第8話 姫騎士の慟哭
「さあ、はじめようか」
「ええ。はじめましょう」
俺たちは、この王都の中央にきていた。つまり、王城内に侵入したのである。警備はゆるく、ここ数年以上は外敵もなくて、平穏で安泰だったんだろう。
地理的に中央に位置する場所は、王城内にある花壇の中に作られたテラスのような場所だ。この花畑から審判の光で、すベてを消し去ることになる。
エルは久しぶりに、三対六枚の真っ白で大きな羽を表して空を舞う。体には金と銀の粒子がまとわりついて、まるで天から降臨してきたかのように優雅に舞う。どうやらあの存在感に気がついた者は、皆が皆ひれ伏している。
それもそうだろう。何も知らないであの姿を見せられた日には、俺ですら戦慄を覚える。
エルは、右手に召喚した赤黒い大剣を夜空に掲げると、声を張り上げた。
「執行者の審判!」
途端に、剣先から眩いほどの光が、辺り一帯を包み込む。人々は天空に舞う天使を見て、微動だにせず、恍惚とした表情で眺めているのがわかる。花壇の周りに、いつの間にか集まってきたからだ。この俺の存在など、どうやら眼中に無いらしく、空の一点だけを見つめ続けている。
さらに一段と光り輝くと、人々はおろか建物ですら粒子化し消滅しはじめた。人々は抗うこともなく、ただ受け入れている姿が見える。
なるほどなと思う。痛みを感じさせず別の何かを得させればそれは、信仰以外に何ものでも無いのだろう。
今彼らはまさに、天からの啓示を受けているのだ。
周りが粒子化しはじめたので、落下するかと思いきや粒子に包まれて、ゆっくりと地面に降りた。もう城はみる影も形もなく、光の粒となってしまった。当然そこにいた人らもすべて同じだろう。
町自体も光の粒で覆われる姿をみると、まさにどこか、光の祭典にすら思えてくるほど、夜に映える。
時間はそれほどかからず、体感にしておよそ三十分たらずで、数十万人を誇る王都とその町は消え去った。
エルも役割を全うしたので、降りてくる。ところが、不思議なことが起きた。
たったひとりだけ、あの魔剣を背負う少女がフラフラになりながら、こちらに駆け寄ってくる。
あの魔剣はエルの力を相殺するほどの物なのかもしれない。激昂しながら指を俺に指していう。
「なんてことをしてくれたんだ、お前はー!」
なんてことはない。
「ああ。終わらせた」
すると魔剣に操られているのか、ほとんど無傷の状態で襲いかかってくる。どうにもタイミングが悪すぎる。現れるなら、そろそろ奴が顔を出してきそうだ。
「エル頼めるか?」
「殺して放置?」
「ああ。殺して放置だ」
「蘇生できるけど、する?」
「蘇生できるなら、する」
「了解」
「了解」
エルはとくに身構えることなく、俺に向かってくるあの魔剣女の前に立ち塞がる。いつの間にか召喚したのか、赤黒いエルの魔剣を握っており軽くいなす。
ところが、その準備運動にもならない取るに足りない動作で、女の首をはねた。その後すぐに、女の持っていた魔剣に何か、銀色の粒子を吹き付けている。あれなら、あとは任せておけばよさそうだ。
やはり、この合間に現れた。まるで空間が避けるようにしてできたそれは、ゴルドニアだ。一体どういうことなのか、聞かずにはいられない。
「ゴルドニア、生きていたのか?」
「ほほう?……」
しまった、迂闊にしゃべりすぎだ。あの反応は、どう見ても初見だ。殺した相手にあの態度は、普通取らない。蘇生したとしたら、なおさらだ。俺としたことが、これでは自分がやりましたといっているのと変わりない。殺めたことは、もうバレてしまっただろう。
今となっては後の祭りだ。この際だ残る内の誰か聞いておいて、損はない。
「ダルザードか? それともアルアゾンテか?」
「ふふふふ……」
「チッ……」
「お主、おもしい存在だな……。人は、いい……だろう?」
「……遺憾ながらな」
「ますます愉快じゃのう……」
「……」
これならあとはもう、仕留めるしかない。そう思っていると意外な行動に出てきた。
「我らを知るのは、我らの力の結晶を欲していると見ておる。どうじゃ? 違うか?」
「結晶とは召喚リングのことか?」
なんだ、ひとり一個の伝承は違うのか。奴らの凝縮した力があの銀のリングだとすると、貯めさえすれば作り出せるのだろうか。次々と疑問が頭の中を駆け巡る。ところが、これが奴の術中にはまったとすれば、なんとも情けない。
「フォッフォッフォッ。正解じゃよ。これだけの魂をもらったからの。ホレ、これをやろう」
放り投げるようによこした物は、エルを召喚した時と同じ銀の指輪だった。
「助かるといえばいいか?」
「例にはおよばんよ。すでにそれ以上の魂を供物してもらったからのう。それに奴の消滅は、我らは気にしない。見た目は同じじゃ。ただそれは見た目なだけで中身は違う」
「あんたはそれでいいのか? 俺がまた殺めるかも知れないぜ?」
「それならば、それも運命だと思うのじゃ。我を生かしておけば、また次に会う時はリングを渡せるかも知れぬのう。何、時間はかからんよ。そちたちの時間感覚なら、一年以内じゃろう」
まるで好々爺だ。ここまで個体差があるのか。とはいえ、そもそもそれぞれ単独で存在している以上はそうだろう。考え方も異なるだろうしな。
「ああ。わかったよ。俺はレンだ。これ……。助かった」
「我はアルアゾンテ。また会おうレン。悪魔の申し子よ」
そういうと、また空間が避けて中に入っていった。
この時ばかりエルは、やや緊張した面持ちだ。理由を聞いてみると意外な答えが返ってきた。
「あれは、最低でも私と同格かそれ以上……」
「エルと同格かそれ以上か……」
脅威的な話だ。つまりは、まともにやり合ったら相応の損傷を受ける可能性が、かなり高かったわけだ。
それ以上に、エルがいるにもかかわらず、あの余裕さはなんなのか。はたして演技なのか、それとも実力ゆえなのか、今は知る由もない。
何にせよ目的は、意外なほど簡単に達してしまった。今回はすぐに召喚を行わない。理由は、目の前の問題を片付けて落ち着いてからだ。
ことの成り行きを見守っていたのかエルは、俺を見てうなずく。すると両手を空に向けて掲げると、銀の粒子が魔剣女に降り注ぐ。
飛ばされていた頭は、首と胴体を触れさており、何事もなかったかのようにくっついていく。これはどう見ても人には無い物がある。それは、細長い半透明でできた一対の羽二枚を背中から生やしてくる。
エルはどの程度の力を使ったか、魔剣の女はいとも簡単に蘇生された。すると突然何事もなかったかのように、むくりと起き上がる。
「私は……」
「お前は死んだ。その後、蘇生した」
「な……ぜ……?」
「なぜだろうな?」
俺の答えに、混乱している素振りすら見える。
「記憶はある。それなのに、私が私でない、全然違う人の記憶を見ているような、そんな気がしてならない。ある意味、よく見聞きした第三者の感じがする」
やはり混乱しているようだ。蘇生はできてもその前の記憶は、第三者と感じる物になるのだろうか。
「なら、なんでそんなに泣いているんだ?」
町を消滅させた俺が聞くのも、どうかと思うかもしれないな。そうはいっても、人族も他種族に対して、理由のいかに関わらず殲滅している以上は、まったく同じだ。
俺は目的のために、手段は選ばない。やれることはすべてやる。
それに、弱肉強食に慣れきっている俺の感覚からすると、種族間の問題ではなく、力のある無しだけだ。
「……わからない。涙が、ただただ止まらない。どうしたらいいのかも、わからない」
「好きにするといい。それとも俺を殺すか? その魔剣で」
この女は、大きく首を左右にふり否定した。
「……いや。長い夢を……見ていた気がする。私でありながら、私ではない何かに操られていた。そんな、誘導されていたような、不思議な感覚だ」
「そうか……。そんな話をしていても、変わらず涙が溢れているぞ?」
「……どうしようも無いくらい悲しみが襲ってくる。理由はわからない」
「なら今は泣くといい……。ちょうどいいことに、時間なら気にしないでいいぐらいある」
「……あああ」
「なあ、名前は覚えているか?」
「私は……。姫騎士のリリー。いや、ただのリリーだ」
「そうか、俺はレン。そこにいるのがエル」
するとエルはいつになく、饒舌になっている。どうしたんだか。
「あなたはもう、人ではないわ。あえていうなら……半妖精かしら? 蘇生するときに、種族は無作為に選ばれるの。それが、たまたま半妖精だったわけね」
「そうか……。私は……。ああああ……」
何か堰き止めていた物が崩れたのか、このエルの言葉をきっかけに、大粒の涙をただただこぼしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます