語彙大富豪への道

板野かも

『語彙大富豪への道』本編

黒崎言四郎編

第1話 語彙大富豪・黒崎言四郎

「さあ、一巡目から白熱の展開を見せております語彙ごい大富豪だいふごう全日本大会決勝戦! 天王寺てんのうじ選手のパワーカード『黒塗りの高級車』を財力でねじ伏せ、場には『百億円』!」


 脳をかすような熱気が夜闇を貫き、満員のスタジアムから立ち上る。りきの入った実況アナウンスをかき消さんばかりの勢いで、勝負を見守る観客達の歓声が激しく会場を揺らしていた。


「今大会きっての知能派プレイヤー、白河しらかわ選手の出した『百億円』を、紅一点の百地ももち選手はどう料理するのでしょうか!」


 客席のどの位置からでも見えるように設置された大画面には、最新の場札と、四人のプレイヤーのプロフィールが煌々こうこうと表示されている。

 知力と策略のすいを尽くして戦う新時代の頭脳マインド競技スポーツ、語彙大富豪――。その日本一を争う強豪選手達が、今宵、幾万人の観客とテレビカメラが見守る中で雌雄を決するのだ。


「解説席には引き続き、日本テーブルゲーム協会の阿仁川あにかわさんにお座り頂いています。阿仁川さん、現環境で金銭系カードといえば『5000兆円』がメジャーだと思うのですが、なぜ白河選手は『百億円』などという中途半端な金額を出したのでしょうか」

「これはですね、革命を見越したバランス調整だと思いますね。庶民が相手なら『百億円』でも『5000兆円』でも実質大差ないんですが、『5000兆円』となると金額が巨大すぎて小回りが利かないんですね。革命環境下では手札で腐ってしまう。その点、『百億円』くらいなら、『米軍』や『大恐慌』には負けを取ることができるじゃないですか」

「ははぁ、なるほど」

「この語彙大富豪という競技は、常勝のカードを揃えるだけでは駄目なのです。革命に備え、負ける手段も考えておかないと」


 解説者の説明と合わせて大画面に映るのは、白河という男の自信満々の顔。既に勝ち誇ったような表情で、彼はノンフレームの眼鏡をくいっと指で上げた。

 続いてカメラに映し出されるのは、四人の中でただ一人の女性選手。艶やかなグロスの唇をにやりと愉悦の色に歪ませ、白皙はくせきの美女が場にカードを切る。


「おーっと! 紅一点の百地選手が繰り出したのは『石油王』だ!」


 大画面の中心に「石油王」の三文字が誇らしげに表示され、客席がオオッとどよめいた。


「審査員からの異議チェックは無し! 『石油王』、満場一致で通りました!」

「石油王にとっては百億円など端金はしたがねですからね」

「白河選手、自ら作った隙を的確に突かれる形となりました。これは痛い」


「さあ、手番ターンは前回王者の黒崎くろさき言四郎げんしろう選手へと移ります。決勝までの全試合で圧倒的勝利を収めてきた黒崎選手、場の『石油王』にどう対処するか?」


 観客の注目を一手に集めるのは、漆黒のコートを纏った壮年の男。無精ぶしょうひげの目立つあごを無造作に片手でで、黒崎と呼ばれた男は一枚のカードを手にした。


「やれやれ。百億円だの石油王だの、おたくさんらはどうしてそんなに品の無い言葉が好きかねえ」


 ボヤくようなその言葉に、他の選手達がムッとした表情を浮かべた瞬間、男はぴしりと卓上にカードを切った。場札の「石油王」と並んで大画面に表示された文字は、「意志の炎」だった。


「こ……これは! 黒崎選手のカードは『意志の炎』! 彼が得意とする人情系カードです!」


 すました顔で腕組みをする黒崎の姿に、客席の高揚ボルテージは最大限に高まる。


「審査員の意見は……満場一致で『通し』! 人間の強い意志の力は、石油王の財力にすら屈しないと言うのかぁ!」

「それ以前に炎属性ですからねえ。油田を炎上させられては石油王もひとたまりもないでしょう」

「ははぁ、ダブルで10-0を取れる切り札カードだったんですねえ。これは強い」


「さあ、一周して、ナニワの語彙王、天王寺てんのうじ選手に手番ターンが移ります!」


「ワイのカードはこれや! 『ナイアガラ』!」

「おおーっと! ナイアガラの滝だ! 水属性の最上級カードが出たあ!」

「『意志の炎』といえど、火である以上は水に弱い……天王寺、お得意の属性攻撃ですね」


「さあ、知能派・白河選手、北米大陸最大の水量を誇る大瀑布だいばくふに対抗するカードはあるのか!?」


 カメラに向かって飄々ひょうひょうとピースサインを決めてみせるアニマル柄シャツの男に対し、白河はメガネの位置を軽く直してから、ふふんと笑ってカードを出した。


「インスタ女子御用達ごようたし――『自撮り棒』」


「おおっ、『ナイアガラ』に対して『自撮り棒』が出たぁ! どんな景観もたちまちSNSえの材料にされてしまう! これには世界遺産も敵わないー!」

「ちなみに、ナイアガラって世界遺産ではないんですよ」

「えっ、そうなんですか」

「その点を突いて『環境汚染』とかで破る手もあったと思うんですがね、しかし『自撮り棒』に持ち込むのは上手かった」


「さて、続く、紅一点・百地選手のカードは――え、『炎上』だあっ! ここにきてSNS属性に究極のメタを持ってきた!」

「実に美しい流れですね。これは芸術点も高いですよ」


 大画面の中でドヤ顔を決める美女に向かって、女性客からも黄色い歓声が飛ぶ。


「さあ、手番ターンは前回王者の黒崎選手!」


 三人の対戦者からバチバチと向けられる戦意の火花に対し、黒コートの男はあくまでマイペースに無精髭をいじっていた。


「ふうん、『炎上』ねえ……。まあ、消防車でも呼んでおくか」


「黒崎選手のカードは――何だコレはあっ!? 『119』! 『119』というカードです! 場の『炎上』に対し、119番に緊急通報だあーっ!」


 会場の歓声がざわめきに変わる中、解説者が席から半ば身を乗り出し、食い入るように大画面を見ている。


「ほぉぉ……これは今まで見たことのないカードですねえ」

「阿仁川さん、このカードの意味するところは何なのでしょうか」

「非常によく考えられたカードだと思いますよ。今回は炎属性メタとして消防車を呼ぶのに使ったわけですが、御存知の通り、119番は消防と救急に共通の番号。病気、事故系に対してもメタとして刺さるんですねえ」


 今や、司会や観客のみならず、対戦者達さえも呆気に取られて解説に聴き入っていた。ただ一人、カードの主である黒崎だけが、会場の驚嘆もどこ吹く風とばかりに悠然と腕を組んで立っている。


「しかも、見方を変えればただの数字ですから、革命環境下では『5億年』や『5000兆円』といったパワーカードにあっさり負けを取ることもできる。……あっ!」

「ど、どうされました?」

「いやー、凄いな黒崎……。よく見てください、『1・1・9』ですよ。これ、トランプでいえば、Aエースが二枚と9が一枚ってことになるでしょう」

「はぁ?」

「つまりこれ、21ブラックジャックなんですねえ」

「ははぁ、なるほど……。メジャーな強カード『ブラックジャック』相手に革命に持ち込むことができると。消防車を呼ぶためだけに使ってしまうのは惜しいくらいのカードですね」

「ええ。並のプレイヤーでは到底思いつかない見事なカードメイキングですよ」


 黒崎が通した場札「119」に対し、他の三人は次々とパスを宣言。場が流れ、再び黒崎の手番となった。


「おいおい、そんなに簡単に俺に回しちまっていいのか? このまま勝っちまうぜ」


 たった一枚のカードで戦線を掌握した彼は、次の一枚を顔の横でひらひらと振ってみせてから、すっと卓上に滑らせた。


「ウチのチビっ子がハマっててよ。『仮面ライダーBLACKブラック RXアールエックス』」


「おぉーっと! 太陽の子だぁっ! これは熱い!」

「さすが黒崎。ここで『RX』を出してきますか」

「対する天王寺選手のカードは……『核ミサイル』! いや、ダメだ! 審査員の過半数から異議チェックです! 『核ミサイル』、通らない!」

「RXは実質、物理無効ですからねえ。ミサイル程度ならロボライダーやバイオライダーになるまでもなく防ぐでしょうね」


「天王寺選手、『核ミサイル』を手札に戻されました。これは悔しい。続く白河選手のカードは……お、おお!? 『ディケイド』! まさかのライダー対決だ! だが、世界の破壊者といえどRXに勝てるのか!?」

「いやあ、ディケイドは一度、映画でRXに勝ってるんですよねえ」

「そうなんですか!?」

「ネットの最強議論では反対意見も根強いですが、語彙大富豪は基本的に後出し有利ですからね」

「さあ、審査員のジャッジは……一票差で『通し』! 劇中で描写されたことは尊重せよという判断か! RXを下し、ディケイドが場に残ります!」


「続いては紅一点の百地選手……おおっ、『BPO』だ! 放送倫理・番組向上機構がディケイドにNOを突きつけた!」

「フィクションである以上、番外攻撃には弱いというのは基本ですが……。それにしてもピンポイントで刺してきましたね。百地、『ディケイド』投入を読み切っていた可能性すらありますね」


「さあ、ただ一人リードを守る黒崎選手、残る手札は二枚! 『BPO』を打ち破れるカードはあるのか? 黒崎選手が不敵な笑みとともにカードを置きます! これは――『子供達の応援』だ! 審査員からの異議チェックはゼロ! 子供達の純粋な応援の前には、公的機関の横槍も通用しないーっ!」


「これで黒崎選手は残り一枚。次の一枚が通れば、黒崎選手の優勝が決定します! 三人とも、ここはなんとしても止めたい! 止めたいが――」


「くっ……パスや!」


「天王寺選手、パスを宣言! 白河選手は……『幼馴染』を出しましたが、通らない! 審査員から厳しい異議チェックが飛びます!」

「子供にとって幼馴染はただの幼馴染ですからねえ」

「続く百地選手のカードは……『すさんだ心』だ! これは通るか……通ったぁ! 荒れ果ててしまった心には、子供達の無垢なる声も届かない!」


「さあ、黒崎選手、この心を癒やす手段はあるのか!? 優勝の懸かった最後の一枚を今、黒崎選手が卓上に切りました! そのカードとは――」


 大画面にカードの名が映った瞬間、ワアッと割れんばかりの歓声がスタジアムを沸かせた。


「『母の愛』! 黒崎選手のラスト一枚は『母の愛』です! 審査員の評定は――異議チェック一票! 通し四票! よって『母の愛』が『荒んだ心』を癒やし、この瞬間、黒崎言四郎げんしろう選手、二度目の全国優勝が決定だあぁっ!」


 天王寺が大袈裟に崩れ落ち、白河が悔しそうに拳で卓を叩き、百地が憑き物の落ちたような顔で拍手に転じる。黒崎は審査員席と実況席に軽く一礼し、カメラと客席に向かって控えめに手を振りながら、何食わぬ顔で表彰台へと歩を進めていった。


「いやあ、実に美しい決着でしたね。語彙大富豪の名はまさしく彼にこそ相応しい」


 解説者からの賛辞とともに、幾万人もの観客が浴びせるスタンディング・オベーションの波が、黒コートの男をいつまでも包んでいた。


 それが――黒崎言悟げんごが父の勇姿をじかに目にした、最初で最後の機会だった。



=====語彙ワンポイント解説=====


【119】(使用者:黒崎言四郎)

 本作のオリジナル語彙。作中で説明されている通り、119番通報と捉えて火災・事故・病気系語彙に勝つことができるほか、トランプのAエースAエース・9として扱い「ブラックジャック」と詠唱することも可能。

 現実の語彙大富豪界隈における「ブラックジャック」という語彙は、トランプゲーム、鈍器、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』の主人公の闇医者と、主に三つの使い道で詠唱できる多義語彙として知られている。トランプゲームとして詠唱する場合は、数字の合計が21を超えるとバースト(負け)になるというルールから、「5億年」や「5000兆円」など22以上の数字が含まれる語彙に対して特殊勝利を得るプレイングが一般的である。


【仮面ライダーBLACKブラック RXアールエックス】(使用者:黒崎言四郎)

 1988年放送の特撮ヒーロー番組『仮面ライダーBLACK RX』に登場する主役ヒーロー。2chの仮面ライダー最強議論スレなどで歴代ライダー最強の筆頭候補として必ず名が挙がる存在であり、そのチート級の強さは一特撮作品の枠を超えてネットミームとして定着している。

 誕生の経緯からして「宇宙空間に生身で放り出されたら太陽の戦士となって帰ってきた」というもので、等身大の特撮ヒーローの中では群を抜く宇宙耐性や物理耐性を誇り、また必殺武器のリボルケイン(光の剣)による攻撃力・殺傷力も申し分ない。戦況に応じて、防御力に優れる「ロボライダー」、液状化能力を持つ「バイオライダー」の形態に変身することも可能であり、特にバイオライダーの液状化は「弾が全部ヤツの身体をすり抜けてしまうぞ!?」という敵の台詞と相まって非常に有名で、RXを「物理無効」と言わしめる主因となっている。

 現実の語彙大富豪界隈においても、「核」や「ブラックホール」と並ぶ定番パワーカードとして有名。攻撃力・防御力ともに非常に優れた語彙であるため、創作物属性を突いて「スポンサー」「打ち切り」などで倒すか、正義のヒーローは無辜むこの市民を傷つけられないという理屈で一般人属性の語彙を出してしのぐなどの対処法がよく用いられている。また、作中で言われているように、2009年の『仮面ライダーディケイド』の劇場版では限定的な状況ながらディケイドがRXに勝つ描写があるため、この二大チートライダーのマッチアップはディケイドの勝ちとする裁定が一般的である。

 なお、下手に時間操作系の語彙でRXを破ろうとするのは無謀である。なぜなら、作中で敵がRXの時間を戻してパワーアップ前の仮面ライダーBLACKに弱体化させたところ、RXという実例があるからである。

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