複垢警察24時

板野かも

第1話 複垢捜査官

「間違いない。ここがヤツの自宅だ」


 郊外の住宅地に建つ平均的な家屋だった。間黒まぐろは新入りの佐門さもんと並んで玄関先に立った。裏の勝手口にはもう一人の部下が回り込み、犯人ホシの逃げ道を塞いでいる。


「警部。犯人ホシは本当にシッポを出すんでしょうか」


 佐門の声は微かな緊張に震えていた。この青年は今回が初の臨場りんじょう案件なのだ。間黒はそんな部下の緊張をほどくべく、努めて落ち着き払った声で答える。


「出すさ。やっこさん、複垢ふくあかからのログインは毎日この時間帯に集中してやがる。父親は会社、母親はパート、弟は学校……。今、この家にいるのはヤツ本人だけだ」


 言いながら、間黒は手元の携帯端末の画面を注視していた。ターゲットの本垢ほんあかがアクティブになったのは十分ばかり前。ログインはPC端末からだ。いつものパターン通りなら、からのログインがそろそろ行われるはず。

 間黒は二回り年下の佐門の顔をちらりと見た。彼の表情はまだガチガチに強張っていた。自分にもこんな頃があっただろうか、と間黒が思いかけた時、端末の画面に赤い文字が光った。


「ログインが確認された。突入する!」


 複垢ふくあか警察けいさつに与えられた二十四の特権の一つ、ユニバーサル・マスターキーで玄関のドアを解錠し、間黒は佐門を伴って家の中へと踏み込んだ。事前に把握していた間取り図に従って、犯人ホシが待つ二階の部屋へと階段を駆け上がる。

 ばん、と部屋の扉を開け、間黒は中の人物に向かって身分証ライセンスを突きつけた。


「動くな! 複垢警察だ!」


 ひっ、と怯えた声とともにデスクチェアごと振り返ったのは、ひょろりと痩せた眼鏡の若者。卓上には小説サイトの画面を映したデスクトップパソコン、そして男の手にはスマートフォン。


「そのスマホを見せてもらおうか」


 犯人ホシが咄嗟にスマホに指を走らせようとする、その動きを間黒は予期していた。彼は一気に距離を詰めて男の腕をねじり上げると、その手からスマホを奪い取った。


「痛っ、痛いっ、放せよっ!」


 わめきながら暴れる男を片腕で押さえつけながら、間黒は部屋の入口に立つ佐門に向かってスマホを放り渡した。それを受け取った佐門が、画面を見るや否や、「複垢です!」と叫んだ。

 男を床に組み伏せ、間黒は語気鋭く問いかける。


「教えてもらおうか。お前、運営われわれの任意捜査に対しては、スマホからログインしてるのは家族だと答えてたよな? なら、今のスマホの画面は何だ?」

「ぐっ……!」

「午前十時三十八分、多重アカウント使用の現行犯だ。お前の本垢及び複垢を強制退会処分とする」


 間黒がその旨を告げると、案の定、男は見苦しく抵抗を示した。


「ほ、本垢だけは勘弁してくれ! あの小説は、俺が中学生の時から温めてきた自信作なんだ!」

「笑わせるなよ。ならば何故、複垢なんかに手を出した? お前の小説を殺したのはお前自身だ」


 間黒は自分の携帯端末に向かって呼びかけた。「十時三十八分、複垢を現認」――その報告は直ちに本部に伝わり、一分と経たず、あらかじめマークしてあったこの男の本垢と複垢は強制退会BANとなる。


「……なんでだよ……なんで俺だけ……」


 間黒達が立ち去る間際、複垢使いの男は開き直ったように語気を荒らげた。


「複垢使ってる奴なんか、他にいくらでもいるじゃねえかよ!」

「安心しろ。お前だけ不公平にBANってことはない。取り締まれる限り全ての複垢を取り締まる――それが我々、複垢警察の仕事だ」


 男に、部下達に、そして自分自身に改めて言い聞かせるように。

 間黒は力強く断言し、男の自宅を後にした。

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