第14話 縁かもね

「ああ……なるほど。あなたが」


「ええ」


「初めまして。えっと、やま……」


山田積夫やまだ つみおです。皆から山積みさんと呼ばれています」


 佐藤、鈴木に次ぐ、こんな簡単な名字も覚えられない徳梅さんが可愛く思えた。まあ、興味のない男の情報はインプットの価値もないという裏返しかもしれないけど。


「私は……」

 山積みさんは彼女の自己紹介を遮るようにポケットからスマホを取り出して、とある画面を突き出した。

「私も『今日のセイルさん』をフォローしてますから。当然ですが、ね」

「はあ」と顔色ひとつ変えない徳梅さん。

 山積みさんは続けざまに不敵な笑みを浮かべると、突き出したスマホを操作して、別のサイトを開く。

「実は、私にもファンサイトがありまして。『山積みさんの大量陳列』って言うんですが、ご覧になったことはありますか?」



「ないわね。なんか、つまらなそう」



 絶対零度の返答に、山積みさんは深手を負いつつ再び銀縁眼鏡をかける。もう、カッコつける余力もないようだ。


「まあ、まだ『今日のセイルさん』ほど人気はありませんけど」と負け惜しみを吐く。

「てゆうか、『今日のセイルさん』だっけ? そんなファンサイト、私もつい最近知ったのよ」

「あれ? そうなんですか?」

「どうでもいいわよ、そんなファンサイト」

 彼女がこんな考えだから、ファンも未来永劫、ツーショットなんか撮らせてくれる日はこないだろうな。今のところ子供と女性しか相手にされてないし。

「そうですか、私はてっきり知っているのかと。だって、セイルさんの美しい顔がいっぱい貼られてますよ。僭越ながら私も何枚か保存してます。当然ですが、ね」

「勝手に撮られてるだけよ。所謂、盗撮ね。私は関係ないわ。それに、私知らない人に下の名前で呼ばれたくないの。その、セイルさんってやめてもらえる?」

「それは失礼しました。では……、セイル主任と呼ばせて……」



「徳梅さん」彼女は目を据えて強調した。



 山積みさん撃沈。今のところ、ウリちゃんだけがこの防波壁を突破した。

「まあそんなことより、今日は偵察に来たのかしら?」

「いえいえ」山積みさんは漫画のように大げさに両手を振った。「ただの挨拶ですよ。私も『今日のセイルさん』の一ファンですから」

「そう。じゃあ、もういいかしら? ちょっと忙しいのよ」

「楽しい時ほど、時間の流れは早いものですね」やれやれとばかりに再び彼女に詰め寄ると、「これも何かの縁なので、ラインでも交換しましょう」


 なに――! こんなスーパーで堂々とナンパかよ。しかも、仲良くなりそうな気配もないのに。俺だってまだライン交換してないのに!



「ちょっと、まった――!」



 たまらず俺は二人の前に飛び出す。


「……あなたは誰ですか? 今、いいトコロなんで邪魔しないでください」


 完全に部外者と判断したような目をされた。こいつ、さっき俺に、徳梅さんの居場所を尋ねたことをすっかり忘れてやがる。

「いやいや、なんかよくわからないけど、徳梅さんは忙しいって言ってるじゃないですか」

「ん? そもそもあなたはセイルさんのなんですか?」

「うっ」確かに。なかなか鋭い指摘。助けを求めようと徳梅さんに視線を送る。しかし、あろうことか彼女はニヤニヤしながら、事の成り行きを見守っているではないか。完全にこちらに加勢するつもりは無いらしい。

「お、おれは、彼女の仲間だよ」とりあえずこれが正解だよな。「てゆうか、さっきからセイルさんって下の名前で呼ぶなよ。俺だって徳梅さんって言ってるんだぞ」

 ああ……と冷たい息を吐き、「下の名前で呼んでないってことは大した仲間でもないんですね」と言い放つ。

「そ、そんなことねーよ。え、縁だよ」

「縁?」

 これには徳梅さんも、あなた何言ってるのと言わんばかりに、えん~? と声に出す。



「俺は徳梅さんと縁があるんだよ!」



 俺は拳に力をこめて言い切った。どうだ。言ってやった。……てゆうか言ってしまった。こんな店内で。営業中に。お客さんがすれ違うなか。勢いに任せて。一抹の不安がよぎる。素敵な勘違いかもしれない。あなたとは特に縁を感じてないけど。そんなふうに冷たく切り捨てられる可能性は無きにしも非ず。不安を払拭しようと彼女に顔を向けるが、当の本人は「ぷぷぷ」と口元を抑えながら笑いを堪えていた。



「まあ、縁はあるかもね」



 徳梅さんは白い歯を見せて、「おーい」と近くの棚に呼び掛ける。

「そこにいるんでしょ」

 すると、俺が隠れていた菓子棚の反対側から、ひょっこりとウリちゃんが小さな顔をだした。ばつが悪そうに「えへへ」と笑っている。



「私たち、エンドでつながった縁かもね」



 そのセリフは、まるで終わりから始まる壮大な物語を予感させた。彼女の言う通りあの日から全てが始まった。俺たちを引き合わせた巨大な恐竜の咆哮から、この物語が動き出した。目を閉じると、今でもあの光景が甦る。徳梅さん、俺はあなたを一目見たときから――。



「ホントですかー!」



 目がハートマークのウリちゃんが、俺の美化されまくった記憶ごと手で押しのけて徳梅さんのもとへ走る。その勢いのままに。


「ライン、交換しましょう!」

「いいよ。そういえばまだしてなかったわね」


 まじかよ。俺もこの流れにのって、じゃあとばかりにラインの交換を申し出る。しかし、そこは一旦停止。前のめりな俺にぴししっと女子二人の冷たい視線が突き刺さる。

 てゆうか今の流れで俺はだめなの? 納得いかない様子を悟られまいと、喉も渇いてないのに、ごくりと唾を飲み込んでしまう。


「棚森くんとは、まだ交換してなかったっけ?」

「えっと、つまり……、これってOKってことですよね」

 彼女は悪戯っぽく笑う。「別にいいよ」

 くう~っと思わず拳を握る。ここまで長かった。雨の日も風の日も先入れ先出し頑張ってよかったと心の中で涙を流す。だが、そんな小躍りしたい気分の俺に冷水を浴びせるが如く、こんな注文も入った。


「棚森くんは仕事の話とかシフト以外はあんまりしてこないでね」


 喜ぶウリちゃんとは対照的に、こちらはぴしゃりとシャッターが下ろされる。

「えっと、わたしはちょっとした近況報告とか、大したことないツブヤキとかしちゃだめですか?」

「まあ、ウリちゃんはいいかな」


「ホントですか? なんか寂しくて眠れない時もラインしちゃっていいですか? わたし……、こう見えて結構寂しがり屋なんです……。意外……ですよね」


「う、うん。意外でもないけど、まあいいよ」


 和気藹々とする俺たちを他所に、ひとり取り残された山積みさん。身内と部外者。見えない壁に完全に分かれた状態となった。彼も負けじとこの流れに乗ろうと、和やかな笑顔(無駄な努力)を向けるが、そんな流れをぶった斬るように当然こんな一撃をくらう。



「まだ、いたの」

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