第15話 熱くならなきゃ
山積みさんの来襲を受けた翌日の正午。
バックヤードで徳梅さんと荷物の整理をしていると角場店長がにやにやしながらやってきた。面白いネタでも仕込んだように頬を緩ませている。
「なんか一悶着あったみたいだね」
どうやら、ウリちゃんから昨日の一件を、訊いていたみたいだ。
「単純に迷惑でした」
徳梅さんらしい切り捨てに苦笑する店長。
「彼がうちに来たのって偵察も兼ねてかな。デリシャスの城山手店とうちは、いつも一,二位を争ってるから――」
「別に争ってませんよ」
間髪入れずに徳梅さんが否定。ふんっと鼻息を荒くして商品が山盛りに積まれたカゴ車を乱暴に動かす。
「毎回、うちがぶっちぎりで一位。あそこは毎回二位」
物言いこそ淡々としているが、傍からみても熱い闘志を燃やしていることが伝わってきた。冗談じゃないわとでも言いたげだ。
店長は触らぬ神に祟りなしとばかりに、「じゃあ、お二人ともよろしくね」と頭をぽりぽり掻いて事務室に退散した。
カゴ車の群れの中に取り残された俺と徳梅さん。
売り出し商品の荷下ろしをしながら、何気ないことを訊いてみた。
「徳梅さんって、学生の頃って体育会系だったんですか?」
俺の一言にぴたりと手を止める。「何で?」といつもと変わらぬ冷えた返し。
「いや、なんか勝ち負けとか、やるからには絶対に勝つとか、勝負にこだわっている感じがしまして。勝負イコール部活なんて安易な発想すぎましたね」
「……」
じっとりとした沈黙が流れる。
変なこと訊いちゃったかな。少しだけ会話の選択に後悔する俺を無視して、彼女は重たいコーラの段ボールを「これ持って」と手渡す。ずしっと重みを感じながら、二段台車に積み降ろす。手渡しされるごとに手と手が触れあい、内心かなり緊張するのだが、徳梅さんは別にって感じで次々と商品を渡してくる。
「好きよ」
ここで唐突な再開。一瞬、何がと混乱する。
「勝負は好きよ。棚森くんはどうなの?」
「俺ですか……」
彼女から、逆に質問されて言葉に詰まる。思い返せば何事にもそんなに熱くなったことはなかった。勝ち負けを意識して何かに取り組んだことはない。流されるような漫然とした日々を送っていた。
何も返せない俺に彼女は「ふふっ」と意味深に笑って、カゴ車を元の配置に戻した。
「まあ、何事もね熱くならなきゃダメよ。そうじゃなきゃつまらないでしょ」
まさに熱血教師に説教されているダメ生徒の構図。何となく、このまま言われっぱなしで終わるのも情けないので、よせばいいのにこんな適当な返しをしてしまう。
「オンラインゲームなら熱くなりますけどね」
「……どんなゲームよ」
意外な食いつきを見せる徳梅さん。
「ゴールオブダーティーです。知ってますか」
いうまでもなく、このゲームは全世界で三千万本以上も出荷する超有名オンライン戦争ゲームだ。女子うけする要素など皆無。殺伐とした銃撃戦しか存在しない。俺も大した腕前ではないが、暇を持て余して大学の友人
「それ、私もやってるわよ」
まさかの一言。
「1から最新まで全部」
しかもシリーズ制覇のガチ勢。
一体、この人どんな趣味してるんだよ。徳梅さんって陽キャ、陰キャ、どっちなの?
「ちなみにスコアってどんな感じですか……?」
「スコア? さあ? いちいち覚えてないけど、とりあえずKILLされたことはないかな。あれって簡単だよね」
このゲームはあまりにも有名であるため、伝説級の腕前を持つユーザーが存在している。そいつが降臨した時点で俺と智良志の中でちょっとした騒ぎになり、今日はだめだと早々に白旗をあげてしまう。もしかして、俺は現実世界だけでなく、ゲームの世界でもこの人に何度もKILLされてたりして……。
「まさか戦争ゲームが好きなんて」
「やるのはそれだけよ。別にゲームが好きってわけじゃないし、見知らぬ誰かを倒したらスカッとするしね」
そう言った彼女の横顔はなぜか寂しそうに見えた。普段見せないその表情。彼女はそのまま黙り込み、黙々と商品の積み降ろしを始めた。徳梅さんにプライベートな質問をするといつもこんな感じになる。
止まった空気を変えようと、彼女の好きそうな話題に変えた。
それは、仕事しかない。特売品の売り出しが好調とか、裏エンドでうまく在庫の消化が出来たとか、あれやこれやと投げかける。徳梅さんは時折笑顔を見せながら、次はこうした方がいいなどアドバイスをくれる。さっきの憂いを帯びた表情は気のせいだったのかな。いずれにせよ、彼女はあまり感情を表に出さない。
「そういえば、バザールとバーゲンの違いはなんですか? バーゲンは色んな店でよくみかけるんですが」
「バザールは大きなイベントの通称、バーゲンは一時の安売りってことかしらね。だから、コンクールってわけじゃないかな」
「コンクールは安売りしないんですか?」
「しないわね。それに、安売りなんてしても何にも楽しくないでしょ。お客さんだって安さに飛びついて買ってるだけだし。仕事として面白味はないわね。お店の利益も減るし、お客さんはその価格に慣れちゃうし」
「やっぱり安売りってだめですね」
その時――バリンとガラスが割れる音が聞こえた。同時に、ある匂いも周囲に漂う。何が割れたか確認せずともわかる一番割ってはいけない商品、ベスト1。
それは――
「すいません! お酢を落としてしまいました!」
制服のエプロンの両端を握り締め、真っ赤な顔をしたウリちゃんがいた。
お酢か~と思わず苦笑して徳梅さんと顔を見合わせる。派手に床に散らばったガラス片を避けながら、しゅんとなるウリちゃんの元に歩み寄る。
「怪我なかった?」
「すいませんっ」
下を向いて平謝りのウリちゃん。
「大丈夫、気にすることないわよ。それ、棚森くんが弁償するから」
「ええっ、俺ですか?」
「だって先輩でしょ」
くすくす笑いながら腕を組む徳梅さん。
いやいや、この人、俺にS過ぎるだろ。でも、徳梅さんって後輩のフォローも上手いよな。ウリちゃんはかなりのおっちょこちょいで、商品を割るのは一度や二度じゃない。一生懸命な人のミスは笑って流して、先輩の俺には、ちゃんと後輩指導しなさいよと暗に諭してくる。
「すいません棚森さん、有難く、その優しさは受け取りますっ」
調子にのるなとウリちゃんを嗜めたあと、モップを取りに事務室に向かう。用具入れが乱雑になっているのが気になり、少しばかり整理していると、先ほどのやりとりが反芻した。
――何事もね熱くならなきゃダメよ。そうじゃなきゃつまらないでしょ。
熱くなるのって……、そこにのめり込んでいくって、どんな感じなんだろう。
答えのない己との問いかけに重ねるように、ある言葉も頭を掠めた。
――冷めてばっかじゃつまんないだろ。
ほんとかよ。それが正解だったのかよ。
気が付くと、感情を抑えるように両拳を強く握りしめていた。心の靄を掻き消すように深く息を吐き、バックヤードに戻る。既にお酢が割れた現場にはお店の従業員が野次馬のように群がっており、徳梅さんを中心に輪になっていた。こんな酸っぱい匂いが充満しているのに、皆、笑顔だ。徳梅さんは俺に気付くと、「ありがとう」と手招きする。野次馬を搔き分けるように彼女の元に近づくと、彼女はふふっと笑って髪をかき上げた。
「今年のバザールは楽しくなりそうね」
物語は第三章へ――
バザールの全貌が明らかになり、徳梅の秘めた想いが浮かび上がる。
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