第33話 好きになって

「もしかして、わたしのこと好きなんですか?」



 ううんと俺は静かに首を振る。



「えっ、そうなんですか?」

「うん。今日はちょっと訊きたいことがあって誘っちゃった」

「なあんだ」


 ウリちゃんはオレンジジュースをずずずと飲み干して、「ふう」と一息ついた。


「棚森先輩から、急に誘われたから何かと思っちゃいましたよ」


 今日、シフトが入っていないウリちゃんを喫茶店に誘ったのは、ある目的があった。でも、本題に入る前に、あの日の出来事のその後を確認するか。俺のせいでこじらせた可能性も否定できないし。責任を感じる。


「今日、忙しかった?」

「いーえ、暇してました。別にシフトが入ってない日は忙しくないですよ。今日みたいにおごってくれるなら、いつでも行きますよ」ウリちゃんは目の前にあるアイスが乗っかったパンケーキを前に「えへへ」と笑った。

「そういえば、この前来てた同級生の二人組とは、あれからどう?」

「二人にはあれから謝ったんです」


 どうやらウリちゃんと彼女たちの亀裂は修復を迎えていたようだ。ウリちゃんが彼女達に仕事で迷惑をかけたことは事実であり、ばつが悪く有耶無耶にしていた自分にも責任があったと素直に謝ったようだ。腹を割って向き合うと、彼女達も一定の理解を示してくれたようで、バイトを離れてまで仲違いするのも馬鹿らしいと一件落着したらしい。


「元々、お互いいがみ合う関係でも無かったから、今ではすっかり仲良くなって、休みの日にカラオケとか行くようになりましたよ。そういえば、わたしと同様にインスタ好きで、よく写真アップしてるんですよ。わたしもこれアップしちゃおっと」

 ウリちゃんはパシャリとパンケーキの写真を撮る。


「実はですね、わたし、結構フォロワー多いんですよ」


 得意気に自分のアカウントを見せてくる。その言葉に嘘偽りはなく、結構な人数が彼女をフォローしていた。投稿している画像はどれも満面の笑みで食べ物を紹介している写真。彼女がもつ素朴な可愛らしさもプラスに作用して、一定の人気を誇っているようだ。どうやら、互いの趣味が一致したことも関係修復に一役買ったらしい。


 一緒に撮りましょうと誘われて、SNSにアップしないことを条件に恥ずかしながら二人でパンケーキを前に映る。写真を撮られ馴れていないため、笑顔は当然凍り付き。まるで容疑者。ちょーうけると案の定笑われた。



「おかげさまで友達が増えました。棚森先輩も友達が少なかったら、わたしに言ってください。わたしも力になります! わたし、ばりばりの体育会系だから、先輩の頼みは断りませんので安心してくださいっ!」



「そ、そう。ならよかった」

 いつの間にか彼女の中で、俺は友達が少ない寂しいやつに位置付けられていた。まあ実際のところ友達は智良志ぐらいだし、当たってはいるのだが。ウリちゃんは、体育会系設定を拠り所にしている様子で、ちょいちょい体育会系を推してくるのだが、大体ズレていることが多い。

 彼女は至福な笑みで「いただきまーす」とパンケーキを大きな口に運ぶ。

 まあ……突っ込むのはいいや。幸せそうだし……。本題に入ろう。


「今日、ウリちゃんを誘ったのは理由があって……」


「なんですか?」彼女はもぐもぐ食べながら、俺とパンケーキを交互に見る。


「エンドのことなんだけど」


「エンド? ああ、バザールのことですか?」


 俺は先日の角場店長と徳梅さんとのやりとりを丁寧に説明した。徳梅さんが推している梅ラーメンが欠品になる可能性があり、大量に仕入れられない。メーカーのちょんぼにMD長が激怒して、支援が受けれるか未知数。ライバル店のデリシャス城山手店が先回りしてモノを確保して、うちより大々的に展開する予定。それでも徳梅さんが梅ラーメンをメインに据えたいと拘っている。などなど。

 ウリちゃんはふんふん訊きながら、パンケーキをぺろりと平らげる。



「えー! それ、ヤバくないですか?」



 急に大声を出してむせたのか、ごほごほと胸を抑えた。

 俺は無言ですっと水を差しだす。

「どうしましょう……」

「そこで、ウリちゃんに訊きたいことがあってさ」

「えっ、なんですか? なんでも訊いてくださいっ」

「例えば、ウリちゃんはどんな時に衝動買いとかしちゃう? 適当に入ったお店で、思わず並べられた商品を手に取っちゃうのってどんな時?」



「そうですね……」彼女はあごを手にのせた。「やっぱり、これ欲しいって思った時ですかね!」



「そ、そうだね……。他にはある?」

「うーん、ほかには……、これお買い得じゃんって思った時ですね」

「やっぱり値段か」


 以前、徳梅さんからバザールでは各社不公平がないように、共通の値段で売り出すルールがあり、これは絶対と教えてもらった。


「値段以外はどうかな?」

「うーん、やっぱり……」

「やっぱり?」喉を鳴らせて続きを待つ。



「これ、ちょー欲しいって思った時ですかね!」



 ウリちゃんのつむじから、ぱっと花が咲く。

 なるほどね……。眉根を揉んで、彼女を誘ったことに少しだけ後悔。


「棚森先輩が訊きたいのって、どうやってエンドにモノが足りない梅ラーメンをカッコよく並べて、めちゃくちゃ売るかってことですよね?」

「うん、そうなんだよ。だって、梅ラーメンをメインで売りたいのに、モノがないからドカンと積めないし。スカスカの売り場に客さんを呼び込むにはどうすればいいのかなってさ。彼女の力になってあげたいんだけど役不足だし、なかなか思いつかないし、普段からちゃんと講義受けとけばよかったなあ、なんて……」


「ふーん」ウリちゃんは頬杖をついて、じっと俺を見つめる。丸くくりくりした瞳の奥に間抜けな俺が映る。徳梅さんとは違う、小動物のような彼女なりの可愛らしさがあり一瞬どきっとしてしまう。もしかしないまでも俺はこの仕草に弱いのかもしれない。



「棚森先輩って、セイル先輩のことがホントに好きなんですね」



 思わず、飲みかけたコーヒーを噴き出しそうになった。

「セイル先輩って美人で優しいですもんね。好きになる気持ちはわかりますよ。わたしも大好きですから」

 なんとなく、ズバリ当てられて恥ずかしくなる。

「好きって気持ちは大事ですよね」

「そうだね……」



「だから、商品も同じなんじゃないですかね。お客さんに好きになってもらえばいいんじゃないですかね」



 ウリちゃんはなかなかに深いことを突いた。

「でも、どうやって好きにさせればいいんだろう?」

「簡単ですよ!」

「ほんと? 教えて」



「押すんです! それがだめなら引くんです!」



 じゃじゃーんと彼女の目が七色に光り輝く。

 ……。ちょっと確認しとくか。

「ウリちゃんって彼氏いるの?」

「いません……。今はですよ、今はっ」今を強調される。

「ごめんね、俺もいない……。今はね、今は」こちらも今を強調して、ひゅーと虚しい風が吹く。

 それはさておき、今更ながらエンドの難しさを痛感。お客さんとのコミュニケーションがこれほど容易では無いとは、当事者になって初めて理解できた。

 途方に暮れる俺に、ウリちゃんは正解を探るようにぼそりとつぶやく。


「わたしもよく分からないんですけど、好きな人に自分を好きになってもらうには、その人の好きなことや喜びそうなことを調べて、それを伝えるしかないんじゃないですかね。それでも、本当に相手が喜んでくれるかなんてわからないから、結局は自分の好きな気持ちを伝えるしかないと思うんです」


 だから――と、ウリちゃんは一呼吸置いてこう続けた。



「最後は棚森先輩が梅ラーメンを好きになって、その想いをお客さんにぶつけるしかないと思います。それも、棚森先輩が好きなやり方で」



 ウリちゃんはそう言うと、「なんか偉そうなこと言ってすいません」と恥ずかしそうに頭を下げた。



 いやいや、そんなことありません。ウリちゃん、ありがとう。やるべきことが分かったよ。


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