ライヴズ・ゴーズ・オン

@nanikakakana

ライヴズ・ゴーズ・オン

 「3月5日金曜日! 時刻は18時30分! 今日も始まりました。えふえむななごー!戸崎リサのりさりさリサイタル!」

 今週も始まった。私の癒やしの30分間。

 上京して、東武東上線沿線から都内の大学に通う私の一週間の疲れを癒やしてくれる素敵な番組。戸崎リサのりさりさリサイタル。

 そろそろ中学二年生のパーソナリティ戸崎リサさんが、あれやこれやとお喋りして、曲をかけて、お喋りをする。そんな三〇分。

 でもその三〇分が単身上京して、大学で友人も何も作ることのできなかった私の心の支えになっていた。

 春夏秋冬このラジオとともに過ごして、そろそろ一年だ。大学の勉強をしながらこの番組を聴く、それが私の習慣。

 

 一年前の今日、まだこの番組はこの世に存在してなかった。去年の4月某日、この番組を放送している朝霞のコミュニティFM・エフエムNANAKOの生番組にサプライズゲストというか、出演させてください! と殴り込んできたらしい。

 当時の戸崎リサさんはランドセルを下ろしたばかりの中学一年生。なんでもラジオパーソナリティに興味があって、出させてほしいとのことだった。すごい意志である。

 私は当時たまたま戸崎リサ事変の場面に遭遇した。初登場からめちゃくちゃ面白くて声の可愛い子だった。将来の夢はビッグになること!らしい。かわいい。

 あの子をレギュラーにしてほしいと無理を承知でメールしたら。いつの間にか冠番組が出来ていた。聴いていたみんな同じ気持ちだったんだろうな。

 あれから私はあかりんというラジオネームでちまちまメールを送っている。たまに読まれると、それはすごく嬉しい。

 ……ラジオネームは私の名前が和田アカリというところから来ている。自分であかりんと名乗るのは恥ずかしいが、ラジオのリスナーとしてならそんな自分も受け入れられた。


 とかそんなことに思いを馳せながら今日もりさりさリサイタルを聴いていた。今日はメール読まれなかったな。ちょっと寂しい。と、思っていると嫌な予感のする言葉がラジオから聴こえてきた。 

「大事なお知らせがあります。」

 ペンを持つ手が震える。良いお知らせ、だと良いなあ。でも、なんか、嫌な、予感がする。

「この、戸崎リサのりさりさリサイタルですが、パーソナリティの私が所沢の方に引っ越すことになりまして……」

「池袋までの時間は変わらないんですけどね~。でも、学校の帰り道にスタジオに寄れなくなっちゃって、この番組を続けられなくなりました」

 脳が、その言葉の理解を拒もうとして、でもリサちゃんの言葉を受け入れないのはありえないので、受け入れた。そんな、そんなこと、あるんだ。

「寂しいです」

 私も寂しい。何も考えられない。

「というわけで、戸崎リサのりさりさリサイタル。最終回は来週、3月12日になります。突然でごめんね」

 えっ早くない? ちょっと待たない?

 どうしよう。あと、7日間。最後の日まで、どうやって過ごそう。


 一日目・土曜日はベッドから起き上がることなく、スマホを弄んで何を得ることもなく、終わる。


 二日目・日曜日はインターネットで動物動画を見ていたら夜になった。昨日よりはマシかもしれない。


 三日目・月曜日は大学で講義。なんだかんだで受ける。メール、出さなきゃな。最後だし。少し前向きになる。


 四日目・火曜日も大学で講義。「月並みですが、これまで貴方のラジオを聴けて幸せでした。最後の放送楽しみにしています」とだけ番組にメールをおくる。最後のメール。


 五日目・水曜日は全休。最後に聴くときは家を綺麗にしておきたい、そんな気持ちから大掃除を始めるが、逆に部屋が汚くなる。


 六日目・木曜日は午前中だけ講義。最後をどうやって迎えるのは正しいのか、答えを考えていた。講義の内容は覚えていない。


 七日目・当日──

 ぶっちゃけていうと、コミュニティFM・エフエムNANAKOのスタジオは私の下宿のすぐそこにある。すぐそこ。ほんとすぐそこの美容院の二階。徒歩数分。駅より近い。

 なので、近くで聴くことも可能なのだ。だから?

 中はしっかり見えるわけではないけど、外からスタジオを眺めながら、最後のラジオを聴く。それもアリなのではないか。そう思えてきた。

 

 3月12日金曜日の18時ごろ、私は下宿を出て、あたりを彷徨くことにした。

 戸崎リサさんが生きたこの場所の空気を吸いながら、このラジオの最後を聴き遂げる。それで良いじゃないか。

 否応なく最後の時は来る。私はワイヤレスイヤホンを装着し、サイマルラジオの視聴ボタンを押した。


 「3月12日金曜日! 時刻は18時30分! 今日も始まりました。えふえむななごー!戸崎リサのりさりさリサイタル!」

 「今日は、最終回です!寂しいよ~~」


 今日はみんなのメール読みを中心に、でもいつもどおり彼女が楽しく話して、曲をかける。いつもどおりのりさりさリサイタルだった。

 それが、嬉しくて、寂しかった。


 あたりを歩き回って、最後、エフエムNANAKOのスタジオの目の前に来てしまった。帰り道なんだもの、と言い訳をする。

 番組も終盤に差し掛かる。最後のメール読みの時間になる。今週は、読んでもらえなかったな。最後は、読んでもらえなかったな。

 「ラジオネームあかりんさんからのメールです!この人初回からメール送って来てくれたんですよ!ありがとうございます!」

 胸がドクンと反応した。読まれた、嬉しい。思わず口角が上がってしまう。

 そうだった。この子の番組が始まると聴いて、メールの数が少なくて番組が成り立たないとか嫌だから、アホみたいにメール送ったっけ。

 そんな心配杞憂だったけどね。リサちゃんの凄さからか、この番組の聴取率は高かったらしい。

 「え~『月並みですが、これまで貴方のラジオを聴けて幸せでした。最後の放送楽しみにしています』ありがとう!嬉しいです」

 シンプルなメール。シンプルな返事。それでいい。覚えててくれたことが何よりも嬉しい。


 私のメールが読まれたあと、エンディングジングルが流れ始める。

 「そっか、でも最後、最後かあ。……いや、最後じゃないかも、ですよ! いやこの番組は、正しく最終回なんですけど」

 えっ? となって少し首を傾ける。目を閉じて、耳に全集中力を注ぐ。

 「中学生でこんなことするってことは……人より目立ちたがりなんですよ。私」

 「だから、またあなたの人生の片隅で、お会いできるように、頑張るので。今日が最後じゃないので」

 「それまでお互い、生きましょう。ばいばい!」

 番組は終わる。いや、終わった。でも、私達は終わりじゃなかった。

 どんな番組はいつか終わる。でも私達の人生は続くんだった。当たり前のことだ。

 私の人生は続いてるし、彼女の人生も続く。いつか縁があれば、また会えるだろう。なんて簡単なことなのに気付かなかったのだろう。

 もう、大丈夫。大丈夫だから、帰ろう。少し深呼吸して、そう決心した。


 余韻に浸ったのち、下宿への帰り道を歩きだしたら、件のスタジオが入っているビルから人影が飛び出してくる。

 どうみても制服。どうみても中学生。こんなの、彼女しかありえない。あっ、ばいばいって、言われたのに。

 でも、でも。

 その人は自転車に乗ろうとする。いけないと理性はストップを掛けているのに、どうしようもなく思わず声をかけてしまう。

 「リサさん!」

 その人影は、立ち止まり、こちらを向く。驚いたような表情をしている。怖がらせているに違いない。当たり前だ。でも。

 「りさりさリサイタル、大好きでした!自分はあなたのファン…です!」

 「あっごめんなさいプライベートですよね本当に。でも。はい、好き、でした。すみません! 帰ります!!」

 これは私のエゴで。どうしても伝えたくて、仕方なかったんだ。会えてしまったから。

 彼女から身体を背けて、そのまま帰ろうとした。

 

 「ちょっと待ってください。帰らないで」

 そのまま逃げようとしていた私に望外の言葉が投げかけられる。ビダッと私は足を止めて、彼女の方を向き直った。このまま通報されてもなんのおかしくもない。アタリマエのことだ。

 じとっとこちらをみるリサさん。あっやばいかわいい。ごめんなさいごめんなさい。

 「……ラジオのあとの出待ちって、初めてかもしれないです」

 うーんと考えた顔をして。少し首を傾けている。暫くしたのち、しっかりと視線を合わせて。リサさんの口が動いた

 「リスナーの方の顔を見れたのもはじめてです。嬉しい。メールとか送ってくださりました?ラジオネームは?」

 「えっ……あぅ。ラジオネームあか、りん……」

 「あかりんさん! 大学生の! すごーい!」

 「うう、はい……はい」

 「あかりんさん」

 「な、なんでしょうか。打首でもなんでもうけいれます。はい」

 もう、何も考えられない、頭が回らない。脊髄反射で答えていく。

 「りさりさリサイタルは終わっちゃうけど、人生は続くんです。口ではああいったけど、やっぱり私ふわふわしてたんです」

 「でも貴方のおかげでやっぱり頑張ろうって思えました。握手、してくれませんか?」

 おずおずと、言われるがままに握手をした。

 「いつかこの握手を貴方が自慢できるように。私は頑張るから。頑張ります」


 その時、この子は本当にすごい子だな、と涙腺崩壊を感じると同時に、この子を一人で、頑張らせてはいけないと思った。私がしたこの握手が、彼女の呪いになるかもしれない。

 だから、思いっきり腹に力を込めて、叫んだ。

 「貴方に胸を張ってまた会えるように、あかりんもがんばります!!」

 そう叫ぶと、彼女は満面の笑みを浮かべたように見えた。自分の顔はどんなだったろう。

 「じゃあね! またね! あかりんさん!」

 彼女は丁寧なお辞儀をして、自転車で去っていった。


 彼女に胸を張って会える人生に。

 いつか彼女とまた会えたときのために。たくさんの思い出ばなしを積み重ねよう。

 彼女の生きたこの場所のことを。覚えていよう。

 そしていつか、あかりんとして盛大に自慢してあげるのだ。誓いをした冬の日だった。

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