第17話 なんか怖い

 経営学の講義が終わったあと、智良志ちらしと学食にきた。互いに学生人気№1のからあげ丼を食べていると、探られるようにぎょろりと睨まれる。


「棚森、なんか最近楽しそうだな」


「そうか?」

「そうだ」彼は目を細めて、続けざまに「そう見える。俺の目に狂いはない」と断言した。

 残りのからあげを口に放り込み、暫し考える。彼の目が狂っていないことはさておき、そんな風に見えているのか今の俺は。今まで智良志からは、『講義を聞いたふりしている目』だの、『深夜六時までゲームしてた目』だの、そんなことしか言われたことがない。もっとも、こちらも彼には同じセリフを言って笑い合っている。冴えないキャンパスライフの傷を舐め合う、気心の知れた仲であるため、妙な説得力があった。


「なんか、やり始めたのかよ?」


 POS大から一駅離れたモリモリフーズで働いていると伝えた。何でわざわざちょっと離れた場所にと勘ぐられたが、理由も情けないし曖昧な返答でごまかした。

 智良志は残りのからあげを一口で飲み込み、興味津々にずいと身を乗り出す。


「それ、面白いの?」


 おうと即答してしまう。普段からそう思ってると、詰まらずに言葉として出ちゃうもんだな。我ながらすとんと胸に落ちる。根掘り葉掘り仕事内容や職場環境を詰問されて、それに答えると「OK、わかった」と肩を叩かれた。

 何がOKなのかわからないが、彼は爪楊枝で歯を掃除しながら、うんうん頷いていた。


 その日の夕方――。


 重たい飲料の商品補充をしていると、俺の前方に見慣れた姿を発見した。

 少し猫背の冴えない青年、智良志だ。

「おーい」と声をかけて近づくと、彼はある一点を見つめていることに気が付いた。正確には見惚れていたとも言うべきか。その視線の先には、資料を片手に、缶詰めコーナーの商品配置を指差し確認している徳梅さんがいた。

 俺は後ろからそっと近づき、心ここにあらずの智良志の肩をわざと勢いよく叩く。「うわっ!」と小さな悲鳴を上げて、「くう~っ」と羨望の眼差しで詰め寄ってきた。


「棚森~、お前いいとこで働いてるな。あんな美人と同じ酸素吸ってるのかよ。最近、生き生きしてるから怪しいと思ったんだよな。盲点だったぜ。大学から一駅離れた場所に、こんな店があるなんて。ラメンちゃんのコスプレしたら絶対似合うよな~」

『魔女のラーメンいかがですか』というyoutubeアニメにどハマり中の智良志は、さっそく彼女で妄想したようだ。彼の妄想に引きずられるように、俺も徳梅さんがコスプレしている姿を思い描く。

 ……めちゃ似合う。正直、俺も見てみたい。それに徳梅さんはコスプレだろうが、綺麗目の格好だろうが何でも着こなせるに違いない。同じ職場にいるとその容姿に慣れた部分もあるけど、初見の奴だと智良志のような反応になるのも無理はない。だって俺も彼女のあまりの美しさに見惚れてしまい、ここで働き始めたわけだし。


「てゆうか、彼女の名前なんて言うの?」


 智良志の求めに応じて、ご丁寧に漢字も教えてあげた。

「聖なる流れでセイルさんって読むのか。見た目からしてばっちりな名前だな。清楚系でありつつ、ほんのり可愛い系も入ってるし、とんでもない高スペックの持ち主じゃん。美人って名前もいいんだよな。名前ってその人をよく表すっていうじゃん。棚森ならわかるよな?」

「すまん、よくわからん……」

「まじかよ。まあ、いいや。なあなあ、セイルさんってどんな感じ……」



「何か用ですか?」



 興奮気味に肩から湯気をだしている彼のすぐ後ろに徳梅さんがいた。


 慌てて振り返る智良志。

 凍てつく大地のように冷たい視線を送る徳梅さん。

 たじろぐ智良志。

 不動の徳梅さん。

 二人の間に不穏な空気が流れる。


 緊迫した空気に、慌てて助け舟を出した。

「あの、彼は俺の大学の友達で智良志っていいます」

 決して怪しい奴じゃないと説明するが功を奏さず、

「ふーん」と不審者でも見るように、智良志のつま先から頭まで観察すると、攻撃が再開された。



「さっきのコスプレって何のこと?」



「そ、それは……」

「それは?」追及の手は緩まない。

「『魔女のラーメンいかがですか』って有名なyoutubeアニメがあるんですが、そ、その主人公のラメンちゃんにセイルさんが似てると思いまして……」

 普段、飄々とした彼に似つかわしくない緊張した面持ちで、スマホから動画を検索して、徳梅さんにご覧頂く。咄嗟のセリフのため微妙に言い回しがずれていたような。似てるんじゃなくて、コスプレさせたいだけだろ。

 直立不動の智良志と腕組みした徳梅さん。へびに睨まれたカエル状態である。世が世なら刀を抜く暇さえ与えられず瞬殺されるだろう。

 徳梅さんは智良志から見せられたラメンちゃんの動画をじっと眺めたあと、「全然似てないわよ」とだけ言い残して、バックヤードに消えた。

 智良志は、彼女が完全に見えなくなる距離まで移動したことを確認すると、「ぷはっ」と大きく息を吸い込んだ。緊張から解き放たれた彼はぼそりとつぶやく。



「最高だけど、何か怖い」



 言い得て妙。



「働きたいなら、うち人手不足だから店長にバイト募集しているか聞いてみようか?」

「いや、いい。俺、美人すぎるのダメなんだ。緊張しちゃって」

 わかる。彼の気持ちは痛いほどわかる。俺も徳梅さんと話す時、未だに緊張してしまう。

「棚森、いらないお節介だけど美人にはとげがあるぞ」

「なんか、お前が言うと説得力ないな……」

「……すまん。まあ、でもお前が彼女と付き合えるかってのは別の話だけどな」

「それこそ、いらないお節介だよ」

「すまんすまん」彼は俺の肩を軽く叩く。「美人って常に周りからちやほやされてるから、変につんけんするというか。逆に美人すぎるとみんな近寄りがたくなっちゃうから、意外と恋愛経験は少なくてピュアな感じなのかもしれないけど……」


 そういえば、徳梅さんって彼氏とかいるのかな?


 瞬間的に爽やかなエリート会社員が頭に浮かぶ。やっぱりいるよな。でも、きっと教えてくれないだろうな。徳梅さんは仕事のこと以外は内緒って感じだ。あの人、色々と謎が多いんだよな。基本的にフレンドリーなんだけど、プライベートな部分は誰に対しても積極的に話しているのを見たことがない。


「まあ徳梅さんのことはさておき、店内で話す内容でもないだろ」

「そうだな、悪い悪い。また彼女に見つかって睨まれたら大変だもんな。コスプレさせる妄想は帰って布団の中でするわ」

「お前なあ」少し呆れはしたが、どうなんだろう。


 ふと、断片的なイメージが浮かんだ。

 そこは新緑が眩しい公園の遊歩道。

 白いロングスカートを揺らしながら、頬を赤く染めて俺と手をつなぐ徳梅さん。

 胸まで伸びた艶やかな黒髪が風に揺れる。彼女は俺に顔を向けて、



 色んなところに連れてって、とささやいてくる……。



 いやいや、待て待て。なんでこんな妄想してんだ。しかもスーパーの缶詰売り場で。シーチキンに囲まれて。

「そういえば、俺のことより智良志は何か始めたのかよ」

「ん? 俺か?」と自分自身を指差す。

「ああ」



「聞くな」



 有無を言わせぬ即答に、ずこーっとこけそうになった。あれだけカッコよく「俺、何か始めるわ」って宣言したのに。一瞬でもカッコいいと思った俺の気持ちを返せ。

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