


「今日は早く寝なね。私は藤花のことも心配になっちゃうじゃない」


「ごめん……」


「ねぇ、今からうちに来ない?」


「えっ!? 本当に?」


 杏子が藤花を自宅に誘うのは、そういう気分の時だった。


「甘いケーキのせいで心も甘い気持ちになっちゃったなぁ。なんて」


「うん。行くよっ。杏子ちゃんとキス。久しぶり♡」


 2人は、甘い気持ちでフワフワと『アリの巣』を出た。この後のとろけるような時間を想像するだけで、幸せにつつまれた。駅に向かうスピードも自然とはやくなる。


 その時だった。








「きゃあああぁ─────!!!」





 女生徒の悲鳴が響き渡った。


 その方へ視線を向けると、2メートルはあるカエル人間、ニュースで言っていた『フロッグマン』がそこにいた。


 黒いズボンだけ履いている。上半身は裸。カエルのくせに、マッチョだ。



「本当にいたんだ〜気持ち悪い」


「思ってたより大きいんだね」


 なんて言っていると、フロッグマンが自分を見ている2人に気づいて、ヒタヒタと近づいてきたのだ。


 その他の人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて辺りにひとけはない。


 ピタッ! ピタッ! ピタッ!


 藤花と杏子の目の前に、フロッグマンが立ちふさがる。



「近くに来るとさらに気持ち悪いね」


「そうね。早くどっかに行ってほしいんですけど」













 『過信かしん




 2人は『永遠とわの方舟』の守護のもと生きている。なので、極端に恐怖の感情が欠落していた。


 本来、まわりの人間と同じく、素早く逃げるなり隠れるなりしなければいけなかった。


 もう、遅かった。








 ガプッ!!



 フロッグマンが、百合島杏子の頭にかぶりついた。



「えっ!?」



 藤花が驚いたと同時に……





 ブシャアアァァアッ!!!





 大量の血液が藤花の目の前にとびちり、頭のない杏子の体がドサっと地面に横たわった。


「あ、杏子、ちゃ……」


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