わたしがマリーですが、なにか……?

 


 死んだ姉の代わりに妹をよこします――父が、その文を出したのは、わたしたちが出立するその日だった。


 早馬に乗せたとは言え、馬車でもたった四日間の道中だ。そんなに差があるわけがない。

 そのためグラナド家の門前でひと悶着があった。



「早馬は一昨日には着いただろう? 少々急ではあったが無断で押しかけたわけではない!」


 父が怒鳴り、


「しかし主はそのとき出向中で、今朝方やっと文を見たところで。その心中はまだどうにも」


 門番がなだめる。


「ですからどうか今日のところは、王都で宿をおとりになって……」

「明日かならず城に入れてくれるのか? 貴様はそれを約束できるのか?」

「い、いえ、自分はしがない門番ですので。とにかく少々のお時間を……」

「それでもし門前払いで終わったらどうする? ここまでの路銀と宿代を、貴様が払ってくれるんだろうな!」

「ええっぼくが!? なんで!?」


 窓越しに聞こえる攻防……みっともないことこの上ない。

 色んな意味で、わたしは馬車から出られなかった。

 だが父がここまで食い下がるのもわかる。じっくり検分などさせては、門前払いを食らう確率は上がる一方。考える時間も与えずに、娘を置き去りにしなくてはいけない。顔をじっくり見られる前に、路傍に追い出すのも可哀想だ、とりあえず一晩――と、寝所に入れてもらうつもりなのだ。


 ……それにしても、この門番さんが困っている。

 どうにか助けてあげたい。それもこれも、わたしが可愛くないせいだし……なんとか父をなだめて、今日は街の宿へ……。


 タイミングを見計らっていたその時、女性の声がした。


「何の騒ぎですか、トマス」

「あっ、ミオ様! お帰りなさいませっ」


 門番が畏まる。

 わたしは窓から外を覗いた。

 伯爵の家族がやってきたのかと思いきや、黒のワンピースに白いエプロンドレス、典型的な侍女の恰好をしていた。栗色の髪はおさげにしている。年は二十歳ほどだろうか。門番が彼女に説明しようとした矢先、父が居丈高に名乗りを上げる。シャデランの名を聞いて、侍女――ミオ? は眉をひそめた。


「ああ……シャデラン男爵。婚約は解消となり、そちらのお家との縁は切れたはずですが、何か?」

「次女のマリーを連れてきた。伯爵にお目通りを」

「……死んだ娘の代わりにですか」


 彼女は父を侮蔑の目で見つめた。わたしは恥ずかしくなった。もう父を引っ張って、いますぐ王都から去りたい。でもそうは出来なくて、馬車の中で縮こまっていた。

 それと比べて、伯爵家の侍女の気丈なこと。父の前で一切ひるまず、堂々と胸を張って、


「たしかに、旦那様は今朝がた書状を確認されました。そのうえですぐに筆を執り、お断りの書を私に預けられました。まさに先ほど伝書屋に出してきたところですよ。行き違いになったようですが、答えは変わりません」

「いやしかし、我らも長旅の末だ。休ませていただきたい。とにかく城に入れてくれ」

「街の宿代は出しましょう。お引き取りを、シャデラン男爵」

「そ、そうはいかぬ、せめて一晩――ええい話にならん、伯爵を出せ!」

「お引き取りを」

「うるさい、使用人ごときが!」


 父が吠え、侍女の肩を掴みにかかった。

 なんてことを! わたしは慌てて、馬車から飛び出した。お父様を止めなくては!


 だがしかし、侍女は身をかわすと、父の腕を弾き、アッと思ったときには地面に組み伏していた。石畳に顔をつけ、ウギュウと呻く父。

 侍女は変わらぬ顔と声で、言い捨てる。


「お引き取りを、シャデラン男爵。しまいには衛兵を呼びますよ」

「う。ぐ、ぅっ……こ、この女ぁっ、こ、この私にこんなことをして、タダで済むと……っ」

「私のことはどれだけ罵っても結構ですが、城に入ることは許しません。どうかお静かに。旦那様はいま、ご傷心でいらっしゃる……」


「あ、あのっ! ごめんなさいっ!」


 わたしは地面に這いつくばった。父に並ぶようにして土下座をし、伯爵家の侍女を見上げる。


「申し訳ありません、ごめんなさい。父が失礼なことを申しました。お許しください」


 とにかく謝るしかない。地面に額をつけてひたすら謝罪するわたしに、侍女は父を解放してくれた。また文句を言おうとする父に、わたしは立ちはだかる。わたしがまっすぐ姿勢を伸ばせば、父よりも背が高いのだ。侍女と父の間の壁になり、わたしはまた侍女に謝罪した。


「本当にごめんなさい」


 深々と下げた、頭を上げる――と、侍女はポカンと、わたしを見ていた。水色の目がまんまるになって、わたしのことを上から下まで検視する。


 ……ん?


「あ、あなたは……あなたが、マリー、様?」

「は、はい。そうです。シャデラン家の次女です」

「次女……死んだアナスタジア様の妹君……?」

「そうです。あの、ごめんなさい。姉には全然似ていないですけど……」


 侍女は悲鳴じみた声を上げた。門番に旦那様を呼べと命じ、自分も大慌てで城へ駆け込む。そしてすぐに戻ってくると、スカートの裾を持ち上げ、わたしに向かって一礼した。


「ようこそお越しくださいました、マリー様。どうぞ中へ。……旦那様がお待ちでいらっしゃいます」

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