悪役令嬢レイラの妹ソフィーナ はじまりの物語(6)
『プレイヤーとして参加しますか?』
はい いいえ
板のように大きく、紙のように薄い。
向こう側が透けて見え、私が首を振っても追従してくる。それが書かれているものが何なのか、もはや私の語彙では表現できない。
書かれている内容は――神々の会話の一端を聞いているうち、なんとなく理解できた。
プレイヤーとは……彼らに近しい存在のことだ。
神々は下位世界を作り、プレイヤーにそれを提供し、遊ばせようとしている。
それに参加できると言うことは。
『……』
私の選択肢は、一つしかない。
『受理されました。選択肢を解放します』
▼
「――ナ。ソフィーナ。起きて」
「……ん」
次に目を開けたとき、私は元の世界のあの日に戻っていた。
……よかった。
人生をやり直す能力が失われた訳ではないようだ。
瞼を擦りつつ周辺を確認する私の前で、姉が安堵の吐息をつく。
「よかった……寝息も聞こえないから心配したのよ」
「昨日はなかなか眠れなくて。遅くまで起きていたんです」
「そうなの。やっぱりまだ一人部屋は早いんじゃないかしら」
……神の世界で知った、姉の秘密。
姉はこの頃から公爵令嬢として――そして王子の婚約者としての重圧を抱えていた。
公爵家の名を汚してはならない。
王家に嫁入りするに相応しい教養がなければならない。
常に正しくなければならない。
誰にも相談できず、誰にも寄りかかれず。
たった一人でその重圧に耐えてきていたのだ。
涼しい顔で何でもこなす?
とんでもない!
平然とした表情の後ろで、どれほどの苦悩を抱えていたのか。
知ったつもりでいた姉のことを、私はまるで何も理解していなかった。
「おねーさま。んー」
私は両手を広げ、姉に抱擁をねだる。
「ふふ。甘えん坊さんね」
やれやれ、と言いつつ嬉しそうに微笑み、姉はそれを受け入れてくれた。
胸に耳を当てると、姉のぬくもりと――確かな鼓動を感じる。
「おねーさま、暖かい……」
「あなたもよ」
きゅ、と、姉に回している手に力を込める。
失いたくない。
守りたい。
……絶対に。
▼
神の世界で、私は人生をやり直す能力に加え、いくつかの手土産を得た。
ひとつは神々の知識。
この世界について、一歩踏み込んだ知識を得た。
神々が設計した世界には、重要な役割を与えられた人物がいる。
『ヒーロー』
『ヒロイン』
彼らを中心に運命は動いている。
『ヒロイン』は一人。
『ヒーロー』は五人。
そのうちの一人はオズワルド王子だ。
姉は『悪役令嬢』という役割を与えられ、『ヒロイン』がオズワルド王子に近付いた場合、それ邪魔する役。
――そして、『ヒロイン』がオズワルド王子を選ばなかった場合は道半ばで死ぬという運命まで課せられている。
どちらにせよ、姉は死ぬ。
それを回避するための手段も、私は得ていた。
▼
「レイラ、街へ行くぞ。仕立屋に採寸をしてもらわねば」
父の言葉と共に、私の前にはあの半透明な板が出現した。
『街に行きますか?』
はい いいえ
「……」
何の説明もないまま、私に二択を迫る板。
今日は例の罪人が街に隠れ潜んでいる日だ。
もちろん私は『いいえ』を選ぶ。
「――でしたら、来週にしませんか? 今日は空模様が怪しいですし」
「そうか、そうしよう」
姉の言葉に、あっさりと父は引き下がる。
――これが、神の世界で新たに得た力だ。
シナリオ。
ルート。
イベント。
フラグ。
神の言葉はどれも難解だったが……これらを私なりに解釈すると、こうだ。
シナリオ=運命の大筋
ルート=運命の分岐点
イベント=ルート上で起こる出来事
フラグ=運命の分岐点に至るまでの起点
フラグによって起点が作動し、いくつかのフラグを集計した結果イベントが発生し、その可否によってどのルートに進むかが決定される。
私が授かった(奪った?)能力は、フラグが動く選択肢を判別し、どちらかを選べるというものだ。
フラグの切り替えができるということは、発生するイベントを操作できる。
イベントを操作できるということは、ルートを決められる。
ルートを決められるということは、シナリオに干渉できる。
私の能力をかっこよく呼ぶなら『運命を選択する能力』――とでも言おうか。
私は決意する。
人生をやり直す能力と、運命を選択する能力。
この二つを使い、姉を必ず幸せにすると。
たとえ何を犠牲にしてでも。
▼
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
姉が死んでは人生をやり直し、
人生を繰り返し少しずつ改善を加えていくたび、姉の寿命は伸びていった。
どのルートでどんなフラグを立てれば――あるいは、立てなければ姉は生きられるのか。
幼い頃にやった詰めチェスのように、少しずつ、少しずつ正解に近付いて行っているという実感があった。
そして。
もう何度目かも忘れたやり直しの中。
オズワルド王子が、私のお姉様に向けて失礼な言葉を放つ。
「――レイラ! お前との婚約を破棄する!」
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