第10話 バザール
「バザールが迫ってきたね」角場店長は指をぽきぽき、首をばきばき鳴らす。
「そうですね」徳梅さんはうなじをぽりぽり掻いている。
「何ですか、そのバザールというのは?」俺はせんべいをばりばり食べながら訊いた。
休憩室の一幕。
午後三時を回ったころ、俺たちは角場店長が菓子メーカーからもらった試作品『うまから!一味マヨせんべい』を食べていた。
徳梅さんはうちだけでなく、業界全体にその名を轟かせている。他を圧倒する商品陳列、的確な理論を元に一気に商品を売りさばくプロ。エンドの女王と呼ばれていた。
そのため、各メーカーも新製品を発売する際は、こぞって徳梅さんに気に入られようと試作品をもってくる。彼女はこの業界では有名な、一種のインフルエンサーみたいな存在なのだ。彼女は彼女で、提供された新製品について味、価格、市場性、販促施策などの項目で評価した採点表を、ご丁寧にもメーカーにお返ししている。こうして、休憩中は各社の新製品試食会となる日が多い。
「不味い」
そんな徳梅さんの評価がコレ。
「徳梅さん、せんべい嫌いですか?」
「いや、せんべいは好きよ。ただこれは味が不味いわ」
ちなみに、俺の評価は星三つ。理由は辛くて旨い、それだけ。ゴゴイチカレーでも五カラが基本。シャツを濡らすほど汗だくになり食べるのが好きだ。
「この商品は辛いだけで深みがないかな。コクのない辛味って、はっきりいって食べづらいわね。辛味一辺倒じゃあ、お客さんも騙されないわよ」
価格設定も高い。辛さをメインに訴求したい割に食べ応えがありすぎてバランスが悪い。などなど、徳梅さんの辛口評価は続く。言われてみたらそうかも。確かにこのせんべいって、ただ辛いだけな気がしてきた。やたらと喉が渇いてひりひりする。
「まあ、売れないでしょ」ぴしゃりと厳しい裁きを下す徳梅さん。
多分、彼女の市場予測は当たるんだろうな。今までも、新製品の試食会を通じて、彼女が売れると判断したやつは軒並みヒットした。マーケッターとしても優秀、というのを角場店長からも聞かされている。彼女の底が未だ知れない。
さっきのせんべいの辛さが舌に残っているのか、徳梅さんは苦い顔をしながらポケットから花梨飴を取り出して、口に放り込んだ。
普段から飴とか持ち歩いているのかな。なんとなく、クールでさばさばした徳梅さんから、甘い女子の雰囲気を感じてしまった。そんな探るような視線に、徳梅さんは不審な目を向ける。
「何よ、なんかじっと私を見ちゃって」
「い、いえ。飴とか持参してるんで、甘いお菓子が好きなのかなって思ったんですよ。今日の試食のために持参してたわけじゃなさそうだし」
「まあ、甘いのも嫌いじゃないけどね」
「徳梅さんは甘辛、どっち派ですか?」
「うーん……」と目を閉じるが、すぐさま「てゆうか、何でそんなこと訊くの?」と
会話の空気が変わるような冷たい物言いが跳ね返ってきた。
「いやいや、特に深い意味はないですよ」はははと頭をぽりぽり掻く。
「ふーん」
瞬きもせず、じっと見つめられた。きゅっと焦点が絞られた黒い瞳は、どこか挑発的な感じもする。
いやいや。その目。される方は、毎回どきどきするもんですよ。
花梨飴では先ほどの辛味を中和できなかったのか、「辛い」と眉をしかめながら、緑茶のペットボトルをひと飲みする。彼女の唇がペットボトルから離れると、きゅぽんっといい音がした。
「まあ、私は甘い辛いじゃなくて、苦いのが好きよ」
「苦いの?」唐突で予想外の回答。「ピーマンとかですか?」
「なんでピーマンになるのよ。答えて損した」
別に謝る理由もないのだが、あたふたしながら頭を下げてしまう。彼女はそんな俺に一瞥もくれない。こんな他愛もないやりとりが続き、新製品の試食会が終わると、角場店長は勢いよく立ち上がりパンと両手を叩いた。
「今回のバザールも一位を狙いましょう。ねっ、徳梅さん」
にっと歯茎を出して、徳梅さんに期待するような目を向ける。
言われた本人は、当然でしょと言わんばかりに肩をすくめて見せた。
角場店長はその声なき自信に満足したように、にんまりと頬を持ち上げ、こう告げた。
「今回は、心強い仲間も増えますよ」
こっちにおいでと休憩室のドアに声を掛けると、小柄な女の子が紙袋片手に、もじもじしながら入ってきた。
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