悪役令嬢レイラの妹ソフィーナ はじまりの物語(5)
そこは言うなれば、白い空間だった。
それ以外に表現のしようが無い。
白い床、
白い壁、
白い机、
白い椅子、
そして、十人ほどの白い人間たち。
彼らは髪も肌も服も一律に白で、表情は口元しか分からない。
服装は見たことのないもので、男女ともに似たようなものを着ていた。
どこかの民族衣装だろうか。
少なくとも、国内で見たことがない。
……というか、彼らは人間なんだろうか。
「……なに、ここ」
いつものベッドでの再スタートとならず、私は困惑した。
身体も十五歳の頃にまで成長して――否、戻って――いる。
もしかして、あのやり直しの能力には回数制限があったのだろうか。
だとしたら私はもう死んでいて、ここは……死後の世界?
困惑する私を他所に、彼らはせわしなく動き回っている。
凜々、と聞いたことの無い奇怪な音色を奏でる楽器がそこかしこで音を鳴らしていて、白い人々がそれを耳に当てて独り言を漏らしている。
『――その件につきましては現在対応中ですので』
『――現在、部署総出で解決に当たっております』
『――えぇ、納期には必ず間に合わせます』
言葉は分かる。
ただ、彼らが何を言っているのかは半分も理解できなかった。
一通り楽器の音が止むと、白い人間の一人が白い机を叩いて声を荒らげた。
「――もう三回も納期を遅らせている。次に遅れたら、俺たち全員の首が飛ぶと思え!」
「……しかし、今のままだと修正箇所が膨大すぎて手に負えません。王子ルート以外での
『え?』
知らない人間から知っている名前が出てきて、私は思わず声を上げた。
もちろん、周囲の白い人間たちは誰も反応しない。
「それに関しては問題ない」
「解決策があるんですか?」
とてつもなく嫌な予感がした。
そしてそれは、すぐ現実のものとなる。
「学園編の前に王子ルートとそれ以外を分けるフラグを作る。王子を選ばなかった場合は全部
▼
「知っての通り、王子ルート以外で
ルート。
フラグ。
シナリオ。
イベント。
耳にしたことのない単語ばかりで、内容はさっぱり分からない。
ただ――不穏なことを言っている、ということだけは何故か理解できた。
胸が苦しい。
動悸が止まらない。
「なるほど。ヒロインとの絡みがそもそもないとすれば……修正箇所は激減しますね」
「どうせ王子ルートでも最後には死ぬんだ。だったらはじめから死んで貰ってた方がいいだろ?」
「なるほど……これなら間に合いそうですね!」
『……ちょっと。ちょっと待ってよ』
沸き立つ白い人間達に、私の静止の声は届かない。
「いいアイデアですね。所詮はゲームの
「そうそう。嫌われ者のこいつに感情移入する物好きなんか少数だろ」
「締め切り前の俺たち
「違いない」
「よし、全員でシナリオを再確認してくれ。俺はそこに『
「りょーかーい」
「助かったー。もうデスマーチはごめんだ」
「思ったより早く帰れそう」
「早いどころか、夢の定時退社だってありえるぞ」
『待てって言ってるのよッ!!!』
笑い合う白い人間達に向けて熱の魔法を放つ。
――しかし、それが効果を発揮することはなかった。
『なんなのよあんたたちは! 訳わかんないことばかり言わないで! ここはどこ!? あんたたちは何者!? お姉様をどうするつもり!? 答えなさいよ!』
掴みかかっても、霊体のように触れることはできず――するりと突き抜けてしまう。
まるで自分が幽霊になったかのようだ。
「レイラも可哀想ねー。まさか納期の都合で殺されることになるなんて」
「別にいいだろ。俺たち制作者は、こいつらにとっていわば
神を自称するそいつの机から、一枚の紙が滑り落ちた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◇レイラ
作中の役割:悪役令嬢
性別:女
年齢:17歳
身長:165cm
髪の色:青
髪型:癖のある長髪
服装:ドレス(三パターンあり)
武器(道具):なし
備考:
オズワルドの婚約者。
学園編にてヒロインの前に立ちはだ
かる。
もとは品行方正な才女だったが、オ
ズワルドとヒロインの仲が深まるに
つれて自身の存在価値を見失い、ヒ
ロインを憎むようになる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そこには、お姉様の経歴が書かれていた。
一枚目は概要。そして二枚目以降は、事細かに。
そこには私しか知らないはずのものや……私すら知らない情報まで細かく記載されていた。
……本当に。
こいつらが、神……なのか?
「ん? レイラに妹なんていたのか。細かいところまで設定するのが好きなライターだな……」
お姉様の経歴を眺めながら、白い人間――神は、それをぞんざいに放り投げた。
「ま、どうせ立ち絵も用意されていないモブだ。シナリオに関わりのない所は好きに設定すればいい」
「シナリオの見直し箇所、印付け終わりました」
「よし、こっちに送ってくれ。レイラが死ぬって付け加えておく」
『ッ!! やめて!』
なぜ姉だけがああも悲惨な死を迎えるのか、ようやく合点がいった。
全部、全部。こいつらのせいだ。
神が『そうなるように』運命付けたからだ。
どんな選択をしても、どんな道に進んでも……姉を待っているのは、死しかない。
『こんなの……認めない。認めないわッ!』
私は神の前に立ち、机の上に思い切り手を叩きつけた。
『私のお姉様になんてことするのよ! あんたたちそれでも神なの!? 訂正しなさい! 絶対に幸せになるようにしなさい! しろって言ってるのッッッ!』
絶叫に近い叫び声を上げるが、神はそれでも気付かない。
鼻歌交じりに、姉がいかに悲惨な死を迎えるかを書き加えていく。
彼らにとって私など、下位世界の取るに足らない存在。
仮に言葉が通じたとして、こちらの事情を汲み取るとは思えない。
……だったら。
『だったら……もういい』
――神になんか頼らない。
『私がお姉様を守る。お姉様には絶対に幸せになってもらう。あんたたちなんかにお姉様を殺させやしない。絶対に!』
強くそう宣言した瞬間――私の前に、半透明の何かが現れた。
『プレイヤーとして参加しますか?』
はい いいえ
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