五等分の花婿

ひより那

第1話

 僕は今、モーレツに困っている。


『年齢イコール彼女ナシ』、料理が趣味の冴えない僕を彼女たちが奪い合っているのだ……まさに修羅場。


「悠人くんは私と付き合うのよ、普通の恋愛が一番いいわ」

 藤村ふじむら つぼみが僕の腕を掴む。


「ゆうちゃんはわたくしと付き合うべきですわ、だって婚約者ですもの」

 白浜しらはま こなみは左手の薬指にはめられた木の指輪をみせる。


「フンッ、悠人、わたしを選びなっ」

 山口やまぐち もろみは冷たい視線を僕に向ける。


「お兄ちゃんは羽美と付き合うのー」

 村松むらまつ 羽美うみは一生懸命に僕の手を引っ張る。


「悠人さん、ウチを選んでください」

 薄波うすなみ 泰代やすよは日本人形のような黒く長い髪を掻き分けた。


 なんでだ……なんでこんなことになったんだー。



 ◆ ◆ ◆


 僕は来栖くるす 悠人ゆうと、どこにでもいる平凡 (よりちょっと底辺)な高校2年生で年齢=彼女なしの陰キャである。


「はぁ、この時間が落ち着くんだよなぁ」


 学校から帰ると夕飯の準備に取り掛かる。家は母子家庭で母親が夜勤有りのフルタイムで働いているせいか家事全般は僕の仕事、いつのまにか料理が好きになった。


「今日のリクエストはハンバーグだったよな」


 肉汁を閉じ込めるように強力粉でコーティングするのが僕のやり方、手早く料理をしていく。母の夕食用にそれらをテーブルに並べて食卓カバーをかけると、弁当箱に料理を詰めて祖母宅に持っていく。

 

「珍しいな、ばーちゃんが洋食を頼むなんて」


 ひとり暮らしの祖母に食事を届けるまでが僕の日課、距離にして数百メートル離れたところに住んでいた。


「これで、よしっと」


 道中の石碑に夕食をお供えをしている、昔、困った時にお願いしたら願いが叶ったのだ。それからお礼の意味を込めて毎日お供えするようになったのだ。


「それにしても、いつも料理が無くなってるんだよなぁ。犬か猫に食べられてるのかなぁ……」


 餌付けして野良犬なんかが集まってきても困るし……野良犬なんかを見かけるようになったら止めようとは思っているが、今の所そんな様子もない。


「ばーちゃん、夕飯持ってきたよ」

「ユウトか、悪いねぇ~おかずの注文までしちゃって。今日は羽美うみちゃんが来るから洋食をお願いしたんだよ」

「えっ? 従兄弟うみが?」


 トタトタと走ってくる羽美、どこからどう見ても小学校高学年にしか見えないが、れっきとした僕と同じ高校に通う1年生後輩である。


「悠人兄ちゃん久しぶりー」

「羽美がばーちゃんちに来るなんて珍しいね」


 羽美は右足を左腿に乗せて座ると大粒のナミダをこぼした。


「あらあら、羽美の兄けんちゃんに彼女が出来たんだから喜んであげなくっちゃ」

 祖母の優しい声がゆっくり羽美の顔を青くする。


「嫌なのー、お兄ちゃんを盗られる位なら家に帰らないんだからー!」

「あー、とうとう謙介も彼女が出来たんだ」

 

 昔から羽美は重度のブラコンだった。彼女の兄である謙介は僕の従兄弟で同級生。まー昔から謙介は羽美を異性として見てなかったし、さっさと好きな人を見つけろって言ってたもんなぁ。思わず『ふふっ』と笑ってしまう。


「ちょっと悠人兄ちゃん、笑わないでよね」

「ゴメンゴメン。そういえば最近、随分と謙介の機嫌がいいなとは思ってたんだけど彼女が出来たのか……そうか、良かった、良かった」

「良くないよー悠人兄ちゃーん」

「ユウト、あんたも料理ばっかりやってないで婆さんが死ぬ前にひ孫の顔を見せてちょうだいよ」


 苦笑いして頬を掻くことしかできない。料理が趣味の陰キャである僕に彼女なんて出来るわけがないじゃーん!

 しかし、ばーちゃんにそんなことも言えるはずもなく……


「ハハハ、ソウデスネ……ガンバリマス」と乾いた笑みを向けるのが精一杯だった。


「……ぶつ、ぶつ……」


「なんだ羽美、何をぶつぶつ言ってるんだ」

 持ってきたお弁当をお皿に移してテーブルに並べていく、ばーさんはニコニコしながら庭を眺め、羽美は声をかけにくいほどに自分の世界を作っていた。


 温めたハンバーグから肉汁とデミグラスソースの混じり合った匂いが部屋の中に充満しはじめた頃、羽美が大声をあげた。


「そうよ! そうだわ。私にはお兄ちゃんがいるじゃない!」


「どうした羽美、急に大声を出して」


 四つん這いになって僕の腕に絡みつく羽美。その時の目は明らかに女性の潤んだ瞳、ドキドキさせる魔性の上目使いである。


「悠人兄ちゃん、失恋した私を慰めて……もう羽美には悠人兄ちゃんしかいないの」


 ちょちょちょちょ、ちょっと待ってくれー。右腕に感じる全てが柔らかい……それに女の子のいい匂いま……。あー、頭の中がどうにかなっちゃいそうだ。


「ユウト!──」良かった、ばーちゃんが止めてくれるようだ。ふたりだったら陰キャボッチな僕が女の子の誘惑に抗えるとは思えない。「──従兄弟同士は結婚も出来るし、羽美ちゃんの相手がユウトならこの婆さんも安心して爺さんの所に行けるよ」


 満面の笑みを浮かべる羽美「やったぁ」と今まで聞いたことのないような明るい声を出して僕に腕に絡みついたのだった。


 直接感じる羽美の柔肌に思考は溶け出し、出てくる思考は『ばーちゃん、まだじーさん死んでないから』というツッコミだけ。


 なんとか羽美は引き剥がし、夕飯を食べはじめることに成功、いつもはばーちゃんとふたりきりで食事したが羽美がいるだけでずいぶんと賑やかな食卓だった。


「「「ごちそうさまでした」」」


 羽美が両手で体を引きずってズリズリこっちに向かってくる。その顔はとても可愛かった。



 ──帰り道 


「ハァー」


 SPO2が80%体中の酸素を使いきりそうな溜息。地面に佇む枝葉が木枯らしに吹かれたように吹き飛んだ。


「悠……人」


 石碑を通り過ぎたところでか細い女の子に声をかけられた。長い黒髪はボサボサ、かなり痩せ細っている、洋服もボロボロ。こんな女性に記憶が……いや、まてよ……。


「もしかして……泰代……泰代なのか」


 コクリと頷く。彼女は僕の幼馴染のひとり、小学校の時に転校してから会っていない。そんな彼女の言葉は蚊の泣くような声だった。


「ごめんなさい悠人、本当はあなたの前に姿を見せるつもりはなかったんだけど……キャッ」


 僕は後先のことなんて考えられなかった。幼馴染の泰代がこんな姿でここにいる。変わり果てたボロボロの姿に幸せな生活をしているなんて考えられない。彼女の腕を掴んで家に連れて帰ったのだった。


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