第二章 楽しくなりそうだね

第9話 こころのなか

――時間が止まった、誰かのこころ――



 記憶にあるのは、あの人の困った顔だ。



 うーん、何が大変なのか考えたこともなかった。仕事って全部大変だし、責任もあるし、それでお金を稼ぐからね。まあ、全部が全部嫌なことばかりじゃないよ。



 ふーん。そうなんだ。



 あの時は、そんなそっけない言葉しか吐けなかった。



 まあ、大人になればいずれわかるよ。



 なにそれ。



 ムキになって言い返した。

 そうやって、いつもはぐらかしてばかり。

 訊いても、詳しく教えてくれないし。

 そんなんじゃ、こっちもよくわからない。



 まあ、そうだよね。ごめんごめん。気にしないで。自分のことだけ考えたらいいよ。



 あの人は、ばつが悪そうに頬を掻いた。



 あの時はよくわからなかった。

 あの人が何を思って、どういう意味をもって、自分にそう言ったのか。

 でも、今ならわかる。

 いや――未だに、ちゃんとわかってないかもしれない。



 ただ――。



 あの人の背中がやけに小さく丸くなって、なんだか寂しく思えた。

 そんな姿だけが今もこの目に焼き付いている。



 あの背中が、今も忘れられない。




 第二章「楽しくなりそうだね」開始――

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