わたしの誕生日だけど主役はわたしじゃありません
その日はわたしの十八歳の誕生日。シャデラン家の屋敷では盛大なパーティーが開かれていた。
ずらりと並ぶ美食とワイン。めいめいに着飾った紳士たち……。貧乏男爵家の主催にしてはずいぶん人が集まったものである。
だけどもこのパーティーの主役はわたし、マリー・シャデランではない。姉のアナスタジアのものだった。
「まあ素敵! 何て綺麗なドレスなの。お父様お母様、ありがとうございます!」
ローズピンクのスカートをくるくる翻し、回るアナスタジア。本当に素敵なパーティドレスだ。金髪に山ほどの飾りをつけて、どこからどうみてもお姫様。悔しいくらいに綺麗で可愛くて、文句のつけようがなかった。
一方わたしときたら、申し訳程度に刺繍がついた灰色のワンピースである。これってドレスと呼べるのかしら? パーティーの主役としてはもちろん、貴族の娘が着る素材ではなかった。赤毛はかろうじて洗いはしているものの、長年の放置であちこち毛玉だらけ、ゴワゴワでボサボサ、まるで野良犬のよう……。視線だけで見上げるわたしに、両親はため息交じりに吐き捨てた。
「我慢しろマリー、うちは貧しいからな、こんなものしか用意できなかったんだ」
「そうなのよ、ごめんなさいね。それにあなたにあつらえても意味はないでしょう? 可愛いドレスなんて似合わないものね」
……そう言われたら、何も言えない。
「マリー、わたくしのドレスを着る? ほかにいっぱい持ってるから大丈夫よ」
姉が優しく声をかけてくれる。きっと彼女に悪気はないのだ。わたしは首を振った。
「わたしは背が高すぎて、お姉様の服は着られませんから……」
「少し直せば何とかなるわ」
「アナスタジア、マリーは可愛らしい格好が嫌いなのよ」
母が口を挟んできた。そういうわけではないけど……でも実際似合わなくて、恥ずかしく、気が進まないのは事実だった。
黙り込んだわたしに、アナスタジアは眉をしかめたが、やがてにっこり笑った。少女のように踵を跳ねさせて、
「その服も素敵よ。大人っぽくってかっこいいわ。マリーによく似合ってる」
「ありがとうございます。お姉様はほんとうに可愛らしいです」
それは、お世辞なんかではなかった。アナスタジアは本当に綺麗で、ものすごくモテる女性だったから。
わたしたちは同じ親から生まれた子供だけど、何一つとして似ていなかった。
姉のアナスタジア、妹のマリー。ふわふわ金髪のアナスタジア、毛玉だらけの赤毛のマリー。少女のように小柄なアナスタジアと、男の子みたいに長身のマリー。明るく社交的なアナスタジアと、ひとりで本を読むのが好きなマリー。可愛いワガママがなんでも叶うアナスタジア、両親に文句ひとつ言えないマリー。
アナスタジアはいつでもキラキラ輝いていたけど、わたしはどうしようもない。お金をかけても無駄なので、いつも同じボロの服を着ていた。
それでいうと、今日は酷く地味とはいえ新しい服だ。石鹸で髪も洗えて、少しはマシになったはず――なのに。
なのに、誰にも主役と気づかれないままだった。
ビュッフェ会場で、「お誕生日おめでとうございますご令嬢」と囲まれたのは、アナスタジア。となりのわたしはまるでメイドのようにスルーされた。
訂正しようとするアナスタジアを、両親はなぜか黙らせた。来賓に、お集まりくださりありがとうと微笑んでて。
貴族の青年が彼女の前にひざまずく。
「お初にお目にかかります、アナスタジア様。かねがねお伺いしていた噂の通り、いやそれ以上にお美しい」
「ど、どうも、ありがとうございます」
「どうか私とダンスを。そのためだけに、運河を越えて参りました」
あっ、とわたしは気が付いた。
これはわたしのパーティーじゃない。ほんとうに違ってたんだ。
初めから、アナスタジアのものだったんだ。
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